03 父親の軌跡(ちちおやの きせき)
特殊な環境下に居る彼ではあるが、准士官でも『士官』になれない立ち位置だけは変わらなかった。元々彼の家は裕福ではなく、早くして父親を亡くし出稼ぎに出なければならない事から、どうやってお金を稼ぐかを考えるかで精一杯だった。お世辞にも学力が高い方ではなく、なおかつ教育課程を中段階までしか終えていない事から、より多くの資金を稼ぐには難しい壁として彼の前に立ちはだかっていた。
最初に担当したのは『資材回収』の仕事であり、労働に携わる仕事を初めはこなしていた。畑へ出向き野菜を収穫したり、生え過ぎて刈らなければならない雑草の処理をしたりと、頭を使わなくとも出来る仕事を当時は多くこなしていた。淡々とこなす事でお金を得る事ばかりを考えていた為か、幼い頃の彼はそれ以上の成果を発揮すること無く、上へ上へと目指す事も無かったのだった。
ただ自分は、得る物を得るためだけにその場にいる。その事実だけが変わらずに付きまとい、彼もまた否定する事は無かった。
それからというもの、仕事はさまざまではあるが『体力関係』の仕事を進んで選び彼は行っていた。1つまた1つと仕事をこなし、お金を得て母親と共に生活を乗り越えて行く。彼にとってそれが一番の幸せであり、唯一の話し相手でもあった。そんな彼が『現代都市治安維持部隊』に入ろうと思ったのは、偶然の様にやってきた一つの切欠が関係していた。
ある日の夕食時、食事を取っていた彼に母親が思い出話の様に聞かせてくれた。
「…ぇっ、父さんが治安維持部隊に?」
「えぇ、昔はね。 貴方が知ってる時には別の仕事についてしまったから、きっと知らなかったんじゃないかしら。」
その日も小さな仕事を幾多もこなし帰宅した彼を出迎えた『カイラ』は、食事を取る彼に話を持ちかけてきた。暖かなシチューをパンと共に食べていた彼は手を止め、母親からの話に耳を傾けだした。
「あの人はあまり学ぶ事が好きでは無かったみたいで、早くから働きに出ていたみたいよ。 今のギラム程ではないけれど、やっぱりお金は中々入らないみたいで、大変だったみたい。」
「………」
「それで、何時の日だったかしら… 私と知り合ってからしばらくして、急に『治安維持部隊』の陸軍部隊に所属するって言いだしたのよ。 あの人。」
「陸軍部隊って事は… サンテンブルム?」
「えぇ、そうよ。」
亡くなった父親は学ぶことを嫌い、今のギラムとは違った理由で早くから出稼ぎに出ていた事を彼は知った。例え学ばなくてもお金を稼ぐ事が出来る事を知りたい、それだけの心持で身体を動かし続け、お金を稼ぎ続けた。しかしそれはアルバイトをこなしていくフリーターと同じであり、それ以上のお金が欲しい若い頃の父親にとっては苦行の選択だったとも言えるだろう。
似たように仕事をしていても、居る場所さえ違えば得られるモノも違う。それこそが、最大の格差だったのかもしれない。
そんな若い頃の父親がカイラに所属する話を持ち出したのは、交際してからしばらくした頃だったそうだ。
「あまり私も詳しくは知らないのだけれど、丁度陸軍部隊の『若い新人生』を募集していたみたいで、体力だけは自信があるって言って部門パスをしたみたいなの。」
「凄い… でも、普通なら所属は20歳を過ぎないと出来ないんじゃなかったか?」
「えぇ、だから私もそんな話を何処から拾ってきたのか驚いちゃって。 そしたら、その話を噂で聞いて半信半疑で向かったら丁度、行ってたんですって。 あまり認知はされていないみたいだけど、数十年に1回くらいに候補生を集めているみたいなの。」
「候補生… …候補生って、出世したら…」
「ちゃんとした隊員に、なれるわよ。」
その話を聞いたことが、ギラムの新しい仕事先の話の発見に繋がったのだった。
「…准尉、ギラム准尉。」
「ぇっ?」
そんな回想に浸っていた彼は、自らの名前を耳にし現実世界へと戻された。声の主を探そうと頭を上げると、そこには自身が率いる隊員の1人が立っていた。濃い緑色の髪の毛が印象的な隊員であり、治安維持部隊には珍しい女性隊員だった。
「どうかしましたか? 少し、お疲れの様ですが。」
「あぁ、悪い。 …ちょっと、昔の事を思い出してな。 候補生から上に上にって目指した結果、今の場所に居る俺がちょっと凄くてさ。 訳有でこの道を選んだ様なもんだけど、ここなら俺が『駒』じゃないって思えててさ。」
「?」
珍しく即答で返事をしなかった事に違和感を覚えた様子で、女性隊員は顔を覗き込むようにして彼の顔色をうかがっていた。彼女の行動を見て彼は返事を返しつつ笑顔を見せた後、小さい頃の記憶を思い出していた事を話しながら窓辺へと向かった。
今彼が居る部屋は准士官となった者にのみ与えられる部屋であり、いわゆる重役室と言った所だ。比較的大きめの机に置かれた書類や書物、彼の使用する備品等々が置かれており、用がある者以外は入室を禁じられている部屋だ。今彼の目の前に居る彼女は理由があって入室した者であり、彼とは顔見知りの仲なのだ。
「で、話を戻すようで悪いんだが… サインナ、要件は何だったかな。」
コートを脱ぎ軍服姿だった彼は外の風景を見た後、彼女の名前を呼びつつ要件を再確認する様に質問した。
彼女の名前は『サインナ・ミット』
彼と同じく候補生上がりの陸曹長だ。彼とは年数はあるものの馴染みのある関係であり、陸軍部隊に所属してからは彼の下で行動する事が多かった。その行動振りは常に見ていたものもあった為、彼女は彼の事を裏切ろうとはせず彼の命令に忠実に従っていたのだった。
「先ほど通達がきて、現代都市地下道内で大規模な爆発テロがありました。 ギラム准尉には隊の出撃準備が整った事を、私が代表して伝えに。」
「そうか、少し気を緩み過ぎてたか。 …了解、隊を引き連れて現場に向かい負傷者の救護に向かうぜ。 サインナ、車までの誘導を頼む。」
「了解よ。」
そのため彼女は丁寧語の部分はそのまま話すが、あまり気を遣わなくていい部分だけは普段の言葉使いで話す事が多かった。それは彼にとっても少しだけ嬉しい事であり、マチイ大臣同様彼を認めてくれている家族に等しい相手だった。外に本当の家族が居るとはいえ、彼も久しく戻ってはおらず施設と自宅の行き来以外は外へは出ない。
ゆえに、近い位置に居る仲間がとても心強かった様だ。
彼女の声を聞いて彼は下げておいたコートを掴み、羽織りながら扉へと向かって行った。その様子を見ていた彼女は少しだけ口元に笑みを浮かべながら後に続き、扉の鍵を閉めた彼の先導を歩き車まで誘導して行った。
都市内で勃発した、爆発テロを収めるために…