03 庶務作業(じかんつぶし)
道中にて遭遇したグリスンと別れ、その足で自宅へと帰宅したギラム。別れ際に半ば無理をして出て行った彼に対し「どうしたもんか」と考えながら戻ったが故か、すれ違う人々が少し距離を置いてしまう表情を取っていたのは言うまでもないだろう。
とはいえ歩みを止めず周りを気に留めていなかったが故か、彼の足取りはいつも通りでありそのまま自宅へと引き返すのであった。
自宅の扉を開け中へと入室すると、そこには昼寝を終えたフィルスターの姿があった。しっかり休んで元気いっぱいの幼龍の出迎えを受けた後、彼は膝を曲げフィルスターに話しかけだした。
「ただいまフィル。」
「キュッ」
「ちっとばっかし、頼まれ事を聞いてはくれないか。」
「?」
出迎えと同時に主人からの声掛けを受けたのも束の間、フィルスターは不思議そうな顔をしながらギラムの言葉に耳を傾けだした。軽く首を傾げていた幼龍を彼はそのまま抱き上げると、その足で寝室へと向かいベットの上に彼を乗せた後、再び膝を曲げ目線を合わせながらこう言いだした。
「グリスンが少しばっかり落ち込んでるみたいでさ、俺の事で。顔を合わせて気を使わせるのも難だから、少し席を外したい。……その間の見守り、頼めるか?」
「キュッ? ……… キーッキキュッ」
「ぇっ、報酬? そうだな…… ………何が良い?」
「キッキュウッ、キュキッキュッ」
「『添い寝独占権』……な。了解、頼むぜフィル。」
「キュッ!」
彼が考えていた事、それはつい先ほどまでのグリスンへ対するモノだった。自身の事で心配させていた事柄を払拭させるにも、今の彼にどう接していいか解らず、下手な事をして余計に気を使わせたくない。ならばあくまで自然体を意識した取り組みを行った後、互いに気を使う必要性が薄いフィルスターに留守を任せておけば、自分が居なくても心配はいらないだろう。
ギラムはそう考えた様子で提案をした後、フィルスターからの要求に応じ、話を終えるのだった。中々特殊な報酬内容であったが、フィルスターにとってみれば唯一無二のモノであり、かつ生涯ずっとギラムのそばに居る事を望んでいる意思の表れと言っても良いだろう。そんな幼龍に対し軽く笑顔を見せた後、彼はその場で着替えセルベトルガの制服を身に纏うと、外へと出かけて行くのだった。
留守を任せたギラムの目的地、それは自身の所属場である『軍事会社セルベトルガ』だ。元々非番に近い形態で仕事をしている彼からすれば半ば時間つぶしの為に向かったとも言える為『何となく向かっただけ』とも言えよう。
自宅に居場所のなくなった亭主が仕事場に逃げるという心理面は、ある意味彼にも適用されそうである。元々『友人が少ないが故の行き場がない』と言ってしまえばそれまでだが、そこはあえて触れないでおこう。
ザントルスと共に職場へと到着した彼は駐輪場に愛車を止めると、その足で職場内へと向かって行くのだった。
「お疲れ様です。」
「? お疲れ様でーす。」
いつも通りの足取りで受付嬢達に声をかけると、相手側は一瞬驚いた表情を見せつつも変わらない挨拶を返しだした。元より目立つ容姿に該当する彼だった事も含め、今の時間帯に彼が出勤する事も珍しいのが主な理由であろう。現在の時刻はお茶時を過ぎた夕刻前、こんな時間に出勤する方が珍しい時間帯である。
そんな受付を通過した彼はその足で自身の配属先に向かって行き、コチラも変わらずに上司に挨拶をするのであった。
「おはようございます。」
「んぉ? おぉギラム。珍しいな、こんな時間に来るなんて。」
「はい、少し庶務と依頼の片付けをしようかと思いまして。終業時刻までには終わらせます。」
「ほー、珍しい事もあるもんだな…… ……さては家に居場所がねえ感じか?」
「……… そういう、もんなんですか……? この時間に来る人って……」
「まあ大体な、仕事場に逃げて来る亭主民も少なくはねぇよ。理由はどうあれ、仕事すりゃ俺は文句言わんから好きにしろ。お前さんなら大歓迎だ。」
「ありがとうございます。」
何処にでもありそうな言い訳を聞かされキョトンとするギラムに対し、ウチクラは相も変わらない表情を見せながらそう言うのだった。ちなみに補足すると『これがデフォルトの亭主民の行いでは無い』事を付け加えておこう、あくまで仮設交じりの言い分である。
そんなやり取りをし自身のデスクへと向かおうとした、その時だった。
「……ん? ちょい待ち。」
「? はい。」
「お前さん、確か『独身』だったよな……… 何で居場所ねえんだ???」
「ぁー、えっと……… ……ちょっと、ペットの『龍』が最近家に居まして。」
「ドラゴン? また珍しいモノを………余所の依頼か。」
「はい。申請の方が遅くなりましたが、登録しておきます。理由はそれです。」
「へぇー そりゃまた御苦労なこって…… ん、もう良いぞ。」
「失礼します。」
ギラムの自宅状況を知っていたが故なのだろう、ウチクラは不意に彼を引き留め理由の詳細を聞き出したのだ。咄嗟の事だったため返答に一瞬迷うギラムであったが、グリスンの事を正直に言うにも難しく、かといって『誰かと同居している』と言えば余計な蟲が湧きかねない。ほんの数秒間の間で物凄い情報量が彼の脳内を通過した後、言い訳として選ばれたのがフィルスターだった様だ。
内心『フィルに怒られそうな言い訳だったな』と思うギラムであったが、その場を切り抜け再びデスクへと向かいだした。事実と異なる言い訳を言われた事を知れば、誰でもそうだが怒りそうな気もするやり取りであった。
そんな彼がすんなり仕事に入ったのは、それから間もなくの事。元々電話の鳴る回数が少ない時間帯だった事も有り、電話対応をする事は殆どなく、早めの定時で上がっている『主婦(主夫)組』を見送る以外は特に変わった事は無かった。
家族構成がバラバラのセルベトルガでは、内勤の者達は基本的に家庭持ちが多く、こうした時間帯の融通も利かせつつ家族に負担のかからない働き方をさせてくれている。中には託児所に預けている者達もゼロでは無い為、下手に他の職場に迷惑を掛けない所も企業としての顔向けなのだろう。とても働きやすいホワイト寄りの会社である。
そんな社員達を軽く見送りつつギラムがまずこなしていたのは、以前自分宛に送られて来ていた『依頼書』の選別だった。とはいえ以前捌いた事もあってかその量は半分以下であり、こんな状況であってもちゃんと定位置に山にしておいてくれるのはウチクラの優しさなのだろう。重量を感じない紙達と共にデスクに戻った彼は、一つ一つの依頼を目視しながら仕事をこなしていた。
「んー………」
とはいえ、少しだけ溜まっていた依頼書達に目を通すも、コレと言って目欲しいモノも無かった様子。前回の依頼二件程のインパクトが無かった事もだが、元より依頼が来たからと言ってホイホイ受けていないのはギラム本人の意思によるモノ。自分でなくても片付けられる依頼があるのであれば、他の社員達に回すのが彼のやり方である。
その後端末を起動させ別の電子上の依頼をチェックするも、結果は同じ。特に仕事に没頭し自宅を留守に出来る方法が見つからず、どうしたもんかと考えだした、そんな時だ。
『……… ……そしたら、遠征も兼ねて久々に【ヘルベゲール】にでも行ってみるか。日数もかかるだろうし、グリスンも気を使わずに済むだろ。』
彼の脳裏に浮かんだ案、それは以前グリスンと共に向かった【築港岬ヘルベゲール】へと向かう事だった。あの場にはセルベトルガとは違い多種多様の依頼が複数存在しており、今時珍しい『紙面による依頼書』方式を採用している為、外部からアクセスする事は殆ど叶わない。現代都市から離れた島民達には良き依頼の集い場として使用されている為、今回の様な時には割と助け船になる事があるのだ。
前例として何度か彼にも経験があったのが、今回パッと浮かんだ理由の様である。
そんな案を即時実行するべく、彼はセンスミントを取り出し時刻を確認しだした。現時刻から終業時刻までの残り時間を確認すると、時間に合わせて近くのデスクで働いている社員の元へと赴き、適当な仕事を貰い庶務作業を開始しだした。彼が貰ったのは簡単なデータの打ち込み作業であり、丁度組織内の情報の修正が必要だったモノだった為か、彼にもすんなり出来る仕事であった。
そしてあっという間に仕事を片付けた後、貰い主の元へ仕事を返却し確認だけ頼むと、再び自身のデスクへと戻り自分宛の依頼書を回収。その足で再びウチクラの元へと向かって行き、依頼書の処理をお願いするのであった。
「失礼します。コチラの依頼の処理、お願いします。」
「おう、了解。何か良いのあったか?」
「残念ながら。……なので、明日から築港岬【ヘルベゲール】の方へ遠征に行ってきます。」
「ん、了解。気ー付けてな。」
「ありがとうございます。……お先に失礼します。」
いつも通りではあったがちょっとだけ世話しない、ある日の職場のギラムであった。
次回の更新は、少し期間が空きます。月を跨いで『11月15日』前後を予定しています、どうぞお楽しみに




