19 魔術師(マジシャン)
突如合流するもお互いの行先の都合で別れたギラムが別ルートを進んでいた、その頃。彼の行く先に構える扉の先では、薄暗い室内灯に照らされた空間内でのやり取りが行われていた。
「お代わり、如何ですか。」
《う、ううん……もう大丈夫。ありがとう。》
「そうでしたか。……スープはお口に合いましたか。」
「……キュッ」
「フフッ、本当にあの御方にしか懐かないんですね。同じ味のスープのはずですが、やっぱり仕方のない道中に居るのかしら。」
《………》「………」
その場に居たのはザグレ教団の上位者として行動する者『マジシャン』と、ギラムの元から奪われ囚われの身と成っていたグリスンとフィルスターだ。二人はそれぞれ束縛する魔法によって結界の中に閉じ込められている為、今まで通りの自由な身動きが取れず一定の制限を課せられている状態だった。
しかし何故か本人の申し出により『給仕』を受けている状態であり、正直に言えば苦痛等々は余りない様子。フィルスターに関してはギラム以外に懐いて居ない為か、先程から素っ気ない態度を常に取り続けていた。ある種の抵抗とも取れなくはないが、相手の怒りを買う事は無かった。
そんな二人の様子を視ていたその時、彼女はふとこんな事を呟き出した。
「……… そろそろ頃合いが迫っているかもしれませんね。」
《頃合い……?》
「えぇ。貴方方を迎えに歩み、道中で足止めをくらっていたとしても……もうそろそろではないかと、私は考えていたところです。」
「……! キキュッ!」
《ギラム……!! き、君は本当に……ギラムと戦うの……?》
「はい、それは逃れられない運命ですので。……既にスートの一部が欠落し堕ちた今、私もまた決別の時を迫られていると考えた方が良いでしょう。上の者同士で決着を付け、そして戦果を知らしめる必要があります。」
《………》
「御二人共、お付き合いありがとうございます。あの御方が参られました際には、申し訳ありませんがお静かにお願いします。……最も、その環境下では何も手出しは出来ませんが。」
そう言いつつ彼女は手元の茶器を一度片付けると、グリスンを封じたカードをフィルスターの居る籠の前へと静かに移動させだした。不意な空間事の動きに驚くグリスンではあるが背後にフィルスターの気配を感じたのだろう、それ以上の動きは無く目の前で粛々と片づけをする彼女を視る事しか出来なかった。
フィルスターに関しては先程から興味が無い様子でそっぽを向いていたが、今だけはその動きを静かに視ていた。
《……… どうしよう、フィルスター》
「キキュッ。キュキッキュ、キーッキュッ」
《う、うん……… 確かにそうなんだけど、僕は………何でも戦いでしか終わらせられないって事が、ちょっと悲しくて……》
「………」
《魔法は確かに便利だし、僕達にとってもギラムにとっても今は大事な手技。……互いの目標が違うだけでぶつからないといけないなんて……僕、どうしたら良いんだろう……… これじゃ結局、何も守れないし救えない……》
目の前で行われても不思議ではない戦いの予兆を感じ取ってか、グリスンは心苦しそうに自身の胸の内を吐露しだした。
彼にとって誰かを助ける行いは心での苦痛は無くも身体にとっての不都合が多く、今まで易々と成し遂げられたことは殆ど無かった。自身の力不足と言ってしまえばそれまでかもしれないが、彼にとっての想いは思考回路での情報内では完壁とは言えず、肉体面による技術力の低さもその要因だったと言えよう。故に『お荷物』と成りギラムの後を追う事やサポートをするのが精一杯だった為か、彼にとっても非常に辛い想いを背負っていた様だ。
グリスンの言葉に対してフィルスターは特に何も返事はしなかったが、彼からして視ても今の自分は『お荷物』だと感じていた。簡単に相手に囚われ自身の大好きな主人と共に行動する事は愚か、その束縛から脱退し自ら逃れる術すらも持ち合わせいない。
得意の凍結吐息も今の状態で使えば自身に反転して来てもおかしくはなく、今の立場をそれ以上にするまいと小さな抵抗をしていたと言えよう。
そんな二人の沈んだ気配を感じ取ってか、茶器を片付け終えた魔術師はこう言いだした。
「……悩められるお気持ちもそうですが、それだけ想われる方が居るのは良い事ではないでしょうか。」
《えっ?》
「人は良くも悪くも、相手に無関心です。心は有れどそれを突き動かす動機が無ければ、決して物事を換えられる力には成り得ません。魔法が在っても無くても、それは同じコト。」
《………》
「貴方が何を求めて契約を申し出たのかは解りませんが、それを後悔する事が無い限り。貴方は前を視て、そして尽くしたい事へ対し過去を活かして尽くす事をおススメします。そうでなければ、また同じことの繰り返す未来に過ぎませんので。」
《過去を活かす……》
「同じことを繰り返して戦果が出ないのであれば、それは分析力が足りない事の兆し。また言葉も身体も追いつかない事をしているのであれば、自らの鍛錬を疑うべきです。……貴方はどちらかと言うと、後者側かもしれませんね。」
《う、うん………》
「そしてそれを突き動かすだけの相手が、貴方には少なくとも二人居る。そうでしょう?」
《えっ……? どうしてそれを………》
「『救いたい相手』と『守りたい相手』、貴方は先程そう言いましたので。」
《………》
「どちらも未来で救えたら良いのでしょうが、現実はそう甘くは有りません。片方はきっと、私は捨ててしまうかもしれません。……是非、叶わない未来を叶えて欲しいですね。」
表情は視えなかったが何処となく寂しそうな声色で話し出す彼女の声を聞いてか、グリスンは口を開いたまま何も言う事が出来ずに居た。自分は確かに弱く出来ない事も多いが、それでも尚その想いを無下にせず成し遂げるための原動力に変えて欲しい。想いを抱きその為の鍛錬を怠らなければ成せる技がある存在もいる為か、想いの存在である獣人達もまたその同線上に居ても不思議ではない。
何かしらの切欠を掴めそうで掴めない、そんな言葉を聞かされたグリスンは静かに口を閉じ、そしてこの先のやり取りを視ようと決意した。
その時だった。
ガチャンッ……!
「いらっしゃいましたね。」
《?》
彼等の居る空間に通じる扉が開かれる音が、聞こえるのだった。
次回の更新は『6月22日』を予定しています、どうぞお楽しみにっ




