27 流星煌歌声(ながれきらめくうたとこえ)
一方その頃、別の場にて個別のやり取りをしていたグリスン。ギラムを助けると同時に案内役として現れたスターの要望を叶えるべく、彼自身が得意とする『歌』を披露していた。
彼が今回選んだ曲。それは以前リミダム達と出会いギラムのクローバーを奪還した時に歌った曲だ。何処となくスローベースな安らぎを感じられる曲調と共に、彼の口ずさむ台詞に想いを乗せてか。静かに耳を傾けていたスターは目を閉じ、ただただその時間を楽しむかのように身を委ねていた。
そして彼の奏でた旋律が終わったのは、それから暫くした頃。
アンコールをする事無く、約束通り一曲だけ彼は歌った後の事だ。
「……… ふぅ。」
「煌音様、ありがとうございました。スターは感無量で、お贈りするべき相応しい御言葉が見つからない程です。」
「そ、そんなに褒めてもらえる程の事なのかな……… でも、ありがとう。」
「煌音様にでしたら、スターは賛辞を幾らでもお送り出来ます。それでは、お約束の『ギラム様の居場所』までご案内いたします。」
「うん、お願いね。」
歌の終了と共に拍手が送られるのを感じてか、グリスンは少しだけ照れながらも約束を果たしてもらうべく、スターと共に再び室内から廊下へと移動しだした。自らよりも小柄な彼女の後に続いて彼は歩くも、ようやく探し人の元に会えると思って喜んでいるのだろう。
心なしか尻尾も大きく左右に揺れており、普通に嬉しそうである。
「……それにしても、ギラムはどうしてこんな所に連れて来られたの? ザグレ教団員がギラムのクローバーを狙った事もあるけど、今回は本人だったみたいだし。」
「今回の行いは、ザグレ教団全体が行った事とは申し上げません。今回は『エンプレス様』直々のご希望と共に、スター達が独断で行った事柄にすぎません。」
「ぁ、そうなんだ…… ………何も、してないよね……?」
「スターの口からは、その行いについてのお答えは出来ません。ですが精神面に対する行いはしていませんので、どうぞご安心下さい。」
『それは……安心して、良いのかな………』
しかし道案内されギラムの元に近づいているとはいえ、彼にとって心配な言葉を聞いてしまえば、心中の穏やかさは何処へやら。少々落ち着かない様子で耳をピコピコさせる彼を尻目に、スターは淡々と喋りながら先導を切っていた、その時。
ふと前を歩く彼女は静かに足を止め、それに気づいたグリスンも同じく歩を緩め不思議そうな眼差しを相手に向けだした。少しだけ心配そうな表情を彼が見せる中、相手は静かに振り返りこんな事を言い出した。
「煌音様は、ギラム様の事がお好きなのですか。」
「? うん、好きだよ。僕とは全く違う人間なのに、雄獣人の凛々しさや逞しさ、勇敢さを兼ね備えたかの様な感じがする所は、大好きかな。僕もそう成れたら良いなって思うけど、全然遠すぎるからか……いつも、背中を視てるだけの気がするよ。」
「そのお考えに付きましては、スターも同意します。あの御方は普通の人間の枠に当てはめて良い方なのかどうか、スターは常々考えさせられました。真憧士としての本来の素質があったのかどうかは解りかねますが、それでも…… 我々『ザグレ教団』が目を着け執拗に狙う程です。並大抵の方々とは比較にならないでしょう。」
「………」
「煌音様がギラム様を信用しているのでしたら、スターは何も心配はしません。追々起こるであろう我々との交戦の際、どうぞ容赦なく叩き伸めして下さいませ。」
「……… 君は、それで良いの……?」
「スターはザグレ教団員ではありますが、エンプレス様以外の命令に従うつもりはございません。あの御方がギラム様との闘争を望まない限り、煌音様へ対しスターは刃を向けない事を誓いましょう。先程の煌めきに溢れた歌を胸に、刃を向けた際には想いと共に果てる所存です。容赦なくお願いいたします。」
「……… 分かった。」
相手の口から放たれた言葉、それはいずれ近い未来に起こるであろう予想が立っていた出来事の一つ。ギラム達とは相対する存在として認知されている『ザグレ教団』が、本来起こそうとしていた行いに対する、世界を望んだ姿へと創り変えるべき真憧士達の戦争。創憎主という俗称で知られる行動の予兆を聞かされた時、グリスンは改めて彼女が敵側の存在である事を認知するしかなかった。
自らに理想を抱き、そして望みを叶えてもらうべく志願した幼き侍女。しかしその者の抱く心理と立ち位置によっては肩書に過ぎず、あっという間に覆され、自らの足元をすくいかねない揺らぐ意思へと変わるだろう。元より強い信念を抱く事が苦手なグリスンにとってみれば、ある意味強敵となりかねない。
そんな相手の真っ直ぐな眼差しと共にやって来た『自らを殺す行い』に肯定的な発言を聞き、彼もまた言葉を返すべく静かに目を瞑り、見開きながらこう言うのだった。
「僕もね、そしたら君に言っておこうかな。」
「?」
「僕もギラムが『敵だ』って言わない限り、敵側の君達にでも魔法は使わないよ。僕がギラムに魔法を使える様にしたのは事実だけど、ギラムは何時だって邪な事には使わなかった。それだけの事が出来る人が居るからこそ、僕は何時だって付いて行こうって思った。」
「………」
「僕達『獣人』は想いの存在。それを望んでくれたあのヒトの為にも、僕はそうするよ。君は僕のファンだもん、望んでくれる限り……ずっとね。」
「……スターには勿体ない御言葉です。ですが、そう仰って頂けて……とても、嬉しいです。」
「僕も同じ気持ちだよ。ありがとう。」
言葉を告げられた相手は少しだけ俯く様に表情を伏せた後、静かに右手を動かし顔元を拭う様に動かしだした。不意にやって来たグリスンの発言には相手の心を動かす何かがあったのだろうか、気付けば相手はほんの少し涙を流しており、本心では『敵対したくない』と言う想いから溢れ出た感情だったのかもしれない。
あくまで表情を見せまいと顔を伏せたままの相手を視てか、グリスンはそっと右手を伸ばし相手の頭を優しく撫でた後、そっと自身の顔を近づけ「大丈夫だよ」と、耳元で呟くのだった。
その後静かにすすり泣く相手の声を聴いてか、グリスンは相手が落ち着くまで静かに抱きしめるのだった。




