10 哀しみの彩に染まるのは
氷龍ラギアの光臨と共にギラムとグリスン達が現代都市内での異変を目の当たりにしていた、少し前の別世界。クーオリアス内でのやり取りをしていたキリエはニカイアとのやり取りに失言を感じつつ、矢継ぎ早に殿内を移動し自らが管理する『警務隊』へと戻って来ていた。
『………少し、出過ぎた発言をしてしまいました。……ティーガー教皇様の暗い御顔を視るのは、キリエはどうも苦手の様です。』
他の隊員達が各々の警備をしている事も有ってか区画内には目立った人影は無く、彼女は無言のまま大司教専用の部屋へと戻ると、早々に部屋の鍵を閉め一息付きながら手にしていた荷物を机の上へと置き出した。先刻のやり取りで受理された手続き書類と携帯用の収納ケースが置かれた弾みで左右にズレが生じるも、そんな事は気にならない様子で彼女は静かに椅子の上に腰かけだした。
その時だった。
フォーンッ……
「?」
WMSで使用している通信機とは別の端末、キリエ本人が私用で使用している端末が不意に光を放ち出したのだ。発信元の名称は表示されておらず画面越しに誰からのモノかを理解すると、彼女は静かに移動し端末を弄り応答するのだった。
「……… どうなさいましたか。」
《御依頼の送迎、無事に完了したぞい。……顔色が暗いようだが、大丈夫か?》
「……御心配には及びません。キリエはいつもの調子です。」
画面越しのやり取りではあったがキリエはいつも通りの返事をしつつ、発信元である『リズルト』の顔を見つめだした。個人的に繋がりのある彼とは昔からの面識もあり、今回は部下達の避難先の一つとして依頼していた事もあってか、その報告を兼ねた連絡だった様だ。
今の彼女が居る部屋の中では他からの諜報活動は不可能であり、キリエ本人が望まなければ外部との接触を一切断つ事も可能だ。現状基礎が揺らぎつつあるWMSの何処から情報が漏れ部下達を危険に晒すかも解らない為、私用の端末に掛かって来る相手は彼女が信頼している相手が殆どであり、彼女が拒む理由もないのだろう。
淡々と返事をしながらキリエが相手の顔を視ていた、その時だった
《こういう時の嬢ちゃんは、本当嘘が下手だな。どう足掻いたって、馬鹿と称される前置種族の俺に見破られるくらいには、今の嬢ちゃんはそうは視えねーよ。な?》
「……… ……乙女心を気にせず言う所は、貴方らしいとキリエは思います。」
《ま、図太く野太くが俺だからなっ》
とはいえ淡々としていた割には表情がいつもと違ったのだろう、適度に接点のあるリズルトに見破られてしまい彼女は掛けていた眼鏡を少しだけ直しつつ、返答に困る様子を見せていた。それなりに心情を悟らせない様にと気を使っている彼女の表情を読める相手も凄いが、抑えている感情が少しでも滲み出てしまう程のやり取りが先程のニカイアとの会話なのだろう。
誤魔化す事はせず皮肉交じりに彼女はそう言うと、着けていた眼鏡を机の上に置きつつ端末を手にしたまま窓辺へと移動しだした。
そして先程まで何をしていたのかを簡単に説明し、今に至る現状をキリエは話すのだった。
「……ティーガー教皇様に対し、キリエは未だに上手く話を続ける事が不得手だと感じています。あの御方の身体が黒く染まる箇所が増える度に、キリエの失言が結びついているのではないかと気にしてしまう程に。」
《確か、今のティーガー教皇様とやらは『白虎獣人』……だったかな。元々他部署の配属だったが抜擢されて、今の場所に居る事を命じられたとか、なんとか。》
「その見解で間違いはありません。」
《でも、なんで嬢ちゃんがそんなに気にする相手と見做してるんだ? ただの上司だったら、そこまで気にする方が疲れちまうだろうに。》
「……… ……そうですね。その点はリズルトの仰る通りかと。」
《………》
経緯の報告と共に質問の問いに答えるとキリエは静かに窓辺に近い壁に背を預けつつ外を見始め、リズルトの顔を視ずにやり取りを続けていた。
クーオリアス内では大まかに『四つの種族』に分類され多義に渡る遺伝子の違いで名称分けされる事があるが、その枠組みを更に超える血の違いが存在していた。雑に説明すると種族の違いが『血液型』に該当し、特定の抗体の有無で分けらえるモノが今回の違いとされ、彼等はその違いを『白の毛色』と『黒の毛色』と名称付けしている。突発的な遺伝子の変化によって彼等は生まれこの世界に存在するが、意図的に生まれる仔を其方側に寄せる事は難しく、結果的に衰退する遺伝子とも言われていた。
しかし生まれた仔達は優れた力を持って世界に存在していると言っても過言ではなく、前者は『潜在的な力』を有している事が多く、後者は『世界の恩恵』を強く有しているとされていた。ニカイアもその内の一人であり種族的なモノから『白虎獣人』と称されているが、正確には『白の虎獣人』という言い方が正しい。
そんな彼の毛色が『白から黒へと変わりつつある経緯』を彼女は知っており、その事が今の彼女の心を蝕んでいる様であった。
「キリエは他の雄獣人達からの接点を求める事が多かった為か、現ティーガー教皇様に対し不審を抱いていた期間は有れど他の方々程長くはありません。あの御方も雄の虎獣人、他の雄獣人達と同じであればキリエも気にする事はなかったでしょう。」
《………》
「ですがその見解が早々に違う事を、キリエは知りました。ティーガー教皇様は、常に芯の在る行動を意識しておられます。その行いに間違いは無いとキリエは信じていますが、今回の衛生隊の騒動に加え関与した部下達への謹慎手続きに対し意を唱える事はありませんでした。……元より意を唱える事の方が少ないですが、善悪を判断出来ない方ではありません。故に、キリエはそう思っただけです。」
グロリアを始めとした雄の獣人達から交際の申し出や求婚をされる事に飽いていたキリエにとって、ニカイアもまたその例外に漏れない存在だと考えていた。しかし仕事上の接点から先刻の様にニカイア本人から時折会話を持ち出される事が多く、その都度キリエは考えて返答をするも、相手に良い表情をさせられる事はそう多くは無かったのだ。
求める答えとは異なる返答をする事が多かった為なのか、はたまたキリエとニカイアの相性が良く無いだけなのか。
そんな上司を見る度にキリエは気を引き締め適切な回答が出来る様考えたの書物を漁る期間が存在したが、それでも空回りする事が多くどうしてそうなるのかを考えた時。キリエはある仮説に行き着き彼に質問をした時、その存在が居る事を知り『目の前の事』よりも『その相手との未来の事』を考えている事を知ったのだ。
それを知った結果今の異変に紐付けが容易にされてしまえば、それ相応の対応が出来るのもまた彼女の素質と言えよう。
「あの御方がクーオリアスに希望を感じておられないのであれば、どのような経緯であれ少しずつこの組織を解体し暴走状態に至らせる事は可能でしょう。力は狂えば狂う程に制御する事は難しく、そしてその力の衝突によってあの御方が危惧する力が減衰する可能性が有るのだとすれば………と言う、仮説に過ぎません。」
《!! ……そこまで嬢ちゃんの中で憶測が立ってるなら、猶更どうして今の場に居る事を選んだんだ……? 嬢ちゃんの賢さをもってすれば、意図も簡単に脱退は出来ただろ。》
「解りません。……ですがキリエには、あの御方を独りにする事は望めない様です。今でもあの御方の中にある内の闇を感じたからなのでしょう……意欲が沈んでいる傾向にあります。」
《………》
とはいえ話せる内容をひとしきり出来た為なのだろう、キリエは窓辺に向けていた視線を画面へと戻し、リズルトに対し少しだけ笑顔を見せだした。ニカイアの事を一人の存在として視ていたが故に上手く立ち回れない自身の不甲斐なさ、そしてその事を見破って来る存在に気を使って貰えている現状。
心の闇を深く抱えずに済んでいる今の環境に感謝したが故の表情だったのだろう、リズルトはその顔を画面越しに視た後、しばし返答に困りながらもこう言うのだった。
《……俺が言うのも難だが。嬢ちゃんは、それで良いのか……? 居ると解ってるから遠くに居るなんて、勿体ないだろ。……滾る雄共が群れる位の、絶世の美女なのに。》
「構いません。キリエが隣に居るべき相手は、キリエが決める事ですので。」
《……… 乙女心とか解ってやれないのを痛感するなぁ、本当。》
「リズルトは今のままで良いと思います。キリエは今のままの方が良いと思いますので。」
《そう言われると……もう言うだけ野暮かぁ。……解った、言わねえよ。》
「御心遣い、痛み入ります。」
意図的に避けていたとは違う環境の違いを痛感しつつリズルトはやり取りを止めると、右手で頭部近辺を搔き毟りつつそれ以上の言及は避けるのだった。彼自身キリエに頼られる事は億劫だとは考えておらず、元より他者との交流を好んでいた彼にとってキリエの様な変わり種はそう多くは無い。
だが性別による違いの差は大きく雄獣人同士であればアッサリ終わる事も雌獣人相手であればそうではなく、またその逆もある為か今のリズルトにはその知識が足りなかった様だ。
自らがそばに居る事を選んだリヴァナラスの相手の事もそうだが、クーオリアスで接点を持ち続けている彼女の事も理解出来ていない。自らの不甲斐なさほど、獣人達には手痛い攻撃は無いようにも視て取れた。
そんな時だった。
バタバタバタ………
「……? 騒がしいですね。」
先程まで静かだった警務隊内部での環境音が大きくなり始めた事を知り、キリエは端末の画面と音声を消し此方側からの音声のみ聞こえる状態に変更しだした。そして自身の胸元に端末を押し込み外部から見つからない状態にすると、彼女は早々に作業机の元へと戻り席に座りつつやって来る相手との応対に備える体制を取り出した。
コンコンコンッ!!
〔失礼します!! パンター大司教様!!〕
ウィーンッ
「何事ですか。」
「『情報隊』より伝令!! リヴァナラスにて『創憎主』の発生源を感知!! 場所は『現代都市リーヴァリィ』中央近辺の『都市中央駅』だそうです!!」
「都市中央駅……… まさかっ……!!」
《テインッ……!!》
冷静さが表情から消える事のない彼女が唯一部下達の前で表情を変える程の報告に対し、キリエは驚愕し端末越しにその事をリズルトは理解するのだった。
次回の更新は『9月20日』を予定しています、どうぞお楽しみにっ




