18 舞蝶魔法(たびだちのしるし)
ギラムが今まで接点を持って来た獣人達は皆、大本の種族や部類が類似する部分は有れど、性格に関しては十人十色と言えるくらいにバラバラの存在達だった。彼の相棒であるグリスンが消極的な部分は有れど一生懸命に前に出ようと努力する性格を持ち合わせる一方、彼が信頼するスプリームやコンストラクトは自らに誇りを抱き、自らの真意に沿った行動を貫こうとする性格を持って居た。
変わってトレランスは自身から前に出る事は無くも慈愛に溢れた性格と言えるが、彼と親しいデネレスティは自身に興味のある相手にはとことん想いを抱かせ相手を虜にさせる性格とも言えなくもない。気迫に満ちた性格と言えばリズルトもまた対象と成る一方、興味本位で突っかかって来ると言えばノクターンもまた性格の対象になるやもしれない。
人間達の血によって構成された遺伝子情報によって身体が構成されたかのように、獣人達もまたそれぞれの過程を生きて今の存在と成ったと言えるだろう。彼等もまた一人の存在であり、ギラムもまたその内の一人の存在でしかない。
「………」
そんな彼が現在行動を共にしているのは、今まで接点を持って来た獣人達とは何処となく異なる部分が多かった。相手は一定の距離を保ったまま自らと行動を共にしており、時折戦闘の際には洋刀と思わしき白い剣を手に応戦する一方、必要以上にギラムとの干渉を望んでいない様だった。
言葉を交わしたのは出会い頭の時だけであり、相手の口調もまた何処となくズレた文法の元で話していた為、会話そのものが苦手なのかもしれないと彼は考えていた。
ベネディスの話ではリヴァナラスとクーオリアスとでは普段から使用する文字すらも異なっており、違いが増えれば増える程やり取りの手段も変わって来るだろう。世界を渡るだけの文化が存在する彼等の事を、ギラムは改めてまだ解って居ない事を理解した。
そんな時だった。
バシュンッ!
「!!」
「【レイゼン・アカエリ】!!」
後方を歩く白虎獣人の事を意識し過ぎていたのだろう、不意に彼の前方上方付近から飛来物が舞い込んで来たのだ。彼等が移動する場所は物理法則が捻じ曲げられたと言っても過言ではない空間の中であった為、先程から適度にやって来る障害物と足止めの教団員達にはギラムも気を配っていたつもりだった。
とはいえ、やはり油断はするべきでは無いのだろう。こう言う場面にも直面していた。
「助かったぜ、ありがとさん。」
「………」
コクッ
しかし相手からすればやり取りそのものが先の障壁なのだろう、ギラムの言葉に対し静かに会釈する以外の反応を見せる事は無かった。先程の白虎獣人が放った魔法の影響なのだろう、相手の周囲には『黒くも緑色の蝶』が数頭周囲を舞っており、静かにその場から消失して行く光景がそこには広がっていた。
『時折こっちを気にしてくれてるのか、視線を感じる時が有るんだよな……… でも何だろうな、この感覚……敵意とは、また違うような………』
そんな不思議な印象を覚えるも中々に謎めいた存在だったのだろう、ギラムは相手の理解に対ししばし頭を悩ませつつも先を急ぎ出した。すると目の前に広がる通路を右へと曲がった瞬間、左右に別れる道と共に先へと通ずる階段が現れるのであった。
左の通路は青く上方へと向かう階段が構成されていたが、右の通路は赤く下方へと向かう階段で構成されていた。先程から階段を昇って来た事も有り下方へ向かうのはどうかと思う一方、空間が捻じれている事も有りどちらが正しいかは全くもって解らない。
様々な状況を視野に入れつつしばし考える様にギラムが左右の道を見比べていた、そんな時だった。
『さてと、どっちに行くかな………』
「………なぁ。」
「ん?」
「お前は、何処を目指して先の道を進んでるんだ……? その矛先に、明確性を感じない。」
「………」
進路について考えていたその時、不意に彼の後方からが言葉が飛んで来たのだ。言葉を耳にしたギラムが振り返ると、其処には先程から道中を共にするもコレと言った干渉をしてこなかった白虎獣人が静かに自身を見つめており、何かしら気掛かりな事が多かったのだろう。
表情は全くと言って良いほどに変化が無かったが、マゼンダ色の瞳だけはしっかりとコチラに向けられていた。
現にギラムが目指す場所はハッキリしているが道中の道のりに関しては朧気であり、多少進路に迷いは有れど前にだけは進んでいるつもりだった。しかし行動そのものに対する心理に関しては、相手はどうやらギラムの心を見抜いていた様だ。
何を根拠にそう想い言ったのかはギラムには解らなかったが、事実その通りだった為即座に返答出来なかった様である。
ある種の読心術の様にも感じられるかもしれないが、実際はそうではない。
「………すまない、余計な物言いだったな。忘れてくれ。」
そんな驚きが表情に出ていた為だろう、相手自身も発言に対する感情の動きに敏感だった様子で即座に謝罪の言葉を連ねて来た。不意に不意を重ねる言動に対しギラムは慌てて弁解するも、図星だった事に加え悩みを打ち明けて良いモノかどうか考えていた事を続けて話すのだった。
「敵の挑発と反抗勢力の情報でしかないが、この先に相棒と仲間達が捕えられてる。仲間達はそんな俺の行動を阻害しまいと道中の足止めを買って出てくれたんだが、悠長に時間を費やしてる訳にも行かない。……そういう意味では、俺も焦ってるのかもな。」
「……… その心境が、足取りに出たと。」
「かもな。お前さんがそれを感じ取って俺に言ってくれたのなら、自覚させてくれたって意味では感謝してるぜ。ありがとさん、こう見えて熱中すると前が視えなくなりやすい質なんでな。本当に有難いぜ。」
「………」
「ところで、お前さんの目的は……いや、聞くまでもないか。」
「?」
「知り合いのリアナスにも情報を流してたんだが、俺とは別の目的で捕らえられてる獣人達の解放。その為に、単身だが乗り込んできたんだろ?」
「………何故、そう思ったんだ。」
「仲間のエリナス達が二人、既に俺の前にやってきて加勢してくれたからな。本当に意外だったが、心強い限りだった。……大丈夫だとは思いたいが、現場に立ち会えてないからかやっぱり少し心配だな。他の仲間達の事も気掛かりでならない。」
「……… ……お前は、顔に似合わない事を想う質だと言われないか。」
「あぁ、よく言われるし茶々も入れられるぜ。顔に出やすいのかもな。」
「………」
話すうちに緊張感も解れて来たのだろう、気付けば肩を竦ませながらギラムは静かに苦笑しだした。そんな彼の表情を視た相手は『何故笑っているのだろう』かと不思議そうな眼を向ける一方、ギラムはちょくちょく弁解や誤解を招かない様にと言葉を付け加え、相手とやり取りを重ねだした。
相手が何を望み何をしたくて現れたのかはまだ解らないが、少なくとも今の自分にとって相手は害ある存在ではなく仲間として居てくれる存在。
そう思い込んだ事もあるのだろう、ギラムは一切配慮する事無く話を続け、そして一つだけ理解出来た事を言うのだった。
「でも、お前さんが来てくれたって事は確信も持てたな。」
「確信……?」
「それだけの洞察力……とは、少し違うのかもしれないが…… 優れた感性を持ったお前さんが俺の前に現れたって事は、この先に必ずグリスン達が居るって事が解った。先での交戦も収まりつつあるみたいだし、急ぐべきかもしれないな。」
「……… なぁ。」
「ん?」
「お前の求めるべきモノは『相棒』か。それとも『仲間』か、どっちを取る……?」
「……… 今はそうだな、『相棒』寄りだな。」
確信を持って一つの言葉を告げた瞬間、相手からの質問が再びギラムの元へと舞い込んできた。問いかけに対し少し考える仕草を取ったのも束の間、ギラムは今の自身に一番近い回答を告げだした。
仲間達の相棒を助ける事も優先したい、だが今の自分の環境を払拭する事が最優先。相手の事を優先して足元をすくわれる位ならば、出来る事をやるべきだと彼は思った様だ。
そんなギラムの考えを聞いた瞬間、白虎獣人は静かに頷き右手を広げ周囲の空気を束ねるかのように集約しだした。可視化出来る程の微細な風の流れが相手の掌に集った瞬間、其処に一頭の黄色い蝶が現れるのだった。
「?」
「俺の魔法を換えた蝶だ。舞うモノの先に、それが有るはずだ。」
「……良いのか? そんな大層な力を借りちまって。」
「今の俺に、お前の相棒たる存在に会う資格はない。……だが、お前の寄り側では無い者達もまた近くに気配を感じるのも事実。其方は俺が引き受けよう。」
「分かった。そっちも気を付けてな。」
「あぁ。」
ヒラヒラと自由に飛んで行く様に蝶はその場を離れると、ギラムの右横を通り過ぎ赤い通路の方角へと向かってゆっくり進んで行った。言葉を耳にすると同時に片方を担ってくれる事を約束してくれた相手に対しギラムは手を上げ合図をすると、その場を歩き出し蝶の後を追いだした。
そして通路の先へと進み相手の姿が見えなくなろうとした、まさにその時だった。
「ぁ、そうだ。なあ!」
「?」
「お互い無事だったら、また改めて名乗らせてくれ! じゃあな!!」
「………」
不意に思い出したかのようにギラムは通路から顔を出し、相手に聞こえる声量でそう叫び手を振りだした。短い時間ではあるが共に行動してくれた仲間に対し、彼が考えた一生懸命の合図と御礼の言葉だったのだろう。
相手もまたその言葉を受け取る様に静かに会釈した後、静かに吹いてきた風に装束を靡かせながらこう想うのだった。
『……真憧士【ギラム・ギクワ】 あの人の相棒、か……… ………どうなるんだろうな、この先。』
次回の更新は『5月26日』を予定しています、どうぞお楽しみにっ




