04 殿内での突破戦
ミュゼットの提案でやるべき事を見いだせたフィドルの手によって運ばれたライゼは、殿内の中庭に生える生垣の中に一度姿を置かれていた。そこからは先行する様にフィドルが窓辺に近づき近くの警務隊勤務の獣人に声をかけ適当なやり取りを交わした後、其処から上がり込む勢いで窓枠を乗り越えアッサリと中へと入ってしまうのだった。
「庭から殿内に上がり込むとか、僕も入りたての頃よくやってお叱りを受けたものですよ。ちょっと懐かしいな。」
「めっちゃ同士じゃん、俺もそうそう。」
「まさに今、しましたもんね。」
「違いねえっ」
昔からの顔馴染みの様子でフィドルはそう言いながらその場を同僚と共に離れて行くと、顔を少しだけ右へと動かし生垣の中に居るライゼを目視すると、そのまま器用にウィンクし彼に合図を送るのだった。そしてそのまま背伸びするかのように自然な動きを意識しつつ彼は右手を右耳の根元に当てながら魔法を発動させると、ライゼに向かってこう告げるのであった。
《気張ってこい、俺が出来るのはココまでだ。》
《うっす。ありがとうっす、フィドル先輩……!》
二人の間でそんなやり取りを交わされると、ライゼは茂みから顔をだし周囲に人気が無い事を確認すると、そそくさとその場を移動しだしフィドルが上がり込んだ窓辺へと近づき窓枠を乗り越える様に跳躍しだした。そして自らの爪を窓枠に引っかけない様に隠しながら殿内に入り込むと、静かに壁際へと移動し周囲を警戒しながら目的地として指定された『東棟の殿内三階層』へと向かいだした。
彼が何時ぞやのギラムの様な行動を取りながら移動していく行い、それは治安維持部隊に勤めて居た際に彼からの直伝とも言えるべき移動方法でもあった。足音を消して移動するのは勿論の事、単独であれど仲間とであれど先行する者はその者達の命を預かり、危険をいち早く知らせ次の指示を伝えなければならない。
罠が仕掛けられていればそれを早く確認するのもまた任務の一つであり、周囲の適正存在に悟らせない事もまた重要な行いになってくると、彼は自らを『アングレイ』と名乗っていた頃から教えられてきた。
そんな戦場下であれ作戦の遂行下での行動を自らの勤め先で行う等、彼はこの地に配属されてから考えた事は一度も無かった。周りには名目上の『仲間』は沢山居れど、武器を手にし武装集団がやってこようともそれを早くに対処するのがフィドルの居る『警務隊』の役割の一つであり、彼の居る『衛生隊』は後衛側に位置し前線に立つ事は殆ど無い。
だがそんな仕事の延長戦としてやってきたクーオリアスとリーヴァリィでの行動から派生した今、自分は確実に今の行動を完遂し目的地に到達しなければならない。
気付けば隊員時代の事を完全に思い出した勢いで手元には銃器が握られており、壁の陰から周囲を窺がい次の通路に入り込もうとした。その時だった。
「……!! おい、朝礼で報告があった容疑者だ!! 捕まえろっ!!」
『しまったっ!!』
幾ら治安維持部隊譲りの鋭敏な動きをしていたとしても、その感覚を上回る感性を持ち合わせるのが獣人達であろう。何かを悟った勢いで振り返った相手に見つかってしまったライゼは慌てて壁の蔭へと転がり込むと、右手で指パッチンをし掌に『発煙筒』を創り出し床の上を転がしだした。その後少し離れた場から手にした銃器で筒の蓋を撃ち抜くと、筒からは大量の煙幕が発生しだし追手の視界と嗅覚を阻害する働きを見せるのだった。
煙は濃い灰色交じりのモノが瞬く間に吹き上がる中、周囲には硫黄とは異なるも鼻に突く少し痛い臭いであった。
「なっ!!! ゲッホッゲホッ!! な、なんだコレはっ!! 煙かっ!?」
「うっ!! め、眼が痛いのじゃっ……!! 涙がぁあっ……止まらないぃいーー!!」
『ヘヘッ、人間に対して強烈な目晦まし効果と催涙効果のあるモノっす! 五感の鋭い俺達が効かない保証なんて、無いんすから!!』
数人程度の追手達を諸ともしない完璧な足止め効果を発揮した事を確認すると、彼は装束からハンカチを取り出し鼻元を抑えながら煙とは反対の方角へと走り出した。後方から咳き込む声と眼の異常を訴える者達の声が後を絶たない中、彼はあえて追手達の足止めを出来る術を幾多もその場に創り出し、遭遇するや否や即座に罠を発動させるのだった。
彼が主に多用したのは先程の『催涙発煙筒』と『束縛網ネット』であり、魔法で掻き消されれば対抗手段としては弱い部類に該当するモノが多かった。しかし今の彼は決して『相手を傷つける魔法は使わない』と決めており、それは無事に目的地に着いた後の事もだが今自分が置かれている状況を不利にしないための最善策としても考えていたのだ。
下手に誰かの命を奪ってしまえば、それこそ相手の思うツボであり、自らの足元を揺るがす事象に繋がりかねない。ましてやココまで協力してくれたフィドルの事も含め、これから先の手助けをしてくれるであろうミュゼットにすらその危険が及ぶ可能性がある。
だからこそ選んだ今の術で何とか足止めをしつつ路地を曲がったその時、彼の行く手を阻む様に報告を受けた数人の警務隊所属の獣人達が壁を作っていたのだった。魔法壁ではない肉の壁を目の当たりにした彼は慌てて減速する様に左足に重心を掛けると、廊下を適度に滑りながら減速し彼等から数メートル離れた場で立ち止まった。
キキキッ……!!
「そこまでだっ!!」
「クッ!!」
フィドルと同じく山吹色の装束に身を包んだ者達が自らを睨み付ける中、ライゼは手にしていた銃器の銃身を上向きに直しつつ相手と対峙する様に身体を横に向けだした。気付けば走って来た方角からもバタバタと足音が幾つも聞こえており、時間を食い続ければ挟み撃ちにあう状況に陥っている事に彼は気付かされていた。
「さあ、お前にはココで死んでもらうぞ。ゼルレスト計画だが何だか知らないが、ティーガー教皇様からの直々の命令だ。歯向かう事をした自らの運命を悔やむがいい!」
「何が直々の命令だ……!! 詳細な情報そのものを鵜呑みにして襲い掛かって来るような連中なんかに、足止めをくらう理由なんて無いっす! 自らの五感が大事なら、今直ぐにでも退いてくれっ!!」
「構わん、やっちまえっ!!」
「「ハッ!!」」
そんな両者の交渉は決裂に終わり相手が襲い掛かって来るのを視ると、彼は手にしていた銃器で相手の足元目掛けて威嚇射撃を行い相手の歩を止める様に移動を制限しだした。しかしその音と衝撃に怯まなかった者達からの攻撃が飛んでくるのを目にすると、彼は銃器を後方に投げ捨て手元に大盾を召喚し、その攻撃を防ぎながら右手にあるモノを造り出し嘴でピンを引き抜き出した。
『仕方ない、コレだけは強烈だから使いたくなかったっすけどっ……!! やむを得ないっす!!』
彼が魔法で創り出した物を起爆するためのピンを加えたまま彼は後方へ下がった後、手にした物体を相手の陣の中央近く目掛けて投げ放った。そして投げた直後にその場で蹲る様に体制を可能な限り低くすると、大盾を背中に担ぎ直し両手で両耳を抑えながら魔法で防音効果の優れたヘッドホンを造り出すと、床に伏せたまま両目をギュッと瞑り恰も『亀になる』の様な体制を取り出した。
そんな彼の動きと共に投擲物が彼等の元へとやって来るのを視た、一人の犬獣人が魔法で飛来物を排除しようとした、その瞬間であった。
キィーーーン………!!
バッキュウゥウウーーーーン………!!!!
「「「うがぁあああっ!!!!」」」
魔法が直撃するかどうかのその時、爆弾は起爆され周囲に強烈な閃光との爆音が周囲に放たれたのだ。彼が使ったのは俗に言う『閃光手榴弾』と言う代物であり、可能であれば獣人達相手には使いたくないとライゼが自負していたのには理由があった。
それは例え人間であっても『難聴や火傷を引き起こす可能性のある代物』であるが故に、彼等に使ったその瞬間『それ以上の破壊力が見込まれるから』と考えていたからだ。
人間で聴覚異常を引き起こすモノが彼等相手に起こさない訳もなく、視力に関してもそれは例外ではない為どんな結果が生まれるか解らない。幸いにも人間内で良程度の聴覚と視力を持つライゼには左程影響は無い為、今の防護対策をしてしまえば何の影響もないと言って良いだろう。
しかしそれを怠り、直撃を免れなかった者達の末路は言うまでもない。
「ぁっ……くっ…… 耳がぁっ……目がぁあぁっ………」
「な、何も視えないっ………!?!? 音はっ、何処行ったの……!?!?」
「全く、言わんこっちゃ無いっす……」
その後地面から伝わって来る振動が減った事を確認したライゼが静かに周囲を見渡し起き上がると、その場に崩れた者達を視て呆れながらヘッドホンを外しだした。彼の背負った盾で光と音から身を護り保険として付けたヘッドホンでその対策をした為だろう、全くと言って良いほどに無傷な様子で彼等を飛び越え先に進みだした。
感覚的にライゼが通り過ぎた事を理解しようとも今の彼等では追う事は不可能であり、五感のうち最低でも二感を奪われた者達が頼りになるモノを一時的に失えば、身動きが取れないのも当然だろう。優れ過ぎるのも問題だなと痛感しつつ、ライゼはその場を離れつつ別方向から来ているであろう追手達を気にしながら走り続けていた。
『でも本当……何がどうなってるって言うんだ……? ゼルレスト計画に関して言えば、マウルティア司教殿が守秘義務で衛生隊内でも知ってる者達が極一部しかいないはず…… 情報が漏れ出るにしたって、この情報を知れる人物なんて殆ど居ないはずだ。ましてやニカイア様からの勅命なんて、何処もかしこもオカシ過ぎる……!!』
殿内を駆け回りつつ彼は目的地を目指しながらも、遭遇した獣人達に対してはほぼ無傷に等しい状態で悉くあしらい続けていた。大半の者達に対しては先程から多用している催涙爆弾と束縛網で足止めを行いつつも、体質であったり魔法で無力化して来る者達に対しては切り札とばかりに閃光手榴弾を使用して行く。
元より戦闘向けの魔法を使う事が得意ではないライゼならではの戦い方と言って良いが、本音は『誰も傷付けたく無い』と言う一心だったからだろう。
最短ルートを通りつつも道が塞がれていた際には迂回ルートを検討しながら移動し、彼は目的の階層である『殿内三階層』までなんとか辿り着く事が出来ていた。後はこの場から東方側に位置する『東棟』まで行けば、合流相手である『ミュゼット』と遭遇する事が出来ると思っていた時だった。
『……そういや、何処かで前科のある相手に対してはニカイア様も【回廊を開ける】って聞いた事あるから……可能性的にありえるのは、もしかしたらそっちなのかな。マウルティア司教殿、大丈夫かな………』
グイッ!
「うおっ!!」
現状の騒動が引き起こされた張本人への情報流出ルートを脳内で考えながら移動しつつ壁を迂回した、その時。彼は不意に走っていた方向とは別の右側へと引きずり込まれる力を感じ、体制を崩しながら近くの部屋へと転がり込んでしまったのだ。
しかし勢いとは裏腹に彼は床を転がる事無く誰かの身体に受け止められると、背面から衝撃を感じつつも弾力のある肉厚と温もりを感じるのだった。
一体何が起こったのかと彼は驚きつつ顔を上げてみると、其処には紺色の顔に白地の目元が特徴的な鯱魚人の姿があった。
「………!! ミュゼット先輩!?」
「シッ、少しだけここでジッとしててくれ。」
「?」
バタバタバタ………!
「来たか……!」
自身を引き込んだ相手が合流主であるミュゼットであると理解したその時、ライゼはそのまま部屋の隅へと追いやられつつ相手の後姿を見る事と成るのだった。
次回の更新は『7月26日』を予定しています、どうぞお楽しみにっ




