12 創憎主(そうぞうしゅ)
『……あれ、グリスン………?』
不意に姿を現し軽く動揺していたギラムは、突如何処かへと向かって走り出すグリスンの姿を目撃していた。先ほどまでとは違い焦った様子を見せていた彼を視て、ギラムはどうしたのだろうかと考えた後、静かに席を立ち、手元に残っていた珈琲を飲み干した。
「悪いサインナ、ちょっと急用が出来ちまった。 あの時の礼、また後日返させてもらっていいか。」
「? ええ、良いわよ。 気を付けてね。」
「ああ、ありがとさん。」
飲み終えたカップをテーブルの上に置くと、彼はサインナに一言告げ、その場を離れて行った。突然の申し出に彼女は不審に思うも、訳を聞くことなく彼を見送り、外へ出ると同時に走り出す彼の姿を視ていた。普段と何ら変わりない後姿だったのに対し、何処か宛てが無い行き先を探すかのように、顔を左右に向けていた。
そんな彼の様子を見ていた彼女は、不意に窓辺に映った一人の存在を目にした。あくまで平然を装いつつ外に目を向けると、そこには先ほどまでグリスンと話をしていたラクトが立っていた。その後会話を取り交わす事なく彼は静かに頷き、彼女は少し退屈そうに一息付き、言葉を漏らした。
「……そう、敵なのね。 ………1人で行かせたくは無かったのだけれど、私が出しゃばる幕ではなさそうね。 良いわ。」
周囲に聞こえない声量で呟いた後、彼女はその場に残されたカップを手にし、使用済みの食器を戻す返却口へとカップを戻した。その後手荷物を回収し店の外へと出ると、外で待機していたラクトと合流し、ギラムが向かって行ったであろう場所に向けて移動を開始した。
喫茶店を後にしたサインナが移動を開始した頃、ギラムは直観を頼りにグリスンの居場所を探していた。店の中から目にした光景から推測し、彼は東北へと向かって進路を取っていた。進行方向に立ち並ぶビル街の元へと移動すると、そこには高層ビルの建設現場と思われる場所が目の前に立ちはだかった。しかし建設現場の入口を仕切るフェンスが開いている事を目にした彼は、入口から中の様子を伺い、中に探し人が居るかどうかを確認した。
中には鉄筋コンクリートが打たれた場のそばで、グリスンは建設資材と思われる砂の上に立ち、上空を見つめていた。
「居た………! グリスン!」
「! ギラム!?」
探し人を発見し彼の元へと駆け寄りつつ、彼はグリスンが見つめていた方角を目にした。するとそこには、鉄骨で組まれたビルの骨組みに立つ、一人の存在の姿があった。
相手は40代手前と思われるふくよかな男性であり、黒いスーツを身に纏った相手だった。しかし彼の周囲にはどす黒いオーラが放たれ、周囲の空間を浸食するかの様に鉄骨を蝕んでいた。
「奴が、創憎主………なのか? 普通の人みたいな形をしているな。」
「創憎主は皆『人』なんだよ。 人としての考える許容範囲を超えて、リヴァナラスそのものの在り方を変えてしまう力を得た存在。」
「それが、今目の前に居るアイツなのか………」
目の前に立つ存在が敵だと認識するも、彼はその場に立っている存在が敵なのかと違和感を覚えていた。確かに相手の井出達は普通の成人男性であり、少し顔を俯かせている以外は何処にでも良そうな風貌だった。違いを言えば周囲の環境の異常さだけで在り、雰囲気さえ無ければ判別が付かない程に一般都民の成りだったからだ。しばし雰囲気を見つめ相手の周囲を見ると、近くには援軍と思われる相手はおらず、どうやら敵は一人なのだろうと彼は認識した。
敵の数を確認し終え再び相手に目を向けると、敵は動きを見せ始め、右手を空へと向け始めた。まるで何かを始めるかのような動作を取っており、これから何が始まるのだろうかと思い、ギラムは警戒をしつつ空へと視線を向けた。空には百貨店の上空で宣伝活動を行う白黒の『アドバルーン』が浮いており、広告は無く静かに浮かんでいた。周囲には小型の風船も浮かんでおり、まるでテーマパークで販売する風船の束の様にも見えた。
そんな光景をしばし見つめていた、次の瞬間だ。
バァーンッ!!
「!?」
上空に浮かんでいた風船は大きな破裂音と共に弾け飛び、周囲に火の粉を散布するかのように飛来物を撒き始めた。鉄の破片の様に直線的に飛んでくる物体を目にしたグリスンは右手を前へと出し、目の前に武器と思われるギターを召還した。八分音符を変形させたかの様なデザインをした楽器を手にすると、彼は慣れた様子で弦を弾き、ステップを踏んだ。
「スゥー……… 『ナグト・サヒコール』!」
彼が何かを取り終えた様子でそう叫ぶと、彼等を取り囲む様に地面に魔法陣が展開され、陣に沿って強烈な光が放たれ始めた。すると、光達は飛来物が彼等に到着する寸前で対象を雲散霧消させ、効力を相殺する様子で攻撃から身を守ってくれていた。突如襲い掛かってきた攻撃から身を守り終えると、グリスンは楽器を構えなおし、魔法陣は静かに消失した。
「………今のが、魔法か?」
「うん、そうだよ。 僕の使える魔法は、存在達の楽しむ音楽を利用した『旋律の魔法』 憎しみを抱く存在達に対抗する、虎の奏者ってところかな。」
「奏者………」
左手で柄を持ち右手で軽く現に触れながら、グリスンは静かにそう答えた。
非力そうな彼が取り扱う魔法は『音』であり、音楽から生まれる恩恵の力を使った魔法が得意。存在達を心から癒し、時に気分を高騰させてくれる波を利用して、彼は憎しみへ対抗する力として使用しているのだ。身に着ける服装が軽装かつ動きやすさを重視した袖なしコートなのも、彼自身が『奏者』である事をイメージさせる雰囲気創りなのだろう。
手にした武器が愛用品である様子で、大切に使用している事が良く分かる風貌であった。
「そういえば、ギラムにはまだ戦い方を教えてなかったね。 って言っても、コレは誰にでも出来るんだよ。 僕達の間で創った、クローバーがあればね。」
「出来るって言われても、こんな超常現象は初めてだからイマイチ解らないんだが……… どうすればいいんだ?」
敵対する相手がどんな行動を取るのか解らず身構えていると、グリスンは思い出しながら言葉を告げ、ギラムを目にした。
相手は事実上の戦闘訓練は熟して来たが、如何せん現実的な生き方をしてきたため、突発的に何が起こるか分からない戦いは不得手だ。ましてや『魔法』と呼べる科学上の証明が難しい分野ともなれば、それはもう苦戦を強いられる事は間違いないだろう。加えて今回は、彼に魔法の使い方へ対する教えも伝授出来ていない事もあり、条件が非常に悪かった。
言葉を耳にするも理解が追い付かない様子で、ギラムは自身の両手を目にし、首を傾げる事しかできなかった。
「ギラムが思い描く『魔法』を、頭の中でイメージしてみて。 それがどうやって出てくるとか、どんな効果があるとか。 そう言うのも含めて考えると、コレみたいな武器を出す事が出来るんだよ。」
「武器な………」
そんな彼に対しグリスンは苦笑した後、簡素ではあるが彼にある程度のやり方を教えてくれた。
武器そのものは魔法を使える真憧士の好みに左右されるため、どんな物を出すかは自身で決めるしかない。綺麗な物から不浄な物、現実的な物から未来的な物、可愛くもあれば勇ましい物など、十人十色の魔法が真憧士によって好きに組み合わされる。それをどんな形として、どんな効力を持った物を、自分はどんな風に出してみたいのか。
初めは細かい手順を考える事になるが、慣れてしまえば思考回路がそれを覚え、ほんの少し考えるだけでその動作を行うことが出来るようになるのだ。現にグリスンは何も考えずに武器を出したに等しく、身体が動作を覚え、それを行ったと言った方が説明がつくだろう。様はこの戦いに、彼は『慣れ』ているのだ。
「大丈夫、心配しないで。 頼りない僕でも、敵を打ち負かすぐらいなら出来るから。 コツを掴めば、誰にでも出来る。 不可能なんて、この世界には元々存在しないんだよ。」
しかし始めは誰にでも不安が付きモノであり、説明だけでは理解できない部分も多いだろう。彼はどんな物を考え手にするかを考えるだけで手一杯な様子で、少し苦悩する様に眉間にしわを寄せていた。
そんな彼を目にしたグリスンは安心させる様に言葉を口にし、彼がコツを掴むまで一人で戦うと言い出した。それを耳にしたギラムは少し焦るも、何処か頼り我意を見せる相手を目にし、冷静になろうと右手で拳を作り、静かに胸元で強く握った。しばらくその動作を取っていると、彼は心が落ち着いた様子で顔を上げ、静かに頷いた。
やり取りを交わし互いに納得すると、グリスンは笑顔を見せた直後、その場から猛スピードで走り出した。そして地面を力強く蹴り上げ跳躍すると、鉄筋の上で様子を見ていた敵めがけて特攻を仕掛けた。彼の行動を目にした敵は相手の動きを視てその場から移動し、手元に刃先の長い剣を手にした。
「たぁああっ!!」
ガキンッ!!
敵の居た場所目がけて武器を振り下ろし、鉄筋と接触した武器は金属音を周囲に響かせた。狙いがそれるも相手が近くに居る事を確認すると、グリスンは両手で武器の柄を掴み、その場から走り込み再び敵に強襲をかけた。すると敵は相手の攻撃を剣で受け止め、武器を押しのける様に振り払い、相手の懐目がけて武器を突き、反撃を試みた。振り払われた攻撃に対する動きを見たグリスンは、重心を左側へと傾け、攻撃を避けつつ足場の鉄筋に手を伸ばし、鉄棒を回るかのようにその場で逆上がりを行った。
そして体制を整え武器を構えると、彼は相手の足を払う様に下方で武器を振り、攻撃を再開した。姿が視えなくなるも再び左側から攻撃がやって来たのを見た敵はその場で軽くジャンプし、互いに攻守一体の攻撃を取り交わしていた。
しかし相手に致命的な一撃を入れる事が出来ず、グリスンは一度距離を置こうと後方に下がると、敵はその動きを目にし右手を天へと向け、周囲に剣を召還した。召還された武器達は宙を漂ったまま、敵の動きで一斉に移動を開始し、彼の身体目がけて攻撃を行った。
「スゥー……… 『メイル・グラシール』!」
迫りくる攻撃を目にしたグリスンは武器を構えなおし、右手で弦を弾き、そのまま音を撫でる様に上空へと手を払った。すると彼の目の前に氷で出来た分厚い壁が展開され、剣達は攻撃を貫通出来ずに弾かれ、そのまま地面へと向かって落下して行った。
氷越しに相手の攻撃を防いだ事を確認すると、グリスンは体制を立て直し、氷の壁は静かに溶けて行った。そんな彼の行動を見た敵は再び剣を召喚し何度も投げるも、彼は武器で払い華麗に避け、剣は幾度となく地面へと突き刺さっていくのだった。
「おいおい……嘘だろ………」
そんな超常現象を駆使した戦いが足場の悪い鉄筋の上で行われる中、ギラムは呆然とその戦いを見守る事しか出来ずにいた。例え同じ人であったとしても、こんな行動が出来る超人が居るとは思わず、獣の素質を持ち合わせた獣人と互角に戦える相手が居ようか。普通に考えてもあり得ない現象を目の当たりにし、本当に彼等は普通の存在ではないのだろうと、彼は呆気にとられていた。
敵を倒そうと行動しているグリスンも容姿に似合わず力のある行動を取っており、自身の身体を片手で持ち上げて鉄筋を一回りするとはギラムは思っていなかった。武器を振り回す際もしっかりと魔法に繋げ易い位置を維持して扱っている所も、彼なりに考えて行動している事が見受けられた。武器として使用している物が楽器である事を悟らせるかのような攻撃方法は美しく、本当に旋律を奏でているかのような戦法だ。自称とはいえ『虎の奏者』に相応しい、晴れ舞台を彩るかの様な無駄のない動きだった。
とはいえ何処か接近戦は苦手な様子で、なるべく距離を取り遠距離の魔法と思われる攻撃を以降は取り続けていた。
『異世界人って言うのは解ってたが、ここまで凄いとかえって尊敬しちまうだろ………グリスン。 ……俺にも出来るのか、こんなことが。』
改めて獣人の凄さを実感したギラムは、彼等の様な行動が取れるのだろうかと想い、自身の掌を見つめだした。何の変哲もないゴツゴツとした青年の手には、彼等と同じく超常現象を起こす事が出来る未知の力が起こせる状態となっている。戦いに身を置く前に口にしていたグリスンの言葉を思い出し、彼は考えた事も無かった空想を考えるかのように目を閉じた。
魔法はどんな形を取る事も可能であり、手元に残す事も周囲に放つことも可能だ。おとぎ話の中でしか無かったであろう現象の手順は、今の彼の脳の中で組み立て、周囲に発動する事が出来る。しかし物語そのものを読破する事が無かった彼にとって、そう言った判断材料は皆無と言って良いだろう。
ゆえに今の自分が創造出来るのは、普段から親しみ手にする事の多かった物達だけ。自分の今の職場に身を置く前の、治安維持部隊で触れていた『銃器』だけだった。彼は愛用していた銃の細部を思い出す様に考えた後、右手を前へと向け、スナップを聞かせる様に腕を振り、右手が拳銃を握った時と同じ形を作った。
すると彼の右手には、重くもしっかりと握った物体の感触が再現され、彼は目を開け自身の右手を目にした。
「ま、マジで出ちまうのか………」
彼の右手に握られていた物、それは先日行った射撃訓練で使用した『S&W M500』であった。銀光りする銃身はほぼ全て同じであり、回転式拳銃の弾丸が装填出来る弾数も五発分となっていた。弾丸を確認しようと彼はシリンダーを開けると、そこには弾丸は無く、代わりに彼の右腕に刻まれた刻印が印字されていた。
どうやら攻撃に対する弾丸は無く、発射した弾は全て、彼が創造した物が発動する形となっている様だった。ゆえに弾丸制限は無く、何発でも放てる様になっていた。
「………微妙な所は魔法仕様だな。 だがまぁ、初心者が考える事は1つでも少ない方が有難いわけだし、今はこれで良しとするか。」
とはいえ弾丸の制限が無いというのは、視方を変えれば『装填する必要が無い』と言う事でもあった。普通の回転式拳銃に比べて弾数の少ない愛用拳銃は、デメリットが限りなく減らされ、彼が思う存分に戦える様にしてくれていると言っても良いだろう。
弾丸は普通の物からそうでないモノまで使用できるのかは解らないが、その辺りは行ってから考えよう。彼は軽く考えその場で数回跳躍し、身体を温めるかのように準備運動を行った。そして一息分の深呼吸をし終えると、目付きを鋭くし、彼は走り出しながら心の中で叫んだ。
『さぁーて、俺も参戦させてもらおうか!!』
頼りたいと願った相手の手助けをするべく、彼は銃を手にしたまま階段を駆け上った。
そんな彼の行動が始まるまでの間、グリスンは常に敵と対峙し続け応戦を繰り返していた。都市内の中央に位置するビルの建設現場は、戦闘を行った際に被害は少ないものの、関係者に見つかればギラムが妙な言い訳をする必要が生まれてしまう。だが先ほど起こった爆発のおかげで人々は周囲から居なくなったため、今では敵を含め3人しかその場にはいない状態となっていた。建設現場の外に飛び散った飛来物がビルの中にまで到達するも、被害者は出ないためかグリスンも気楽に闘えていた。
しかしこの戦いに相方であるギラムを巻き込んでいる事も事実であり、タイミング悪く戦い方を教えていない状態で、彼等の前に敵が立ちはだかってしまった。その事をグリスンは一番気にしており、安心感は与えたものの、教え方が悪ければ彼の様な存在はすぐに『魔法』が使えない事も彼は理解していた。
彼等の言う『魔法』とは空想そのものを現実世界と結合する手段の事を言い、その作業の支援をするのが彼等『エリナス』の契約した際に渡すクローバーなのだ。ギラムはその事を左程気に留めず彼と契約した事もあるが、この戦い方を会得する人物にも、向き不向きが存在する。
『現実世界』という暮らしの場で確定した『固定概念』を強く持つ者が、特にこの作業を不得意とする傾向がみられる。
実際にこんなことが出来るはずがない、そんな事はありえないと考えるのが人間達の大きな特徴であり、そう言う人物ほど彼等の様な『本来ならば存在し得ず黙視できない』人々を見る事ができない。もし仮に例外で視る事が出来たとしても、契約をし速攻で戦う事は出来ないのだ。
変わって概念の薄く『空想・妄想』をする事を得意とする人物は、この戦いでは順応性が高くすぐさま敵と対峙しても戦う事が可能とされている。しかしその分彼等の敵である『創憎士』になる危険性も高く、むやみやたらとその傾向の高い存在と契約してしまうと、敵を生み出したと言う『罰』を彼等は背負わなくてはならない。1つの事柄を行うにしてもエリナスは慎重に行わなくてはならず、戦う事もだが自分と相性の良い存在と契約をしなくてはならないのだった。
その点ではギラムとグリスンは相性が良いのかと言うと、グリスン自身も正直どうなのかはわからずにいた。契約自体も接触し話をした際に生じた『訳』をギラムは考えてくれており、彼の優しさに免じて契約したに過ぎない。そのため彼自身も、直感的に感じた事を告げたうえで契約をしていた。
戦いに関しても彼の様な職業は順応性が早いとも思われない上、自身の戦闘力の低さもあるため、危機感と共にこの場にやって来た事を後悔していた。事実彼は『敵がすぐに出てこなければ良かった』とも考えており、相手を払う事は出来ても退治する事は難しい様であった。
『僕だけの力で、創憎主はきっと倒せない……… でも今の状況じゃ、ギラムに丁寧に教えてる時間もない。 早く止めないといけない。 ………どうして僕には、時間の余裕さえないのかな。』
戦っている相手に集中しなければならない状況であっても、彼の心中は落ち着かず、目の前に立つ敵ではなく少し離れた位置に居るであろうギラムの事が気になっていた。自身だけの力で倒せないと思っている事もだが、彼は彼なりに相方にしてあげなければならない事が山ほどあり、それすらもこなせずこのような状況になってしまった事が、何より落ち着かない理由であった。
考え事をしながらも敵からの攻撃を払った後、グリスンは距離を取り旋律を奏でながら周囲を見渡した。しかし目につく位置には相方であるギラムの姿は無く、しばしの捜索時間が無ければ瞬時に見つける事は出来ない。ましてや呼びかけながら返事を待ってしまうと敵にもギラムの位置を知られてしまい、自分達にとって倒されては困る相手を狙われる事だけは何としても避けたい。この戦いが未経験の彼を、まだ戦場に来させまいと必死に彼は考えていた。
だが、
「隙ありじゃああああ!!!」
「ぁっ!!」
不意にやってきた敵の攻撃を目の当たりにしたグリスンは、瞬時に受け身を取ろうと身構えた。しかしその行動は相手からしたら遅く、敵の攻撃はそのまま彼の懐に直撃した。鈍い痛覚を感じ表情を歪ませるも、グリスンは必死に相手を遠ざけようと何度も攻撃を仕掛けた。だがその行動さえもパターンと化してしまった様子で、敵は余裕の表情を見せながら冷静に攻撃を見切っていた。
「甘いんだよ!」
そんな彼の攻撃の隙を付き、敵は右手を強く握り拳を彼の顎目掛けて殴りかかった。何度も攻撃を仕掛けた反動もあり集中力が欠けていた様子で、その攻撃に反応しきれず彼はそのまま敵の攻撃を受けてしまった。
「くぁあっ!」
魔法によって威力が高められた一撃は図りしれず、骨は砕かれなかったものの彼の身体は宙を舞った。しばしの滞空時間の後、彼は地面に落下し背中から感じる痛みを感じていた。
「………くぅぅ……やっぱり自分だけの力じゃ、倒す事が出来ないのかな………」
そんな彼の参戦意欲が沸いていた頃、グリスンは気にしていた敵との距離感が縮まって居る事に焦りを覚えていた。
彼の得意とする戦法は『援護』であり、心配をかけないようにと言った言葉が返って裏目に出ていた。元々接近戦をこなす事が出来ない彼にとってみると、一度や二度程度の接近であれば対処出来るが、それ以上はとてもじゃないが行いたくない様だった。防御する際のパターンが回数をこなすごとに相手に見破られ、何時しか逆手に取られて殺られてしまう可能性も十分にあった。そんな危険性もあるため、彼はなるべく判別させないようにと途中から遠距離で攻めていたのだ。
しかし相手をしている敵はどうやら接近戦を好む傾向があり、飛ばしてくる武器は直線にしか飛ばないものの、切れ味のある武器ばかりであった。飛ばしていた武器は何時しか剣から槍に変わっており、速度も出しやすく直撃した際のダメージが大きい物に変わりつつあったのだ。幾多の武器を何度も払うに従い、何時しかその隙をついて敵の距離が縮まって行くのが、相手の目的の様にも感じられた。
『ギラム……… ……駄目だよ、僕は彼に頼られる行動が取れるようになりたいのに………! これ以上僕が行動出来ない時間なんて、創りたくない!!』
半ば諦めてしまいそうな気持ちに苛まれるも、彼は何としても逃げたくない事だけは忘れないようにしていた。
自分の事を認めてくれた相手がそばにおり、その相手が戦いに慣れていない事を考慮しての行動や言動。それをしたのにも関わらず頼れない自分が言った台詞になってしまえば、その言葉の力は無くなってしまう。心境そのものは彼等の行動にも影響する言葉であり、だからこそ負けたくないと考えていた。
「おらぁ、エリナスの虎っ子。最初の威勢はどうした。」
「っ………」
痛む背中を抑えながら起き上がると、彼の耳に挑発してくる敵の声が聞こえてきた。声を耳にした彼が顔を上げると、そこには創憎士となった敵が目を光らせながら彼を見下ろしていた。
敵の眼差しは相手を怯えさせるには充分すぎるほどの威厳があり、戦いに慣れているはずのグリスンさえも軽く怯えさせる程のものだった。何とか身体を起こし再び対峙しなければならないのにも関わらず、彼の足には力が入らず、手だけ動くだけであった。
『どうしよう……… このままじゃ、ギラムも……!』
「待ちなっ!」
「!!」
敵の眼差しに囚われ動けなくなっていると、不意に彼らの耳元にその行動を止めさせようとする声が響き渡った。声を耳にした両者が顔を動かすと、そこには軽く構えを取り、彼等を見ているギラムの姿があった。
その手には一丁の拳銃が握られており、生成したものなのだろうかとグリスンは驚きと疑問の表情を見せていた。