28 虎歌声(えがおのために)
楽しげな祭事の最中であれば、どんな声が上がっても不思議では無いだろう。道中の楽し気なやり取りも有れば狂気乱舞するかの様な声色も上がるのは当然だが、素っ頓狂な声が上がれば誰もが驚くだろう。
話の脈絡を乱された事も有ってか、サインナの機嫌が損ねられたのは言うまでもない。
「何よ、騒々しいわね。アイドルモドキの悲鳴なんて今は所望して無いわよ。」
「それどころじゃないんだってばー!! アタシ達のステージは終わったけど、その後なんだって!!」
「全くもって現状把握し辛い報告だな……… とりあえず落ち着け。」
「す、すみませんっ ギラムさん、ステージもなんですけど……お祭りに異常が出てるんです。」
「「異常?」」
しかしそれだけの声を上げたのには勿論理由があり、彼等はその報告を耳にし現場へと向かいだした。
彼等が向かった場所、それは北方側の地区に存在する『ツイリングピンカ―ホテル』から少し離れた『都市中央駅』が近い現代都市の中部区域。祭事の中心地とも言える広場の近くへと移動した彼等は現場を目にしつつその場に居たアリンとテインからの報告を聞くと、周囲に居た治安維持部隊員達に対しサインナは事実確認と行動を促す様に指示を出していた。
ちなみに何が起こったかと言うと、これから陽が傾く祭事の視界を確保する『電気供給』がストップしたのであった。
「コレから盛り上がる時間帯なのと陽の落ちる時間なので、猶更って感じです。」
「『主力の電力装置が異常を起こした』なんて、一体何を考えてるのかしら……こんな大催事の最中。」
「まあそう言うなって。下手するとエリナス達を避ける為に展開してた『空間魔法』の影響かもしれないし、裏で動いてた俺達にも非は有ると思うぜ。」
「……貴方がそう言うなら、一理ありそうだから困るわね……… 全くっ」
不機嫌そうな言葉を漏らすサインナを宥めるかのように言うギラムであったが、あながち間違いではないのをココで補足しておこう。
都市内の電力供給は各区域の発電によって賄われているのは当然だが、その電気を集め各部へと回しているのもまた『都市中央駅』の一つの役目と言って良いだろう。バッテリーによる運搬とは異なり地下の配電装置が主な流通手段ではあるが、その装置が存在するのは時計盤のある駅の上層部なのだ。
そう、その場に突っ込んだ相手が本日中に存在するのを彼等は知らぬが、現に居たのである。
「私達も可能な限りの電力供給に必要なライフラインの確保は急いでいますが、まだ少しお時間がかかりそうで………」
「僕の所も同じかな……… 早くても後一時間近くはかかると思うから、それまでの場繋ぎ位だったら予備のバッテリーとかで何か出来るとは思うけど……」
「『丁度いい相手が居ない』って訳か。」
「何れにしても、都民達が騒ぎだすのも時間の問題ね。日の入りは既に過ぎてるし、そろそろライトアップされないと異変に気付く人も出て来るはずよ。」
そんな発端が何かを知らぬも今後の対策を取るべく、彼等は話し合うもどうするべきかを考えていた。予備の電力として用意していた蓄電池では都市全体の電力供給を賄うには到底足りず、仮に行ったとしても数分と持たない内に再び明りが落ちてしまうだろう。反面その電力を使って何か催し物として繰り出す分には余力があるとはいえ、その場を和ませ楽しませられる人材が居るかと言えば、居ない方に軍配が上がってしまう。
ではどうするべきか、そう考えた時だった。
「………そうだっ! こんな時こそアタシの歌でっ!!」
「およしなさい、アンタじゃ無理よ。」
「ぇえー なんでなんで!? アタシ、これでもアイドルだよー?」
「自称でしょ。第一、完全に出番を閉幕した貴女達が出た所で、盛り上がるのは同列の同志達だけ。一般都民達すらも惹きつけられるだけのちゃんとした素質が無いと、この場を繋ぐには無理よ。寧ろ私が許可しません。」
「えぇーーー!!!」
「うっさいっ、お黙り! 生演奏でも出来ない限り、駄目ったら駄目ッ!!」
一番妥当だと考えたのだろう、メアンは一人その場で挙手し自身が前に出ると率先して言い出したのだ。気合だけは十分なのだろう普段から身に纏っているメイド服をヒラヒラと靡かせながらステージを盛り上げる事は無論可能であり、共に行動していたイオルも付けば申し分ないと言えただろう。
だが実際には彼女達の出番は既に終わっており、盛り上げるべく現れていた少々むさ苦しいファンの人達も既に引き下がっており、その勢いが今もなお続くとは言い難い。おまけにギラム以上に疎い都民達に確実に刺さる保証が無い為か、サインナは徹底抗議するかの様に提案を却下するのであった。
中々見ない二人の白熱した口論の中、ふと何かに気付いた様子でテインが声を上げるのだった。
「生演奏………そうだ! ギラム! グリスンだよ! グリスンの歌を、皆に聞かせてあげようよ! グリスンなら生演奏も出来るし、どんな歌でも歌えるんだよねっ 僕、前に教えてもらった奴が良いな!」
「それって『笑顔の歌』の事……?」
「うんっ! ねっ、お願いギラム!!」
「……つっても、普通の人間達にはグリスンの事が視えないからな……… 姿が見えないなら歌を披露しても、届けられるかが心配なんだが。なあ、スプリーム。」
「そうだな。仮に姿を見せらえる程の魔法の力を使うと成れば、それはもう創憎主の領域だ。歌を聞いたヴァリアナス達が何をするかが解らない。」
「獣人を好意的に視てくれる人達が多ければ困らないけれど、そうとは言い切れないからね。自分達の側でも『人間を良いと思わない者達』も居るから。」
「そして、そこからまた別の騒動が勃発。ヴァリアナスならではのパターンだな。」
そんなテインの提案を聞くも少しだけ気掛かりだったのだろう、ギラムの発言にスプリームを始めとした獣人達が捕捉するかのように言葉を繋げだした。異なる姿をしているだけで理解が遠くなる存在達の思考回路に対し、果たして見知らぬ存在が何かをし与える影響力がどれくらいのモノかは解らない。始めから理解していたとは言えないギラムですらその考えには賛同出来る部分があり、初めから良いと思っている存在はゼロに等しいだろう。
トレランスとコンストラクトの言葉も聞いたテインが少しだけ残念そうな表情を見せるも、その助け舟をだしたのもまた彼等であった。
「……でも、魔法を盛大に使わない方法ならいけるかもしれないな。ヴァリアナス達に対しても都合が良くて、グリスンの歌を聞かせられる方法が。」
「えっ、あるんですか……? スプリームさん。」
「あぁ。さっきステージの裏の機材が揃ってるって所を視たんだが、確か『映写機』があっただろ。それとグリスンのマイクと魔法をリンクさせれば、グリスンを投影し魅せながら歌を広める事も出来る。空間魔法を使わずとも、グリスンをその場に映し出す事が可能だ。」
「そうだね。それなら現実世界に居ない架空の存在としてヴァリアナス達に認識させる事も可能だし、歌も披露して彼等の気を紛らわす事も出来る。君が良ければ、自分達がその機材を調達するよ。」
「それは名案ですねっ! ボク達を知ってる人達もまだ居るはずですし、サプライズとしてはバッチリだと思いますっ」
「演奏を行って盛り上がった所でライトアップする。フフッ、良いシチュエーションじゃない? 私から許可する様、口添えさせてもらうわ。」
「ぁ、それならアタシもいろいろ手伝えそー ギラム、良いー?」
「あぁ、是非頼むぜ。……ぁ、でも肝心のグリスンの意見を聞いてなかったな。グリスン、やれそうか?」
彼等の提案した方法ならば可能だと判断したのだろう、各々で出来る範囲の行動で名乗りをあげ皆が協力出来る環境が構築されだしたのだ。一度舞台袖下がった者達でも出来る事が有り、何かを行いたいと言った存在達の影響力が大きければそれもすんなり話が通ると言ったモノだ。皆の気持ちが集まりつつあったその時、ギラムはふと相棒の意見を聞いていなかった事を思いだし、振り返りながらグリスンの顔を見だした。
変わらずフィルスターを抱えていた事もあってか顔を上へと向ける幼き龍の視線を感じつつも、グリスンは一同の視線を集めながらもこう言うのだった。
「僕は良いよ、ギラム。……寧ろ、僕からもお願いしたいな。」
「グリスンから、か?」
「うん。ちゃんとギラムの役にも立てて、リヴァナラスの人達やいろんなヒト達に今の僕の歌を聞かせてあげられる絶好のチャンスだから。……僕、歌いたい!」
「……わかった。皆、頼むぜ!」
「「「了解!!」」」
彼等の意見がまとまり一同の声が張り上がった後、そこから次の準備が整うまではそう時間を要する事は無かった。サインナと共に機材の調達へと向かったメアンとイオル達の話は滞る事無く話は進み、機材の移動はトレランスやコンストラクト達が担当する。
未だ復旧しない電力供給に関してはアリンとテインがセンスミントを片手に交渉しており、他の獣人達と顔見知りなのだろうスプリームとリズルトの様に直接交渉し魔法で補強して欲しいと頼む光景もその場には存在していた。
その場の状態を把握しながらも相棒の様子を気にするギラムとフィルスターに対し、グリスンはギターを手にしながら音源の調子を確認しつつ機材とリンクさせており、コレからどんな事が起こるのだろうかとギラムもまた少しだけ楽しそうな雰囲気を見せていた。
そして各々が出来る事をし全ての状態が整ったのは、陽が陰り既に会場に明りが灯らないと都民達が騒ぎそうになる頃合いであった。
「じゃあリズルト。さっき言った感じに、その太鼓をお願いね。」
「おうっ! 任せときな!」
「トレランスは音量の調整、ラクトは水飛沫で映写機からの光の当たり具合の調整をお願い。」
「分かった、ちゃんと調整させてもらうよ。」
「お前の姿が立体的に出る様、操作させてもらおう。」
「スプリームは、あの音源をお願い。皆の心に、響いてほしいから。」
「そんな心配はいらないと思うんだが、まあ頼みだしな。……解った、気合入れて行ってきなっ」
ポンッ
「わっ! ……うんっ!!」
舞台袖でそんなやり取りをしている獣人達の激励を受けてか、グリスンは背中から押された勢いで少しだけ倒れそうになる中、笑顔でステージへと上がって行った。他の存在達からすればグリスンが上がっても誰も居ないモノとして認識されては居るが、ひとたびその場で出し物が始まってしまえばその認識は覆される。
全てはグリスンの行い次第、そう思われた時だった。
「ところでギラム、一つ良いかしら。」
「ん、何だ?」
「あの子、人前で歌った事あるのかしら? アガったら架空の存在として認識されづらくなるわよ。」
「……… そう言えば、あんまりその話は聞いてなかったな。前に『聞かせてる相手が居る』とは言ってたが、大多数かって言われると……」
「心配いらないと思うよぉ~」
「「??」」
ふと疑問を抱いたサインナからの発言に彼が人前で歌っていたかを思い出していた時、彼等の元に別の存在の声がやって来た。その場にやって来たのは別行動を取ってそれっきりであったリミダムであり、戦闘で疲労していた状態とは打って変わって元気になった姿でその場に参上していたのであった。
ちなみに余談を挟むと、共に行動を取っていたライゼの姿は無かった。
「リミダム。」
「やっほぉ~ こっちの報告とかぜぇーんぶ終わったから、レーヴェ大司教に許可貰ってちょっとだけ遊びに来たぁー お祭り事が始まりそうな所って、雰囲気的にワクワクするからつい来たくなるんだよねぇー」
「嗅ぎつけて来る勢いがやべえな。……で、心配いらないってどうして言い切れるんだ?」
「確かねぇ、グリスン『小さい公演会』みたいの何回かやった事あるみたいなんだー 前に教えて貰った。」
「あら、そうだったの。でも小心者な所は変わらないのね。」
「それは個々の性格と気の持ち様だからねぇ~ グリスンの歌が大好きって言ってた子も、割とそうだったみたい。誰かは教えてくれなかったけどね。」
「そうだったのか………」
不意に現れたリミダムからの報告を受けたギラムが淡々と理解する様に返事をした後、再びステージの方角へと視線を向けだした。そこには現象を始める前に少しだけ調子を整えようとしていたグリスンの姿が有り、演奏中のイメージをしてか何度かステップを踏んでおり機材だけは落とさない様にしっかりと抱えたまま自身を鼓舞しているのが解った。
彼の一声で全てが始まれる様にスプリーム達も待機しているのには変わりなく、本当に何度か人前で演奏をしその時の経験から行動を取っているのが良く解った。
そんな時、ギラムはふとある事が脳内で引っかかるのであった。
『……あれ? でも確か、そんな話を前にも聞いたような………』
彼がそう思うも思考回路がその先に進む前に、グリスンは合図を送り事が始まるのであった。
{思い合う心と触れ合う心 君はどっちが好みかな
きっと君は前にいて 僕は後ろを付いて行く 願いの代行 行うよ}
伴奏は控えめの中始まった、彼の歌声からの序奏。後方で待機していたラクトが彼の衣装を湿らせない程度の水飛沫を静かに送る中、トレランスは静かに機材を弄り徐々に周囲に馴染んでいく様に音を調整して行く。
そしてタイミングを掴む様にリズルトが撥を握りながら何度か空中で叩く仕草をして行く中、スプリームは調子に合わせて背負っていた武器を傾け鐘の様な音を奏でていった時だ。
{1人では出来ないから 僕は後に続くんだ
だけどそれだと 叶わない 僕の願いは そこにない}
「……? ねえ、何か聞こえてこない……?」
「? ………本当だ、誰か歌ってるのか……?」
彼の歌声に気付く者達が出て来たのだろう、あちこちで声を上げ反応を示す都民達が出て来たのだ。発端が鐘の音か彼の歌声かは解らないが確実に認識しだしており、その音の正体を確かめるかのように顔を周囲に振り音の発生源を探しているのだけは見て取れた。
ステージの明かりは未だ控えめとなっているが、機材の調子で一気にライトアップされるのも時間の問題であろうと思われた時。近くで待機していたヒストリーがレバーを弄り、一気に証明が照らされたのだった。
{戦う事が使命でも 君は笑顔を望んでた 堕ちた契約 皆の事を苦しめた
夢は儚く散り散りに 君の元から消えてゆく 僕は煌めく 星を集めるよ}
{星はきっと 集まりたい だから集めるよ 皆のために}
「視て、ステージの所! 誰か歌ってるわっ!!」
「本当だ、出し物があるって今の時間聞いてなかったけど……… サプライズか?」
「でも、姿がよく見えないわ。立体映像………??」
とはいえグリスンを認識した者達はグリスンの姿をちゃんと捉えているわけではなく、グリスンを映写機による『偶像である』と認識していていた。当初の予定通りである大々的な魔法を行使せずに発動した今回のステージ、その矛先が良い方向に転がるか悪い方向に転がるかは解らない。
だがそれでも今の自分に出来る事をしたい、ただその場に集いし者達の気持ちを少しでも変えてみたい。ただその想いだけで演奏し紡がれていく歌声は声量は有れど透き通っており、聞く者達を次第に魅了して行くのだった。
{空の星は何処へ行く 鏡の君は何処へ行く
風は何処からやってくる 願いは何処に集まるの 奏でる音に光を乗せて 君の元へと送りたい}
{君は僕を待っていた いつもそこで待っていた 虎は今も歌い続け 浪は皆を先導する
鮫は護ると誓い合い 馬は泣かせないと励ました コンビを組んだ犬達は 誰にも絶対倒せない}
{1人佇む青年も 君に笑顔を見せていた}
{皆笑顔で居るんだよ}
「……へぇー アレが相方の言っていた、歌が好きな虎獣人か。結構良い声してるな。」
「本当ですね、デネレスティ。……素敵な歌。」
「もう少し明るい所で聞いたほうが良いんじゃねぇか? 美女は暗闇よりも、宵闇の明るさの方が生えるだろ。」
「……それでは、デネレスティと一緒に居られませんから。私は、貴方と居たい。」
「そうだったな、悪い。」
そんな歌声に聞き入っていたのは、何も都民を始めとしたヴァリアナス達だけではない。彼等とは同じだが異なる環境で活動していたリブルティとデネレスティもまた広場近くの街路樹の元で聞いており、互いに肩を預けながら歌声と今ある空気を楽しむかのように寄り添っていた。
何処となくロマンスを感じられる美女と美獣のやり取りであったが、周りの視線は歌声の先にあった。
{楽しく歌い 皆で変えて行く
それが僕達の 笑顔の歌}
{現実になって欲しい希望は 風に乗せて奏でてく}
{皆を 幸せにしたいから}
「良い歌だね、ノクターンっ」
「あぁ。……あれが、希望の魔法か………」
そんな歌声を聞いていたのは、何も都民達と同じ高さに足を揃えた者達だけではない。デネレスティ達とはまた異なる街路樹の中からその歌声を聞いている者達も居り、器用に太い枝木に座りながらチェリーとノクターンも歌を楽しんでおり、普段から笑顔を見せる事の無いノクターンも自然と笑みが零れそうになる程であった。
ギターと共にやって来る太鼓の音は周りの空気を徐々に熱くさせ、その音とテンションから身体を動かしその気持ちを露わにする者も現れる程。既に成功しつつあった空気と共に一曲が終了すると、周囲の拍手と共にグリスンはこう言葉をつづけるのであった。
「ぇーっと…… ……皆さん、初めまして! 僕は『煌音レンダ』、皆のお祭りを盛り上げるために………遠くからだけど、歌を送りに来ました! ……僕の歌………どう、だったかな?」
自ら名乗り感想を告げやすい空気を作った途端、その場で再び起こったのは拍手喝采であった。完全に彼等の意識を此方へと集め周囲の空気を我が物へと変えたのは言うまでも無く、今の彼が何かを言えば確実に返答が来るのは一目瞭然であろう。
ライブ会場ならではの空気が出来上がったと同時にやって来るのは、アンコールの声であった。
「えっ、アンコールまで良いの……!? えっと、えっと………」
【歌ってきな、グリスン。】
『? ギラム……?』
そんな声に困惑しつつも不意にグリスンの耳元を掠めたのは、彼が相棒として行動する主のギラムの声だったのだろうか。聞き取れるかどうか解らない声でやって来た言葉に一瞬驚いたグリスンであったが、ステージの上からではギリギリ彼の姿を捉えられるかどうかであり、ライトアップされている事もあってか猶更よく見えなかった。
とはいえその声に従うべく、グリスンは気持ちを落ち着かせながら言葉を継げるのだった。
『……うん、そうだよね。……僕が今こうして歌っていられるのも、ギラム達のおかげ。……本当はもっと、素敵な場所で歌えたらなって思えてたんだけど……… ……でも、今なら歌える気がする。だから僕、歌ってみるよ。』
「アンコールありがとう!! ねえ、皆っ! 僕の歌で喜んでくれた皆に、僕からのお願いを聞いてもらえないかなっ!」
そんな彼の突然の言葉に会場が突如静まると、何を言うのかと一同は耳を傾けだした。気持ちを鼓舞されぴょんぴょんと跳ねていた者達もまた冷静さを取り戻す程であり、そんな場の空気を視ながらグリスンは言葉を続けだした。
「僕ね、この舞台に立つまで……本当に、皆の前で歌う事なんて出来なかったんだ。僕の意気込みが弱かったのもあるし、僕自身に気合が足りてなくて………何でも、僕よりも良いヒトにお願いすればいいんだって、思ってたんだ。僕って本当は弱虫だし、そのうえ………とっても卑怯なんだ。」
「………」
「周りの皆を巻き込むくらいの事をするからには、それなりの人が前に出ないと……ついて行く人は、何時だって不安に駆られるって。僕はそれを解ってたから、何時だって……逃げてたんだと思う。ココに立つ前までは、僕はそうしてたんだ。でもね……! 僕、今ココにこうして立っていられるのは……支えてくれた人達が居たからなんだっ!! 僕はここに居る人達全員じゃなくても、たった一人だけでも構わない。そう言う風に生きられる人を、僕は応援したいんだ!」
『応援……?』
「ッ…… 僕、どんな人だって輝けるって信じてるから!! 皆に聞いてほしい、僕の歌があるから!! 聞いて下さいっ!! お願いしますっ!!」
続けた言葉に本音と共に思いが溢れ出してしまったのだろう、グリスンは立体映像である現状を無視してその場で頭を下げだし、その姿を見た一同が何事かとザワつき始めてしまったのだ。とはいえそんな姿で止まってしまっている辺りは立体映像らしいと言えばそれまでの為、細かい所は置いておこう。
寧ろそのままではいけない部分が、騒ぎになっている程であった。
「ぁんの馬鹿っ……! 盛り上げて置きながら、盛り下げてどうするのよっ!!」
「わわわっ、おぉー落ち着いてえぇっ! ハリセン駄目えぇっ! 絶対ぃっ!」
『たった一人………か。』
先程までの空気とは一変、何処から取り出したのかハリセン片手にステージに乗り込もうとするサインナの姿とそれを止めようとするテインの姿があった。体格差的には互角とも言えなくはないが徐々に前へと移動してしまう辺りに力量差が感じられるが、その場に居たアリンやメアン、イオルまでが口々に宥めようとする始末であった。
とはいえ、その空気を覆すのもまたリアナスであろう。
「聞かせてみなよ!」
「!!」
声を張り上げ一声を上げたのはギラムであり、気合を入れて叫んだ事も有り周囲の都民達の視線を集めるのには十分過ぎる勢いだった様だ。一同に集まる視線に少し怯むも彼は平然とした様子で堂々としており、その立ち姿もまた彼等の意識を引っ張る効力に加担していたのだった。
「俺は聞いてみたいな! どんな人達だって応援できる、その歌を!」
「ギラム………」
「……そうですね。私も聞いてみたいです、煌音レンダさんっ!」
「アタシもー!」
「ぼ……僕もっ!!」
そして口々に上がる声もまた勢いに飲まれてか、彼の気持ちを高めるかのようにやってくる。気付けば都民達もまた声を張り上げ歌が始まるのを心待ちにしている様子さえ見てとれ、全てグリスンの言葉と意志に委ねられる環境へと変わって行ったのだった。
「ぁっ……ありがとう皆っ………! ……グスッ。じゃあ僕、もう一曲だけ歌わせてもらうねっ!!」
「「「わぁあーーー!!」」」
「……… スゥー……ハァー…… ………よしっ! 歌います! 心に届いて欲しい歌、『Livin will Doragon』!!」
こうして始まった次の歌がまた、会場と周囲の空気を換えて行くのだった。




