30 約束(すれちがい)
WMSの統括を担うニカイアに与えられた部屋へとやって来たグロリアの目的、それは以前から動向を探っていた『衛生隊』へ対する報告書を提示する事だ。元よりベネディスの行いには前々から気になるモノの中々尻尾を掴めない事も有ったためか、彼からすれば目の上のタンコブに等しい存在に近く、彼が居る限りグロリアの目的に支障が出ると考えていたのだろう。
表向きは『造形体へ対する新規報告書』となっているが、裏を返せばただの『策略書』に過ぎない。
とはいえ何かしらの報告が上がれば視なければならないのもまた、ニカイアの仕事であり彼が余り好んでいない業務の一つであった。ちなみに報告書と言っても以前から報告を受けていた内容に左程変わりはなくも、今回は有識者からの発言と言う事も付け加えられており、説得力が少なからず上がっているモノとなっていた。
「………そうか。衛生隊が造形体を造った真実、それはこういう経緯だったのか。」
「恥じる結果の報告となってしまい、大変心苦しく思います。早急に手を打つ必要があるかと。」
「そうだな……… この件の指揮は、エレファント枢機卿。君に一任しよう。」
「かしこまりました! 直ちに衛生隊を壊滅して御覧にいれます!」
「あぁ。」
だがそんな事でいちいち返答をしていては彼の気が収まらない事も存じている為か、とうとうニカイアは報告を承諾しグロリア本人の望む様にする様告げてしまうのだった。待ち望んでいたとばかりに相手からの威勢の良い返事と共に仲間内であろうと潰すつもりで挑むと言う発言を聞いてか、ニカイアは静かに鼻先で溜息を付きつつ彼が去って行くの静かに見守り出した。
意気揚々と出て行った相手が鼻歌交じりに出て行ったのも気掛かりであったが、ニカイア本人は別の事を考えていた為だろう、グロリアの行動はある意味望んでいた決断に過ぎなかったのかもしれない。残された彼は再びその場で打ち消した魔法を再度行使してみるも、既にグリスンの歌は終わっているのか声は聞こえず静かな時が過ぎるのであった。
「………」
その後しばらく魔法を繋ぐも変わらない事を理解した様子でニカイアは静かに明りを消すと、その場から窓辺へと移動し静かに左手を窓の縁に添えながら外を見始めた。落ちて行った陽と共に空は暗くなるも次々と星空が広がり出すクーオリアスの天気は明るく、月の明かりは彼の居る窓辺からは見えなかったが、クーオリアスに顕在する建物の至る所からは光が漏れており、存在達がその日も楽しく過ごしている事だけは彼も理解する事が出来ていた。
だがそんな楽しげな気持ちとは裏腹に、彼本人の心は未だ晴れず、リヴァナラスの騒動がひと段落しても何も変わっていないと考えていたのだった。
そしてそんな気持ちを後押しするかのように、ニカイアは静かに目を瞑ると脳裏に一人の存在の姿が浮かんで来た。それこそが先程まで歌を歌っていた『グリスン』本人であり、互いに何かを抱くも異なる道を進んでいているのであった。
『神の創りし世界【クーオリアス】に、淀みと穢れは不要。……グリスン、君が居るには相応しくないこの世界を煌めきで満たす為には、やはり【リヴァナラス】を手に入れるしか無い様だ。………』
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《ニカイア! 待って!!》
《………》
クーオリアスに存在する草原地帯『ジピタース』の一角、そこは今の姿をしたグリスンとニカイアが出会い、そして互いの生きる道の為に別れた場所でもあった。WMSの『教皇』として任命された事を報告とすると同時に自身の胸の内を話すまいと決めたその日、彼の腕を掴んだのはグリスン本人だった。
《どうして……? どうして君は、クーオリアスを捨てないといけないの……?? 何があったの!?》
《……すまない、グリスン。オラは君の初めのファンとして、相応しくない存在なんだと思った。》
《相応しく……ない? どうして………》
そんな彼からの手の力を感じるも振りほどく事はせず、ニカイアは淡々とグリスンに対しそう答えていた。彼はグリスンの歌を始めて褒めた第一人者でありファンの一人であったが、同時にそれだけの想いを抱いた相手には必ず相応しい場にて行動を起こして欲しいと考えるのは当然だったのかもしれない。
仮に一方的であったとしても想いが純粋だった事には変わりはなく、グリスンもまたニカイアの事は大好きであり、互いに可能な限り時間を共有する事を望んでいた矢先。ニカイアからのその行動と発言には、グリスンはどうしても納得が行かなかったのだ。
《オラはこの世界の神を信じ切る事が出来なかった。なのに教皇としての立場を任命され、オラはこの世界を見守り今後の世界を担う存在として行動しないといけなくなった。》
《………》
《リヴァナラスには幾多の存在達、そしてリアナスが確かに存在した。……でも、この世界から外れたオラ達を視る事を無くなった存在達には……確かに、価値は存在しなかった。それは由々しき事態、オラにも許しがたい世界が……そこには有った。》
《だから……ニカイアは、そのために行くって言うの……? 僕に相応しくないからこそ、世界から穢れを浄化しに行くって………》
《そうだ。》
淡々とではあったが口下手な彼から告げられる言葉を聞いてか、次第にグリスンの込められていた手の力が徐々に弱まるのを、ニカイア本人も感じていた。優しい彼に対して酷な事は言いたくなかった、彼には不要なモノが在れば可能な限り排除し、そして彼にはもっともっと素敵な未来を望んで欲しかった。
だがそれを可能とする場も世界も無いのであれば、一度全てを消し去り新しく無へと変えた場で構築していく他無いと考えていた。
優しくもあるが辛い事を常にして行こうとするニカイアの想いを聞いたその時、グリスンは唇を嚙みながらこう言いだした。
《………僕は……それでも、ニカイアを止めたい。……って言ったら、きっと困らせちゃうんだよね………》
《………》
《……… ……それなら、僕。ニカイア………!》
ギュッ……!
《?》
相手の心を気にしながらも自身の意見をそう言い放ったその時、グリスンは掴んでいた腕を離し、代わりにニカイアの右手を掴みだしたのだ。不意にやって来た掌への暖かさを感じたニカイアは驚きながら自身の手を視た後、グリスンへと視線を反らしたその時。
相手の瞳には涙が浮かんでおり、今にもこぼれそうになりながらこう言い放っていたのだった。
《僕……そんな状況と世界を視て来た君の為にも、君の想いが絶対に間違っていないって事を教えてくれる相手を探して見せる……!! 僕にはそれだけの事を言う資格は無いし、それだけの事を言えるだけの力も無い。だから!!》
《グリスン……》
《絶対に諦めないで!! 僕が必ず、君の事を助けに行くから!! 君にもう一度、僕の目の前で歌を聞いてくれる状況を創ってみせるから!!! お願いッ!!!》
《………》
世界で一番大好きになれた相手の一番辛そうな顔が見えたその瞬間、ニカイアの脳裏に広がっていた光景は次第に色味を失い消えて行ってしまった。
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再び現実へと戻されたニカイアは静かに目を開けると、其処には先程と変わらないクーオリアスの夜景が広がっていた。同じ殿内で活動していた獣人達もまた帰路に就く時間帯であり、ニカイアもまた業務を終えればいつでも帰れる状態となったその時、彼は窓辺を離れながら静かに呟き出した。
「………グリスン。オラは、な。君にそんな酷な事をさせたくなくて、この道を選んだんだ。迎えなんて……初めから必要無いんだよ。」
その場に居ない大切な相手に対しそう呟きながらニカイアは装束の裾を翻すと、その場を離れ外で見張りを行っていた警務隊員の一人に挨拶をしだした。変わらない返事と共に敬礼されながら見送られると、彼は少しだけ疲れた表情を見せつつも決意を固めた様子で、胸の中でこう呟くのだった。
『何処にも存在しない【真実】を追い求めるオラを止められる相手なんて………WMSには愚か、双方の世界には存在しない。 ………オラがその破滅を根絶やしに出来ないのであれば、オラですら………君の前には不要なんだ。』
静かにやって来た夜が双方の世界に絶望を知らせるかのように、一人の白毛の虎獣人の想いは静かに黒く染まって行くのだった。
自らの鼻先が、黒く滲んで行った時に抱いた思いと共に………
-EPISODE END-
……To be continued...
彼の地とは別世界、その場にて叫ばれた悲痛の声。
「ピニオ、頼む! ココから脱出してくれ!!」
悲願の中で告げられた言葉、想いを胸に生まれた者達の行末は、果たしてどちらの彩に染まるのか。
後悔か…… はたまた、絶望か……
「所詮はその程度の考えしか、上層部の貴様らは得られなかっただけだろぉが、ヴァアーカ。」
浪人へと成り下がり堕とされた存在、彼の地にて流した涙の数、痛みの数々。誰も受け止める事が無かった、悲しき想いの矛先は何処へと向かって行くのだろう。
意志は衝突しあい、思念は交差する。人間達と獣人達を初めとした、生きとし活けるモノ。全てのモノ達の想いが集う。
『ギラム、俺達の願いを。』
『どうか、叶えてくれ。』
「スプリームさぁあーーーん!!」
「放てぇええーーー!!」
「止めろぉおおおおーーーー!!!」
幾多の涙が流れ声がかき消された、彼の地での物語の節目を描いたお話。
『鏡映した現実の風 ~リアル・ワインド~』 Dark、Side………
来年、連載開始です.......
【誰かのために何かをするって言うのは、見返り何か求めなくても、心から喜べるものがあるんだからな。】