01 夜明(よあけ)
『強面傭兵と願いの奏者』の出来事を終え、数日後のある日の事。
新たな同居人としてやって来た虎獣人と共に生活する主人公の、現在の仕事状況を描いた物語です。
何時しか始まる、再び始まる夢物語。鏡の中でしか起こりえないとされる空想は、現実世界には虚無としかならず成立する事は無い。
再びその世界を憧れて、現実と切り離された場所へと向かう………
それは愚かなのか、理想なのか。 誰も知らない。その扉を見つけた物は、再び現実へと帰ってこれるのだろうか。そして その道の行く先には、何があるのか。
誰に問いかけても帰ってこない正しき回答は、常に目の前にあった。
『誰かがやらなければ、成果は上がらない』から………
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チュンチュンチュン………
『……… んーっ………』
暗い闇の中へと包まれていた室内に、徐々に日の光が差し込む頃。外で活動を開始した鳥達のさえずりが、微かに室内へとやってきた。カーテンの隙間を掻い潜りやって来た弱い光は、室内で寝ていた青年から静かに睡魔を取り除いて行った。
『………朝………か。』
いつも通りの朝がやって来たと思い、部屋で寝ていた青年はゆっくりと横にしていた身体を起こした。しかしまだ眠気は残っているのか、眠気眼を指で軽く擦り顔を左右に振っていた。
その後大きな欠伸を1つすると、彼はベットサイドに足をつけ立ち上がった。
「ぅ、うーん……… ……ふわぁあぁ………」
とはいえ、まだ欠伸は彼の身体からは出続ける。ゆっくりと頭を起こしながら、彼はその場から歩きだし朝食を取りに行こうとした。
すると、
「………? 虎………?」
ベットルームの隣にあるキッチンへと移動した際、彼は寝ていたベットの隣に異様な生物の姿を目撃した。そこには彼と同じく人間の様な姿をした『黄色い虎獣人』が寝ており、まだ夢の中に居るのか気持ち良さそうに布団の中に身をうずめていた。ふかふかの羽毛布団に寝ている虎はいい歳をした相手なのにもかかわらず、顔からはまだ残っている幼さが見え隠れしている。その証拠に、寝ている彼の寝顔はとても可愛らしい微笑みの中にあった。
『………あぁ、そっか。 俺がこれから見る光景は、今までと少し違うんだったな。』
自室ベットの隣で布団に身を埋めている虎獣人を見て、彼は徐々に覚醒する頭の中で軽く起こった事を思い出していた。
自分が他の存在達と違う光景を見れるようになり、特殊な力を得たこと。力に対し世界を変えてしまうほどの敵が、これからも現れるようになったこと。どれも本の中や別世界の出来事だと思っていた彼にとって、新鮮ではあるが中々飲み込めない現実でもあった。
しかし今の彼には、そんな当たり前の現実は存在しない。彼の隣、正確にはベットサイドには彼の相方である『グリスン』が寝ている。そこに寝て良いと許可をしたのは自分であり、無理に起こそうとはせず自分から起きるのを彼は待っていた。安らかに寝ている彼の横顔を見た後、ギラムはキッチンにて朝食を作りだした。
『………そっか。 寝て起きたら夢と認識するかと思ってたが、結局俺は普通の様で普通じゃない世界に入っちまったんだったな。』
簡単な朝食を作り終えると、彼は料理を手にしテーブルへと向かい、朝食を取り出した。シンプルなベーコンエッグにウィンナー、レタスのサラダを添えたプレートの朝食。完全に起きつつある頭をシャキっとさせるには、十分すぎるメニューである。
プレートの隣にはバターが溶けたトーストと珈琲も並んでおり、彼の一番好きなブレックファーストが出来上がっている。静かに合掌し挨拶をすると、彼は食べながら昨日の事を思い出していた。
『話をしたら、流れで契約して後悔しかけた事もあったが……… そんなに嫌いじゃないんだよな、こういうのって。』
静かに溶けて消えたバタートーストを齧りながら、彼は隣で寝ている虎獣人と契約した事を思い出していた。そんな事を生きていく中でするとは彼も予想しなかった事であり、他の人に話しても『そんなのはおとぎ話だ』と言われるのがオチの展開。
しかし現に彼は正式にその行いを済ませ、身体には刻印も刻まれ、手に出来る契約の証もある。とはいえ普通のアクセサリーにしか見えない事もあってか、これでもまだ実証しにくい証拠である。肝心の相手であるグリスンが見えないのでは、話にならないのだ。
そのためギラムはこの事は誰にも話さず、話す事も無く事の成り行きを見守っていくつもりだった。無論1人で抱え込む心配はない事も解っており、なんだかんだで頼りない相方は話も出来るし、自分のために行動しようとしてくれている。非現実的な事はすぐに理解出来なくても、ギラムはこんな生活も嫌いでは無いのだった。
その後朝食を取り終えると、軽く身体を動かした後、彼は部屋に置かれていた上着を手にし外へと出て行った。
彼が外へと出ると、すでに朝日はゆっくりと街の上へと昇り建物全てを日光で照らしていた。ちらほらと散歩やジョギングをする人々も見かける程であり、ギラムもまたそのうちの1人。身体を解す様にストレッチと準備運動を終えると、彼は軽めの助走を取った後、日に照らされた街中へと走り出して行った。
外へと出向き軽く走り出した彼は、再び自分が現実へと戻ってきた事を実感し、軽く胸を撫で下ろしていた。自分と同じように行動する存在も居れば、すでに始業時間ギリギリなのか走って駅へと向かう人も居た。無論余裕をもって行動している相手もおり、街はすでに人々の行動で賑わいを取り戻していた。
自分と同じように生活し、自分と同じように仕事をする人々。
グリスンの様な存在を見かけない今は、とても平和であり再び自分は現実に戻って来たのだと実感していた。彼が悪い事をしたわけでもなく、ただいつの間にか『現実』が変わって行っただけの話。それでも適応するには時間がかかった方であり、ギラムは頭で処理出来ない時はひとまず落ち着き身体を動かそうと考えたのだ。
とはいえ、寝ている間は他の事は一切考えず昨晩はほぼ爆睡であった。慣れない事をして疲れたのだろうと、彼は思い出し笑いをしながら再び母屋のあるアパートの前へと戻ってきた。そして、ある事を思いついた。
『アイツにはアイツの現実がある。 ………なら、俺も俺の現実を見せてやらないとな。 割に合わないだろ。』
これから一緒に過ごしていくであろう相手に、自分から教えられる事を教えてやろうと。彼は1人決意し、息を整えながら部屋へと戻って行った。
彼の名前は『ギラム・ギクワ』
今まで考えていた現実を塗り替えられても、前を向いて行こうとする傭兵の青年。そんな彼と共に行動をする、黄色い虎獣人の相方『グリスン』内気で弱気なその身体に、理想と夢を抱く心優しい青年。
そんな2人が、この世界の主人公とパートナー
そして、双方の世界を変えられるだけの力を持った存在なのであった………