05 性格の出る身辺整理
密かに動き始めようとしていた陰謀から逃げる為か、はたまた自らの大切な後輩の心を護るための行動か。フィドルとミュゼットはキリエの提案の元にWMSの眼から逃れるべく、それぞれの借家内にて『必要最低限の荷物』を用意しだしていた。
「必要最低限っつってもなぁ……… こういう時って何持てばいいんだ???」
WMSの存在する神殿から近い位置に部屋を借りていたフィドルは、ミュゼットよりも一足先に自宅に到着し、手頃な大きさの鞄を手にしたまま部屋の中をウロウロと歩き回っていた。とりあえず命じられた『衣服の交換』は済んでいた事に加え行動に際し必要と感じた『下着』は鞄の中へと入れたものの、私生活に必要であろうモノに関しては即座に思いつかなかったようだ。
その為、待ち合わせを告げられた時刻の数分前まで同じ行動を繰り返していた事を、ココに補足しておこう。
「……だぁあーーーもうっ!! わっかんねぇえ、ニンジンで良いだろニンジンでっ!!!」
終いには好物の野菜とそこから必要と感じた調理道具やクッションを鞄に押し込み、部屋を飛び出す始末。とはいえ慌てて部屋の鍵を閉め忘れた事に気付いて引き返す辺り、まだまだ冷静さが残っていると言えなくもないのかもしれなかった。
一方そんな相棒がウロウロとしていた時間を着々と使っていたのは、もう片方のミュゼットの方だったと言えるだろう。彼よりも少し遠い場に部屋を借りていた彼は自宅に到着すると、身に纏っていた装束を静かに脱ぎながら衣桁掛へと戻し、近くに畳んでいた私服に着替えだした。
その後同室内である寝室の一区を片付け不要なモノを全て別室へと移動すると、その場に魔法陣を張るかのように下準備を行いだしたのだ。
ちなみに準備そのものは珊瑚を主原料として造られた白墨であり、描かれた円陣の縁に別の色の塗料を五本の指に塗り込んで行っている。それがミュゼット本人の放った魔法に反応し、魔法陣近くの物体を指定された場所に使用者の魔力を消費して転移する事が可能であり、この魔法を用いて先程の仕事をこなしていたのだ。
彼の中では『把捉の魔法』と称されており、その内の一つがこの魔法であった。
ちなみにこの魔法は新たな魔法陣を別の場に描くと先の描写は霧散する為、幾らでもリセットする事が可能なのである。
『とりあえず携帯するモノと、必要に応じて出すモノの二つに分ければ荷物は減る筈。重量のあるモノは魔法で転移させるとして、痕跡を辿られないようにしておけば良いだろ。』
フィドルとは違い移動しながらいろいろと考えていたのだろう、ミュゼットの行動には一切の迷いが無く魔法陣が出来上がるや否や別の部屋と行き来を開始し荷物を配置しだした。置かれた荷物の大半はフィドルと同じく『数量の多い食料品』や『大きめの愛用品』と言ったモノが殆どだったが、一部は普段から使用している『筋力トレーニング用の器材』も置かれていた。
相棒とは違い自宅でのトレーニングを好む傾向があったミュゼットは幾つもの機材を有していた事も有ってか、コレを用いてライゼの肉体を鍛えていた時期も存在するのだ。
とはいえ摂取する栄養素の違いなのだろう、ギラム程マッシブに成らなかった結果が今のライゼの身体である。
その後諸々の荷物を配置し終えると、普段から使っている小さめのバックに肌着類を詰め込み、転移魔法の影響を受けやすいモノも合わせて入れだした。前者は雄の嗜みの為あえて割愛しておくとし、後者の主な該当品は『小さすぎるモノ』と『魔法で造られたモノ』である。
比較的質量が大きいモノは先程の魔法で何とか成るが、粉末であったりそもそもの粒子が疎らなモノは飛ばした際に飛び散る事もあるのだ。半ば爆弾でも飛ばしたかのような惨事が起こった事もゼロでは無い為、その辺りは本人の考慮と言った方が良いだろう。
加えて活動資金の主となる手元の金子が詰まった財布を入れると、ミュゼットは改めて忘れ物が無いかを確認するべく周囲を見渡しだした。するとあるモノが目に留まり行動が阻害されると、彼はその場に移動し目に留まったモノを手に取り出した。
彼が手に取ったモノ、それは紅い液体で文字が書かれた『お札』数枚であった。
「……まさか前にあの子から聞いた話の延長戦で用意出来たモノが、こんな所で役に立つなんてな。解らないもんだ。」
手にした札を仕入れた経緯を思い出しながらミュゼットはバックを身体にかけると、札を手にしたまま再び魔法陣を描いた寝室へと向かいだした。そして部屋の四隅に札を丁寧に貼り付けると、魔法陣を描いた際に使用した液体を着剤の代わりにするべく札の周りに散布し、簡単には剥がれない様にするのであった。
ちなみに彼が張ったこのお札には『魔法の痕跡を消す字』が書かれており、近くで発動した魔法に反応して効力を発揮するモノなのである。何処からこんな代物を手に入れたかに関しては、また別の機会に話すとしよう。
その後時間の余裕を見越して彼は部屋を後にすると、念入りに戸締りをしその場を後にするのだった。
各々が準備を整え指定された集合場所へと到着したのは、それから間も無くした頃。やって来たのは城塞区域内の一角にある人通りが割かし少ない住宅街、から一歩ずれた路地裏通りの先。用事が無ければ余り足を運ばないであろう『図書館』の隣の路地であった。
「必要最低限の荷物っつってもなぁ…… なんか思い浮かぶ物があんまりなかったんだけど、ゼット何にした?」
「とりあえず金銭関連の物と、普段から愛用してる精製石鹸くらいだな。魔法経由で普段使ってる筋トレ器具やら一部の食い物は全部運べる様にしたから、まあその辺か。」
「有能過ぎるだろゼットの魔法……… 俺もそう言うのにしとくべきだったかなぁ。」
「フィドルの風の魔法の方が、俺は有用だと思うがな。」
そんな暗がりの路地にてやり取りをするフィドルとミュゼットであったが、交わすやり取りは他愛のないモノばかり。コレから逃走生活を送る事は確定しているが未だに緊張感が無かったのかもしれないが、それよりもフィドルの苦悩を聞く方が先だったのかもしれない。
現に彼の背負う肩掛けバックの一部からはニンジンの葉が顔を出しており、半ばピクニックのおやつの様な存在感である。
「……で、指定されたのはココってわけだけど。……改めて図書館近くって、割と人目ねえんだな。」
「望んで勉学に勤しむくらいじゃないと、本当に用事が無いからな。後は少し重要関連な書物だったかな、ココにあるのって。……そいやフィドルがWMSの外でライゼと会ったのって、ココだったか?」
「そそ、配属される為にって一生懸命に魔法の再会得を目指してたからな、今でも覚えてるよ。……まさかそこまでして入りたい理由があるのかって思ってたけど、実際そう言うのとはまたちょっと違った理由だったもんな。」
「だな。……それなのにまさか、組織そのものから追われる身になるなんて考えもしなかっただろうからな……… あんまり気に病んでないと、良いんだが。」
「そうだなぁ。」
しかしそんな浮かれ気分とは異なる平和なやりとりは一変、気付けばこの場に居ない自分達の後輩の話に変わっていた。
彼等がライゼと関わり出したのは組織に所属する少し前であり、その後は両者問わず接点が有れば関わる事を続けていた程だ。
クーオリアス主体だった行動からリヴァナラスに移動する話を聞いた際も喜んで見送ったのが彼等であり、それだけライゼとは親しく種族の間柄を越えた関係を構築していたと言っても過言ではない。
元々獣人族のフィドルと魚人族のミュゼットが関わっている事だけでも珍しいのに対し、その間に鳥人族のライゼも入るとなれば目立っていても不思議ではない。そう言う意味では『悪意を持って眼を向けられた際』の結果など予測しやすいモノであり、改めて彼等はライゼへの危機感を覚えるのだった。
「……ってか、パンター大司教様の『個人的に信頼出来る者』って……誰だろうな。」
「あぁ、それなら俺ちょっと予測付いてるんだよなぁ。視た事あるし。」
「えっ、誰だそれ。」
「ぉっ、居た居た。よお、お二人さん。」
「「?」」
そんな彼等のやり取りが聞こえるかどうかのタイミングで、彼等の元に軽快な声がやって来たのだ。路地に居た二人を見つけた様子で中に入って来た相手、それは紫色の肌が印象的な雄の馬獣人であった。
「お前等だな? 嬢ちゃんが頼んできた『匿って欲しい二人』って言うのは。」
「……えっ? 嬢ちゃんって……」
「あぁ、悪い悪い。二人に解りやすく言うと『キリエ・ラルゴ』だな。」
「あ、じゃあやっぱりお前がそうなのか。よく紫色の馬獣人がパンター大司教様の足をしてるって聞いてたけど。」
「そっ、俺がその足こと『リズルト』だ。んじゃちょっぱやで運ぶから、とりあえずコレ好きな指に嵌めな。」
やって来たのはギラムとも面識のある『リズルト』であり、クーオリアス内では輸送に関わる仕事をしている存在でもあった。仕事そのものは荷物であったり人であったりと様々だが『運ぶ仕事』には変わりは無く、場合によっては親しい相手からの依頼も舞い込んでこない事も無いのだ。
今回もまたその仕事の一環の様なものであり、キリエと親しい彼が今回抜擢された様である。
そんな彼の説明も矢継ぎ早に済ませると、リズルトは懐からある物を二つ取り出し彼等に手渡した。彼が手渡した物、それはフリーサイズの銀色の指輪であった。
「指輪?」
「今のお前さん等は、一応『失踪者』なんだろ? その指輪は装着した相手の身体の色やなんかを誤魔化す魔法が施されてるから、今のうちにしておけよ?」
「あぁ、なるほど……俺等の皮膚や毛色も、目撃者からの判断材料になるからな。確かに納得だ。」
「お揃いで左手薬指でも良いぞ?」
「いや、俺等そう言う関係じゃないからな………」
手渡された指輪の効果を聞かされたミュゼットが納得した様子で指輪をしげしげと見つめた後、茶々を入れて来るリズルトに返答しつつ左手小指に嵌めだした。すると奥まで差し込まれた指輪が突如として反応して煌めいたその瞬間、彼の肌色は指輪を起点として次々と塗り替えられ、濃い藍色の肌からあっという間に鮮やかな青色と成ってしまうのだった。
半ばライゼに近い色合いの空の色であり、隣に立っていたフィドルもまた指輪の影響で別の毛色へと変化しているのだった。
「おぉ! ゼットが青色に!!!」
「フィドルも土気色になってるな。……確かに馴染むな、コレは。」
「嬢ちゃんが『失踪中はずっとつけているように』って言ってたから、事が済むまで貸しとくよ。一応それ俺の私物だからさ、無くすなよ?」
「ぉ、おう。」
「んじゃ、移動すっか。俺ん家行くぞー」
そんな青色の鯱魚人となったミュゼットと土気色の兎獣人となったフィドルは言葉に釣られるがままに、表通りに止められていたリズルトの車に乗車させられるのであった。ちなみに『車』と称しているがガソリンを用いて運ぶような類いのモノでは無く、正確に言えば笠の付いた『人力車』で、その場を後にするのだった。
次回の更新は『4月30日』を予定しています、どうぞお楽しみにっ