11 歓談(かんだん)
「まあ何はともあれ、妙な危機は去った。奥の部屋へ行くぞい。」
「あ、あぁ…… ………」
獣人達の組織『WMS』内部で起こった、小規模な言い争いが無事に終息した後。ギラムはベネディスに促されるがまま衛生隊の管理する区域の奥に設けられた、ベネディス専用の部屋へと誘導されていた。
彼に続いて再び部屋を歩き出し衛生隊の内部に入っても、基本他の獣人達は何ら変わらない行いと振舞いを見せていた。ベネディスの姿を見て挨拶をしながらお辞儀をする所も全く変わらず、おまけに自身へ対し「お帰りなさい」とちゃんと挨拶をする者も居る程。
初めは何故『歓迎されている』のかがギラムには解らなかったが、後々挨拶する者の中に「ピニオさん」と言う者が居たため、それで合点がいっていた。
彼等はベネディスと共に行動している人間は『ピニオ』であると理解し、それ以外の考えを持たなかったのだ。現にギラム本人が見ても『双子かと思える程によく似ている』と思うのだ、そう考えない方が稀である。とはいえ先程から『体臭』に対して獣人達から指摘をされる為、その辺りは改めて『気を付けよう』と彼は思いつつ、ベネディスの部屋へと通された時だった。
ウィーン……
「帰ったぞい。」
「? お帰り、ベネディ…… !?」
部屋の奥にて簡単な庶務をしていたのだろう、ベネディスは部屋に居るであろう本物のピニオに対し声をかけだした。声を耳にした相手は返事を返しつつ顔を視る様に体制を変えたその瞬間、相手の表情が平常から即座に驚愕に変わったのは、恐らく言うまでもないだろう。
相手の姿を視つつ軽く手を振ったギラムに対し、慌てた素振りをみせながらピニオは彼等の元に駆け寄ってきたのだった。
「ギラム!? おま、どうしてここに……!?」
「ちっとばっかし道中までの護衛を、依頼としてな。前の一件で、ピニオに礼が言いたかったのを知ってたみたいなんだ。……まあ『悟った』の方が正しいかもしれないが。」
「WMSの殿内が何やら賑やかしいと思って行ってみれば、まさかのギラムが居たわけじゃよ。ワシも流石に肝を冷やしたわい。」
「そう……なのか。……ベネディスが………」
「まあ、その辺はよいわい。今軽めの茶を用意しよう、しばしの歓談でもしておれ。」
「ぁ、はい。」
とはいえ話を簡単に流されてしまう所は、ギラムもピニオも変わりない様子。呆気に取られながらもピニオは近くのテーブルの元へと移動した後、ギラムが座れるようにと適当な椅子を軽く引き、彼を招き出した。その様子を見たギラムは軽く笑顔を見せながら席へと付きつつ、お礼を良いながら「席に座ってくれて良いぜ」と言うのだった。
「……なんだか、新鮮だな。俺が俺にフォローされるなんて。」
「その言葉、そっくりそのまま返すぜ。何だろうな、本当に双子の弟が出来たみたいだ。」
「身体は……今は機械なんだけどな。」
「? それも良いと思うぜ、俺は。」
「いや、俺はギラムみたいな『人間』の方が良いからさ。洋服の方が、気分的には良いんだ。クーオリアスに居る時は、基本こっちで居る様にって命じられててな。」
「そうなのか。」
しかしお互いの心境は何処か違うのだろう、ピニオは少しだけ表情を暗くしながらギラムに対しそう言うのだった。
ちなみに現状のピニオの身体は、以前バイクに乗ったギラムと共に現代都市内を駆け回った際の恰好をしており、洋服ではない『甲冑』に近しき『機械』の身体となって居た。藍色を主体とした寒色で統一されたボディパーツはどの角度から視ても光沢を見せており、常に【リターブ】によって綺麗な状態で保たれている事を主張していた。
髪の毛の長さに対してもそれは同じであり、一度散髪をしたギラムが見ても全くと言って良いほどにその長さは変わっていないのだった。
そんなピニオのやり取りをしていると、何処からともなくベネディスは用意したお茶の入ったカップを持ってきた。陶器製と思われる白いカップには衛生隊のマークと思わしき『十字架』があしらわれており、この場特有の備品の様にも見てとれた。
「粗茶だが、飲みなされ。」
「あぁ、ありがとうございます。」
そう言ってテーブルに置かれたのを見て、ギラムはお礼を言いつつカップを手にし中身を口にした。彼が淹れてきてくれたのは『紅茶』と思わしきフレーバーティーであり、スッキリとした味わいに鼻孔を擽るマスカットの香りが特徴的だった。
元より珈琲を飲む事の多いギラムであったが、彼の舌でもすんなり受け入れてくれる紅茶であった。
「……美味しい。」
「ふむ、ギラムでもそう言われるほどの物がようやく手に入ったか。中々ワシ等の舌には合わない物が多くてのぅ、コレはそこそこの品だよ。」
「……本当に、俺そのものを創造しようとしてるんだな。言うほど立派じゃないのは、俺が一番良く分かってるつもりなんだが。」
「何を言うか若造がっ ワシは幾多の年を重ね、リアナスの研究を常にしてきた理解者。部下達に様々な機会を視て被験体の素材として集めさせたが、君ほどの優秀な素質を備えた者はおらんかったよ。」
「素質……ですか。」
「恐らくワシがお主の素体を仕入れる事となった経緯は、ライゼから聞いているだろう。」
「あ、はい。治安維持部隊の施設内での大怪我の治療を、リーヴァリィの技術力では足りなかったから……ベネディスがしてくれた、とか。」
「ワシも本来ならば治すだけのつもりではあったんだが、何故か頻りに頼まれてのぅ。そこまで執着する理由が当時は解らなかったが……今となっては解る。ライゼは君の事が大好きなんだ、と言う事がな。」
「好き………ですか。」
「君達の『好き』とワシ等エリナスの『好き』には、聊か想いの度量に違いがあるだろうが、左程変わりない。ライゼがそこまでリアナスに興味を持つとは、ワシも思わんかったよ。」
「え、そうなんですか……?」
カップの中身を口にしながらベネディスはそう話しつつ、ピニオとは別の席に腰を下ろしつつそう呟いた。彼の言葉を耳にしたギラムもまた驚く様に質問すると、それに対しベネディスが頷いた後、彼の代わりにとピニオがこう説明しだした。
「ライゼはベネディス率いる『衛生隊』の中で一番『リアナス』に興味が無くて、ベネディスの命令に従い被験体を集める事だけのためにリヴァナラスに赴いていたほどなんだ。ギラムと会う前と連れて来た時との差は、歴然だったんだとさ。」
「君から何を得たのか詳細を知らぬが、ライゼにとっては幾多の変化をもたらされたのだろう。リアナスとなる前の君がそれだけの素質を兼ね備えているとすれば、契約が成立した際の行いは想定を遥かに超えるだろうと、ワシは予測していた。」
「……… 仮にもし、俺がグリスンと契約していなかったら……俺はエリナスとの接触は、二度と無かったのか?」
「確実にそうとは言えぬな。コレはあくまで極秘で仕入れた内容だが、君は一度『別のエリナス』と接触をしている。契約さえも持ちかけず、ただ話をするためにな。」
「グリスンより前に、エリナスと話を………」
そんな彼等の話を聞き、ギラムはカップを手元に置きつつふと記憶の中を巡る様に目を瞑り出した。
自分は上手く覚えていない記憶を探す事、それは誰にとっても難しい事だろう。意図しない記録と記憶は無意識の内に処理される傾向が強いのは、人間の脳の造りがそのようにしているからであって、何もおかしな事ではない。ふとした拍子に記憶がフラッシュバックする事も無論あるが、今回はまた少し違った経緯で彼は視ていると言っても間違いではない。
だが彼等のいう『別のエリナス』とは、一体どんな相手だっただろうか。
グリスン達とはまた違った場所で出会ったであろうと思い、ふと普段とは違う景色を思い浮かべていた。まさにその時だった。
「………あっ。」
ギラムは何かを思い出したかの様に、小さく声を上げだした。
彼が思い出した光景、それは現代都市内でも珍しい『桜』が咲いた庭と思わしき場所。その場に立つ雅な和装に身を包んだ、一人の獣人の姿が彼の脳裏に過ったのだ。朧気な記憶の中ではあったが、確かに一度だけ出会った事のある相手。
即座に名前は出なかったが、彼はしっかりとその相手の事を覚えていたのだった。
「ふむ。どうやら心当たりがあるようだのぅ。」
「ぁ、はい。朧気にしか覚えていないんだが、一度……狼、なのか? と、話をしてます。」
「なるほど、素質はその狼獣人も気付いていたと言う事だろう。再度出会う事があるのであれば、今度はさらに話をしても良かろう。もうお主は、無関係の相手ではないのだからな。」
「そう、ですね。解りました。」
「………どうやらお主は、ワシと話すと適度に敬語になる傾向があるのぅ。聊か意外じゃ。」
「ぁっ、多分……俺の上司の上司と話し方が似ているからだと思いま……思うぜ。うん。」
「フォッフォッフォッ、老体の扱いは敬語と身体に染みついているのだろう。ならば今度から、敬語にするとしようか。ピニオ。」
「解りました。ベネディス。」
とはいえそんな記憶もさる事ながら、彼が無意識の内にしていた事は何もそれだけではなかったのだろう。先程から気になって居た事をベネディスから指摘され、彼は素直にその言葉遣いが身体に叩き込まれた事であると告げるのだった。彼のいう上司、それはマチイ大臣の事である。
彼が唯一逆らえず、そして最も尊敬する上司であった。
次回の更新は『2月10日』を予定しています、どうぞお楽しみにっ




