04 築港岬(ヘルベゲール)
送迎用にと用意された、財閥所有の自家用船で目的地へと運ばれたギラム達。無事に到着した築港岬『ヘルベゲール』の船着場へと近づくと、彼等はバイクと共に下船し、船を見送った。船着場の近くには連絡船を待つ人々の姿も見える中、彼はバイクに跨りグリスンを乗せると、島の中にある集落へと向けて走り出した。
彼等が目的としたこの場所には、彼と同じ職業柄の人々が集う島として知られている。資源枯渇の問題を解消できる場所としても知られており、都市内のリーヴァリィで流通する道具達の素材は、全てここで揃えられていた。一部の資源は他国からの輸入も行っているが、基本的に近場で手に入るモノを使用していると言っていいだろう。
しかし企業の社員自らが資材調達を行う事は難しく、人件費もさる事ながら大勢の人数を『調達』へと回すことはできない。そこで活躍するのが、ギラム達『傭兵』であり、企業や個人からの依頼を引き受け、求めているモノを提供する事が彼等の主な仕事だ。今回彼が訪れたのは、依頼先からの品の調達の他に、もう一つ理由があった。
そんな彼等の『もう一つの理由』は、今彼等が向かっている場所にあった。
バイクで山道を軽快に進む事数分、彼等は島のふもとにある集落へとやってきた。道中を運んでくれたバイクを目的地としていた建物の近くに停車させ、ギラムはバイクの鍵をかけた。彼等がやってきた場所、それは島にやってきた人々の求める『依頼』が集う派出所だった。島にやってきた傭兵達がまず最初に立ち寄る場所であり、島の中での依頼はココを通してのモノを基本としている。それ以外の取引は基本的にタブーとされており、持ち出しの際の罰則対象としてもよく取り上げられていた。
そんな派出所が、ギラムが島へやってきた『もう一つの理由』だ。都市内で出回る依頼とは別の、資材調達を主とした沢山の依頼が集まり、高額の依頼料を貰えることがあるからだ。基本的に依頼主が相手を指定することが無いため、初見で依頼を出来るのもまた1つの利点と言っていいだろう。
関係が深くならないからこそ、スマートに仕事を終えられる。
そんなところも、彼は好んでいるのだった。
「こんちはーっす。」
「うわぁ………」
派出所へとやって来たギラムは入り口を抜けると、近くで待機していた番頭さんに一声かけた。彼に続いてグリスンも入室すると、目の前に広がっていた光景を目の当たりにし、声を漏らした。
視界に広がっていたのは大きな図書館の様な空間であり、壁の至る所に張り付けられたコルクボードには、依頼書と思われる紙が無造作に幾つも貼り付けられていた。地域や依頼の内容ごとに別々の場所へと貼り付けられており、内容と報酬となる品や金品が細かい字で書かれていた。
「ん? おやミスターか。 いらっしゃい。」
「依頼、見せてもらっていいか?」
「あぁ、好きに見て行きな。 良いのがあったら、ココへ頼むよ。」
「了解。」
慣れた様子で会話をするギラムの後に続いて、グリスンは辺りを見渡しながらボードを見つめた。
所狭しと張られた依頼書には様々な内容が書かれており、要件と共に報酬と思われる金額が書かれていた。簡単なイラストと思われる物が書いてあるものもあれば、求人広告の様に文章だけのものもあり、書式に関する指定等々は無いように思われた。しかし類似している部分は存在しており、報酬額の数字に関しては、どの依頼書も大きくデカデカと書かれていた。
おまけに、どの依頼書を見ても最低単価が6桁以上であり、普通に高額である事がグリスンにも理解できた。だが、如何せん文字に関しては無知に等しく、彼と会話は出来るが内容が理解できずにいた。
「うぅーん………読めない……… ギラム、これなんて書いてあるの?」
「ん? あぁ、それは『サンガプイサ』に生息する野獣の捕獲依頼だな。 生け捕りにして、その値段のお金が貰えるんだ。」
「さんがぷいさ??」
「簡単に言うと、森林地帯のジャングルだな。 この島の。」
「へぇー、そこに住む野獣……… ……… ……む、難しいね……… 生け捕りだし………」
「まぁな。」
適当な依頼書の内容を理解しつつ報酬金とつりあわせると、グリスンは聊か危険な仕事だと言う事が理解できた様だ。軽く身震いしながら別の依頼書を見ており、ギラムは少し苦笑しながら同じく依頼書を見比べていた。そんな依頼書の宝庫であるこの島には、大きく分けて3つの地域が存在し、エリア毎に依頼内容も分けられていた。
島の集落から少し離れた場所にある砂漠地帯『フェイモルガ』 砂漠地帯とは別の山道を越えた先にある、火山地帯『ヒトゥゼルム』 そして、その火山地帯とは逆の場所にあるのが、森林地帯『サンガプイサ』だ。
どの場所もほぼ未開拓であり、自然のままの姿が残されている事もあってか、資産の宝庫なのだ。その反面、手入れが行き届いていないと言う事も相まってか、危険と隣り合わせなのが築港岬『ヘルベゲール』である。傭兵達がココへ集うのは、短時間で調達するべき資材と共に、多額の資金が入りやすいからだ。命がけであるのは、お約束とも言えよう。
「ううーん……… 何だか面倒な依頼ばっかりなんだね、きっと。 お値段がどれも高価。」
依頼書を見つめながらカニ歩きをしていたグリスンは軽くボヤキながら、近くの依頼書を見ていたギラムに同意を求めた。
先程から彼も依頼内容が簡単で報酬額の高いものを探して入るモノの、如何せん内容が読めないためかお荷物になりつつある。しかしそんな事は気にせずに依頼を見るギラムの近くにだけは立っており、一生懸命に彼のために仕事を探していることが解る姿だ。そのためか、ギラムも懇切丁寧に自分が見ていた依頼書と共に、グリスンと一緒に仕事を選んでいた様だった。
「まぁ、よほどの当たりじゃないと楽とは言い難いな。 ま、そんなもんさ。 ココの依頼は。」
「ギラムは何時も、こんな危険そうな依頼を受けてるの………?」
「んや、言うほど危険なのは受けてないぜ。 如何せんソロで行動してる事もあるし、やれることは限られてる。 山分けとかも出来る程、対人関係も良くねえからな。 俺は。」
「そう………かなぁ。 普通に良い人なのに……」
「グリスンやアリン達だけだぜ、そう言うのはな。」
とはいえ、彼には彼なりの関係性の薄さもあってか、左程面倒なやり取りだとは思っていないようだ。
基本的に1人で仕事をしている彼からすれば、一緒に依頼を受けようとしてくれる彼の姿勢は大いに嬉しく思っていた。文字が読めない部分や軽く口を挟んでは来るものの、ちゃんとタイミングを見て声をかけてくれるためか、あまり神経質になる必要性もなかったのだ。依頼を共にこなす傭兵仲間には居ないため、彼にも新鮮な一日に思えていた。
そんな時だ。
「………」『?』
「んー……… ココは対したのはなさそうだな。」
依頼書を眺めていたグリスンは不意に何かを感じ、隣で依頼書を見ているギラムとは別の方角に視線を向けた。視線は彼の目線から下がった位置から発せられており、彼等が最初に建物に入り込んだ際に通った入り口付近からやってきていた。番台から少し離れた場所には3人組の女性達の姿があり、小声でありながらも彼の耳は会話を聞き逃さなかった。
「………ぁっ、ねぇ見てみて。 あそこに居る傭兵のお兄さん、超体系良いない??」
「うわぁ………凄い上腕二頭筋…… 服を着てても解るくらいって、よほどだよね……… 触ってみたいなぁ……」
「馬鹿ね、そんな事言うために来たわけじゃないでしょ。 体系は確かに良いし………あの人なら、出来ないかな。」
「声かけてみる?」
「ぇっ、ちょっ……でも怖くない………? 目元の刺青とか………」
「良いの良いの、聞けばわかるでしょ。 それに依頼よ依頼。」
「う、うん………」
どうやらギラムの体系と雰囲気に何かを感じたらしく、彼に依頼を持ち掛けたい雰囲気を醸し出していた。1人は彼の体系に興味を示し、1人は雰囲気に圧倒されており、もう1人は単純に依頼をこなしてくれそうな相手を探している様子と、多種多様な反応を見せていた。とはいえ、共通して言える事が1つだけあり、3人ともギラムの『容姿』にインパクトを受けていることが解った。
無理もない、元准士官という肩書が見えなくとも、過去の体系に加えの金髪傭兵が依頼書を見ているのだから、目立たない方が不思議である。
そんな彼に少しドギマギしつつも、彼女達は意気込みを強くし、彼に声をかけてきた。
「すいませーん。」
「ん? ………俺か?」
「そうでーす、お兄さーん。 少し良いですかー?」
軽く視線に気付いていなかったギラムは声をかけられ、辺りを見渡し声の主を探し出した。彼等の居る2階部分から下に居る彼女達を見つけるまでには、左程時間は要さなかったものの、軽く声をかけられた事に彼は驚いてたようだ。不思議そうな顔をしつつ自分かどうかを確認するところが、また彼らしいと言えよう。
声の主を見つけ呼ばれた事を知ると、彼は階段を下り、自分を待つ彼女達の元へとやってきた。それぞれが可愛らしくも動きやすい服装をしているところを見ると、どうやら同業者の様だった。
「お兄さんって、ヒトゥゼルムに行った事ありますか?」
「あぁ、ある程度はな。 よく行く方だぜ。」
「ぁっ、じゃあ話が早いかな。 アタシ達、そこの依頼を受けてココまで来たんだけど、山道の奥に大きな落石が道を塞いじゃってて通れないんです。」
「お兄さん1人で、とは言わないので。 よければそれを退かして貰えませんか? 業者の人達にお願いしたかったんだけど、そういうのはココには無いって言われちゃって………」
「山道の確保か……… 良いぜ。」
「うわぁ、ありがとうございますっ!」
彼女達が持ち掛けてきた依頼、それは目的地へと向かう道中を塞ぐ落石を退かす内容だった。元々彼女達はその場所でこなすための依頼を受けていたらしく、道中を移動していた際に落石の落ちた通行止めの道を目撃したのだ。しかし彼女達3人の力ではそれを退かすことは難しく、島のふもとにはそれを行う術もなくと、困っていたようだ。そんな時に見つけたのが彼であり、体系もよく力のありそうな彼ならば出来るかもしれないと彼女達は思ったのだ。
突然舞い込んできた依頼に対し、ギラムは少し考えるしぐさを見せるも、すぐに彼女達の依頼を受理しだした。困っている相手に対し何かをすることもだが、基本的に依頼には報酬が付いてくるため、それによっては思わぬ拾い物になることが、彼にはあるようだ。嬉しそうにはしゃぐ彼女達を見て、内心満更でもない様子で彼は笑顔を見せていた。
「それで、山道の落石を取り除くとしてだ。 すぐに出来るかは状況を視ないと解らないから何とも言えないが、その間。 そっちはどうするんだ?」
「ぁっ、私達………『フェイモルガ』にあるって言われてる……神殿に行こうと思ってるんです。 宝石が欲しいから………」
「宝石捜しか。 そしたらさ、今回の依頼。 そこで手に入れた宝石の一部を報酬品として貰っても良いか? 全部とは言わないから、少量でさ。 どうだ?」
「ぁっ、はいっ! 是非、お願いしますっ」
「遺跡に行けばたっくさん宝石が手に入るって言ってたし、まっかせてくださいっ!」
「よし、取引成立だな。 よろしくな。」
その後彼女達の別行動に話は移り、彼は依頼先で手に入るであろう『宝石』を、落石を退かした報酬品として欲しいと提案した。すると彼女達はすぐにその提案に乗り出し、少量の採掘品で次の依頼に移れると知り、一石二鳥と思った様だ。意気揚々と宝石を回収してくると意気込む相手を見て、彼は頷いた後、彼女達と握手をして取引を成立させた。
別件として受けたアリンからの依頼を片づけられ、落石を退かしに入った場所で簡単な依頼をこなす。ギラムからしても悪い話ではなかったらしく、こちらも一石二鳥と思い嬉しそうにしていた。グリスンからすれば何が何やらと思う取引ではあったものの、双方が嬉しそうにしているため、悪い話ではなかったのだろうと理解するのだった。
その後、ギラムは彼女達の内の1人と連絡先を交換し、互いに都合が合うタイミングで報酬品の受け渡しをしようと約束した。基本的に1日で終わらせられる依頼もあれば、泊まり込みで仕事をしてくる傭兵達もおり、連絡先さえあれば後で落ち合う事が出来るのだ。彼女達もほぼ泊まり込みで宝石をせしめてくると言うため、彼もその方がいいと思ったのだ。
そんな彼女達は、一足先にとその場を後にしだし、ギラムに見送られながら砂漠地帯へと向かう道中を向かって行った。残されたギラムはグリスンと共に再び依頼書を見に戻り、彼が手にした依頼書の1つを受ける手続きを、番台で行った。
「それじゃ、グリスン。 今日の依頼はあそこ、火山地帯『ヒトゥゼルム』の山道確保と、恐竜の鱗の調達だ。」
「山道確保と……… ぇっ、恐竜!?」
依頼所を後にしたギラムはバイクを移動させつつ、グリスンに今日の依頼内容を説明した。
彼女達から受けた山道の確保と共に、後付けで受けた恐竜の鱗の調達。それが今回の仕事内容であり、グリスンは理解しつつも驚いた表情を見せだした。
「あぁ、あそこには恐竜がまだ生きてるんだ。 中々新鮮な場所だから、俺も好きなんだぜ。」
「へ、へぇー………」
依頼が決まり意気揚々と話すギラムを見るも、グリスンからすれば聊か怖い場所に向かうという予感しかしてなかった。恐竜が生きているという事も驚くものの、そんな恐竜に会う事が楽しみだと話す彼にも驚いたのだ。大型の恐竜と戯れるギラムを想像するのは聊か難しいらしく、むしろ調教して背中に乗っているイメージしか湧かないようだ。
そんな意外性を思い知らされたグリスンはギラムがバイクを移動させたのを見た後、2人は火山地帯へと向かう道中を向かって行った。