04 謹慎と成り追われる者達
リーヴァリィへと逃げ込んだライゼが療養生活を送りつつ魔法の鍛錬を行っていた、その頃。クーオリアス内での安否を心配されていた彼の先輩達はと言うと、普段の業務と何ら変わらない生活を送っていた。
「ぁーっ…… 重ぇえーーーっ、んだよこの荷物の山はよぉおおーーッ!!」
「フィドル、そんなに騒ぐな。殿内の壁は元々響きやすいんだ、殿内中に響き渡ってるだろ。」
「わぁーってるけどさぁ、この山はマジでねぇえってっ!! ……ってかゼット、何でそんな余裕そうなんだ……?」
「そこまで重く無いからな…… なんなら幾つか魔法で経由してるし。」
「ずりぃいっ!!」
その日も日差しの降り注ぐ良い天候の中ではあったが、彼等は上層部からの注文で荷運びをしている最中だった。先日までの殿内警備の騒がしさとは裏腹に平和過ぎる何時もの業務だった事もあってか、彼等の中ではまだモヤモヤとした気持ちが晴れてはおらず、半分はストレスからの心の叫びだったのかもしれない。
元より感情が表に出やすいフィドルはそのままであった反面、ミュゼットの方は表面上では左程変わらず相方の返答をしているだけに過ぎなかった。
しかし彼もまたライゼと親しい間柄であったためか、感情をただ顔に出していないだけに過ぎなかったと言えよう。
そんな二人の会話が殿内に響いた事も有ってか、すれ違う獣人達からの笑い声が聞こえる中、二人は荷物の運び先である警務隊上層部の部屋へと到着するのだった。
コンコンッ
「パンター大司教様、ご依頼の品をお届けにあがりました。警務隊所属の『ミュゼット・サブマージ』です。」
《入りなさい。》
ウィーン……
「失礼します。」
「失礼しまぁーす……」
一方は体力の余裕を見せる中、もう片方は疲労困憊だったのだろう。相手からの返事と共に扉が開かれると、彼等は荷物を中へと運び早々に指定された場所へと荷下ろしするのであった。
ちなみに余談を挟むと、既にフィドルの足は生まれたての小鹿の様に成っており、自力で下ろすのは難しいと判断したミュゼットが手伝っていたのは言うまでも無いだろう。加えて彼は自身の魔法で一部の荷物を転移させていた事も有り、魔法でその場に別の荷物達を召喚すると、あっという間に仕事を終えてしまうのだった。
「ぁーっ……重かった………」
「しっかりしろフィドル、パンター大司教様の前だぞ。」
「構いません、其方のソファを少しだけ使用する許可をキリエは与えます。」
「ありがとうございまぁーす……」
警務隊のパンター大司教ことキリエからの許可を貰うと、フィドルは早々に返事をしつつそのまま近くのソファへと雪崩落ちる勢いで腰かけだした。元より脚力には自信がある様だが重量による負荷が許容量を超えてしまったのだろう、そのまま背凭れに身体を預け、反り返る勢いで休憩を取り出すのだった。
そんな相棒の行動を視たミュゼットは肩を竦めながらキリエに御辞儀をすると、そのままの足で彼女の座るデスク前へと移動し直立不動の体制を取り出した。彼女は彼等の上司であり命を与える存在であるが故に、既に規律で決まった行動だったと言っても過言ではない。
相棒の不始末を払拭する勢いで取り出した行動を視てか、キリエは掛けていた眼鏡の位置を静かに修正しつつ、ミュゼットを視上げながらこう言いだした。
「御苦労様です、ミュゼット、フィドル。加えてもう一つ、キリエは貴方達に命令を下します。」
「ハッ!」
「本日から期日未定の『謹慎』を言い渡します、以上です。」
「……… ……えっ!?」
「謹慎ーーーーッ!?!?!?」
ガバッ!!
「うおっ!!」
そんな彼女の言葉を聞いて驚いたのは、何もミュゼットだけではない。耳だけはピコピコと動かしていたフィドルは突如として跳び上がる勢いでソファから立ち上がると、そのままの足でキリエの座るデスクへと飛びかかり前のめりの体制を取り出したのだ。
その表情は只ならぬ不安と恐怖を混ぜたかのような顔をしており、ハッキリ言って相手を責めるのではなく自らの贖罪を語り出しそうな顔色であった。
「パンター大司教様!!! 俺また何かやっちゃいましたか!?!? 流石に今の雪崩れ崩れるソファの使用の対価と仰せられるのなら、その代償として俺の給与を全額一定期間支払いますんで!! ゼットだけはどうか、御慈悲を!!!!」
「おいおいおい、落ち着けってフィドル。まだ理由を聞いてないだろ……」
「だってゼットが何かする訳ねえじゃん!!! 十中八九俺だって!!!」
「疑い過ぎる位の行いに宛があるなら、少しは自重しておけ。」
そんなフィドルの動揺に微動だにしない様子で見ていたキリエを横に、ミュゼットは相棒を机の上から引き剝がし体制を二足歩行の状態へと戻しだした。半ば強引に戻されたフィドルは抗議する勢いでミュゼットに言葉を放ってはいたが、心境からか既に涙目になっており何度も馬鹿をしている自身が情けないとばかりの顔を見せていた。
事実、フィドルは自らの所属する警務隊で失態をしている事は割と多く、その謝罪と始末に対しミュゼットが巻き込まれている事はゼロではない。とはいえそんな行いを幾ら繰り返したとしても見放す事を選ばなかったのもまたミュゼット本人の意志であり、フィドル本人も彼に対し信頼を寄せていると言っても過言ではない。
だが毎度毎度の事となれば御小言の一つや二つは言われるのは当然であり、今回もまたフィドルは額に強めのデコピンをミュゼットに撃ち込まれ、痛覚で正気に戻されつつ両手で額を抑えその場に蹲るのであった。
「……申し訳ありません、パンター大司教様。御言葉を返す事になりますが、理由をお教え頂けないでしょうか。」
「貴方達が何か言いたい気持ちが大きい事は、キリエも重々承知しています。あくまで貴方達の表向きの処分が『謹慎』であり、事実を含めた裏の理由はそうではありません。」
「裏の理由……?」
「貴方達二人が、外部の隊。主に『情報隊』から眼を付けられている、とキリエは補足します。」
「「!?」」
そんな彼等のやり取りが落ち着き詳細を求められると、キリエは淡々と説明を始め二人の境遇が危うい事を説明しだした。
彼等を取り囲む組織『WMS』は主に六つの部署に分かれ、各々の統括をする責任者としてキリエやサントス、ベネディスの様な代表者が席を置いていた。しかし衛生隊と呼ばれていた組織が壊滅しベネディスへの処罰が行われた今、他の部署もまた同じような監査が入るのは目に視えており、処罰へ対する行いに関与していた警務隊もまた例外とはいかない。
加えて今回の組織の壊滅に際し『作戦に関与していた存在』として名を上げられている存在が複数名存在しているため、そこから調査されてしまえばフィドルやミュゼットもまた処罰の対象となってしまう可能性が浮上して来ている。
大まかな理由と推測される事態を説明されるも、彼等は唖然とした様子でその発言を耳にする事しか出来ずに居た。しかしその開いた口を一生懸命に閉じて言葉を放ったのは、意外にもフィドルの方であった。
「………あ、あのっ……パンター大司教様。俺達は衛生隊の……『ぜるれすと・けいかく?』に対し、何も関与していないのですが………」
「御存知無いようだと思われている様ですが、残念ながら貴方達二人が衛生隊の一部の方との関与を否定するのは困難。休憩時間は愚か、昼食や借家への上がり込みも目撃されていますので、全てを覆す事は不可能です。」
「「………」」
〔飯と上がり込みって…… まさか、あの子の事か……!?〕
〔そう考えるのが順当だな。〕
「魔法内でのやり取りも構いませんが、この部屋はキリエが望んだ環境の為筒抜けです。口頭でお願いします。」
「うぐっ………」
質問に対し関与の矛先に宛が思い浮かんだのだろう、フィドルは焦った様子でミュゼットとの間に魔法による通信回路を構築し、叫ぶ勢いでやり取りをしだした。顔色だけ変えながら目の前で謎のやり取りをする二人に対しキリエは再び淡々と言葉を告げると、フィドルは口を紡ぐような声で唸るのだった。
ちなみに余談だが、キリエの発言の通り彼等が今居る場では魔法を用いたやり取りに対し、例え彼女へ対する回廊が開かれていなくとも聞こえる様な仕様と成って居るのだ。主な理由は部屋の見えない場に仕込まれた魔法水晶が理由であり、全て無力化しなければ室内で放たれる魔法は部屋にいる彼女に無意味なのである。
そんな事実を改めて知らされた二人に対しキリエは静かに咳払いを一つすると、我に返った様子でミュゼットがこんな言葉を投げかけだした。
「では、パンター大司教様はあの子。ライゼと俺達の関係性を危惧して、謹慎と言う処分をお与え下さる。と言う事なのですね。」
「はい、その解釈で構いません。」
「でもどうして、俺達まで狙われるんだ? あの子を助けた事実なんて、何も残ってないはずなのに…… ましてや首謀者に加担した『スティール・ブラン』だって、騒動の後に惨死体で発見されたばかりじゃないか。」
「細かい事情については、キリエは分かりかねます。しかし関係性で粗を探した際に貴方達に行き着くのは容易。加えてその事実が事件へと成り変わり、リヴァナラスへと逃走した者の耳に入った際、貴方達でしたらどのような感情を抱かれますか。」
「「………」」
「コレはあくまでキリエ個人の考えと共に、別の者との協議の上で下した審判に過ぎません。意義を申し立てるのであれば、キリエはそれを承認しティーガー教皇様に提出する義務がございます。何方を選ばれても構いません。」
「ティーガー教皇様へ、直々にか………」
「ゼット………」
「………」
彼等の心情を理解している様子でキリエは幾つもの候補の中から上がった処遇である事を話すと、同時に別の選択肢を選んでも構わない事を同時に説明しだした。あくまで彼等に提示したのは『逃走』と言うモノであり、それがもし彼等の道理に反すると言うのであれば、彼等が選ぶ対抗手段を取る事もキリエは承認するつもりであった様だ。
しかしそれを選んだ際の自らの行動に関し曲げられないモノもあるのもまた事実の為、それを理解した上で自己の選択を優先して貰っても良いと同時に伝えるのだった。
上層部に位置する教皇の元に報告が上がった際、その配下の者達によって追手を出された挙句、別の者が逢った様な末路と成る可能性は高くなる。
残死体として発見された者の姿は視るに堪え難いモノとして報告されており、鋭利な魔法によって内臓は貫かれ、四肢は愚か翼すらも捥がれていたとの事だ。発見された場所には夥しい血痕の後も広がっていたと報告されていたが、残念な事に犯人の特定は出来ておらず今のクーオリアス内での小さな闇と化していたのだった。
そんな説明を受けたミュゼットは幾つも脳裏に構築していた仮説の幾つかを排除した後、一番安全とされている提案の全容を確認しだした。
「……ちなみにですが、パンター大司教様。謹慎を受理した際、俺達は何処へ籠れば良いのでしょうか。身を隠す事が必要ならば、俺達は共にWMSが管理する場に住んでいる為、襲撃を受ければその善意も無駄になります。」
「それにつきましては、キリエが個人的に信頼出来る者と伝手があります。其方を使えるよう、手筈を整えています。」
「って事は、連中が想定しづらい場所に身を隠すって事か…… まあそうだな、その方が俺達が逃げ延びられる可能性が高い……か。あの子への心配は、最小限の方が良いもんな。」
「ゼット、どうする……? 俺はもうお前に任せるよ、こう言うのはゼットにしか任せられなし……俺の判断は、ゼットを巻き込むだけだ。」
「解ってるって、フィドルがド下手なのは重々理解してる。解りました、謹慎します。」
「では、即座に退勤処理を行い衣服を変え、一時間以内に自らの必要最低限の荷物を携帯した上で、指定の場所に向かって下さい。キリエはその間に、事後報告書類をティーガー教皇様に提出します。」
「解りました。フィドル、行くぞ。時間が無い。」
「お、おうっ」
提示された内容を確認し相棒の不安を余所に受理すると、彼等はキリエに追い出される勢いでその場を退出する様告げられ、その足で退勤処理も行うよう命じられるのだった。ミュゼットは未だに混乱気味のフィドルの背を押しながらそそくさとその場を移動すると、警務隊の管理する区域とは別の場に位置する門扉警備の詰所内にて退勤処理を行い、その足で各々の生活をしている借家へと向かうのだった。




