11 当時異場(そのころのべつのばしょ)
現代都市の北部にてやり取りを交わし、ギラムが敵陣に踏み込む決意を意気込んだ、丁度その頃。彼の居る位置から南方に位置する場に存在していた『都市中央駅』にて、二人の存在が身だしなみを整えながら次なる行動に移ろうとしていた。
「ふにゅぅ~~……」
その存在とはギラムがグリスンと別れるに至った時間軸に、都市内に突入を試みたリミダムとライゼの二人。彼等は浮上板と魔法によって上空から現代都市内に突入を成功させるも、それなりに勢いが良かった事も有ったのだろう。突撃をかました方位から丁度正面に位置していた都市中央駅の時計台、それも人気のない羅針盤近くの小窓から内部へと転がり込んでいたのである。
ちなみに現状のリミダムがうつ伏せで突っ伏しているが、此方は単に着地に失敗しただけ。隣に立つライゼは衝撃を悟ったのかタイミングよく浮上板から離脱しており、至ってピンピンしていた。
「大丈夫っすか、リミダム。」
「うん、なんとかぁ~……」
「寧ろ『なんとか』で済んで良かったっすよ…… 勢い余って都市中央駅の時計台に激突とか、しゃれにすらなって無いっすよ?」
「はぁーい。」
とはいえ双方共に目立った怪我も無かった為だろう、軽くお説教されていたリミダムはその場に立ち上がり、纏っていた装束に着いた埃を軽く払う様に両手を動かしていた。その後普段と変わらない表情を見せながら、近くに転がっていた浮上板を回収しつつその場から消し、再びライゼの元へと近づいて来た。
「とはいえ、何とか中に入れたねぇ。後は感覚的に気になる方へ行くだけなんだけど、そこはライゼにお任せっ!」
「推してくれるのは別に良いんすけど、俺『翼が無い』からそういう感覚は大分疎いっすよ……?」
「魔力の回収も放出もそっちだーって言ってたもんねぇ。んじゃあ『心の眼』で行こっかぁー」
「念動者でも魔眼持ちでも無いっす。」
しかし変わらないマイペースっぷりのやり取りに呆れたのか、ライゼは先程から肩を竦めつつ次なる行動をどうするべきか考えていた。
内部突入した事によって外部からの応援が来るのは時間の問題と言えるが、今の自分達がするべき事は『加勢』以外に他ならない。とはいえ加勢元であるギラム達が現状どの場所でどのような状況に置かれているのかは解らず、下手に連絡を入れれば相手側に悟られ対策を取られてしまうかもしれない。何かと後手に回りがちな今回の戦において、彼自身もどうしたら最善と言える行動が取れるのか、そこが常に気掛かりだったようだ。
考え込む仕草から微動だにしない友人の顔を視てか、リミダムは身体を左右に揺らしながら『まだかな、まだかな』と落ち着かない様子を見せていた。その時だった。
ピピッピピッ……!
「……ん?」
そんな彼の表情を変えさせたのは、とある電子機器の着信音。不意に音を耳にした二人は音の主を探す様に左右を見渡した後、ライゼはふと思い当たる物に見当がついたのか、身に着けていた装束を捲りズボンのポケットに手を伸ばした。
彼が取り出したのはリーヴァリィにて行動していた際に使用していた『センスミント』であり、クーオリアスでは使い道が限られるも、この場では何かの助けになるかもとひっそり携帯していたのだ。ポケットから姿を見せた電子機器を弄りながら着信音を告げた理由を確認しだすと、近くに立っていたリミダムは歩み寄りながら彼に問いかけだした。
「通話?」
「違うっすよ。……おぉ、流石ギラム准尉っすね。俺達が内部に来てるって、もう憶測が付いてたみたいだな。現在地、送られてきたっす。」
「ぉー、さっすがぁ~ どっちどっち?」
「丁度こっから北方の『ツイリングピンカ―ホテル』だってさ。敵の本拠地みたいだから、加勢出来そうなら頼みたいって。」
「じゃあ、さっさと行っちゃおっかっ ライゼも手伝いたいでしょ?」
「勿論っ!」
電子機器の着信元はギラム本人からであり、先程のフールとのやり取りでライゼ達がこの場に来ていた事を知ったが故の行動だったのだろう。送られてきた座標データを参照したライゼは笑顔を見せながらリミダムに画面を見せた後、再びポケットにセンスミントを戻しだした。
その後二人は近くの空き窓から周囲を確認した後、再びリミダムが取り出した浮上板にて移動を開始し、近くのビル街へと向けて飛んで行くのだった。
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一方その頃、ライゼ達が向かおうとしていたビル街の近隣に立っていた、ホテル『ゴルゴンゾーラ』ではと言うと。
「全く……仕事の合間にわざわざ行動してるって言うのに、歯ごたえ無い連中ばっかりね。これなら創憎主の方がまだ戦い我意が有るわ。」
ホテル内が既に占拠されていた事もあり戦闘と成っていたサインナが、道中相手にした連中を尻目に退屈そうに言葉を漏らしていた。右手には戦闘時に使用している少し大きなハリセンが握られており、敵を一喝しまくったのだろう。
亡骸の様に転がり目を回した教団員と思わしき下っ端達の顔面には、綺麗な赤い痣が幾つも刻まれていた。
「サインナさんがお強いからだとは思いますが……流石ですね、私達は付いて行くので精一杯です。」
「僕もそんな感じだよ……… インドラ達はついて行けてるから、やっぱり動きが悪いのかなぁ。」
「比較しなくて良いわよ、現に部隊長なんだから。出来ない方が普通。」
「そ、そっか……」
そんな彼女の後に続く様にアリンとテインが同行するも、此方は適度に魔法を行使し戦闘をしただけに過ぎない。元より鍛錬に勤しむ陸軍部隊の長であるサインナと並んで行動する方が大変な為、一般人かつ貴族社会の彼等からすれば運動量も桁違いに等しい。隣で息切れしつつも創誓獣の背中に手を乗せ休むテインを尻目に、サインナは手にしていたハリセンで軽く扇ぐ様に手を動かしだした。
ちなみに余談を挟むと、扇ぐ動作に合わせてハリセンが徐々に縮んでおり、今では手頃な扇子サイズに成っていた。何とも便利な生成魔法に感謝していた、そんな時だった。
『とはいえ、これくらいの連中相手ならギラムがわざわざ出向く必要が無いって改めて解ったわね。後は魔法を展開しているであろう連中の陣を崩せば、外部干渉が可能になる。……ギラムの心配も一つ無くなる訳だから、少しは肩の力が抜けるかしらね。』
ピピッピピッ……!
「?」
相手にした連中の負荷が思った程に無かった事を踏まえ、ギラムの今後の事をサインナが考えていた時。彼女の身に着けていた上着内部から電子機器の着信音が鳴り出し、音を耳にした彼女は手を動かし中からセンスミントを取り出しだした。
そこには見知った相手からの連絡が入った事が表示されており、彼女は後方にて周囲を見渡していたアリンとテインの元に近づき出した。
「サインナさん?」
「ちょっと周囲を頼むわ、連絡が来たの。」
「は、はーい。インドラ、チュウヒ! お願い!」
《ガァアッ!》
《キュィー!》
乱戦途中では無かった事もあり多少は余裕があったのだろう、サインナの声に反応したテインは体制を戻しながら創誓獣達を前に出し、咄嗟でも対応出来るよう陣を組みだした。前方に立つインドラが壁役を担うかのように警戒する中、その後方と周囲を見渡すかのように近くの街頭に止まったチュウヒ。
各々が出来る事をする様に配置を完了したのを視てか、サインナは軽く頷きながら送られてきた内容に目を通しだした。
その後、静かにルージュの引かれた口元に笑みが浮かぶのであった。
「………ギラムったら、やっと『本気』を出す気に成ったみたいね。一体どんな着火剤を撒かれたのかしら。」
「本気?」
「あのメイド達と離されたのと、敵からの挑戦状を再度叩きつけられたそうよ。こっちが済み次第、私達も残党処理をして収穫祭の進行案内に従事しましょ。」
「えっ! だ、大丈夫なんですか……??」
「平気よ、ギラムだもの。」
「ぁ、いえ。其方ではなく………」
「? ……あぁ、メイドの方ね。心配いらないんじゃないかしら? 敵って言っても『一枚岩』ではないみたいだし。こっちも勢力を上げて仕留めるだけよ。」
「それも、戦場での知識?」
「ちょっと違うけど、それでもコレは経験談ね。ギラムは割とこういう時程『自己犠牲』が激しいから、カバーする方も大変なのよ。」
送られてきた内容を理解しながらその場にいた二人に説明をすると、サインナは再びセンスミントを上着の中へと戻し、手にしたハリセンを普段のサイズに戻しだした。向こうは向こうの戦いが有る事を知った上で自分達がやる事に対しては変更が無く、そして完遂しなければならない。
自らが完全に奮起させる事に至らなかったギラムへの言葉が少々悔やまれるも、それは今反省すべき事ではないとサインナは思ったのだろう。
新たに沸いてくる教団員達を目にし彼女はその想いをぶつけるかの如く、連中をしばき倒し道を切り開いていくのだった。
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そんなギラムと離されアリンが心配していた、メアンとイオルはと言うと。
「そぉーれっ!」
カアンッ!!
「ッ! ……流石はメアン様ですね、調理道具の扱いが御上手です。」
「アタシだって、やる時はやるんだからねー! トレランが居なくったって、心配かける様な事は出来ないんだから!」
『サンも同義、と言いたい所ですね。それでこそトレランちゃまに選ばれた御方。』
各々が武器として創り出した道具を用いて戦闘を行っており、此方は簡単には倒されまいと持久戦に持ち込まれていた。軽く振り回しながら地面にぶつかったフライパンが良い音を奏でる中、サンは華麗にバックステップを踏みながら後退し、背中合わせにスターとムーンとのやり取りをしだした。
「スター、ムーン。お時間の方は?」
「予定時刻は過ぎていますので、既に動かれた頃かと。」
「では、そろそろ潮時ですね。」
「『ジャックボーデン・消』!」
ボフンッ!
「「「……消えた?」」」
三人が各々で打ち合わせをし次なる行動へと移ろうとした、その時。隙を突くかの如く動き出したヒストリーは自身に魔法をかけたのだろう、声と同時に姿を消し三人の視界から突如として消失してしまったのだ。
三つ子らしく全員の声がハモり周囲を警戒しだした、その瞬間。ムーンは何かに気付いた様子で瞬時に振り返ったその場に、姿を消したはずのヒストリーの姿を捕えた。
「捕まえたぁあー!」
「……それでこそ、ですね。」
ガシッ!
「ふゎぁっ!」
「! 初歩港ちゃん!?」
恰も魔法を見破ったかの様に彼の襲撃を華麗に避けた後、そのまま背後に回り込んだムーンはそのまま両手を伸ばし彼の身体を静かに包み込む様に捕まえたのだ。背後で動きがあった事に同調してかスターとサンもまた行動を起こしており、あっという間にヒストリーは彼女達の手中内に収まってしまった。
子狐の声が聞こえたと同時にイオルが声を上げ、手にしたマイクスタンドで応戦しようとしたが、その時予想外の行動が目の前で広がり出した。
モフモフモフモフ……!
「………えっ?」
「コレは驚きました。このような手触りがあるのですね。」
「上質な毛皮が種で有る事は存じていましたが……やはり本物は違いますね。」
「マダムにも是非お伝えしなければ。お好みに沿うモノも同時に見繕わなければいけませんね。」
優しく捕まえだしたムーンを筆頭に三人はその場でヒストリーの頭を撫で始め、同時に毛繕いするかの如く取り出したブラシで三人に撫で上げられていたのだ。不意にやって来た心地よい感覚に彼は驚くも、既に身動きが取れず掴まったまま宙に浮かされていた事もあったが故なのだろう。
されるがままの状態となってしまった事に加え、予想外の感覚に顔を動かし何が起こってるのか解らない表情を浮かべていた。
「……イ、イオルお姉ちゃーん………」
「あらあらあら、盛大にモフられてますね。」
「イオルん、良いのー? 凄い堪能されてるけど。」
「敵対心が一気に無くなってる感じがしますからね…… それに、何か『時間』を気にされてませんか? 皆さん。」
「御明察。そして、此方もありがとうございました。」
スッ
「ふぅっ イオルお姉ちゃーん。」
「はい、お帰りなさい初歩港ちゃんっ」
声を耳にしたイオルとメアンが不思議そうな表情を浮かべる中、堪能し終えたのかヒストリーを抱えていたムーンは静かに彼を下ろし、再び自由にしてあげるのであった。拘束を解かれたと同時に毛繕いを終えたのが良かったのだろう、想ったよりも清々しい顔で彼はイオルの元へと駆け寄り、そのまま抱き上げられ彼女の顔に頬を擦り寄せるのであった。
その後三人は彼女達と距離を取りながら整列し、静かにスカートの裾を掴みながらお辞儀をしだした。
「私達はあくまで『時間稼ぎ』で参りましたので、勝敗そのものは些細な事象に過ぎません。」
「ギラム様を目的の場にお連れする事、そしてその現状を熱くする事を望まれ、スター達は派遣された。」
「その通り。そしてサンは理解しなければならない事もございましたので、合わせてそれも済んだ今。この戦いに意味合いは無くなりました。」
「意味合い?」
「「「全てはマダムの思し召しに沿う行いをする、それだけでございます。」」」
そして次々に放たれた言葉に続いて侍女達は口を揃えて言葉を告げると、改めて敵対する事の意味が無くなった事を主張するのであった。仕掛けて来たと思えばアッサリと終わってしまった戦闘に対し、メアンとイオルは呆気を取られた表情を見せていた。
「御手合せ、ありがとうございました。」
「お二方の此方側へ参じた目的に関しましては、今暫くの猶予をお持ち下さい。」
「そしてお時間に関しましては、其方も同じ。ライブのお時間が迫っております。」
「ライブ………」
「あーっ! イオルん、時間ヤバいよー!?」
「あらあら! ランチ所ではなくなっちゃいましたね!? ギラムさんの言う通りですっ……!」
「ご飯ー」
しかし時間の兎に捕らわれていたのは、何も侍女達だけでは無かった様だ。彼女達もまた収穫祭にて行わなければならない行いが存在しており、現状は昼食休憩も含めて行動していたに過ぎなかったのである。
目的そのものは達成出来なかったのは不遇であるが、侍女達の言う通り『お祭り』を優先しなくてはいけない。真憧士とは言え戦いと祭りの板挟みに歯痒い思いをしていた、その時た。
「……あれ、あの子達は?」
気付けば侍女達はその場から姿を消しており、展開されていた障壁も合わせてこの場から消失していたのだ。本当に何しに現れたのだろうかと二人は首を傾げる中、ハッと現実に戻った様子でイオルはヒストリーを地面へと降ろしだした。
「本当に時間稼ぎ、だったみたいですね…… とはいえ、ボク達もゆっくりしてられませんっ 初歩港ちゃん、お手数ですが力を貸して下さい。」
「はぁーいっ」
「『キングクリーマー・跳』!」
その後急ぎの案件だった事に加え距離も踏まえてか、二人はヒストリーに頼んでその場から移動する魔法を発動してもらうのだった。戦いそのものに加え現実の時間が激しく動く、ギラムとは別の場所の現代都市リーヴァリィであった。
次回の更新は『11月21日』を予定しています。どうぞお楽しみにっ