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鏡映した現実の風~リアル・ワインド~  作者: 四神夏菊
第二話・空と大地に祈りし幼龍(そらとだいちに いのりしようりゅう)
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07 旅館(りょかん)

向かったのはふもとの集落から少し離れた場所にある、ヒトゥゼルム寄りの山道前付近。そこには一軒の大きな旅館が立っており、近くで噴き上がる間欠泉の温泉が有名な場所。茶色を基調としたモダンな作りの場所であり、彼が良く世話になる場所だった。



ウィーンッ………


「いらっしゃいませーっ」

宿泊施設周辺に用意された駐輪場にバイクを停めた後、彼は旅館の自動扉を潜った。すると奥で待機していた着物の女性が彼を出迎え、軽くお辞儀をしつつ笑顔を見せていた。

「ご宿泊ですか?」

「あぁ、予約を取ってないんだが……空いてる部屋はあるか?」

「かしこまりました。 ただ今ご確認しますので、フロントまでお願いできますか?」

「あぁ、了解。」

荷物としてバイクに積んであったリュックサックを背負ったまま、彼は案内されつつフロントへと向かった。そこには別の着物を来た女性が立っており、彼を視て笑顔を見せつつお辞儀をした。その後案内してくれた女性が彼女に要件を伝えると、管理簿と思われる本を取り出し、開いている部屋を探しだした。

「……… ただ今開いているお部屋は、四名様用の別室だけとなっておりまして。 お食事も用意も遅くはなりますが、それでよろしければ、本日ご用意させていただく事が出来ますよ。」

「あぁ、食事は遅くても構わない。 そこで頼めるか?」

「かしこまりました。 それでは、ただ今ご案内の準備をいたします。」

開いている部屋が少し大きめの部屋だと告げられるも、彼は左程気にせずに部屋を用意してもらう事にした様だ。無論予約していないが故の準備の遅れも想定の範囲内だった様子で、用意してくれる事に感謝をしつつ、彼は宿泊手続きを行った。その様子を隣で見るグリスンであったが、自分を視ている人が周りに居ない事を確認した後、案内されるギラムに続いて部屋へと向かって行った。



彼が案内された場所、それは旅館のフロントから少し歩いた先にある奥のお部屋。移動する際に視えた中庭が印象的だった場所を越え、その部屋へと彼等はやって来た。

鍵のかかった扉を開け、中へと入り襖を開けると、そこには別で用意された中庭付きの部屋が広がっていた。

「うわぁ……! 凄いお部屋!」


「本日のお部屋はこちらとなっております。 お部屋のご説明を、してもよろしいでしょうか?」

「あぁ、それはしなくても大丈夫だ。 以前から何回か世話になってるからな。」

「それはそれは、いつもありがとうございます。 お食事のご用意が整いましたら、こちらからご連絡をいたします。 どうぞ、ごゆっくりおくつろぎください。」

グリスンの歓声を聞きつつ案内を受けた彼は詳しい説明を省き、彼女を職務へと戻らせた。その後2人きりになった事を確認すると、彼は荷物を手近な所に置き、疲れた素振りを見せつつ背を伸ばす。

「にしても、こんなに良い部屋に通されるとはな。 予約が入ってなかったのか。」

「でも、大丈夫なのかな……… 良いお部屋って事は、お高いんでしょ??」

「んや、その辺も想定してたから平気だ。 料理はどのみち1人分でも多いのは解ってたから、グリスンが食べて丁度いいくらいだ。 ましてや、2人が宿泊してるのに1人分しか払わない時点で、俺達は得をしてるぜ。」

「ぁっ、そっか。」

軽く自身が視えない存在である事を改めて知りつつも、グリスンは嬉しそうに部屋を満喫する。

部屋の中央に置かれた茶色の大きなテーブルの周りには、4つの座椅子が置かれていた。木製の天然加工なのか、自然体の色が印象的な椅子には、紫色のおしゃれな座布団が敷かれている。テーブルの上に置かれた茶器一式には緑茶と思われる茶葉も入っており、和風テイストな部屋である事が解る部屋であった。その証拠に、部屋の隅に用意された床の間には、季節の花と思われる星屑草(ほしくずそう)の生け花が用意されていた。

そんな美麗の部屋を見渡したグリスンは、その足で中庭の見えるガラス戸の元へと近づいた。するとそこには、小さな個室の温泉スペースと思われる生垣と、湯煙の姿が見えていた。

「あっ、温泉がある! ギラム、入ろうー!」

「ん? あぁ、良いぜ。」

彼からの声を聞いたギラムは疲れた身体を癒したかったためか、彼の誘いを喜んで受けだした。温泉に入って良い事が決定したグリスンは再び嬉しそうにしつつ、近くの脱衣スペースへと向かって行った。そんな彼の姿を見送ったギラムは部屋に備え付けられた引き戸を開け、中から入浴用に用意されたタオルを手に取り、下着等々必要な物を手にした後、彼の後に続いて行った。





カポーンッ………


「ふわぁぁぁー……… あったかいやぁ………」

「あぁ、良い湯だぜ。」

身に着けていた衣服全てを脱ぎ捨て、汗を流した2人はそのまま温泉へと浸かり出した。2人で入っても十分の広さがあるその場所で、グリスンは淵の岩に両手を乗せ、気持ち良さそうに入浴していた。代わってギラムは反対側の淵に両手と背を預け、こちらも気持ち良さそうに入浴していた。時折風で吹かれやってくる温泉は彼の鳩尾を昇り、鍛え上げられた胸筋に沿って静かに肌を潤した。

「久しぶりだな、温泉も。 やっぱここは最高だ。」

「ギラムも温泉好きなんだね。」

「あぁ、部隊の時も部下達と一緒に風呂に入る事が多かったからな。 嫌いじゃないぜ。」

「そうなんだー」

そんな天然の温泉を楽しんでいると、グリスンは振り返りつつ彼に問いかけた。

誰もが好きである可能性が高い温泉は、エリナスであるグリスンも虜になるほどに、癒しのスポットとして認識している。鼻孔をくすぐる軽い硫黄の匂いもそうだが、浸かると自然に癒される暖かい泉は、彼等の肉体にも程よい刺激を与えるのだろう。その証拠に、体毛の多いグリスンの肌でさえ、心なしか輝いているようにも見えた。

「そういえば、ギラムは何で『治安維持部隊』を辞めちゃったの? 傭兵って仕事は、とっても大変なんだって。 今日身をもって知ったけど。」

「おいおい、部隊の仕事も想像以上にハードなのに変わりは無いぜ。 事件のたびにリーヴァリィへ出動するって言っても、毎日じゃないからな。 基本的には、実戦のシュミレーションを想定した訓練ばかりだ。」

「訓練?」

「あぁ。 肉体の鍛錬はもちろんだが、射撃の腕前も必要だ。 所属する隊によっては内容も多少変わるが、俺の所は『陸上』の治安を守る事が任務だ。 今と左程変わりないぜ。」

「へぇー」

温泉の心地よさを感じながらグリスンは振り返り、ギラムの顔を見ながら質問をしだした。たまたまとはいえ同行した彼の現状の仕事は、半ば命懸けとも言える仕事内容で、下手をすれば食われてしまうかもしれないアクシデントにも見舞われた。だがそれでも決して諦める事をしなかった彼は、何故昔の仕事を辞めてしまったのだろうか。グリスンにとっても、少し気になる事だったようだ。

だがそんな彼の質問に対しギラムはそう答えると、昔とさほど変わりない仕事内容である事を彼に教えた。肉体の鍛錬として依頼の現場へ赴き、自身が手にする道具でいかに任務をこなし、魔法であれど射撃の腕前を使って戦い抜くか。よくよく考えると、昔と違うのは『周りに居る存在が居るかどうか』と言う事だけかもしれない。

「ギラムは仕事をしてると、なんだか凄い活き活きしてるよね。 普通なら『お仕事タルイー!』って言ってる人が多そうなのに。」

「また妙な偏見を持ってきたな……… まぁでも、俺は趣味って言える物がザントルスと一緒に出掛ける事ぐらいだったからな。 無理もないか。」

「ザントルスって……あのバイク?」

「あぁ。 俺が准士官に昇格した時の記念にって思って、買ったんだ。 今じゃ足代わりでもあるし、半ば相棒みたいなもんだな。」

「そうなんだ。」



「ギラムは楽しい? このお仕事。」

「あぁ、楽しいぜ。 危険に変わりないのは、今も昔も変わりないけどな。」

「そっかっ」

とはいえ、彼が充実した仕事と毎日を送っている事だけはグリスンも理解していたためか。彼が楽しくも必死に行う表情を見ると、疲れはするも、とても楽しかった様だ。

自身と契約してくれたリアナスは、独りであれど周りの事を気にする優しい傭兵。しかし、イザとなれば身体を張ってまで戦い抜こうとする、勇敢な気質の持ち主。そんな生き生きとした、若くも強面な傭兵なのだろうと、グリスンは思うのだった。



その後風呂を楽しんだ彼等はタオルで水気を拭き取り、脱衣所に用意しておいた衣服を身にまとい、部屋へと戻った。と言っても、歩いて数分も無い場所なので『戻る』と言って良いのかは保留にしておこう。



プルルッ プルルッ!


「ん。」



ガチャッ


「はい、もしもし。 ……はい。 ………あぁ、もう出来たのか。 そしたらお願いします。 はい。」

部屋に戻りまったりしていると、彼等の居る部屋に一本の電話がやってきた。どうやら夕食の支度が出来たと言う話であり、彼等の部屋に食事を運んでいいかと言う連絡だった様だ。それに対しギラムは了承すると、電話を切り、数分も経たない内に部屋に食事がやって来た。




「うわあ……… 凄いや………」

その後セットされた食卓を視ると、そこにはたくさんの料理達が並べられていた。大船に乗っているであろう魚のお造りに対し、隣に居るのは大きな葉に巻かれた巨大なお肉。代わって反対側には色鮮やかな乾物の乗った汁物があり、周囲にはいくつか小皿に盛りつけられた前菜達。

普通に言って、豪華である一人前の夕食だった。

「それではお食事が終わりました頃を見計らって、またお伺いします。 どうぞごゆっくり、お楽しみください。」

「あぁ、ありがとさん。」

運んできてくれた女性が深々とお辞儀をするのを見送り、彼等は食事をする事にした。幾つか用意された小皿があったのを視て、彼は余分に貰ってあった割り箸を割り、グリスンに手渡した。

「さっ、どれでも好きな物を好きなだけ食べてくれ。 今日付き合ってくれたお礼だ。」

「う、うん……… ……でも、本当にこれで一人前なんだよね……? 凄い量………」

「この島に来る奴等は、大半がこの島で仕事終わりの奴等ばかりだからな。 必然的に量が多くなるってのと、俺が見た目通り食うって判断した結果なんだろ。」

「そ、そうなんだ……… ……じゃあ、いただきまーす。」

「頂きます。」

その後何だかんだで食事がスタートし、美味しい料理に舌鼓を打つ2人。味はもちろん見た目通りの美味しさであり、量が多いと恐れていたグリスンであったが、ギラムが普通に完食する様を見届けて、また驚くのであった。


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