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鏡映した現実の風~リアル・ワインド~  作者: 四神夏菊
D1話・本当の敵はそこに居た(ほんとうのてきは そこにいた)
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08 帝政の名のモトに

本来であれば『外部からの細菌』を持ち込まない為に展開する為の魔法障壁が張られるも、彼等のやり取りを無事に終わらせる為の強度は無かったのだろう。恰もガラスの窓が砕け散るかの様な騒音が周囲に響く中、障壁を破ったと同時に発生した微細な霧の襲来に一同が振り払った時、先頭に立ち続けていた『エレファント枢機卿』こと『グロリア』は一声に後方へと叫び出していた。



「幾度となく手間を取らせる……!! 構わん!! 一斉法撃!!」

「「「ハッ!!!」」」


目の前で広がる光景に対しライゼの身体は意思に反し後方へと後退して行き、自らの前に立ち続けていたベネディスの姿が徐々に遠くなる感覚に陥っていた。ベネディスの左手で身体を圧された事による身体の揺らぎも多少あったものの、それ以上に自らの周囲に対し相手が異なる魔法を発動させたのか、視覚から得る情報に様々な作用を目視した事によるものだったのかもしれない。

再び自らの周囲に壁を張る手筈を整えていたのだろう、先程まで目の前で展開されていた魔法壁以上に強固と思わしき壁が前方に展開されると、ライゼはあっという間に集団の手が及ばない空間へと飛ばされてしまうのであった。


正確に言うと同じ衛生隊区域内に存在する『ベネディスの部屋』に飛ばされており、本来であれば扉の干渉を抜けた先に存在するその場所に彼は転移していたのだ。場所の把握をすると同時にライゼは扉に近づき開錠を試みるも、無論鍵が掛けられておりビクともしない状態に変わっていたのだった。


『……駄目だ……開かない……! ………クッ、俺は……マウルティア司教殿さえも……護れない、なんて………』


一人安全だと思われる場所に飛ばされてしまった事を理解すると、ライゼはその場で崩れ落ち悔し涙を浮かべるのだった。




一方、ライゼを安全地帯に送り届けたベネディスの方はというと、戦況に対しては防戦一方という状況に変わりは無かった。元より多勢を相手に出来る程の強大な魔法を彼は有しておらず、一個人として扱える魔法は上位の位置に居たとしても、自らの年齢に対する老いを感じざる得ない状態だと言っても過言ではない。

一つの魔法を退けても別の魔法が飛んでくる現状に対し防ぐのが低一杯であり、絶対にライゼの居る部屋に対する干渉をさせまいと奮闘していた。



バシュンバシュンバシュン!!!


「クッ……流石に老体には堪えるな………!」

「鳥の姿が視えぬぞ! 逃がすなっ! 追えぇえ!!」

「行かせぬわっ……!!」


しかし相手もまた澄み切った蒼い空の様な存在の色を見落とすはずが無く、ライゼの姿が不意に消えた事も気付かない訳がない。何かに感付いたかのように叫ぶグロリアの声と共に動きを見せた者達に対し、ベネディスは目の色を変えて身を翻し、切り札とばかりに控えていた区域内の装置を発動させだした。



ガシャンガシャンガシャン!!


「ぬっ! 老いぼれが……!! まだ俺様に逆らう気か!!」


彼が発動させたのは鉄筋コンクリートと思わしき棒状の柱を幾多も交差させた物理的な壁で有り、先程までの魔法壁とは部類が異なるモノで有った。身体能力の高い獣人達に対しては時間稼ぎ程度にしかならないと解って居ても、彼等の手の内にライゼの身を落とすわけにはいかない。ベネディスなりの『悪あがき』と言ってもいい行いではあったものの、本人の体力は既に限界に近付いており、疲労感に加えて怪我の具合による出血も多く、何処となく顔色も青ざめていた。

だがそんな状況であっても笑みだけは浮かべており、ベネディスは彼等に勝ちを譲らない姿勢を保っていた。


「……例え儂がくたばろうとも………もうすでに、代行を叶えてくれる素質を見つけたのでな……!! 帝政などに屈しない、若き青年の憧れを……!!」

「!!」

「お主はその眼で確かめ……悔い、改める時が来る………! ……せいぜい利用していると想い上がっている者達の掌で……! 踊らされてるが良い……!!」

「だまぁあれえええ!!!」


しかしそんな笑みすらも怒りに変えられるのが、今のグロリア達一行とも言えるのかもしれない。計画そのものが順調だったのにもかかわらず降り注ぐ想定外の行いの数々、そして現れる真打に対し苦戦する部隊員達の不甲斐なさ。加えて不利なはずの相手側の存在から向けられる、強気な姿勢と笑顔そのものが憎たらしく、何もかもが雄叫びと共に暴力に変換されて相手の身体に傷をつける。


本当に傷を負っているのは相手だけなのか、上手く決める事の出来ていない自分なのではないか。


思考回路そのものが短調に等しきグロリアの脳内はパンク寸前だった事も有ってか、ベネディスに向けられる最後の一撃に躊躇いなどは存在しない。振り上げられた大きな武器から放たれた一撃によって相手の身体は宙を飛びそのまま壁に激突すると、相手は壁にめり込む勢いで身体を衝突させ、そのまま意識を失ってしまった。

意識が遠のく中で聞こえ徐々に薄れて行く聴覚から彼等の罵倒の嵐を聞き流しながら、ベネディスは心の中でこう呟くのだった。


『……とは言っても……儂も、その内の独りなのじゃろうな……… メルキュリーク様……神罰は、如何様にも受けます故………ライゼを……護って‥…下さい…………』


彼の呟きが心の中で静かに唱えられたその時、彼の身体は静かに光と共に霧散し徐々に意図しない空間の中へと消えて行くのだった……





しかしそんな状況が自らの要る空間の外で起こっているとは思いもよらないライゼはと言うと、悔し涙を流し続けるもふと我に返ったかのように右腕で涙を拭いだした。さっきまで散々奮闘し此処まで辿り着いた矢先の出来事に頭と心の整理はついて居ないものの、この場で項垂れていていい訳がない事も同時に理解出来た。


今優先して何をすれば良いのかは解らないが、自らを助けてくれたベネディスの行動を無下にする事だけはしたくない。その意思だけで彼は拭った目元が少しだけ潤む感覚を覚えつつも、その場に立ち上がり後方へと振り返った。



そこには普段からベネディスが使用しているデスク周りに加え、専用の機材の数々が幾つも並んでいる。その内の幾つかはライゼも用途を理解しているが一部に対しては無知であり、その場から持ち出す資料等も今は存在しない事は解って居た。彼等が発端とした『ゼルレスト計画』に関しては隠蔽する必要がない程に外部に情報が流出しており、今更隠した所で何の解決策にはならない。

ならば何をすれば良いのか、そう感じたその時だった。


『……マウルティア司教殿の想いを…… 持ち出す……!! そうだ、ピニオ!!』


そんな目の前に広がる光景を無視してライゼは奥へと走り出すと、その先に存在する幻影交じりにかけられた扉の元へと向かって行った。其処は普段から立ち入りが厳重に管理されている『一部の者達にしか開けられない空間』であり、今回の騒動の根本に位置する『ピニオ』が管理されている部屋でもあった。

部屋へ入る為の特別な鍵に関してはライゼも持ち合わせており、即座に鍵を差し込み開錠すると、奥の部屋へとなだれ込む勢いで入り込んでいた。


目の前に広がっていたのは淡い空色の様な液体と共に仄かに輝く緑色の照明に照らされた空間であり、その部屋の中央に大きな縦形の水槽が備え付けられていた。水槽の中には人影が有しており静かにその場に眠るピニオの姿があり、ライゼは急いで水槽の近くに置かれた端末に近づき液体を抜く専用パスコードを入力しだした。すると装置の内部から水が抜け出る音と共に水槽内の水量が物凄い勢いで減り出すと、浮いていた身体から底に足を付いた瞬間、中に居たピニオが目を覚まし水槽内から抜け出してきたのだった。

全体がガラスに覆われていたのにも関わらず一切干渉する事無く抜けられるこの構造自体は奇妙なモノだが、彼が有している力の一つによるモノだと今は簡単に説明しておこう。


「……? ベネディスじゃない……?」

「ピニオ、頼む! ココから脱出してくれ!!」

「……… どういう事だ。」


しかし現状、切羽詰まった状況だと言う事をピニオ本人が理解していない事も有ってか、ライゼの慌てぶりは彼からすれば奇妙な光景だったのだろう。おまけに自身を起こすのは決まってベネディスだった事も有ってかライゼがやって来た事も驚いており、何もかもが情報不足とばかりの顔を向けていた。

だがそんな彼すらも即座に身の危険を知らせられる単語を、ライゼが有していないはずも無かった。


「俺達の憧れになる、リアナス全員を抹消する計画が動いたんだ! 早くしないと、お前どころか………! ギラム准尉の命が危ないんだ!!」

「!!」



バンバンバンッ!!


「!! マズイッ!!」

【鳥! そこに居るのだろう!! 大人しく出てハチの巣に成れ!!】

「誰が成るかっ!! 豚野郎!!」

【俺様は象だ!!】


状況が悪く自らの身の危険もある事を理解した矢先、ライゼは部屋の外まで敵が迫っている事に気付きだした。慌てて部屋の外に干渉する端末を操作し何とか防護壁を展開するも、慌てている事も有ってか指先が何度も滑っており操作ミスでエラー音が定期的に発せられていた。

そんな状況をぼんやりとした眼差しでピニオは見守る事しか出来なかったが、不意に静かにその場から歩き出し目の前で端末と格闘する彼の背後に立つのだった。


「………」

「頼むっ!! 俺達衛生隊の……皆の希望は、リアナスにしか託せないんだ!! ギラム准尉の事も、もう俺は助けられないんだ!!」

「………」



バンッ!!


「!! ピニオ……!?」



バリバリバリバリンッ……!!


「ッ!!!」

「助けられないなんて、そんな言葉を吐くものじゃないぜ。……お前は現に、俺の事を助けてくれたじゃないか。」

「………」


慌てて自らを護ろうとするライゼの行いに何をすべきか見当が付いたのだろう、ピニオは大きな右掌を広げ勢いよく端末に殴りつけた時だ。全身から強烈な電撃を放って無理やり端末に干渉したのだろう、周囲に静電気と電流と思わしき閃光が飛び交い、轟音と共に何かを機能させた様子を見せていた。


不意の行いに驚いたライゼであったが彼の言葉に前を向くと、そこには幾何学的な黒い文様と共に強力な魔法壁が展開されており、部屋の入室を許された際にベネディスが見せてくれた事のある光景が目の前に広がっていたのだ。加えて後方には外のある空間に繋いでいるであろう非常用通路と思わしき有空間ゲートも発生しており、完全に相手の眼を盗んで移動出来る体制が整えられていた。

半ば唖然とする形でライゼが驚いて居ると、ピニオは静かに後方へと移動しライゼにゲートを通る様、左手で指示するのだった。


「まだ、諦めるのは早すぎるだろ? ……一緒に助けを求めに行こう、ギラムにさ。」

「ッ…… ぉうっ!!」


先程から後れを取ってばかりの行動にライゼは両手で頬を何度か叩くと、気合いを入れなおした様子でゲートの中に前方から飛び込みだした。その後に続く様にピニオもまた跳躍し足元からゲート内に突入すると、開いていた有空間の入口は徐々に収縮し始めその場から静かに消え去ってしまうのだった。



そんな彼等が脱出ししばしの時間が経ったその時、その部屋の中に入り込んだ者達は周囲を見渡しライゼ達の姿を探し出した。だが既にその場に居ない事を確認されると次々にグロリアに報告をしだすと、一同に対し命令を放ち彼等を次なる作戦の行いに身を投じさせだすのだった。

しかしそんな隊員達を尻目にその場に残ったグロリアは不機嫌な顔丸出しで部屋内の機材の一つを蹴り跳ばすと、舌打ちをしつつ不服そうに左足をパタパタと動かしていた。


『………完全にこの世界から逃したか…… まあいい、向こうならば奴の魔法の供給源となる力は堕ちる一方だ。魔力の素量も底辺な鷹鳥人ならば、何れ荷物に成り捨てられるに決まっている。』




「エレファント枢機卿様!」

「?」


そんな彼の元に対し一人の青年の声が聞こえると、相手は振り返りながら声の主を目視しだした。やって来たのは今回の計画に対し情報提供者として名乗りを上げていた茶鷹鳥人の『スティール・ブラン』であり、忠誠を誓う存在の如くキビキビと動きながら彼の元で膝を付いていた。


「貴様か。どうした。」

「ハッ! 衛生隊にて所属する者達全員の捕縛、排除が完了いたしました! 殿内に残りし衛生隊の機材に関しましても、概ね停止してあります! 御命令とあらば破壊も可能です!」

「……ほう、破壊までするか。貴様は随分と舎弟気質の様だな、褒めてやろう。」

「ハッ、有難き御言葉っ……! これも全て、メルキュリーク様の御導き。エレファント枢機卿様の御慈悲の元に存在致します……!」

「うむ、良い響きの言葉だな。再度誉めてやろう。」


自らがやって来た目的である『現状報告』を端的にしだすと、グロリアは口元から突き出た右の象牙を軽く撫でながら報告を聞き流しだした。


グロリアからすれば此処まで衛生隊相手に手こずるつもりは無くサクサクと事を済ませた後、ティーガー教皇であるニカイアに報告し次なる目的の段階へと歩を進めるつもりであった。その上でニカイアの機嫌を窺がいながら相手を掌の上で躍らせ厄介な部隊を壊滅させた上、最終目標を達成するつもりであり何かと計算違いな事が多すぎたのだろう。

相手のイライラは更に加速する一方であり、スティールの言葉を聞き相手を褒めているが目は一切笑っていない状態であった。



「……さて、破壊は無駄に騒がせる事に加えて教皇様への始末も面倒だ。それに関しては、手を付けぬ。」

「ハッ!」

「後残った害虫と言えば……… ……あぁ、貴様が居たな?」

「えっ?」



ガスッ!!


「んぐふぁあっ!!」


報告を全て聞き終えると同時にグロリアは怪しい笑みを浮かべると、右手に大きな鈍器を召喚し相手の左脇腹目掛けてフルスイングを放ったのだ。大柄な体格から放たれた強力な一撃によって吹き飛ばされると同時に強烈な痛みが相手の身体に叩き込まれる中、相手は地面を転がりながらも体制を立て直す様にその場でゆっくりと起き上がり出した。転がった拍子に抜けたであろう彼の茶色い羽根も周囲に舞っており、予期せぬ行いに何が起こったのかとスティールは混乱していた。


「ガァッ、ゲホッ………!! ……な、何を……なさいますか!?」

「阿呆、何故俺様が『帝政の名の元に』引き起こした立案を全て理解する者を生きておかさねばならぬ? お前は既に『用済み』だろう。」

「!! テメェッ、騙しやがったな……!! 壊滅させれば衛生隊を意のままに操り放題だって、言うから………!!」

「馬鹿か貴様、その程度の小さき事に捕らわれて自らの人生の最良の判断すら怠り、命令であればなんであろうとやろうとする危険因子をどうして保持しておかねばならん。俺様はそこまで暇では無いのだ。」

「外…道………!!」

「良く吠える、トリだ。」



ガシュンッ………!!!


そんな相手の言葉に耳を貸すつもりは毛頭なかったのだろう、止めとばかりに彼は武器を構え直し脳天から真っ二つにする勢いで武器を振り下ろしだしたのだ。強烈な一撃が叩き込まれると同時に身が割かれた相手はそのまま床の上に崩れると同時に流血を周囲に散布しだし、意識が遠のいたのか動く気配を一切見せる事が無かった。

一撃が離れた床に対しても亀裂が入る程だった事からその破壊力が想定されるも、グロリア本人の動きは割と機敏であり先程までの不機嫌さはそのままに手だけを動かしていた。


「………ふんっ、下らぬ事に手間を取らせやがって。下賤の輩の血で染まる我の装束の身にも成れというモノだ。」


そう言いつつ自らの魔法で装束に着いた血痕を引き剥がしだすと、グロリアはその場に異空間の扉を開きスティールの亡骸と共に血液を放り込みだした。恰も放り込まれた先にて事件が起こったかのように魅せる彼の魔法は『気概きがいの魔法』と『洗滌せんできの魔法』であり、例えどんなに汚れた事をしても彼に対し一切立証人さえ居なければ気付く事も出来ないモノなのだ。その魔法の使い方は基本汚れ仕事に匹敵するモノばかりであり、本来であれば上層部に居て良い存在とは言えないだろう。

だがそんな相手が『枢機卿』と名乗りその場に居るのには、無論理由と唐栗が存在するがまた別の機会に話すとしよう。



『さて、衛生隊を壊滅させられたのだ。……後は芋蔓式に、他の部隊も潰して行くか。余興は最後まで楽しまねばな。』


遺されたグロリアは綺麗になった装束で身を翻すと、その場から立ち去り次なる計画に身を投じるのであった。

次回の更新は『11月24日』を予定しています、どうぞお楽しみにっ

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