16 女帝乃放棄(エンプレスのほうき)
自らが意図しない行いによって状況が一変した際、ヒトは理解するのにどれくらいの時間を要するのだろうか。自身が放った魔法によって大多数を足止めするも追撃を負いそうになったその時、ギラムの目の前では敵意を見せていた者達の動揺する光景へと変わっていた。
自らの瞳は敵対する者を捉えられているが、相手側からは自らが視えていない。
何故そんな事が起こっているのか、答えはすぐそばにあった。
《……何だ、何が起こってるんだ……?》
《やぁねぇ、名に恥じる勢いで騒いだりしちゃってん。大人の『漢』なら、もっとワイルドでアダルティじゃなくっちゃんっ》
《? ……あっ》
状況を理解しようとギラムが周囲を見渡していたその時、彼の背後に位置する階段方向から声と共に昇って来る存在の姿が映った。やって来たのは敵対する存在達と似たような装束を身に纏うも、ボディラインが強調され骨格がしっかりとした男性と思わしき姿。
しかし口調は完全に女性そのものであり、手にしていた羽根扇子がまた対象の性別判断を鈍らせていた。
《マダム・シーナ……??》
《んふっ、ハァ~イ。ギラッチッ》
やって来たのは以前自らを拉致し数十日間に及ぶ監禁を行った張本人であり、ザグレ教団の第三位に位置する相手『エンプレス』だった。今となっては相手の正体も理解しているギラムからすれば全くもって予想外の参戦者であり、手にした羽根扇子をヒラヒラとさせながら自らの元に歩み寄って来た。
とはいえ先程から対峙していた者達程の敵意は感じられず、ギラムは呆気に取られながら手にした長杖を一度納めるのだった。
《……… って事は、コレはお前が……?》
《そゆことんっ 正確には、あの子達がやってくれてるのよん。》
《あの子達?》
《《《………》》》
《メイドの三姉妹か……!》
状況を理解するべくギラムが疑問をぶつけた後、気付けば自身を取り囲む様にして陣を展開している三人の少女達の事に気が付いた。彼女達は揃って背を向けたまま手にしたステッキを前方に向けて魔法を放っているらしく、一切の返答は無いものの敵対するべくその場に現れていない事だけは示していた。
自分を味方から引き離すべく現れた存在がこうして再び現れた後、今度は障害を排除するかのように目くらましを行っている。一体何の企みが有るのだろうか、ギラムが首を傾げたその時だった。
《ねぇえん、ギラッチ。アタシ思うのん。》
《ん?》
《こんな無粋で土俵が同じなのにも関わらず、争ってるアタシ達って何なのかしら? ってねん。》
《………》
《どちらかのキングを捕らないと終わらないゲームなら、今のアタシはまさしく『クイーン』としての『チェックメイト』をかけてるって言えるのだけれどん。ギラッチはどう思う?》
そう言いながらシーナは静かにギラムに近づき、手にしていた羽根扇子を静かに閉じながらギラムを指し示した。その眼は先程とは違い敵として相応しい目付をしているが、それよりも己の欲望そのものを満たそうとする聊か悪寒を感じかねない眼の色を向けている。
一瞬背筋が凍る感覚を覚えるも、ギラムは静かに振り返りながらこう言いだした。
《そういや、シーナは『女帝』だったな。……大方、俺は『黒のキング』って所か?》
《あらん、装束からして『黒』は『教団員』だと思うわよん? ギラッチから視て、アタシ達は正義? それとも悪役?》
《さあな、そればっかりは俺から何か言える事はねえよ。真憧士っつっても、一般都民達から視りゃ俺も創憎主側の存在かもしれねえ。……正当化するつもりは、毛頭ない。》
《あら、そうなのねん。》
敵意のある目を向けて来る相手に恐れを抱かない事は無く、今のギラムもまた悪寒を覚える程の迫力を相手から感じていた。しかし自分に向けられた質問に対し返答する義務があり、その返答一つで場がひっくり返る事は何時の頃からか理解していたに過ぎない。
相手は物事を考え行動する事の出来る人間であり、造られた存在でも偶像から出来上がった存在でもない。
綺麗事を始めから言うつもりは無かった彼ではあったが、ギラムは向けられた扇子を静かに指で押しのけた後、面と向かってこう言い放った。
《だが、仮にもし今が『チェックメイト』だったとしても、俺は最後まで諦めるつもりはねえ。実際には、まだ『チェック』かもしれない。……そうだろ?》
《………ンフッ。これだからギラッチには敵わないのよねぇえん。その雄々しさ溢れる逞しい男気には、何時だってアタシはメロメロだものんっ》
《そう言ってもらえるのは光栄だが、見返りとして払えるモノは対したもんじゃないぜ。想ってくれているって事だけは、一応理解してるけどな。》
《それだけで十分よんっ、やっぱり人間のギラッチも溜まらないわんっ お前達、ギラッチを送って差し上げて!》
《《《かしこまりました、マダム。》》》
その後本人が求めていた回答を告げる事が出来たのだろう、目の色を再び元に戻しつつ彼女は侍女達に対しそう言い放った。すると返答の後一人の侍女が動きを見せ、張っていた陣から離脱しつつギラムの元へと近づき足元に何やら魔法を展開する様にステッキを軽く振りだした。
暫くすると足元から白い閃光と思わしき粒子が出始め、どうやらこれで壁を突破しその先に向かうだけの時間稼ぎを施したようだった。
気付けば周囲に張り巡らされていた魔法壁は徐々に色味を失いだしており、既に魔法そのものが弱くなっている事にもギラムは気が付いた。正しく言い直せば『解除した』に等しいが、細かいところは置いておこう。
「……良いのか、相手はお前達の味方だろ?」
「良いの良いのんっ、どうせ派閥とか云々のある間柄だものん。第一、あんなの相手に負けるだなんてこと事態をアタシは望まないわん。」
「ギラム様は、どうぞ先へと進んで下さいませ。」
「この場は私達が抑えます。……そして。」
「「「【煌音様・デネ様・トレランちゃま】を含む獣人の皆様を、どうぞお助け下さいませ。」」」
「……あぁ、解った……!!」
何時にもまして謎を纏いながらも背中を押す存在達に後押しされながら、ギラムは礼を言いながらその場から走り出し、最初から敵対していた存在達の元を風の如く走り抜けて行くのだった。普段以上に足取りは軽く本当に風になったかのような感覚を覚えながら彼がその場を後にした時、エンペラーを始めとした存在達もまたギラムの後姿を目視し、行動しようとしたその時。
エンプレスと侍女達は先回りするかの如くその場から瞬時に空間転移し、彼を追わせまいと立ちはだかるのであった。
『……とは言っても、この先の空間魔法領域内を突破しなければ意味無いんだけどねん。まっ、ギラッチなら大丈夫でしょ。』
「ッ!! お前等……!! 奴の加担をするなんて、裏切る気か!?」
「『裏切る』と言う表現には語弊があります。ムーン達は元より『エンプレス様』の下部。」
「エンプレス様が望む行いをする事、それこそがスター達の望み。」
「サン達に生きる糧と居場所をくれた事。それ以外にこの行いをする理由は有りません。」
「その通りよん、エンペラー」
「!!」
後を追うにも味方のはずの存在達が立ちはだかった事に対し、エンペラーは怒りと焦りを覚えながら言葉を放ちだした。彼の予定ではその場で足止めをしフォーチュンとジャスティスの行動で相手をけん制、劣勢にまで追い込んだ所で非常な程にまで物量で押し切り、そして降伏させる。その後勝利宣言をマジシャンに伝え、自らの評価がうなぎ登りになる、筈だった。
その目論見を誤算に追い込まれた挙句、まさか邪魔されるとは思って無かったのだろう。邪魔者と言わんばかりの怒りっぷりに、エンプレスは羽根扇子を広げつつ口元を隠しながら言い出した。
「貴方は融通が利かない頑固頭って事は理解してたけどん、まさかココまでの大馬鹿者だったとはね。見損なってよ?」
「な、何を言って……!! 大体我々『ザグレ教団』の行いは、全て『世界の創造』に他ならない! お前達の方が間違っているだろう! いち個人に執着する事など、紛れもなく理念に反し矛盾している!!」
「それを『頑固頭』だって言ってんの、タコね本当にぃ。」
「んなっ!!」
「アタシはザグレ教団の考えには賛同しても、結果に関しては別にどうだって良いのよん。『努力は結果の為の過程に過ぎない』って、教育機関で習わなくて?」
「ッ………」
「まあ、アタシの考えを理解出来ようモノなら此処には居ないわねん。それになにより、アタシはギラッチの望む行動理論には賛同してるし、彼を傷つける輩は……容赦しない。そうでしょ、貴女達。」
「「「はいエンプレス様。ギラム様の望みは私達の望みです。」」」
代表者同士のやり取りによって完全に口を紡がせた後、エンプレスは終いにと言わんばかりに侍女達に考えを述べさせた。すると三人揃って同じ言葉を述べて完膚なきまで口論で勝利すると、口元に笑みを浮かべたのだろう頬の筋肉が少しだけ上昇し、威圧的な眼孔を相手に送り出していた。
その後その発言に対し完全に感情の度合いがズレてしまったのだろう、皇帝は歯軋りする勢いで歯茎を剥き出しにした後、フォーチュンとジャスティスを始めとし残っていた部下達をその場に集め出した。始めから物量ならば自分達が上、相手はたったの四人だと思っていたからだ。
「アタシ達は貴方達の前に立ち塞がる、これ以上の理由が必要?」
「……フッ。最初から信用のおけないオカマだとは思ってたが……よもやココまでだったとはな……!!! ならば我々も、邪魔者を排除するために動かせてもらおうか!!」
「あらん、三下の発言だけはいっちょ前ねん。お前達!!」
パチンッ!
ズシンズシンズシンッ!!!
だがしかし、皇帝の誤算はそれだけでは終わらなかった。エンプレスの言葉と同時に天高く上げられた右手によって放たれた指パッチンを合図に、侍女達は揃ってステッキを振り上げその場に魔法を展開しだしたのだ。
彼女達の魔法は『空間を繋ぐ事』と『空間に壁を創る事』が主な手法であり、得意とする手技から放たれた白い大穴の中から、三人の存在達が瞬時として降り立って来たのだ。重量感溢れる重みのある音と共に着地した存在、それは種族の異なる三人の雄の獣人達であった。
「!! エリナス!? 何故此処に!?」
「あら……やっぱり貴方の目は節穴ねん、何処に目を着けておいで? コレはアタシの創り出した、アタシの『変換人種』よん。」
「変換人種……だと!! 馬鹿な、奴の魔法は完成していたというのか!?」
「その様な報告は受けていません!! 変換魔法だけで、あのような井出達と力を創り出せるなんて……あり得ません!!」
突如として召喚された存在達を眼にし、エンペラーを始めとした存在達からは焦りの声が上がり出した。やって来た存在に対する簡易的な説明がまた彼等の混乱を招いたのだろう、エンペラーの傍に居た下っ端の教団員達とのやり取りがその証拠であった。
エンプレスは『他者の理論を組み替え現実のものとする魔法』を行使するが、その魔法の制度は中の上を上回る事は無かった。それは現実的な思考回路と獣人達とは根本的に異なる魔法の理論が原因であり、その制度を理解する獣人達との接点が教団員に属してからは一切更新されていなかったのだ。だがその考えを全て払拭し、新たな理論として理解するだけの情報を与えるだけの存在として、ギラムの説明が適用され現実のモノとなった。
そして最終的な創造にまで至った結果、その場に降り立った存在達がその集大成だったのである。
「やっぱり貴方達はその程度って事だったわけねん。ギラッチの理論を組み入れた結果、導き出した解は伊達では無いって事が今証明されたわね。お前達、調子の方はどうかしらん?」
「へいマダム、以前よりも調子が良いくらい!」
「何よりも身体の調子が良いが、練習した甲斐もあってか『魔法』も自由自在……って所か。実力の九割以上は出せると思って戴いて、結構。」
「こいつぁあ一本取られたって感じだ! ヌワッハッハッハッ!! やっぱりアイツは、ただもんじゃねえ!!」
「当たり前よん、アタシが見染めた漢だものん。」
その場に揃いし変換人種達を目視した後、エンプレスは各々の体調と調子を窺がいだした。問いかけに対しターニブはいつも以上に滾る精力を感じていると話し、スピニッチは両掌を何度も開閉し拳を作りながら膂力を示し、リークはいつも以上に大きな高笑いをして活力をアピールしだした。
容姿だけであれば完全な雄の獣人そのものではあるが、魔法の力もリアナスの時と同じくらいにまで使えるとなれば、もはや頭数一人として考えられない兵力を有していると言って良いだろう。
自分達には強力な魔法は使えずとも、その夢を現実のモノとして変える事は出来る。エンプレスが夢にまで見た至高と言えるべき最高傑作達が、今ココに集うのだった。
そして再び敵対すべき存在達を一瞥し気迫を与えた後、彼女はこう言い放った。
「ならばその力、思う存分……自らの欲望の為に使っておしまい!! 対象撃破の暁には、その相手との行為を許すわん!!」
「ありがてぇえ!! 滾る熱意を収められるヤツを探してた所だぁあ!! ……ギヒッ!!」
「ひぃっ!?!?」
バッ!!
「ならばワレは、この女子を戴く!!! 行為にはもって来いだぁあ!!」
「いやぁああっ!!!」
「ジャスティス!!」
そんなエンプレスの言葉を待っていたと言わんばかりに行動したのは、熊獣人であるターニブだ。神速の如く走り出したと思いきや既に目標を定めていたのであろう、教団用の装束を纏っているにも関わらず自らの欲望に相応しい身体を持ち合わせて居たジャスティスを、大きな両腕で捕まえかっさらって行ったのだった。
強引な引力に対し成す術もなく連れていかれてしまったジャスティスの悲鳴が空しく消える中、牽制したとばかりに次なる行動に移す者が現れた。
「相変わらずだな君は。ならば私は、あいつを戴くとしよう!! 中々に食い散らかし我意がありそうだ!!」
バシュンッ!!
「あぁれぇえっ!!!」
「フォーチュン!?」
次に行動を移したのは鯱魚人であるスピニッチであり、練習したと断言していた通り見定めていた相手の足元から間欠泉を放ち出したのだ。恰も洪水を起こした際のマンホールの如く上空へと吹き飛ばされたフォーチュンを目標に、彼もまたその場から跳び出し相手をかっさらって行くのであった。
中々に豪快ながらも邪魔の入らない体制を取る辺り、二人は単独戦闘が得意なのかもしれない。
その後残された孔雀鳥人のリークは肩を竦めた後、両手を広げた後器用に指の骨をボキボキと鳴らしだした。
「……やれやれ、滾る精神論だけではターニブとスピニッチには敵わねーな。ならおれは、マダムの騎士としてこの場に参戦させてもらおーか。」
「ではリーク様、私達も微力ながらお手伝いいたします。」
「掃除はメイドの領分、手を貸して戴く心持でお相手いたしましょう。」
「何よりまずはエンプレス様の御意思。……そして、デネ様のお力添えになれる事……これこそが、ムーンの想いの矛先!」
「サンはトレランちゃまの暖かな想いを胸に、この身を捧げるつもりで行きます!」
「この場でスターは誓います。煌音様、どうか見守っていて下さい!」
リークの言動と共に侍女達も各々で言葉を連ねた後、衣服を翻しながらも裾を直しつつステッキを前方へと構え、それぞれが対峙する様子を示しだした。本来ならば上位に位置する存在達が戦線離脱させられてしまった事もあり観念したのだろう、エンペラーもまた手元に大きな剣を創り出し対峙する素振りを見せていた。
「今なら引く事を勧めてあげるけど、どうするのん。エンペラー?」
「何を戯言を……! 皇帝がこの場で引くと思ったか!!」
「なら仕方ないわねん。ギラッチの邪魔をする輩は不要、排除対象よ。……アタシのお気に入り達、やっておしまいっ!!」
「「「「ハッ!」」」」
そして仲間内であるはずが理論の異なる者達同士の衝突の火蓋が、その時切って落とされるのであった。
次回の更新は『3月21日』を予定しております。どうぞお楽しみにっ




