16 理念行末(りねんのゆくすえ)
一方その頃、ギラム達とはまた違う場所での同時刻。都市中央駅の時計台を後にしたフールは一人、現代都市リーヴァリィから張られた移動手段を用いて場を離れ、北東に位置する地域へと足を延ばしていた。その後周囲を警戒しつつ住宅街へと入った矢先、人目を避けるかのように住宅街の路地を左右に移動し、一つの壁に触れた時。
彼女は地上から地下と思わしき空間に、足を踏み入れていた。
それは彼女達『ザグレ教団』が潜伏している、空間魔法によって創られた狭間の空間。本来であれば干渉する事の出来ないその場に入り込む事は愚か、存在そのものを理解する事すら常人では及ばないだろう。
リアナス特有の感性と魔法によって創られたその場所に移動すると、フールは目的地がある様子で通路を移動し、一つの部屋の元へと向かって行った。
そこはレンガ造りの外壁で囲まれた、窓の無いロウソクのみで照らされた部屋。部屋の中央に置かれたガーデンテーブルの元には女性が一人腰かけており、彼女と同じくローブを身に纏っていた。
配色の異なるガーデンチェアを諸ともしない、優麗さが漂っていた。
「………」
「失礼いたします。」
相手に声をかけるも配慮を忘れないようにか、フールは適度な距離を保ちつつ声をかけだした。すると相手は静かに振り返り彼女の顔を見ると、そのまま会釈をし対話をする仕草を見せだした。
「お帰りなさい。貴女の望んだ行い、成し得る事が出来ましたかしら。」
「はい、マジシャン様。御無礼と疑惑の中、贄の方々との面会を承諾して下さり、ありがとうございました。おかげで……私の考えに決断を下す事が出来ます。」
「そう、それは何よりですね。………彼。」
「?」
「彼の真憧士は、貴女のお気に入りなのかしら? フール。」
「………」
マジシャンと呼ばれた女性に問われた質問に対し、フールは即答で返事をする事は無かった。何と言ったら良いのか解らない敵側の相手に対し、自身は一体どんな感情を抱いて先程まで行動をしていたのだろうか。
そこに好感や恋心と言ったモノは一切無く、かといって憎悪や敵対心と言ったモノも恐らく存在しない。
なんとも言えない感覚を抱かせるギラムに対し、フールは考えた末に放った言葉はこうだった。
「………私は……今でも、ザグレ教団の一員。イレギュラーのゼロを冠する者に、相違はありません。」
「貴女らしい答えね。……では、今だけでもその言葉を信じて差し上げましょう。」
「恐れ入ります。」
とはいえ絞り出した答えにしては、聊か当たり前すぎる部分もあったかもしれない。しかしマジシャンと呼ばれた相手は特に疑心をみせる事無く軽く苦笑した後、その場で立ち上がりすれ違いながら部屋を後にして行った。フールと同じく部屋に入って来た場所から廊下に出て行ったものの、彼女の場合は廊下に出る前に姿が歪み、何処かへ転移するかのように消えてしまったのだった。
気配が消えると同時に振り返ったフールは軽く息を吐いた後、同様に部屋を後にし廊下へと移動していった。
『………見透かされている、と考えた方が良さそうですね。当然と言えば当然でしょうけれども。』
「あらん、珍しい所で鉢合わせするわねん。フールちゃん。」
「?」
そんな廊下へと移動した矢先、彼女の元に自身を呼ぶ声が聞こえて来た。声を耳にしたフールは振り返りながら左側へと顔を向けると、そこには以前ギラムを拉致した『エンプレス』こと『マダム・シーナ』の姿があった。
しかし身に着けている衣服はザグレ教団員特有のローブであり、履物として使用しているであろうハイヒール特有の足音が印象的であった。
同じく彼女の後方には共に行動していた侍女達三姉妹の姿もあり、どうやら四人でその場にやって来ていた様だ。
「エンプレス様、御機嫌よう。」
「ご機嫌よう。貴女を始めとした方々は、これから『集会』だって話だったのだけれど、貴女は行かないのん?」
「エンペラー様のですね。いいえ、私もコレから向かう所でございます。エンプレス様は如何なさいますか。」
「アタシは結構、アレの話は長すぎて退屈過ぎるのよん。……それに、最近何やら『鬱憤』が堪ってるって噂も耳にするくらいだし、廃れた下界の空気へ対する愚痴に同調するつもりはないわん。」
「左様でございましたか。」
他愛もない話を交わしながら挨拶をすると、その場にやって来た目的を相手は語り出した。
これから彼女達は広間に集まり、ザグレ教団として行動する者達を一同に集結した『集会』を開く事になっている。目的は以前フールが述べた通りの『戦』の件であり、ハーベストカンシュタットと呼ばれる収穫祭に乗じて引き起こされるその行いに、事前の策と結果を前もって占う必要があるのだ。
しかしその行いに参列するのはあくまで序列の低い者達が中心であり、エンプレスを始めとした上位スートは任意で参加する事が出来る。主導権を握っている『エンペラー』と肩を並べている彼女に加え、先程この場を離れた『マジシャン』よりも下位だが同列に値する『ハイプリース』と『ヒエロファント』も、その一人である。
だが現状、後者二名は現代都市治安維持部隊の施設に留置中につき除名に等しい為、実質のスートを冠する参加者は数える程という、中々に苦しい状況と言えよう。
それでも戦いを引き起こしギラム達を始めとするリアナスと潰そうとするのだから、教団員としての思想はやはり高いモノと推測出来た。
「代わりと言っては難なのだけれど、この子達もご一緒させてもらえないかしらん? アタシ、これからちょっと私用があるのよん。」
「かしこまりました。スター様、ムーン様、サン様。よろしくお願いいたします。」
「「「此方こそ、よろしくお願いいたします。」」」
「じゃあ貴女達、終わったら教えてねん。」
「「「はい、エンプレス様。」」」
そんなスートの名を冠する者達で参加する場に参列するべく、エンプレスは侍女達をフールに任せその場を離れて行った。主人の命を聞いたスター達は静かに相手へ対し会釈した後、揃って別の広間へと向かって移動を開始するのであった。
この場に同行した侍女達を別の参加者に任せ、エンプレスが向かったのはそこからそう遠くは無い部屋の一室。先程までフールが居た部屋よりも開放的、かつ外の明かりが差し込む石造りの庭園を思わせる空間。
これまた空間魔法によって展開されたその場所には、テーブルと共に置かれたガーデンチェアに腰かける一人の女性の姿があった。
「失礼するわよん。」
探し人を見つけた様子で空間内に入り込むと、エンプレスは間髪入れずに相手に向かって言葉を放った。すると相手は静かに振り返りながら相手を認識すると、その場で静かに会釈し面と向かって話す様子で身体の向きを変えだした。
「エンプレス。貴女は此方側に御用だったのですね。」
「エンペラーの話は退屈で刺激が薄いからねん。……それに、今となっては上位者として君臨するのはあのタコとアタシ達の三人だけ。ハイプリースもヒエロファントもやられちゃったのだから、指示出しだけでも面倒でなくって?」
「いいえ、それが私『マジシャン』としての名を冠するが故の行いだと自負していますので。……異世界に触れた私達の力を魔法と捉え、憧れと理想を抱く方々の導に成るのは、必然でしょう?」
「本当ねん、女帝のアタシには到底出来ない行いだわん。」
その場に居たのはフールと話をしていたマジシャンであり、どうやら此方も彼女の管理する空間の様だ。普段から使用していると思われるガーデンテーブルとチェアの組み合わせは、もはや彼女のトレードマークと化していたのだろう。
一切驚く事無く対話をする二人のやり取りは、既に慣れ親しんだモノが存在している様にも思える。
そんなマジシャンの元にエンプレスは近づいていくと、テーブルに置かれていたウォーターピッチャーを手に取り、手元にグラスを召喚しつつ水を注ぎだした。
「ところで、今日はどのようなご用件でしょうか。」
「聞いたわよ、あの真憧士に『喧嘩を吹っ掛けた』って。……本気?」
「私から告げられる言葉は対したモノではありません。本格的な指示を出す事を始め、計画と駒の進行は『エンペラー』がするとの事で受理しましたので。貴女が怒りの念を抱いて私の元に訪れたとしても、否定する気は無いですよ。」
「全くもって、貴女らしいわねん。貴女の理想とする世界がどんなものなのか、本当に読めないわ。……それで、貴女は何をするのん?」
その後要件を告げる様にエンプレスが語ったのは、現在進行中の集会に対するモノだった。案件そのものへ対する進行役として『エンペラー』が立候補した事に加え、その対象としてギラムが狙われている事にエンプレスは納得がいかなかった様だ。
彼女にとってもお気に入りである彼を討伐しようものならば、暗殺の一つや二つを平気でこなしてしまいそうな程に、私情が熱く熱意も濃い。
お気に入り認定とは罪なモノである。
「私は美味しい所を獲った上で、この世界の秩序を一新します。他のスートの方々が獲ったのであれば、それもまた必然。裏にどのような魂胆が有れど、全ては私と彼の真憧士が見て行く未来に過ぎませんので。」
「命は無駄にするべきではなくってよ? 貴女も真憧士を視て来たからこそ、信頼における相手かどうかを見極めてる最中なのかもしれないけれど。アタシはそんな野暮な事をする相手だとは、思わなくてよ。」
「……そうですね。エンプレスは初めからあの真憧士をお慕いしている、との事ですから当然でしょう。私情が無いとは、また言い切れない。」
「そうなのよねぇ~んっ。それを言われたら、アタシに勝ち目は無いわんっ。」
「フフッ、彼方らしいですね。」
しかしそんなやり取りをしたとしても、エンプレス本人が承諾したマジシャンに手を下す事は無かった。力の力量差がハッキリしているが故なのか、はたまたそれ以前の問題としてそうする事を選ばなかったのかは解らないが、結果的にそうなったのであればそれ以上はないのだろう。
両者揃って苦笑しながら水を口にした後、エンプレスは何かを思い立った様子でグラスを置き、手にしていた羽根扇子で口元を隠しながらこう言いだした。
「じゃあ、一つ内密な賭けをしましょっ」
「賭け、ですか……?」
「貴女がもしあの真憧士と対決した時、貴女が一番『見定められる行い』で彼の心を暴く。そして暴いたが故に見えて来た志が何かによって、貴女は決断を下す。」
「……えぇ、確かにそう成るのが道理かと。」
「もし貴女が『信頼における相手』だって解ったら、潔く教団を止めましょ。少なくともアタシは、あの真憧士には勝てないしうちの子達も戦意喪失してるわん。白旗モノよ。」
彼女が持ち出した話題、それは自身と同じくマジシャン本人に見定める行いだ。ギラムの長所と短所を理解しているエンプレスらしい取引であったが、ある種の伏線を引くために持ち出した話題の様にも視えるも、真意はどちらか解らない。
首を傾げながら事実確認をするマジシャンへ向けていた眼は、割と優しいモノであった。
「……… では、信頼に置けない相手であったのであれば。私が彼の真憧士を裁けばいい、と。」
「そういう事。あんまり許したくはないけど、好きにしちゃって良いわよん。貴女に勝てないなら、そこまでって事だものん。でも身柄はちゃーんと、最後はアタシに頂戴ねん?」
「女帝の欲望のままに、ですね。お約束を請けるかどうかは保留としておきますが、そのお話は片隅に置いておきます。」
「お願いねんっ」
その後取引を終えた様子で席を離れたマジシャンを見送ると、エンプレスは羽根扇子で軽く仰ぎながら再びグラスに注がれた水を口にしだした。整える様に行われたファンデーションを掻い潜る様に小さな汗が点々と浮かんでおり、どうやら彼女自身も駆け引きをしていた様だ。
心理戦に近い行いを持ち出してまで、ザグレ教団が成す理想の世界の終着点は何処にあるのだろうか。
部屋の先に続く廊下の先から聞こえてくる集会の声を聞き流しながら、エンプレスは空を見上げだした。
『最も、アタシはギラッチが全員を止められるって思ってるけどねん。……そうなると、面倒な部分をどうにかする手法を考えないといけないわね。ギラッチ、無事に生き残ってねん。』
恰も恋人を心配する乙男の様に、彼女は心の中で呟くのだった。
次回の更新は月を跨ぎました先『4月10日』を予定しています。どうぞお楽しみにっ




