23 決壊認識(けっかいしたにんしき)
突如として咲き乱れた大輪の血飛沫の華に交じり、ギラムが気付いた時にはマジシャンの背後に二つの人影が降り立っていた。一人は遠くから行いを成した者を傍観するかの如く立っていた事も有り顔色が伺えない反面、もう一人の相手は対象となる相手の身体に何かをした張本人。左腕を上方へ掲げたまま右腕で武器を動かしたのだろう、相手の背後に対し武器を突き立て致命傷となる一撃を放っている事だけは解った。
彼等の身に纏う黒い装束の先から一寸だけ刃先を見せるかの様に、刃先は鈍く銀光りしたまま流れ出る血を零すかの如く滴らせていた。そして行いに止めを刺すかの如く、一瞬にして平和の色を失わせたのは相手の一言だった。
「お・わ・り……DEATH。」
「マジシャン!!」
対象に切り裂かれ身体バランスが崩れたのだろう、相手が武器を引き抜いた瞬間、ギラムの眼の前で膝から崩れ落ち倒れそうになっていた。相手の動きを視た彼は慌てて手を伸ばし相手の身体を支えるも、既に生気は薄く相手の目も虚ろに成っていた。
崩れ落ちた瞬間に怪しい光を放っていた武器の正体も露わとなり、その場に顕現していたのは『大鎌』であった。
「おいっ!! しっかりしろっ!!」
「………ギラ…ム……さま…… わた……し………」
「アハッ、無駄DEATHよ? 童の鎌から生還するなんて、それこそ無駄無駄DEATH」
「愚かな者に続く道化師に成りし者の末路……世界の記録として、此処に完結します。」
「貴様等……! 本当に下衆な連中ばかりだな……!! 仲間を平気で手にかけるなんて、そんな事が許されると思ってんのか!!!」
「許されるに決まってるのDEATH。童は【生と死】を司るスートの主、それこそが……【死】」
「そして大団円に続く物語の完結を描く者、その過程で堕ちる者を見定める【世界】 それが自分です。」
「チッ……!」
不意に現れた存在達、それは今までザグレ教団内で唯一ギラムが接点を持って居なかった中間層と下位層に位置する名を冠した者達。タロットカードの末端の番数に存在する『世界』と共にやって来たのは、全ての存在に等しく与える不吉な行いと数字を併せ持った『死』のスート。
独特な口調で喋る二人の存在に対し舌打ちしたその時、彼の手元で支えていた相手の小さく呻く声が聞こえだした。
「ギラ……ム……様。」
「!」
「マジシャンは……愚か、望むモノ……望まないモノも……全て、自由の……名の元……に、存在します……… 私も、貴方も……また、自由の一端。」
「………」
「今、居る二人が……それを、成すのであれば……私は、その贄に成り下がる……… この結、末を変えられない、道化師……なら……… 私は………貴方に、それを……望みたい……」
「真憧士としての……貴方様で……… 占術課程縁の深淵を……鏡映し………て……下さい……… ………」
パタッ……
「!! マジシャン!!!」
「………」
絶え絶えと成っていた状態であったとしても、相手はギラムに対し伝えたい言葉が沢山あったのだろう。途切れ途切れに成りつつも言いたい言葉を繋げた相手は必死に彼の腕にしがみ付くように右手を伸ばした後、最後の言葉を放った時に見せたのは『笑顔』だった。
どうして敵側の自身にそんな顔をするのだろうか、どうしてそんな言葉を言えるだけだと見込んだ相手が対象を助ける事が出来ないのか。
目の前で命の灯を消してしまった存在を目の当たりにし、彼は静かに視線を下ろしつつ込み上げて来る感情を必死に抑えたかったのだろう。手先に収束しがちな握力を抑えながら相手を静かに床に下ろした後、彼はテーブルウェアとして用意されていたテーブルクロスを静かに手に取りマジシャンの身体の上へとかけだした。
そして相手の目元に残っていた涙を静かに左手で拭うと、ギラムはその場でゆっくりと立ち上がった。
「……… ………本当に……こんな連中の所で、こんな気分に成るなんてな……思ってもみなかった。」
「? 何を言ってるのDEATHか。」
「戦場でも、死地でもない……やり取りをするだけの場に過ぎない場所だったこの場所で…… 俺の……目の前で……無残にも身体を掻っ捌かれて、苦し紛れに言葉を呟く相手の手すらも、握り返せない……不甲斐ない奴なんだって、数年後の今になって思い出させられるなんて……思ってもみなかった……」
「………」
淡々と言葉を呟く機械の如く口を動かすギラムであったが、その表情は伺えず前髪を後ろへと向けた独特の髪型ですら伺えな陰りが存在していた。しっかりとした重心のかけ具合によって身体がフラフラと立ち上がる事は無かったモノの、何処か虚ろな心境であり全くと言って良いほどに正気を感じられない。
地へと向けられていた彼の顔が瞬時に上空へと向けられた事によってその場に居た存在達が相手の顔色を確認する事は出来なかったが、確実に理解出来る部分が存在していた。
普段のギラムであれば抱える事のない感情を、今の彼が抱えそして身にため込んでいる……と。
そして相手に向けられた眼は普段の彼であれば絶対に見せないであろう、光が遠退き年月によって劣化した鉱石の様な瞳であり、正常な思考回路ではない事だけは身動きの取れないグリスンは即座に察知した。
『ギラムのあんな顔…… 初めて見た。』
「お前等。本当に軽々しく人間を始めとした存在達の命を刈り取って、好き勝手に文句をつけて終わらせるだけの連中なのか。」
「童はそれをするべく、スートに置かれた者に過ぎないのDEATH 愚かな類人猿に存在の価値観を説かれる筋合いは、無いのDEATH」
「ザグレ教団に配属されしスートの名を冠する存在は全部で『22名』。内半数名が拘束されて事実上の脱退、そして少数名が貴方の前で膝を折り降伏を表した。」
「………」
「教団員として残されていた者達である『エンペラー、ジャスティス、フォーチュン』もまたその場から離脱、私達とは別行動かつ暗躍を行おうとしていた『ジャッジメント』もまた堕ちた今、残ったのは私達と貴方のみ。……まぁ、追えない例外も居りますけれどもね。」
「童は喜ばしいのDEATHよ、貴方の命を刈り取ればその不足分を担うだけの贄が揃うも同然。ザグレ教団の思想として集いし『想い』が一つの力と成り収束……それを拡散させ、中心に居る者こそが『真憧士』としての素質を得て、世界を意のままに出来るのDEATH」
「……それが、本物の『創憎主』………か。」
「今と成っては名前などどうでも良いのDEATH 神と成ってしまえば此方のモノなのDEATHから。」
「そうか……… そうまでして、自分の願望と欲望を果たしたいってわけかッ………!!!」
次々と告げられる彼の知らない教団の真の姿を理解したその瞬間、ギラムの消え去っていた表情から浮かび上がったのは眉間の皺と歯茎が剥き出しに成った怒りの顔だった。元々自他共に認める程の強面である彼がそんな表情を見せる事自体が不思議なのだろうかと首を傾げてもオカシクは無いが、実際彼が本気に成って怒った事があるのは年単位で数回と数えられる程だ。
その怒りの度量によって軽い発言であったり少量の力の籠ったの手刀で済ます事の多かった彼が、そんな表情を見せてまで怒りの感情を掻き立てた存在達。
例え敵である相手であったとしても、敵として認知しない限り敵意を向ける事はない。
サントスが彼を称した表現がピッタリと合った瞬間、それが今だったと言えるだろう。グリスンとフィルスターですらその表情と威圧感に恐れを抱いた瞬間、ギラムはこう叫ぶのだった。
「だったら、俺はもうお前等に対しては容赦はしない……! 敵であろうと手を握り返せなかった相手が居る以上、俺はもう二度と振り返らねぇえ! それだけの事をした奴等を、野放しになんぞ絶対にしねえぇええ!!!」
バシッ!
そう言い放った瞬間、ギラムは両手を伸ばし近くのテーブルに置かれていた二つの代物を瞬く間に奪取しだした。彼が手にしたのはグリスンの拘束を解き放つ『印』とフィルスターの籠を開けるための『鍵』であり、マジシャンが唯一その場に残しギラムの選択次第でその場から消す事も可能だった代物だ。
彼が望まなければ必要のないモノに成り下がるが、望む事を選べば必要のあるモノと成り変わる。
どちらの選択をしたとしてもギラム自身にやって来る未来の結果を受け入れる事に変わりは無いが、それだけの事を彼が選んだとしても『間違った結果には成らない』と相手は信じたかったのかもしれない。幾多の配下の者達が突き動かされ、そして膝を折ったとしても自らの力を手放す事を選ばなかった、強欲な人間達を負かし続けた『真の憧れとなる導士』の素質を併せ持った一人の存在。
それこそが彼であり、その者との行動を共にする事を選んだのが彼等なのだ。
「グリスンッ!! フィルッ!!!」
バシュンッ……!!
「ギラム!!」
「キキキュッ!!!」
手にした解放の術を持ったまま相棒達の名をギラムが叫んだその時、彼等を束縛していた魔法が瞬時に解かれグリスンとフィルスターは晴れて自由の身に成っていた。本来ならば接触による動作を挟まなければ解除される事の無い魔法を、ただの言葉一つだけで変える事が出来る相手が居ただろうか。
その場に立つ二人の存在が一瞬驚いた素振りを見せる中、彼の傍に二つの存在達が降り立ち自分達と対峙する体制を見せだした。
幼龍と虎獣人の瞳が強く輝きその想いを向けたギラムの手元に銀の長杖が現れた瞬間、彼等は大きな戦を終わらせる為に地面を蹴っていた。
「俺の不始末の後で悪いが、今回ばかりは俺の我儘に付き合ってもらうぜ! 奴等を止めるぞっ!!」
「うんっ!! 僕も全力で戦うから!!」
「キッキュッ!!」
現代都市リーヴァリィの一端、その世界で行動する者達が誰も知らないその場所で。同じ世界に住まう存在達全員に認知されていない彼等の戦いが、切って落とされるのだった。
次回の更新は『10月23日』を予定しています、どうぞお楽しみにっ




