03 複製と薬学の魔法
朝から始まった教育指導によって少し疲れたのだろう、グリスンは昼食後の昼下がりにソファにて横になり休息を取っていた。顔色そのものは変わらないが精神的な疲労だけは目に視えており、よっぽどライゼからの指導に堪える部分があったのかもしれない。
相棒のそんな姿を目にしたギラムは少しだけ笑顔を浮かべながら近くのタオルケットを手にし、相棒の身体の上に掛けるのだった。
『根が真面目な所は、二人共そっくりなんだけどな。』
そんな彼の近くには同じく仮眠をとるフィルスターの姿もあり、此方には普段から使用している小さめの毛布を掛け共にそっとしておこうと彼は思うのだった。食事をした際の洗い物をピニオに任せ次なる行動を考えようとした、その時だった。
「ギラム准尉、ビーフジャーキー貰っても良いでしょうか。」
「ん? ……あぁ、この間来たやつか? 構わないぜ。」
「ありがとうございます。」
彼の元に朝から活動し続けていたライゼが歩み寄り、先日届いた荷物の中身を貰っても良いかと言い出したのだ。
それは先日自宅に届いたモノであり、宛先そのものは確かにギラムの為『所有権は彼にある』と言って良いかもしれないが、仮設から導き出された結論から言えば『ライゼへの物』と言えなくもない荷物。原産地がクーオリアスである事が確定した品物の一つをライゼは手にすると、封を開け中身を数枚口にしながら再び荷の蓋を閉じるのだった。
その後改めてギラムに頭を下げて御礼を言うと、そそくさとベットルームへと戻って行くのだった。
『……そういやあのビーフジャーキーって、ライゼの魔力回復用の……とか言ってたな。魔法の練習でもするのか、ライゼのやつ。』
相手の行動から何をするのか少しだけ予想が付いた様子で、ギラムは様子を見るべく彼の後を追い彼の後姿を静かに視ていた。
「………」
そんな彼の気配に気づいていないのか、ライゼはフローリングの上に座り胡坐をかきながらビーフジャーキーの一つを口にしつつ、両手を開いては閉じてと繰り返す運動をしだした。暫くそんな動きを行った後に気合いを入れなおしたのか、その場で深呼吸し静かに目を閉じゆっくりと味を噛みしめながら右手で指パッチンをするのだった。
すると目の前には一丁の長銃が生成され、銃身は長くも紅く装填出来る銃弾も多そうなモノが出てくるのであった。その後銃器を触りながら細部に狂いが無いかを確認しだし、再びビーフジャーキーの味を噛みしめながら銃身を優しく撫でるのだった。
『……うん、外気って言うより内部から湧いてくる感覚だ。コレなら定期的に食っとけば、何時もよりは少ないけど魔法で銃器と弾薬は創れるかも。』
「……? 鍛錬か、ライゼ。」
「? うっす、あんまり使わないと訛っちゃうっすからね。俺のは特に。」
「そうなのか。……視てても平気か?」
「良っすよ。」
そんな魔法発動の後に声を掛けられ気付いたのだろう、彼は振り返りながらギラムに返事をし近くで見ていても良いと許可を出すのだった。視られて困るようなモノでも無かった事に加え、自身の憧れであるギラムが興味津々の体制が嬉しかったのだろう、心なしかライゼの尾羽が上下に揺れていた。
「……そういやあの時も、ライゼは拳銃を創って戦ってたな。造りもちゃんとしてるし、こういう魔法が得意なのか。」
「んー…… 得意っつーか、コレが最適解じゃないかって提案されたのを俺なりにアレンジした結果がコレなんすよ。」
「最適解?」
自らが創り出した銃器を手渡しながら説明をすると、ギラムは細部の造りを確認しながら彼の話に耳を傾けだした。それは自身が今まで使っていた魔法を捨てて再会得した魔法の経緯に加え、会得先の候補を上げてくれたベネディスへ対する話だった。
出会い頭の頃は彼が相応の地位を有していた存在だった事はライゼも知らず、ただ見ず知らずの魔法に詳しいおじいちゃんとしか見ていなかった。しかし自身が考える程に知識は知恵と成っている事に加え、自らが置かれている境遇を聞いても蔑視はせず、一人の鷹鳥人として接してくれた事。
その出会いから今の魔法を選ぶに至った経緯を包み隠さず話すと、ギラムは少しだけ笑みを浮かべながら彼の話を静かに聞いて居るのだった。
「しかしまあ、銃の造りもしっかりしてて凄いな。ライゼの観察眼も鋭い証拠か。」
「恐縮っす。」
「後は、なんだっけ? 薬の魔法?の方は。」
「魔精薬っすかね。それは形状諸々は自由に出来る様にしてあるんで、大抵の怪我や病気は治せます。グリスン用にって処方したのは、魔法系統から来た風邪の症状だったので、ソレ用っすね。体温異常と免疫機関の後押しが主っす。」
「へぇ、そういう凡その原因から部位の特定までして創れるのか。凄いな。」
「恐縮っす。」
半ば褒め言葉の連続に成っていた事もあったからなのだろう、ライゼは先程から満面の笑みを浮かべておりとても嬉しそうに話を続けていた。自身の魔法に興味を持ってくれた事もだが、それに対し純粋に理解を示し反応を示してくれる事がよっぽど彼にとって良かったのだろう。
気付けば尾羽がブンブンと揺れており、これではご機嫌な時のグリスンそのままである。
そんな彼の後ろの動きに対してギラムが心の中で苦笑していた、そんな時だった。
「……でも、ちょっと嬉しいや。」
「なにがだ?」
「ギラム准尉とこうやって話せるタイミング、治安維持部隊に勤めてた時だけだったんで…… クーオリアスからリヴァナラスへ移動した時もそうだったんすけど、大体独りで居る事が多かったので。話が出来るって、本当に幸せな事なんだなって思ったっす。」
「………」
「俺が今ココに居られるのも、俺を信じてくれた先輩達やマウルティア司教殿を始めとする衛生隊の皆のおかげっす。……俺もギラム准尉と同等か、それ以上に戦える力があったらって……今でも思います。」
「ライゼ……」
「でも、無いもの強請りした所で駄目なのは解ってるし、仮にあったとしても…… 力でねじ伏せた結果は……多分だけど、良い結果にはなりません。また第二、第三勢力って出てきて……ずっと、戦う事しか出来なくなると思うので。俺の魔法はそういう魔法じゃないって、何時もマウルティア司教殿は言ってました。」
「……そっか。」
しかしそんな笑顔もすぐに陰る程、今の彼がおかれた境遇は余り良いモノとは言えない。元居た世界は内戦が始まり組織を壊滅せんとばかりの動きに加え、自身の師の命は危うく場合によっては協力者と成ってくれた先輩や同胞達の事が気掛かりで鳴らない。
当時一足先に帰っていたリミダムに関しても消息不明であり、唯一共に行動してくれたピニオの事だけ解る現状。
戻れるモノなら戻りたい、戦える術が有るのならば仲間達と共に戦いたい。
だがそんなモノは何も無く逃げる事しか出来なかったからこそ、今の自分に出来る事をしないといけない。鍛錬はそんな不安を少しでも軽くするための行動だった事を知り、ギラムは優しくライゼの左肩に手を置き、彼の眼を視つつこう言うのだった。
「ライゼ。仲間の事が心配だとは思うが、今はライゼ自身の身体の事を心配するんだぞ。俺はそっちの方が心配だ。」
「うっす。」
そんな自身を想って声をかけてくれている優しさを知ってか、ライゼは静かに頷きつつ笑顔を見せ、まだまだ頑張るぞとばかりに気合いを入れ直していた。半ば火に油を注いだとしか思えない反応にギラムが多少困惑する中、ふと自身の手元に持ったままであった紅い銃器を視つつ、こんな質問をしだした。
「……ちなみにだが、コレって創ったらライゼの魔力が続く限りそのままなのか?」
「いいえ、一回創った俺の拳銃は弾薬が全て無くなるまでそのままっす。永続的に保つために俺の力が必要な訳では無いです。」
「そうなのか。」
「装填用の弾薬に関して言えば、長期間そのままだと威力の保証が少しずつ減って行くってくらいなので。俺はただ創る側なだけなんすよ。」
「……そうなると、俺の魔法と違って手元にある必要性は無いんだな。じゃなかったら、ライゼが俺に拳銃をパスしてくるわけが無いか。」
「うっす。」
改めて彼の魔法に対する理解が進むと、ギラムは拳銃をライゼに返却し彼の頑張りを後押しするべく何か飲み物を用意しようと言い出した。そんな彼の提案に対しライゼは元気に返事をし珈琲を注文すると、ギラムはその場から立ち上がりリビングルームにて珈琲の支度をするのだった。
優しく気遣ってくれるギラムの優しさにライゼは感謝しつつ手元から拳銃を消すと、静かに立ち上がりベットルームの窓辺から視えるリーヴァリィの街並みを視だした。少しずつ降下を始める太陽の動きと静かにそよぐ風の動きを芝生の動きで理解すると、静かに空を見上げながらこう想うのだった。
『………先輩達、今頃どうしてるかな……』
次回の更新は『3月22日』を予定しています、どうぞお楽しみにっ




