表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鏡映した現実の風~リアル・ワインド~  作者: 四神夏菊
第一話・強面傭兵と願いの奏者(こわもてようへいと ねがいのそうしゃ)
25/302

11 獣人達(エリナス)

それからしばらく時間が流れ、次の日の朝。昨夜の夕食同様に朝食を二人で取った後、ギラムは施設へと赴くための支度をしていた。寝癖の付いた髪から普段の井出達へと変え、赴く際に必ず着用を義務付けられている服へと着替え、荷物を手にした。

「じゃあグリスン、俺出かけてくるぜ。 留守番頼めるか?」

「留守番?」

「あぁ。 まだいろいろと聞きたい事はあるんだが、少し整理する時間も欲しいしな。 今は仕事で、なるべく考え事をしない様にしたいんだ。 すまないが、今日はそうしてもらえるか?」

「うん、良いよ。 行ってらっしゃい、ギラム。」

その日一日を外で過ごす事を伝えると、グリスンは不思議そうな眼差しを見せ首を傾げていた。

てっきり今日一日も彼のそばで行動を見守り、お昼を同席するつもりだったのかもしれない。だが彼の仕事は依頼による行動がほとんどであり、今日の様に施設へ鍛錬となれば、なるべく集中力が削げない様考え事はしない事にしているのかもしれない。。そんなギラムの考えを理解するように返事を返すと、彼は軽く手を振りギラムを見送るのだった。


そんな新たな同居人の見送りを受けながら、ギラムは外へと移動し愛車の停められた駐輪場へと向かって行った。今朝も同じ場所で待機していたバイクは、彼の登場を待っていたかのように、朝日に照らされ車体を光らせていた。愛車に鍵を差し込み公道まで押して移動すると、彼はゆっくりと車体に跨り、エンジンをかけ出発して行った。

『………それにしても、アイツって結構小食だったな……』

バイクを走らせ街中を移動する中、彼は視界に気を配りつつ考え事をしていた。


契約を済ませグリスンにこの後どうするのかを質問し、新たな一日が開始した。急遽できた同居人と言う事になるのだが、如何せん相手は住んでる環境の違う異世界人であり、自分の常識が彼に通用するのかがわからず、彼はシツコイ事を承知の上で質問をする事が多かった。昨晩したやり取りはその一例であり、実際に聞きたい事はまだまだ山の様にあるのだ。

新たに今朝分かった事と言えば、食事は一日何回とは決まっておらず、基本はパートナーであるリアナスに合わせるという事だけ。そのためグリスンの場合、ギラムの普段の食事回数である3回を目途にするそうだ。しかし昼食は大抵施設で済ませてしまうため、グリスンは一日二食になる。それであっても、彼はあまり食べる事は無く食が細い事に変わりはないのだった。

『獣人つっても、普通の動物と違って暴食とかじゃねぇんだろうな。 人もだが、獣人もいろいろか。 ………ってか、かえって暴食する獣人ってどんな奴なんだろうな。』

そんな事を考えつつ、彼は赤信号を目にしゆっくりと減速しながら待機し始めた。その時だ。


「………あれ。」

不意に彼は車道とは違う方向から視線を感じ、何となく道路の左側へと視線を向けた。そこには行き交う人々に紛れて1人の獣人の姿があり、ただぼんやりと見つめる様子でギラムに目を向けていた。

グリスンとは違い立っていた獣人は『狼』であり、異世界と言うよりはギラムの住む街の世界観に似合う服装をしていた。黒いロングシャツに黒の上着を纏っており、下は文字の入ったジーンズを履き、左腿近くには細目の銀の鎖が繋がれていた。全体的に黒味を帯びた井出達の相手は瞳が赤く、無表情ではあるもののじっとこちらを見つめていた。

『………ぁ、そっか。 グリスンと契約をしたから、あんな感じの奴らをこれからも目にするのか。 日常日常っと。』

そんな彼の眼差しを見ていたギラムは、不意にこれが日常となった事を想いだし、自然な風景なのだと言う事を改めて認識していた。例え彼等と目があっても何かがあると言うわけでは無く、これからも同じ場面に何度も遭遇するわけであり、不必要に接触をする事は無い。ひとまずグリスンに何をすべきなのかを聞いてからでも遅くは無いと思い、彼は信号が変わったと同時にアクセルを捻り、再びバイクを走らせて行った。


その様子を見ていた狼獣人は顔を動かし、走り去っていくギラムの姿をじっと見ていた。

「………新たなリアナス、か…… ……魅力は有りそうだな。」

何処かへ向けて走って行く彼を見た狼獣人はそう呟き、立っていた位置から移動し、人並みに紛れるように移動して行った。背後で揺れるフサフサの尻尾が、何処からともなく吹いて行く風と自らの動きに合わせて揺れている姿。鋭い目つきが印象的な、不思議な獣人であった。




「………悪かったな、昨日のスケジュールを狂わせちまって。」

「平気よ、管理は全てこっちに任されてるし。 貴方なら、新たなスケジュールに機敏に行動してくれるって解ってるもの。」

都市内で獣人を見かけてから数十分の距離を走行し、施設へとやって来たギラムは、午前の課題を終え休憩を取っていた。急遽予定の変更をしてもらったサインナと共に、現在は施設から少し移動した場所にある喫茶店で、一服していた。

軽く申し訳なさそうに話す彼であったが、彼女は特に心配する事は無かったと思った様子で、気に留めることなくカフェラテを口にしていた。その日の彼女は施設内の井出達とは違い、ミニスカートにタイツと言う普段とは真逆の服装を着こなしていた。上着を軽く羽織りながらも気候に合わせて着崩しており、普段は纏めている髪を下ろし、濃い緑色のセミショートヘアーが印象的な女性へと変身していた。喫茶店でお茶を楽しむ光景を見ていると、普通のオフィスに勤める女性にしか見えない程に、可憐な美女にしか視えないだろう。仕事柄のハードな性格とは裏腹の服装の趣味は、やはり乙女である。

「無理言ったのはこっちみたいなもんだからな。 それくらいしか、俺には出来ない。」

「あら、意外な言葉ね。 貴方にはもっと魅力があるって言うのに。」

「魅力?」

「人ってね、自分じゃ気づかない魅力が何処かにあるものなのよ。 絶対的な馬鹿にだって、何かしらの長所は絶対にあるわ。」

「長所か……… ……俺の長所は、そう言った行動がこなせるくらいだと思ってたんだが……… 他にもあるのか?」

詫びの気持ちが入っていたためか、申し訳なさそうに話す彼に対し、彼女は不思議そうな目を向けつつ言葉を口にした。

人には誰にでも1つ以上の魅力を持ち合わせており、長所の無い存在などは居ない。どんなに馬鹿な事をする人間が居たとしても、その行動には別の心理が含まれており、別の方面で相手は輝く可能性が必ずあるのだと話していた。身体を動かす事が苦手なら室内で出来る事を、手先が不器用ならば指先を気にしない事柄を、何だってチャレンジし可能性を見出せばいい。彼女自身はそう考えている様子で、悲観的に見る彼にも魅力がたくさん詰まっている事を教えてくれた。

とはいえ、彼女の考えに背く人間はゼロではなく、初めから何もせずに諦める言動を口にする相手も彼女の前には現れる。そんな存在が居るからこそ、彼女は相手の心から叩き直すべく、常に護身用の蛇腹紙を職場で持ち歩いているのだろう。現在は着替えた事もあるため、彼女の後ろで仕置き行動を待ちわびる道具の姿は無かった。

「貴方は普通の凡人とは違った魅力があるわ。 そうでなければ、私は貴方に過度な期待はしないし放置するのが基本よ。 こうやってちょっとした事で外へ出るのも、ずいぶん久しぶりだもの。」

「そうなのか。」

「以前までだったら、私から貴方に外出する事を申し出るなんて有りえなかったわね。 貴方は私が惚れ込んだ立派な上司であって、漢の力強さで周りを圧倒される魅力を持った殿方。 フフッ、本当に意外ね。」

「まぁ、そんな感じで俺の過去を大切にしてくれるサインナには感謝してるぜ。 俺が離れても慕ってくれる部下が要るからこそ、今も変わらずに足を運んで鍛錬を続けられるんだからな。 ありがとさん、サインナ。」

「どういたしまして。」

彼の持つ周りとは違った魅力に対し、彼女は何処となく魅かれている部分がある様だ。現状の様に女性らしい服装で外へと出る事は余りしない彼女にとって、外へ出る事は久しぶりであり、気分が良い様だった。どうでもいい相手ならば過度な期待はせず、誘いを受けても速攻で断ると、彼女はギラムに念を押すのだった。

そんな彼女の言い分に彼は愛想笑いを返しながら珈琲を口にし、視線を外へと向けた。店内窓辺付近の席でお茶をしている彼等の元には、日差しが差し込み明るい光が降り注いでいた。外にはちらほらと学生服を纏った人々が目立ちだし、登下校による人々なのだろうと彼は思っていた。

昼下がりの落ち着いた光景が彼の目の前に広がり、いつもの平和がそこにあると思っていた。

その時だった。



「……… ……ぁっ!!」

「?」

不意に何かを見つけたかのようにギラムは声を漏らし、とっさに口元を手で押さえた。そんな彼の声を耳にした彼女は視線を上げると、何か見つけたのだろうと彼の様子を見ていた。

軽く動揺する彼は周囲の人々が自分を見ていないか確認をした後、彼女に「何でもない」と告げ、平然を装いつつ珈琲を口にしだした。彼の言動を耳にした彼女は再びカフェラテへと視線を戻し、彼の言葉を信じようと決めた様子で、飲み物を口にした。悟ったかはさておき視線を下ろしてくれた彼女を見ると、彼は安堵しつつも心の中で動揺を隠せずにいた。

『何でアイツがこんな所に居るんだ………!?』




「………ぁ、やっと見つけた。 僕に留守番をさせて何をするのかと思ったら、楽しそうに女の子と話をしてる………良いなぁ。」

店内で動揺していたギラムが見つけたもの、それは喫茶店の外で店内の様子を見る獣人の姿だった。

喫茶店周辺に植えられた木々に隠れながら、グリスンは待機するよう命じられたアパートから抜け出し、ギラムを捜し歩いていた様だ。しかし彼に対し用があって探していたわけではなく、仕事でどんなことをするのかと言う興味本位で出歩いていた様だ。

今の彼は現役陸将とは思えない風貌の女性とお茶をしているだけであり、仕事の雰囲気は全く感じられない。自分も揃って女性とお茶をしたいと、心の中で願望を抱いていた。そんな時だ。

「………あれ?」

喫茶店に視線を向けていたグリスンは視線を逸らし、何かを見つけた様子で別の方角に視線を向けだした。彼が視た先には、喫茶店の入口である茶色い木製の扉があるスペースで在り、入口付近に見慣れない存在が立っている事に気が付いた。立っていたのは自身と同じく『人ではない存在』であり、壁に背を預けた状態で立っていた。グリスンの様な哺乳類の動物とは違い、そこに居たのは『魚人(ぎょじん)』に該当する鮫のエリナスであった。

尻尾は太くも尾鰭は細く、長く伸びる尻尾は地面へと付いており、赤いバンダナを鰭に巻いていた。浮き上がった胸筋には彫られたと思われる珊瑚の刺青が入っており、腰には緑色の水着を着用し、白い布地が腰元に巻かれていた。左頬には切り傷と思われる3つの線が入っており、眼光の鋭さが印象的な存在だった。

自分と同じ存在がこんなに近くに居るとは思っていなかった様子で、グリスンはその場から移動し、鮫魚人の元へと向かって行った。彼の動きに気付いたのか、相手は静かに顔を向けた後、体制を戻し真正面から向き合う姿勢を取ってくれた。

「何か用か、虎獣人。」

「………もしかして君は、僕と同じエリナスの人?」

自分に用がある様子で近づいて来た相手に対し、相手は低い声色で彼に問いかけた。警戒はしているが対峙する素振りは一切なく、目立った武器等も持ち合わせてはいなかった。

そんな相手に対し彼は質問を投げかけると、鮫獣人は軽く頷きながら視線を店内へと向け、様子を見ている存在が居る事を教えてくれた。自分同様に誰かの観察かと訪ねると、相手は肯定しつつも少し顔を横に振った。

「俺はもう契約を済ませ、共に居るべきパートナーの様子を見守っているだけだ。 心から燃える彼女の心を、壊さないためにな。」

「ぁ、じゃあ君のパートナーは女の子なんだね。」

その後相手は契約した女性の行動を見守っているだけだと言うと、どんな人なのだろうかと店内を軽く覗きだした。

店内には幾多のお客が席に付き時間を過ごしていたが、残念ながら彼の相方と思われる女性を特定する事は出来なかった。店には男性客よりも女性客が多く、彼の言う魅力を持った女性とは誰なのだろうかと、不思議そうに見るので精一杯の様だった。

「………その様子だと、お前は少し違うみたいだな。 相棒は、男か。」

「うん、そうだよ。 僕よりもカッコよくて、とっても優しい人なんだ。」

彼の様子を見た鮫魚人は何かを悟ったか、彼の相方は男なのかと質問をした。問いかけに対しグリスンは頷いた後、自分よりも頼りがいがある勇ましい人だと笑顔で話しだした。自分よりも頼りがいがあり、周りから慕われる逞しい存在。しかしその心はとても優しく、顔付からは想像出来ない程に自分に優しくしてくれると無邪気に言い出した。

そんな相方の事を話す彼を見ていた鮫魚人は静かに話を聞いており、軽く相槌を打つかの様に頷くも、視線は変わらず見守るべき相手へと向けられていた。

「………ぁ、そうだ。 ねぇ、鮫魚人さん。」

「何だ。」

「お名前、聞いても良い? 僕、あんまり頼りがいが無いっていうのもあるんだけど……… お話が出来る人が居ると、嬉しいんだ。 君は、忙しいとは思うんだけど………どうかな。」

話を聞くも視線を変えない相手の様子を見ていたグリスンは、不意に相手の名前を知りたいと言い出した。不意な提案に意外そうな顔をする鮫魚人ではあったが、彼なりに考えていた事を教えてもらい、悪い意味で聞いたのではない事を理解しだした。


その後しばらく考えた後、相手の顔を見ながらこう言った。

「『コンストラクト・コーラル』 長ければ、ラクトと呼んでくれていい。 仲違いは出来るか解らないが、話くらいなら付き合おう。」

「うんっ ……ぁ、僕は『グリスン・レンダ』って言うんだ。 よろしくねラクト。」

鋭い目つきは少しだけ緩み、眼差しを向けながら相手は名前を名乗った。コンストラクトと名乗る鮫魚人は愛称も付け加え、長ければ愛称で呼んでくれて良いと補足した。

頼みごとが無事に了承された事を知り、グリスンは嬉しそうに返事をし、同様に名前を名乗りだした。無邪気な彼の笑顔を見て少しだけ表情を緩ます彼ではあったが、しばらくして店内に視線を戻し、行動を続けようと思うのだった。冷静さを失わない様配慮するラクトを見て、グリスンも真似をしようと少しだけ移動し、ギラムの様子を見守ろうとした。

その時だった。



ピシッ



「……あれ、この感覚………」

「! まさか………!!」

不意に何かを感じた2人はそれぞれ反応を示し、身構えながら周囲を警戒し始めた。その後いち早く何かを察したグリスンは行動を開始する様に相手に一言告げ、その場を離れて行った。

その様子を見たラクトは彼の後姿を見た後、違和感を覚えた先に目を向けた。視線の先にあったのは、巨大なアドバルーンの姿だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ