09 老獣人(ベネディス)
「お前……何者だ? 人間の様な臭いがするぞ。」
「………」
獣人達の眼を搔い潜り、殿内へと進入したのも束の間。不意を突かれて見つかってしまったギラムはその場に直立し、微動だにせず近寄って来る獣人達を静かに目視しだした。
彼の近くにやって来たのは橙色の雄の豹獣人と茶色の雄の鷲鳥人であり、どうやら殿内の警備に当たっている存在達の様だ。手にした銅製の槍を片手にギラムを睨んでおり、自身から放たれる人間の臭いに警戒心を抱いている様だった。
彼等は獣人、そして自身は人間ともなれば体臭の違いも出てくる為、当然と言えば当然だろう。
ココは自身の住む世界ではない、異世界なのだから。
「人間がこの世界にどうやって入り込んだのかは解らないが、ココは神聖な領域。入り込んだのであれば、即効で磔に処するぞ。」
『磔って……… 何処の宗教団体だよ。』
とはいえ異世界の文化が解らないともなれば、ギラムにとって理解しがたい行いも度々生じて来る。恰も魔女狩りの如く物騒な単語を放った相手に対し、ギラムも内心毒突きながらもこの現状をどうやって打開するか考えだした。
相手の不意を突いて外への脱出を図るにしても、相手は自身よりも優れた身体能力を誇っていると考えた方が良いだろう。現にそれはグリスンとの追いかけっこで既に痛感しており、彼よりも鍛錬を積んでいそうな彼等を相手に、ギラムは逃げ切れる自身が無かった。
はたまたクローバーを用いて魔法による戦闘も検討したが、それをしてしまえば『自分が人間である』事を暴露するようなモノであり、逆に相手側の味方を集めてしまう事にも繋がってしまう。そうなれば完全に多勢に無勢であり、逃げる所か脱出そのものも不可能となってしまうだろう。
最終手段としては『混血』の力を用いて逃走という線もあったが、正直言ってしまえばギラムはコレを使いたくはなかった。ライゼに危険視されている事も含め下手にそんな力を使ってしまえば、彼どころかリミダムやサントス、はたまた他の仲間として行動している獣人達に対しどんな影響が出てくるか解らない。
ましてや敵側であり味方の獣人達に対しては即座に疑惑が浮上するため、本当の最終手段と成るだろうと彼は考え、頭の隅にその策を追いやった。
そんな時だった。
「ぉや、こんな所に居たのかね。」
『なっ……まだ誰か来るのか……!?』
自らの思考回路で様々な作戦を検討していた最中、自身を警戒していた獣人達の背後から別の存在が彼等に介入してきたのだ。新たな敵勢かと思ったギラムが手に汗を握る中、獣人達は後方へ振り返り、相手を目にすると即座に敬礼するかの様に体制を取り出すのだった。
その場にやって来た相手、それは白い装束に身を包んだ老いたラマ獣人『ベネディス』であった。
「マウルティア司教っ! 人間と思わしき存在を捕えました!」
「……… お主等は、まだまだ眼が肥えていない様じゃのぅ。コレはワシが創った最高傑作じゃよ。」
『えっ?』
自らの行いを報告するかの様に豹獣人はベネディスにそう伝えると、相手はしばしの沈黙の後そう言いだすのだった。突然の言葉を耳にしたギラムが内心驚きながら彼を見ていると、ベネディスは静かに視線をずらし警備していた二人の獣人達に対し、右手で軽く否定を表すかのように左右に振り出すのだった。
その行いを視た獣人達は、二人揃ってギラム以上に驚いた表情を浮かべ出した。
「なっ!! さ、さようでございましたか!! とんだ御無礼を……」
「よいよい、同族であれど間違われるほどのモノをワシは創り上げたのだ。まだまだ燃えるわぃ。」
「はっ、寛大な御言葉……痛み入りますっ!」
「さぁ、ここで立ち尽くすのも難であろう。持ち場に戻りたまえ。」
「「御意!」」
ベネディスの言葉を聞いた獣人達は即座にそう返答すると、踵を返すかの様に足早にその場から立ち去って行った。その後ろ姿を見送るかのようにベネディスはしばし彼等を視た後、角を曲がり周囲の視線が無くなったのを視た後、残されたギラムの元へと近づきながらこう言うのだった。
「お主という者は、本当に奇想天外な動きを魅せる事が多いのぅ。……だが、ココはリヴァナラスでは無い。人間の感性では感じないモノを、我々は感じるのだよ。ギラム。」
「? ベネディス……やっぱり、解ってて言ってくれたのか。」
「当然じゃ。ワシの部下が魅せつけられ、ワシの熱意さえも燃やすリアナス。手に取る様に見分けが付くのだよ、老体でもな。」
「そ、そうなのか………」
恰も去り際の様に通過しながら話す言葉を耳にし、ギラムはベネディスの顔を視ながらそう言いだすのだった。初めは彼もピニオと誤解しているのだろうかと思ったが、実際はそんな事は無く最初から見分けがついていた様であり、最初からギラムを庇うつもりでそう言ってくれた様だ。
井出達から見分けがついたのだろうかと思ったが、どうやら口振りからしてそう言った類いのモノではない様である。ピニオ自身もいろいろな風貌で居る事が多い為、寧ろそれで見分けが付く程度ならば他の獣人達も騒ぐ事は無かったのだろう。
「何はともあれ、ココに居ると他の眼が来るだろう。とりあえず、ワシの部屋まで来るがいい。何、取って食おうとはせんから安心せい。」
「あ、あぁ…… ………」
「……… ピニオなら、部屋におるぞい。」
「? ……まいった、筒抜けだな。」
「フォッフォッフォッ」
だがそれでも、ギラムが此処へ来た理由に関しては凡その検討も付いているのだろう。既に内心見透かされているかのような言葉を告げられてしまい、ギラムは軽く苦笑しながら降参の意を示すかのように両手を軽く上げだすのだった。
その様子を見たベネディスもまた意図が的中した事に喜ばしかったのだろう、顎元の髭を撫でながら軽く高笑いするかのように笑顔を見せ、彼と共にその場を移動するのだった。
「ところでギラムよ。一つ確認しておきたいんじゃがな。」
「ん?」
「この殿内への侵入は愚か、城塞区域内に入るのは難儀であったであろう。門番も居る中、どうやって入って来た?」
「あぁ、その事か。獣人達にどう言い訳するかも考えたが、最初から『視界に入らない場所』からの潜入の方が良いと思ってな、水路を通って来たんだ。」
「ほう、水路とな。……その割には、服は濡れておらぬのう。そちらはどう答える。」
「ココまで来た後、中庭で服を乾かしたんだ。リーヴァリィと違って早々と乾いてくれたから、こうやって来れた様なもんだぜ。……でも凄いな、日光にちょっと服を乾かしてもらったら綺麗に乾燥して驚いたぞ。」
「………」
「ん、ベネディス?」
半ば事情聴取されるかの如く雑談を振られた後、不意に言葉が途切れたのを感じギラムはベネディスを視ながら声をかけだした。相手は気付けば足取りも止まり何か考えているかの様に顎元の髭を撫でており、何か変な事を言っただろうかとギラムは軽く考えていた時だった。
「なるほど、そう言う事か。納得いったわい。」
「?」
不意にベネディスはその場で頷きながら言葉を告げだし、ギラムの顔を真正面から視る様に体制を変えだした。老いた顔に相応しい幾多の皺を浮かべるラマ獣人の目はしっかりと自身を見つめており、その目は何処か優しく我が子を見守る親の様な眼を向けていたのだ。
何故そんな眼を向けて来るのだろうかとギラムは首を傾げていると、その理由と思わしき言葉を彼はこう言いだした。
「お主、やはり只者ではないのう。我々の神からの寵愛すらも享けた存在だったとはな。恐れ入ったわい。」
「寵愛……?」
「補足として言っておくと、それは日常茶飯事ではないぞギラム。服は普通に乾燥するまで数時間と要する上、それ相応の行いをしなければ数分程度では乾かんよ。」
「そうなのか……… じゃあ、何で……」
「それこそが『寵愛の証』じゃよ。神に愛されているのであれば、ココまでの道中も難儀ではなかったのかもしれぬな。」
「???」
何やら意味深な単語が次々と出てくるも、ギラムからしてみればチンプンカンプンだったのだろう。疑問符が次々と浮き出て来そうな表情を見せながらベネディスの後に続くも、そんな心境とは少々異なる想いをベネディスは抱くのだった。
『そう考えると、ワシは考えている以上にギラムへ対し罪深い行いをしているのやもしれぬな…… 制裁は覚悟しておくか。』
次回の更新は少し日が空きますが、月末近辺の『1月28日』に更新予定です。どうぞお楽しみにっ




