26 殺弔意(さついのなかのとむらい)
グリスンとフィルスターの戦い、そいてニカイアの報告が済まされていた、その頃。
ガキンッ!!
「ッ……!!」
グリスンとは同じだが離れた場にて戦闘を行っていたギラムはと言うと、相手のクローバーが変化し創り出した大鎌による一撃を無力化するべく攻撃を凌いでいた。創り出した魔法の剣による応戦は中々に手強く、おまけに相手の武器の破壊力が高い為か何度か応戦するたびに剣の刀身に亀裂が生じてしまう度の猛攻が何度も彼を襲っていたのだ。
幸いにも武器そのものを創り出し手にする事はギラムにとって苦ではなったため、自らが生成系魔法で幾多の武器を創ってきた事が功を奏していたと言えよう。
「さあどうするのDEATH? 防いでばかりでは、童には勝てはしないDEATHよ!」
『コイツの言う通りなら、戦えば戦うほど奴等の想うツボだ。かと言って、自力で応戦出来るくらいなら苦労はねえ……!』
とはいえ相手を殺す勢いで戦いを挑む事に関しては不得手であり、その点に関しては相手側に軍配が上がりかけているのも事実だろう。全面的に魔法のみで戦い続ける事はギラム自身が望まなかった事もまた劣勢の要因の一つとなっていた事も有り、彼を着々と追い詰めていると言っても間違いではない。
普段であれば段階を踏んで魔法での応戦をする所ではあったが、彼には気掛かりな点が一つ存在していた。
『場合によってはラギアに頼るのも考えたが、これじゃ出す方が不利になるか………? 違うか、ラギア。』
《否定はせぬ、奴は汝のソレを狙っている。》
《悉く面倒な方法を取ってきやがるなぁ、創憎主の領域に立つ輩は思考回路が読めねえ。》
『違いねえなあ、全く……!!』
それはデス本人が『ギラムが魔法に依存する事』を望んでいる点であり、創誓獣を召喚し魔法を幾多も行使する事が結果的に相手の望む未来に繋がりかねないという事だ。元より魔法を使う事が出来る存在としてリアナスが居る一方、魔法を行使した際の不純物をクローバーが吸収し浄化しているのもまた事実。一定量を越えてしまえば自然界では身体に起こり得ない反応が起きてしまい、結果的に身体が停止し動かなくなってしまう恐れがある。
とはいえそれだけの事をしなければ勝機が無いのも事実であり、ギラムの脳内では本人と概念に等しき二つの存在が脳内会議をする程であった。
《だが。奴は汝を望めど、自らの力が有ればの話だろう。決壊すれば話は変わる。》
《その決壊に持ち込めねえのが、困った状況なんだろ。それを打開する事が出来るって、お前は考えてるのか?》
《我が見込んだ存在だ、不可能は無い。我はその為に此処に存在する。》
《高位な存在なこって。縁で居る俺とは偉い違いだ。》
《ならば望まぬのか? 白き未来を。》
《んーや、望まないはずがねぇなぁ。寧ろこんな所で血が絶える事の方が有りえねえ。》
「クソッ、戦闘狂が……!」
「フフフッ、童は楽しくて仕方ないのDEATHよ。この先に待つ大きな力の為の余興がこんな猛者だとは、ね?」
「同意する気はねえな、俺は年足らずのビギナー真憧士だ。」
「素質があれば十分DEATHよ。」
「チッ、会話すらも成り立たねえなあ! ……仕方ねぇ!」
とはいえ、そんな意識達による会議に気付けば参加出来ない程にギラムが戦闘に集中しなければならなくなっているのもまた事実だろう。何度も何度も攻撃を往なし反撃出来る瞬間を狙って一撃を放つも、相手もまたその攻撃を防ぐかのように武器で強引に薙ぎ払い、また立て続けに攻め続けて来る。
犬歯を剥き出しにし舌なめずりするかのように口元を何度も動かす中、ギラムは一度手にしていた武器を相手に向かって放り投げつつ後退しだした。
飛び込んできた大剣を目にした相手は武器で破壊するかのように大きく振り上げ地面に叩きつけると、鎌の先端が突き刺さった剣の刀身は木っ端微塵に粉砕され、瞬時に雲散するかのように粒子となって消えてしまうのだった。しかしその隙があったからこそなのだろう、ギラムは相手と距離を取る事に成功しその気を待ってたかのように両足を広げ、自らに力を集約するかのように両手を広げたのち、内包するかのように背中を丸め周囲に魔法壁を展開しだしたのだ。
『銀狐の力、使うしかねぇ………!!』
《良いのか、その力は若造が気にしてた脅威だぞ。》
『短時間で終わらせる……! ラギア、手を貸してくれ!!』
《汝が望むのなら、我はそれに応えるだけ!》
《無茶は程々にしておけよ!》
『上等ッ!』
「ハァアアアアアアアーーーーー!!!」
パキンパキンッ……!!
ギラム本人が使った力、それは切掛は相手側に有れど自らの力として認識した『銀狐』の力だった。最も自らの身体に負荷がかかる確率の高いその力はライゼが危険視していたモノではあったが、彼本人からしてもその力を使わない訳には行かないと考えたのだろう。
姿を入れ替える際に展開していた魔法壁が粉々に粉砕されると同時に、中からリアエルスとして創造された際の銀狐と成った姿のギラムがその場には立っており、当時身に纏っていた侍女達お手製の衣服もそのままになっていたのだった。
当時と違う点を挙げるとすれば、それは『ギラム本人が望んだ』かどうかと『ラギアの干渉があったかどうか』であろう。
「!! ようやく来るのDEATHね……! 待ってたのDEATHよ!!」
「越えられるもんなら、越えて見せろ……!! 出し惜しみは無しだぁああっ!!」
バシュンッ!!
銀狐としての力が濃くなったリアエルス状態のギラムの速度は、人間だった頃に比べると桁違いに素早くなっていたと言って良いだろう。防衛に転じていた先程までの戦況は一変、素早くも的確に狙いを絞って拳を放っており、場合によっては風を切るかのような廻し蹴りも放っていた。
場合によっては長くしなやかに揺れる尻尾もまた凶器となって相手に襲い掛かってくる為、油断をすれば一溜りも無かった。
だがその力を使うだけの相手として見込まれた事も有ってか、相手もそう易々と彼に白星を捧げる様な存在では無かった。手にした大きな鎌で防げる攻撃は的確に防いでおり、先程と同様に強烈な一撃を目にした際は身体を捻り体操の競技を行っているかのようにリズミカルに動いていたのだ。
無論防御に転じているだけかと思えば隙を視て武器を勢い任せに振りかぶって来る事も有る為、ギラムも油断をすれば足元をすくわれかねない状態が続いていた。
右手で殴り掛かれば相手は避け、その動きを視て身体を左に回転させ尻尾を襲わせるも武器で防がれる。避け続けられるかと思えば四角に等しい場から武器が襲い掛かって来る事も有る為、その一撃は強引に足で蹴って軌道を反らす必要がある為、中々に激しい戦いが続いていた。
こんな激しいシーンは教皇の名を有していたイロニック以来とも言えるが、素手だけではない戦いが今との違いであった。
「あぁ……楽しいのDEATH……! 楽しすぎて、酔い狂ってしまいそうDEATH!!」
「言ってられるのも、今のうちだぁああ!!」
ガンッ!!
しかしその流れも続くものではなく、隙を突いたのはギラムの方だった。先程まで素手に等しき猛攻を繰り広げていたのにも関わらず、彼は何を思ったのか地面を殴り強烈な衝撃波を放ったのだ。無論ただの空気の波であれば左程驚く事は無かったが、その波は展開されると同時に氷晶の姿へと変わっており、その先端が相手の鼻先を掠め武器を盾にしたその時、隙を作ったのだ。
生まれ続ける氷の柱の一つが相手の武器をガッチリと掴んで生成され、相手の守りと攻めの一手を完全に封じた。
「ッ!! しまっ……!!」
「はぁああああああ!!!」
ガスッ!!
「ガハッ!!?」
相手の攻守を一度にして防いだ瞬間、彼の強烈な脚力による右廻し蹴りが相手の懐に刺さり、そのまま地面を転がる所か弾丸の様に相手の身体は飛んで行ってしまったのだ。しかしその場に展開された魔法が『室内』に近い形だった事も有り即座に相手の動きは壁によって阻まれ、周囲に亀裂を走らせながら相手の身体を受け止めるのだった。
壁に幾多も走り出す亀裂の大きさと長さが相手の身体以上であった所を視ると、その一撃がどれだけ大きかったのが見て取れた。
「………ッ、ゲフッ……グフッ……!」
「………」
『流石、DEATHね……… 戦いに身を興じて来た童を凌駕する程の、力………童の見込んだ、トリガーとなる真憧士の……力っ!!』
しかしそれだけの破壊力を有していたとはいえ、殺すまでには至らなかったのはリアナスとしての力もあったが故なのだろう。相手は壁に埋もれたまま吐血した瞬間に地面へと崩れ落ち、飛ばされた弾みで近くに転がっていた大鎌の元へと倒れ込むのだった。
静かに聞こえてくる足音を耳にしながら顔を上げると、其処には銀狐の姿をしたままのギラムの眼が対象を捕え、もう逃がさないとばかりに威圧感を放っていた。その眼は殺気に近く鋭い眼光が薄暗い室内灯で光っており、怪しげな雰囲気を漂わせていた。
「さあ、倒すのならば……今なのDEATHよ……… 教団の裏の、欲望を止め……貴方の望むモノを手にすれば良いのDEATH………」
「………」
苦し紛れに自らの欲望を果たさんとばかりに相手は両腕に力を込め、上半身を少しだけ浮かせながら相手に向かって笑みを見せだした。此処で始末しなければ戦いは終わらないとばかりに表情で挑発しており、相手が息の根を止めてくれれば望みが叶う。
決して言葉に表す事は無く心とは裏腹の顔を見せ、ギラムが静かに右手を上げだした。
正に、その時だった。
「ギラムッ……!!」
ガシッ!!
「ッ…… グリスン……?」
「駄目だよ、それ以上は……… ギラムじゃ、無くなっちゃう……気がするから………!」
彼の大きな身体に対し、自らの意に反した重力をギラムは感じ出した。不意に背後からやって来た引力に逆らう様に身体を戻しながら彼は顔を向けると、其処には自身の腰回りに両手を回し行動を抑制するかのように必死に嘆願するグリスンの姿があった。
普段よりも目線が高かった事も有り、彼の頭部近辺に付けられた音響機器が良く見える状態であった。
「僕達はリアナスに切欠をあげられるけど、それ以上の事は出来ない……… ギラムがどんな風に魔法を使うかでその先が変わるのも、僕達は全部じゃないけど理解してるつもり。」
「………」
「魔法を悪用しない、自身の力だって思わないからこそ抑止出来てる所もあるから……… 僕は、そのままのギラムが良い……悪意に満ちて人殺しをするなんて、しちゃ駄目だよ………!!」
「キキキュウ………」
一生懸命に行動を止めんとばかりの言葉を続けながら両手に力を込めたその時、近くを飛んでいたフィルスターもまた彼等の元に到着したのだろう。遅れてその場に降り立つと静かに鳴き声を上げだし、とても心配そうな表情を見せていた。
自身の取ろうとしている行動に対し、相棒達はそれを止めて欲しいと言って来る。だがここで戦いを終わらせなければ全ては終わらず、かといって見殺しにした所で行動しない敵達ではない。一方を相手していたグリスン達が戻って来たと言う事は、自らの目の前で瀕死になっている存在が最後の教団員に他ならない。
ココで終わらせなければ、目の前で崩れ落ちた存在の無念も晴らせない。
そう想った、その時だった。
《汝の好きにすれば良い。》
『?』
自らが闘争にのめり込んでいた事もあってか気付かなかったラギアの声が、不意にギラムの耳元を掠めたのだ。突然の事に驚き少しだけ身体をビク付かせ目を丸くすると、グリスンは少しだけ驚いた表情を見せながらギラムの顔色を窺おうとしていた。
しかし目線が高く突き出た鼻先の影響もあってか、表情は全くと言って良いほどに見えていなかった。
「ギラム……?」
《汝の選択は未来に繋がるが、それがどちらに転ぶかは汝が受け止めるべき未来に変わりはない。我はその補佐をし、汝に容創られたに過ぎない。》
『………』
《生血は汝に力を与え、汝はその力を使い結果を出そうとしている。汝は何を選び、そして未来に何を望む。》
『俺、は………』
《好きな方を選んじまえばいい。個人を優先するか、世界を優先するか。それも真憧士の選べる決定権だ。》
《我はどちらを選ぼうとも、汝が望む限り元の姿に戻すだけだ。》
『………』
そんな表情が伺えないギラムの中でのやり取りは続くも、その先に視えるか視えないか解らない存在達は次々と言葉を連ねて行く。リアナスがどんな事を望んでも魔法で叶えられる可能性があり、そしてその結果得た未来の姿によって名誉に近い名称が付けられるだけに過ぎない。
誰かから視れば『真憧士』だったとしても、他から視れば『創憎主』かもしれない。
所詮はヒトの名付けた評価でしかなく、どちらを選んだとしてもギラムを否定する事は無い。その背中をそっと押すかのように、存在達は呟き彼を現実世界へと戻して行った。
その時だ。
スッ………
「……… 不甲斐ないとは、思わねえのか。そんな俺でも。」
上げていた右腕を徐々に下ろしながらギラムはそう呟き出し、自らの事を止めようとしていたグリスンに対し質問しだした。突然の質問に対し、グリスンは再び驚いた表情と耳を御辞宜させるかのようにピコピコと動かした後、腕に込めていた力を少しだけ緩めながらこう言いだした。
「少なくとも、僕は思わないよ。………弔いって言ったらそこまでかもしれないけど、それ以外に出来る事も……あるから。」
「キュッ」
「うん。フィルスターもそう言ってる。大丈夫だよ、ギラム。」
「そっか。」
シューーーン………
相棒達の言葉を聞いて納得したのだろう、ギラムはその場で銀狐の力を止め静かに吹き荒れた風に凪がれる形で元の姿へと戻り出した。見知ったギラムの姿になった事を確認したグリスンは静かに両手を離し彼を自由にすると、ギラムは振り返りながら顔の角度を下げ相手に対しバツの悪そうな笑顔を見せだした。
「……確かに、ちょっとやり過ぎかもしれないな。ゴメンな、心配かけちまって。」
「ギラム……!」
「キキキュッ!」
「フィルも悪かった、止めてくれてありがとさん。」
相手の顔を視た二人は傍に寄りながらそう言いだすと、ギラムは口々にそう言い感謝の意を示す様に右手でグリスンの左肩に触れ、左手でフィルスターの頭を撫でだした。
自身がやって来た事に対し間違いが無いつもりだが、実際には少なからずあったかもしれない。しかしそれでも悔いが無い様に選ばせて貰える勇気を貰え、同時に進もうとしていた道筋を止めて貰える切欠を相手から得られた。ならば自身の望みに近い『創憎主とは縁の無い平和な世界』こそが、今のギラムに最も近い願望だった様だ。
嬉しそうにうんうんと頷くグリスンを視て苦笑していたその時、彼等の背後でゆっくりと上体を起こし終え、手元に大きな武器を握った殺意が復活しだした。
「……童の前で、背を見せるなんて……甘すぎDEATH……!!」
「!! ギラムッ!!」
ガシュンッ!!
「……… ……!」
「あぁっ………あああっ!!! 童の、大鎌が………!!」
武器を手にし背後からギラムを切り裂こうとしていた行動を目にしたグリスンが叫んだその瞬間、金属同士が擦れるのとは異なる『根本から砕く』様な音が聞こえだしたのだ。視の危険を感じ眼を瞑る事しか出来なかったグリスンが静かに目を開けたその時、目の前では手にした武器が砕かれ感嘆する相手の姿があった。
何が起こったのか理解するべくグリスンが首を動かしたその時、目の前に立っていた存在の左上半身近辺が動いた形跡があり、その手には銀の短刀が握られていた。どうやら逆手持ちした武器で相手からの脇腹を狙った攻撃を無力化するべく、そのまま壊してしまった様だ。
腕力と引力から成る物理的脅威を阻害したともなれば、どれだけの力を先端に込めて放ったのかはグリスンは解らなかった。
「……… ギラム……」
「多分だが、そうなるんじゃねえかとは思ってた。………よっぽど俺の機嫌を損ねて、欲望を叶えたいって想えるな。本当、他者は愚か自分までも殺してまで叶えたい願いなんて何なんだかな。」
「ッ………!」
「悪いが、もうお前等の策略やら計画やらに便乗する気は無い。リアナスの起源がクローバーに有るのなら、それを変換した大鎌を砕けば終わりだろ。……とっとと失せな。」
「………」
一瞬にしてカタが付いてしまったかのようにギラムがそう言い放った瞬間、相手はその場に力なく崩れ落ち脱力したかのように両手を下ろしてしまった。砕けた先端が無くなった事もあってか手元に残った鎌の柄もそのまま床に転がる様にして捨てられてしまい、完全に戦意喪失した事を彼等は悟った。
ようやく終わった、そう感じたのだろう。
ギラムは短刀を鞘の中へと戻すと、床に座っていたフィルスターを回収して右肩に乗せると、その場を歩き出した。慌てて追いかける様にグリスンも移動すると、気になっていた言葉を彼は口にしだした。
「………ギラム、もしかして最初から………」
「んや、グリスンに止められなかったら殺ってた可能性もある。正直助かってるぜ、制止してくれてな。」
「そっか。………良かった。」
「キキュッ」
「フィルもありがとさん。戻ろっか、リーヴァリィの街にな。」
その場に広げられていた空間を掻い潜るかのように再び扉の元へと移動すると、彼等は魔法ではないちゃんとした現実の世界へと戻るべく外へと出て行くのだった。
次回の更新は『12月24日』頃を予定しています、どうぞお楽しみにっ




