01 敵圧倒漢(てきすらもあっとうさせるおとこ)
長らくお待たせいたしましたが、本日より更新再開いたします。
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幾多の生物達が生きる為、その糧となる生物達が存在するのが世の理か、世界の必然か。自然界の実りが豊かに成り様々な存在達が喜ぶであろう季節、そしてその瞬間を特に感謝する意図と思想を込めて行われていた祭事。
それこそが、この世界の収穫祭である『ハーベストカンシュタット』だ。
季節は初秋を過ぎた、秋半ばに成るであろう外気温が徐々に落ち着きを見せていた頃。現在都市リーヴァリィでは、都民達を始めとした存在達を中心に大きな催し物の準備が着々と行われていた。
「そこー、足元気を付けろよー」
「やだちょっと、商品数地味に足りないわよっ 景気良くなさいな。」
「おいおい、慌てて転ぶなよ~ 折角の祭りなんだからさー」
老若男女問わず聞こえてくるであろうやり取りは、皆の気持ちが何処か浮足立っている様にも感じられなくない。それだけの大きなお祭りであると言えばそれまでだが、何よりも『食』と言う三大欲求の一つを大いに満たせるともなれば、興味が無い方がかえって珍しいのかもしれない。都市内で聞こえる楽し気な声は風に運ばれ、そのまま彩り豊かな街路樹の横を抜けて行った。
そんな表舞台の裏話が、今回の物語だ………
「………」
コンコンッ
「……… どうぞ。」
現代都市リーヴァリィの中心区から離れた場所に顕在する、都市の治安を護りし部隊の施設。その一角に設けられた療養棟の四階、病室にて横になっていた独りの存在は扉をノックする音に対し、返事をしだした。相手からの声を聴いた直後、扉は開かれ一人の存在がその場にやって来た。
褐色の鍛え上げられた肉体と金髪がとても印象的な、少々強面な雰囲気の漂う青年だった。
「……よう、イロニック。」
「………そろそろだとは思って居ましたが、やはり貴方でしたか。ギラム元准尉。過去の職権乱用は、聊か外部からの『物言い』が有っても不思議ではありませんよ。」
「否定はしねえよ。……本当にそうだと思いながら、今日はマチイ大臣に無理言って面会を希望させてもらったんだからな。」
「それはそれは、見事な度胸ですねぇ。」
ギラムと呼ばれた青年が何れ自分の元へと訪れる事を予見していたのか、イロニックは聊か妙な表現を交えながら言葉を連ねだした。療養棟へとやって来たがお互いに交友関係は薄いのだろう、見舞いと言う雰囲気は一切なく、心無しか両者に緊張感が走っている様にも見て取れる。
それもそのはず、彼等は元『同僚』ではあるが現状『敵同士』なのだ、交友的な方が逆に変だろう。
とはいえ相手がやって来た事へ対する理由もまた、イロニックは既に予測していた様だ。
「それで、愚問を承知で尋ねましょう。私に何の用ですか。」
「ザグレ教団の連中が『ハーベストカンシュタット』の最中に騒動を起こすと言ってきた。それについて質問したい。」
「今となっては『過去のスート』に過ぎない私に……ですか。」
「あぁ。……仮にもし今でも教団へ対する忠誠心があるなら、それは否定しない。拷問をしてまで吐かせる趣味は俺にはねえし、そんな手技も持ち合わせてないからな。」
「おや、面白い事を言いますねぇ。貴方は『真憧士』なのだから、その気になれば幾らでも出来るでしょうに…… 何故しません? 過去でも同僚ですからかねえ??」
「それも理由の一つに入るが、俺はこの力を悪用したくない。ただそれだけだ。」
「クックックッ、相変わらず甘い事を仰る御方だ。まだまだ調教のし甲斐がありそうなくらいにねぇ……」
「………」
ギラムからの質問に対し変わらぬ素振りでイロニックは答えると、相手の視線が入らない外の方角へと顔を向けだした。初めからちゃんとしたやり取りをするつもりは無く、からかい半分のやり取りで相手が激怒し、感情的に成ってくれれば対話として臨んだ結果に成ったのかもしれない。
しかし相手は一切表情を変える事無く淡々と話を続けており、それもまた相手に取って解り切っていた反応だったのだろう。
自らが手にしている力を用いてまで、その要件を知るつもりは無い。
例え小馬鹿にされたとしても自らの意志を貫こうとする、勇ましい発言であった。
「残念ながら、私から貴方側へ対し横流しするような情報は持ち合わせておりません。理由はお察しの通り、それ以上でもそれ以下でもありませんよ。」
「そうか。………」
「おや、どうしました? 魔法を使う気にでも成りましたか?」
「んや、毛頭ねえよ。……そしたら次にどう情報を回収するかって、考えてただけだ。元ザグレ教団員全員に総当たりした所で、階級の高い奴はせいぜい『ハイプリース』と呼ばれてた女性だけだ。イロニック以上に話の通じるかどうか、それすらも怪しい。」
「そうでしょうねぇ。彼女は実力主義を十二分に理解して、あの場所へと駆け上った存在。元よりズレた子です、貴方の判断は正しいでしょう。」
「だろうな。」
とはいえ進展の無いやり取りは退屈なモノであり、ギラムにとっても有益な情報が無ければする意味も無いと判断したのだろう。相手の発言と共に他に宛ての有る相手が居ない事を理解した上で、この後どんな行動を取るべきか考えだした。
相手側に着く存在を多人数拘束し収容しているとはいえ、イロニックと同じく『対話をする気があるかどうか』で返答すらも代わるだろう。真面目に答える者も勿論居るだろう、しかしそれが『偽りかどうか』を見抜く事は彼等にとっても要因ではない。
それだけの関係性を築く事を今かやるには遅すぎる為、そう言った意味でもイロニックはギラム達にとっても一番宛の有る相手だった様だ。少々困った様子でギラムは右手を自身の顎元に添えた後、視線を軽く右側へと反らし次の一手を考えだした。
しかしそんな相手の言葉と共に視線を反らした際、イロニックはギラムの眼を見て何かを確信したのだろう。こんな事を呟き出した。
「………それでも、貴方は諦める気は無いのですね。そこだけは変わらない様だ。」
「ん、何がだ。」
「いいえ、此方の話です。……まあそんなわけです、貴方が得られる情報はココには有りませんよ。そろそろお引き取り下さい。」
「……… なら、コレだけ聞かせてくれ。イロニック。」
「?」
「お前等と契約した『エリナス』は、今何処にいる?」
呟きを尻目に追い返されそうになった時、ギラムの口から放たれた質問は相手に取って中々衝撃的な物だったのだろう。先程まで変わらなかった表情はそのままに、イロニックは目付きだけを鋭くして相手をジッと見つめだしたのだ。
相手が自身に対しそんな質問をしてくる理由、それはイロニック本人も解って居た。彼は相棒ではない赤の他人であった『ライゼ』を始めとした『獣人達』に好意を持っているだけでなく、同時に彼等を『一人の存在』と見なしている傾向が強い。
劣等種と下げずんでいたイロニックからすれば苛立ちに等しい質問であり、そんな厳しい視線を送っている理由も相手は理解するだろう。
故に、その質問は様々な思惑が交差するには申し分ない質問だったのだ。
「……… それは、恐らく貴方が一番気掛かりに思っているカテゴリーの中にいると思いますよ。連中に手を出す輩はスート内には居ないはずですが、下位の下っ端連中は彼等を『玩具』と称する事も有る。元より物好きな連中が多いですからねぇ、この教団は。」
「!!」
「それに堕ちた獣ならばそれまで、それでも屈しなかったモノは『そうでない媒介』と成るだけです。私は元より、教団に配属した者達の大多数が献上済みですよ。………まあ、一人だけ例外が居る様ですけどね。」
「例外……?」
「貴方も知っているでしょう、イレギュラーな子ですよ。」
「……… フール……?」
「そう、彼女がそう呼ばれる由縁がそれです。……彼女はギラム元准尉と似た思考を持っており、それを危惧して相手の子を『クーオリアス』へと逃がした。……まあ、その子はそう思って居ない様ですけどね。」
「………」
「質問へ対する回答は以上です。もう良いでしょう。」
「あ、あぁ…… ……邪魔したな、イロニック。」
「いえいえ。」
その後告げられた事実と知らない真相を聞き届けると、ギラムは軽く呆気に取られた表情を見せながら病室を後にして行った。徐々に遠くなっていく足音を聞きながらイロニックはベットに横になると、再び視線を窓の方へと向け外の景色を眺め出した。
点々と浮かぶ白い雲に青空が見える中、時折吹いてくる風に乗って紅色の葉が、数枚程ヒラリと舞っていた。その様子は自身が所属する部隊のモチーフに成っていた『ポインセチア』に何処か似ており、季節外れの中やって来た葉は先程のギラムの様だと思ったのだろう。
本来ならば有るべき姿が何処かにあるが、それでも風が凪けば何時だって真意を貫き、自らの行動を全うする精神を持った漢。イロニックからすれば、ギラムはそんな相手だった。
『………本当、貴方は彼女によく似ている。教団の一部が骨抜きにされるのがそこなのでしょうけれど、私には理解しかねますねぇ。……混血だけは、好きになれません。』
再び静寂を取り戻しつつあった病室の中で、イロニックはふとそんな事を想いながら目を閉じ休息を取りだした。
そんな敵側の存在ですら圧倒させる青年こそが、今作の主人公である『ギラム・ギクワ』
手中に魔法の力を得るも自らの力とは認識しない、氷龍と銀狐を始めとした幾多の存在に望まれた、傭兵として仕事をこなす強面な青年なのであった。
次回の更新は、月を跨いだ『8月2日』を予定しています。どうぞお楽しみにっ