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鏡映した現実の風~リアル・ワインド~  作者: 四神夏菊
第九話・現代都市の繁華は紅色に煌めく(リーヴァリィのはんかは べにいろにきらめく)
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20 茶会乃戦(ティータイムファイティング)

「………! グリスン、フィル!!」

「キキキュッ!!」

《ギラム!!》


足を踏み入れた空間内にて相棒達の姿を目にし、ギラムは彼等の名前を呼びながらテーブル元へと駆け寄り出した。しかしその場にて一人静かに椅子に腰かけていた相手を眼にし、彼の速度は徐々に降下し一定の距離を保ったところで彼は停止するのだった。


今まで行動してきた者達との接点から考えて、その場に居る相手は『ザグレ教団員の最上位の者』であり『今回の黒幕』の確立が高い。下手に近づけば何をされるか解らないと、彼は直感的に悟った様である。


「いらっしゃいませ、真憧士ギラム様。お待ちしておりました。」

「……お前さんが、ザグレ教団の……幹部。」

「幹部ではありませんが、スートの最上位。一位を務めさせて戴いております『マジシャン』ですと、今は名乗らせて貰いますね。」

「………」

「この場に相対する思考を持つ真憧士が揃い、私達はお互いの生死を賭けた戦いに身を投じなければなりません。幸いか不幸か、この場にはそれに相応しい観客達もおります。長時間の戦闘をすれば少数精鋭の側が不利になる……そうは思いませんか?」

『コイツ……ノクターンみたいな奴だな…… 客観的な意見かと思えば、煽る様な物言いだ。』


身に着けていた装束とフードも相まって相手の表情が読めない中、ギラムはやり取りをしつつ目の前にいる相手がどんな相手なのかを検討しだした。


敵である事は間違いはなく、相棒達を人質に取り自身を呼び出し、これから何かしらの行動を取る事は目に見えている。それが闘争なのか論戦なのかは彼には解らないが、白黒をはっきりと付けるべき行いをしようとしている事は間違いないだろう。しかし口調からしてみれば『敵意』そのものはあまり感じられず、先程まで戦闘を仕掛けて来た教団員達とは少しだけ雰囲気が違う様にも見てとれた。


相手が何を求めているのかが即座に読めなかった事もあってか、ギラムはふと脳内に知人の狼獣人の顔を思い浮かべるのであった。


「とりあえず確認させて貰いたいが、グリスンとフィルには怪我を負わせていないな。」

「えぇ、勝手ながら『お茶の相手』をして頂いていました。私もまた応接したいと申しましたので、突き動かさせたのは此方でしょう。」

「………毒を盛ってないなら、それでいい。」

「恐れ入ります。どうぞ、此方へお座りくださいな。」

「………」


とはいえ相手の出方を窺がうのが先決だろうとギラムは思ったらしく、相手の勧める通りにテーブル近くに置かれたもう一脚の空席へと腰かけだした。相手が手を伸ばし上体を乗り上げればあっという間に手が届くであろう距離感に少し警戒しつつも、相手よりも少しだけ近い位置に捕らわれたグリスンとフィルスターの姿もある為か、危害が及ぶ前に彼等を一度安全圏へと連れ出す事も可能かもしれない。

様々な思惑が交差する中何かを悟ったのだろう、相手は両手を膝の上に置きつつこう言いだした。


「戦いと申しましても、やり方に関しては此方に一任されている次第。貴方もまた血を流す行いを望まない主義だと伺いましたが、相違はありますか。」

「いや、無いぜ。無駄に戦わなくて良いのなら、その方が助かる。手加減は出来ない方なんでな。」

「加減が不要な方が好ましい、と言う事ですね。では、私からの勝負をお受け下さい。真憧士ギラム。」


互いの解釈に相違が無い事を相手が確認し終えたその時、相手は手元に一枚の大きな白いナプキンを取り出し、そのままテーブルの上へと静かにかけ出した。グリスンとフィルスターの居る位置に気を付けながらナプキンをテーブルに広げたその時、相手は恰も手品を行うかの様にナプキンの中央を摘まみ上方へと持ち上げだしたのだ。


するとその場に色とりどりの三脚のティーカップがナプキンの下から現れ、一瞬にして相手の望む『戦い』を持ちかけるのだった。ちなみに補足を加えると、ティーカップ達の近くには銀色のミルクポットも添えられており、茶器一式が揃えられている状態であった。


「此方に三つのティーカップ、そして中には私が魔法を施した紅茶が注がれています。茶葉の種類は全て『ダージリン』ですが、必要とあらば原液の牛乳を用意しておりますので、ご利用下さい。」

「………」

「魔法の種類は全部で三つ、人間の『三大欲求』に作用するモノを色別に用意しております。『食欲、睡眠欲、性欲』の何れかを強く作用させ、残りは無視するモノ。」

「無視……?」

「貴方様に選んで頂く勝負、それはどれを無視させ作用させるかどうかの試練……とでも申しましょうか。黄色のカップは食欲を、青色のカップは睡眠欲を、そして桃色のカップは性欲に作用します。」


そう言いながら彼女は一つ一つのカップを掌を上にしたまま案内し、ギラムにどれを選ぶかを迫り出した。相手の言う事が正しければ紅茶を口にした途端にその効果が表れ、抜け切るまでの間を互いが相対すると言うモノだが、ギラムからすれば何のメリットもない戦いに過ぎない。だが相手が不意を突いてせめてこようモノなら戦わなければならない事には変わりなく、仮にもし選ばなかったとしてもその先の未来は変わらないかもしれない。


穏便に済んでいる今の状況を覆す理由がない限り、相手の策に乗った方が良いかもしれない。


ギラムは静かにそう考え、一つ一つのカップを見比べだした。


「………本当に紅茶とその魔法しか入ってないんだな、これには。」

「はい、魔法は完璧です。私の望んだ結果しか起こりませんし、欲求三つ以外には作用しないと約束しましょう。貴方が勝てば、此方をお渡しします。」


スッ


そんな彼の表情を視て何を思ったのか、相手は静かに手元を動かしあるモノを二つギラムの近くへと差し出し始めた。やって来たのは小さな緑色の宝石がはめ込まれた『金色の鍵』と、薄手の紙に印字された『奇妙な形状の印』であり、彼が目にすると同時に相手はコレが何なのかを説明しだした。


鍵はフィルスターを捕えている籠の錠を外すものであり、もう一つの印はグリスンを捕えている障壁の魔法を破壊するモノ。戦いに興じればコレを差し出すと言ってきたあたり余程今回の戦いに自身があるようにも感じられたのか、ギラムは一度目視した物体から眼を反らし相手にこう問いかけだした。


「……… 仮にコレを俺が奪って取引に応じなかったとしたら、お前さんはどうするんだ。」

「その時は私もまた、本気で貴方方と戦う事を選ぶだけです。スートの名の通り『魔法使い』ですので、大抵の事ならば簡単に出来るとお伝えしておきます。応じるも応じないも、貴方の未来を分けるだけです。」

「なるほどな。」


《ギラム………》

「心配するなグリスン、戦わなくて済むなら俺もそうしたい。この戦いを仕掛けて来たのは向こう側だが、何も喧嘩を買う理由が無くなればそれまでだ。グリスンとフィルを返してもらって、教団員が拘束してる獣人達を解放出来たらそれで良い。魔法はあくまで手技だからな。」

「キキキュッ………」

《でも僕、ギラムが性欲に狩られた状態でまともな戦いが出来るって思えないよ……? 身体は若いし、雄々しいのに。》

「意味深だが突っ込まないでおいてやる。」


相手の策に乗ると決めどのカップを選ぶか考えだしたその時、グリスンとフィルスターは心配そうに声をかけて来た。自分達が足手纏いとなり彼の行動を狭めている事は目に見えていた事もだが、相手のかけた魔法で一番厄介そうなモノを引いた時の事を考えると気が気でなかったのだろう。


三大欲求の『性欲』を引いてしまった時、一体ギラムがどんな行動を取ってしまっても不思議ではない。


肉体面からも雄々しさや逞しさが漂う彼を気遣っての言葉であったが、今のギラムからすればただのお節介に過ぎ無かった様だ。アッサリと言及を聞き流しつつ、彼は再びティーカップを見比べだした。


『とはいえ、どれを選ぶかだな…… 普通にこの三つで安全そうなのは『食欲』だが、空腹で戦闘をするのはどの戦況でも良くはない。かといって『睡眠欲』を無視すれば無防備を取られかねないし、『性欲』に至ってはグリスンが心配するのも無理はないだろうからな……… 仲間に手をだしかねん。……… そういや、何でこんな勝負を持ち掛けてきたんだろうな。コイツは。』


そんなカップを見比べていたその時、ふと思い立った疑問にギラムは目を止め静かに視線を上げだした。そこには先程から変わらずに座り続けるマジシャンと名乗る者が座っており、表情は変わらずジッとコチラを見つめていた。黒いフードの先にどんな顔があるのかは解らないが、少なくとも彼女の言う通り『紅茶を選ぶまでは何もしない』というスタンスを護り続けるつもりの様だ。


馬鹿正直と言えばそうかもしれないが、ある意味義理堅いと言えばそちらにも軍配が上がるかもしれない。本当に思考回路が読めない、よく解らない相手であった。


とはいえそんな相手と類似する相手には覚えがあった為か、それが彼の行動を推し進める動機と成った様だ。


『……… コイツが仮にノクターンと同じなら、きっと裏をかいてくるんだろうな。表と見せて裏を圧す、か………』



「どうせ選べないなら、賭けてみるか。」

「?」


そんな彼の動きを予兆させるかのような呟き声が聞こえたその時、相手はふと首を傾げるかのように少しだけ顔を傾けた、まさにその時。ギラムは静かに右手を伸ばし一杯の紅茶を口にしようと、自らが選んだティーカップに手を伸ばしたのだ。


彼が選んだカップ、それは『桃色の茶器』であった。


「!!」

《ギラム、駄目だよっ!!》

「キキキュッ!!」


ゴクッ!



「………!」《………》


彼の選択にどんな意図があったのかは解らないが、それでもその場に居た一同が皆同じ表情を見せたのは必然だったのだろう。色や雰囲気から醸し出されるあからさまな罠に対し自ら手を伸ばし、危険をかえりみずに飛び込んで行く事を選べる者は居るのだろうか。


阻害する事も制止する事も叶わないまま口にした紅茶を彼が摂取したその時、それは起こった。



スッ……


「………zzz」


一瞬にして彼は強い眠気に襲われ、そのまま身体を椅子に預けたまま眠り出してしまったのだ。意識が飛ぶと同時に右手はそのまま重力に沿って下へと移動すると、手にしたカップもまた重力に沿って落下を始め、地面に触れようとしだした。しかし茶器は床に触れる事無く彼の足元で浮遊し始め、初めから細工されていた魔法が発動したようにも視て獲れた。


そう、その紅茶に施された魔法は『欲求に作用するモノ』には違いはないが『一つに対して』では無かったのだ。



《えっ、寝てる………!? どうして……??》

「……お見事ですね、まさか一番危険なモノをお選びに成られるなんて。色も柄も配慮しましたのに………」

《どういう事?》


目の前で眠りこけているギラムを眼にしながら相手は席を立ち、ギラムが落としかけたティーカップを静かに回収しだした。未だに低地を浮遊するカップを相手が手にすると静かに重力を帯び出すと、相手はそのままソーサーの上にカップを戻し、残りの紅茶達と共に再びナプキンをかけその場から静かに消失させるのだった。


相手からしても驚きを感じさせる結果に過ぎなかった様であり、ローブの下からでは解らない表情の中、相手は静かに両肩を竦めるのであった。


「私が施した魔法は『三大欲求に作用するモノ』ではありますが、一つではなく二つへ作用するモノ。しかも真逆のモノを仕掛けておきました。柄に関しましてもこの方が一番お選びに成らなそうな、性欲を寄り掻き立てそうな桃色のハートの柄にもしておきましたが……どうやら完敗の様ですね。」

《………》

「強烈な睡眠欲に駆られ、ギラム様は一時の休息を取られました。お目覚めに成りましたら空腹に駆られますので、一番お好きな『珈琲』と『クラブハウスサンド』を用意しておきましょうか。味の好みも、解っておりますので。」



「キュッ……?」

《好きって……なんで?》


「雇い主の居るお店で、ギラム様が一番頼まれてる物でしたからね。」


静かに寝息を立てるギラムを眼にした後、相手は静かにそう言いながら口元に優しそうな笑みを浮かべるのだった。

次回の更新は『7月28日』を予定しています、どうぞお楽しみにっ

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