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鏡映した現実の風~リアル・ワインド~  作者: 四神夏菊
第二話・空と大地に祈りし幼龍(そらとだいちに いのりしようりゅう)
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08 露店街(ろてんがい)

「ご馳走様でしたー」

「ごちそうさま。」

豪華で一人前以上あると思われる夕食を終えると、二人はそれぞれ合掌し、軽く背もたれに重心をかけつつ食後の休息を取り出した。とは言ってもすぐに横にならないところがギラムの体系を物語っており、すぐにその場に立ち上がり身体を動かしていた。身に纏っていた浴衣が軽く靡く中、グリスンは顔を上げ彼の顔を見た。

「さってっと、少し外の空気でも吸って来るかな。」

「何処か出かけるの?」

「軽い散歩だけどな。 グリスンも来るか?」

「うん、行く行くー」

しばし身体を動かした彼はぼやきながら一言延べ、荷物の中から貴重品一式を取り出し外へと出る素振りを見せだした。どうやら食後の軽い運動をするつもりの様子で、井出達はそのままに宿周辺を一回りしてくる様だ。慣れた足取りで向かうところを見ると、いつもの事なのかもしれない。そんな彼からの提案を聞いたグリスンは椅子から立ち上がり、彼の後に続いて部屋を後にした。


部屋を出たギラムは宿部屋の鍵を閉めた後、グリスンを引き連れてフロントへと向かって歩き出した。道中をすれ違う同業者達は、皆思い思いの過ごし方をしており、社交的に挨拶をする者もいればゆったりとした時間を送る者も居た。しかし独りで居る者はあまりおらず、グリスンはそんな彼等を見た後、前を歩くギラムを静かに見つめだした。

印象的な金髪の髪が歩くたびに少し揺れる中、体格の良い彼の身体を包む浴衣も同様に歩き姿を作り出す。堂々とした井出達の彼は独りで行動し、周りの人達とあまり行動をしない事をグリスンは理解していた。


あまり親しくないからか、雰囲気から圧倒されるからなのか、詳しい所はよく解らない。


だが心の内はとても優しい人だからこそ、自分の様に頼り我意が薄い存在を側に連れてくれる。それだけの人が何故、独りで居るのかは彼もよく解らないようだった。

「……ん? どうかしたか、グリスン。」

「ううん、なんでもないよ。」

「?」

そんな自身の視線を感じたのか、前を歩いていたギラムは後方を軽く見る素振りを見せつつ問いかけてきた。しかし彼の問いかけに対しグリスンはいつも通りの表情で答えると、彼は首を傾げながら再び前を向き、歩き出す。些細な事を気にしてくれる彼に対し、グリスンは少し嬉しそうに後を続くのだった。


その後宿の広間へと到着したギラムは、フロントに鍵を預け外へと出てきた。すでに夜の闇に包まれた外へと出ると、二人は軽く背伸びをしつつ空を見上げだした。そこには満天の星空が広がる美しい夜空が広がっており、幾つかの星々が今にも流れ出しそうなほどに輝いていた。

「わぁー、星空が綺麗だね。 リーヴァリィだと、こんなに綺麗には見えないよね?」

「あぁ、結構車の排気ガスとかもあるからな。 ここらは自然地帯に等しいし、火山の活動が活発じゃなけりゃこんな感じだぜ。」

「そうなんだっ」

見上げた空に浮かぶ満天の星空を楽しむと、ギラムは持っていたペンライトを点灯させた。小さくも足元を照らす灯りがしっかりと付いたことを確認すると、彼は宿の周辺を歩き回るコースを選び、夜道を散歩しに出かけて行った。その様子を見たグリスンは彼の後ろから隣りへと移動し、共に散歩道を歩き出して行った。


宿周辺に用意された散歩道は、彼等が宿へとやって来た際の道中とは別の方角に位置している。火山を裏手に構える宿の散歩道は、あまり整備されていないものの、普通に歩く分には支障がないほどにしっかりとした山道だ。しかし都市とは違い電気が通っていないため、夜道は暗くペンライトほどの明かりが無いと、足元が視えず危ないのだ。時折石に蹴躓き、怪我をする者もゼロではない事を補足しておこう。

そんな散歩道を歩いていた彼等は、気付けば宿が立ち並ぶ温泉街へと足を向けており、何時しかペンライトが要らないほどに周りが明るくなっていた事に気付いた。淡くも優しい灯りの存在を感じたギラムは、点灯させていたペンライトを片付け、散歩をしつつ軽い硫黄の香りを感じていた。

「うわぁ、温泉の香りが凄いね。 ちょっと鼻に付くかも。」

「ほぼ源泉の匂いだからな。 お前、鼻平気か?」

「う、うん。 ダイジョウブ。」

源泉近くから香る硫黄の香りは少々強く、普通の人間であれど軽くのけぞりたくなるほどに強烈だ。自身の隣を歩くグリスンは人間以上に動物に近い存在のため、嗅覚が軽くやられそうになっており、両手で鼻元を抑えつつどうするべきかと少々悩んでいた。それを見たギラムは軽くどうしたもんかと悩むも、特に手立てはないらしく少し悩む素振りを見せだした。

「……… そうだ。 グリスン、ちょっと顔貸しな。」

「えっ?」

「正確には、鼻だな。 ほら。」

「う、うん………」

突然の申し出に驚くグリスンではあったが、軽く手招きをするギラムに押され、顔の向きを彼の居る方へと向けた。するとギラムは相手の鼻元に手を伸ばし、軽く鼻先を撫でる様に人差し指と中指の腹で軽くこすった。不意にやって来たこそばゆさにグリスンは動揺するも、しばらくするとかゆみが徐々に薄れて行った事に気が付いた。

「………? 痒くない……」

「ん、少しは効いたか。 部隊に居た時、遠征先で鼻をやられる時がゼロじゃなくてさ。 使ってた薬品があったんだが、魔法でも行けるもんだな。」

「魔法?」

気付くと鼻先に触れていた指が離れた事に気が付き、グリスンは自身の鼻元を視つつ彼に問いかけた。すると彼の手元には、何時しか見慣れた無い白の軟膏チューブが握られており、記憶を辿り使用した薬品サンプルを魔法で生成した事を教えてくれた。どうやら手荷物の中に、龍のクローバーを忍ばせていた様だ。

「……ぁっ、そっか。 ギラムは『生成系』の魔法が得意だったもんね。 昔使ってた薬を、僕に使ってくれたんだ。」

「そういう事だ。 嗅覚は平気か?」

「スゥ―……… ……うん、さっきみたいに強烈じゃないよ。 ありがとうギラム。」

「どういたしまして。」

彼の手解きで鼻が辛くなくなった事を確認すると、グリスンはお礼を言いつつ改めて彼の素質に感心しだした。

彼等が魔法を使える様にするクローバーはエリナス達が創る物だが、使い勝手に関してはリアナス自身の個性が反映される。ギラムの様に自身の記憶や知識を生かした魔法は、主に物体を自ら再現しそれを使用することから『生成系』と呼ばれていた。手元に固形の物質を作成し、それを駆使した戦い方を得意とし、無の境地に自らの再現を行うのだ。そのため物質の行動に様々なアレンジを加えやすく、生成した軟膏に彼の鼻が辛くない成分を塗ってあげたのだった。

彼の鼻先が痒くなくなったのもその影響であり、普段の嗅覚を一時的に落としたといった方が良いかもしれない。そのため、グリスンの鼻が硫黄の臭いに過剰に反応しなくなったのだ。

「さ、明るい所へ行こうか。 いろんなものがあるんだぜ、あそこは。」

「うんっ!」

その後生成した軟膏薬を手元から消すと、ギラムはグリスンの前を歩き出し、二人は温泉街へと足を踏み入れて行った。


宿からの散歩道を進んだ先にある温泉街は、ふもとの集落よりも活気に溢れ、人々の笑顔が集っていた。人々が楽しめる施設が多いことも理由に入るが、仕事後の温泉と食事によって上機嫌な人達が多く、騒動が少ないのもまた1つの理由だろう。無論酔っ払いが絡んでくることもゼロではないが、ギラムの場合は皆無と言っていいだろう。腕っぷしから言ってしまえば、基本的に返り討ちである。

「……ぁっ、ギラム。 あれ何?」

「ん?」

そんな温泉街の明かりを見渡していたグリスンは、不意に何かを見つけ、ギラムに声をかけた。声を聴いた彼は振り返りながらグリスンの指さした方角を見ると、そこには小さな露店が暖簾をかけ、お店が営業していることを知らせていた。赤い暖簾に書かれていたのは、温泉のマークと『饅頭(まんじゅう)』という単語だった。

「温泉饅頭の店だな。 この辺りの名物らしいんだが、いろんな具材があるからレパートリーは豊富なんだぜ。」

「へぇー、そうなんだ…… ……食べてみたいなぁ。 ギラム。」

見つけた店に売られていた温泉饅頭を目の当たりにしたグリスンは、先程料理を食べたのにも関わらず食べてみたいと言い出した。小食の腹の何処に入るのだろうかと疑問に思うギラムではあったが、彼からのおねだりは珍しいと思い、肩をすくめながらこう言った。

「しょうがねぇな。 1つだけだぞ。」

「うんっ!」

無邪気な子供の様に提案が通ったことに喜ぶ彼を見つつ、ギラムは懐からセンスミントを取り出した。露店であれど共通の財布システムであるセンスミントは使える事を彼は知っており、あえて依頼料の入った封筒は持ってこなかったのだろう。無難な味の温泉饅頭を2つ購入すると、彼は料金を支払い店を後にした。



「はいよ、グリスン。」

「ありがとう、ギラム。」

店を後にした彼等は、宿への帰路を取るべく道を戻り。道中暗くなった事を確認したのち、ギラムは先程購入した温泉饅頭とペンライトを取り出し、隣を歩くグリスンに手渡した。

水波の焼印が押された饅頭は、外は茶色で中身がこしあんとなっており、無難ながらも手の込んだ材料を使用していた。未だに暖かい饅頭を手にすると、グリスンは戻り始めた嗅覚で香りを楽しみ、嬉しそうに口の中に頬張った。

「……んーっ、美味しい! こんなに美味しい物なんだね、温泉饅頭って!」

「あえてこの時間に露店を構えるだけの事は、あるだろ?」

「うん。 すっごい美味しいよ、このお饅頭。」

「そりゃ良かったな。」

甘すぎず苦すぎない温泉饅頭を堪能したのか、グリスンは尻尾を上機嫌に振り回し、感想を口にした。そんな彼を見たギラムは苦笑しながら温泉饅頭を手にし、彼も同様に温泉饅頭の味を楽しむのだった。

夜空が広がる散歩道を戻りながら楽しむ、温泉饅頭の甘い味。隣りを歩く無邪気な虎獣人とのやり取りを新鮮に感じながら、ギラムはペンライトを点灯させ道を歩いて行く。

独りで行動していた自分を慕う彼は、どんな使命を持って自分と共に行動をするのか。未だに解らない事はあれど、彼は自身が真憧士である事だけは自覚しつつ、彼との日々をゆっくりと過ごしていくのだった。


その後宿へと帰宅した彼等は部屋へと戻ると、用意されていた布団ともう一つ敷布団を用意し、2人はそれぞれ床に就いた。


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