25 願乞話(かけひき)
グリスン達による救出作戦が始動し、先手を打つべく動きを見せたマダム達『ザグレ教団員』一行。侍女達が受けた命令によってギラムは再び部屋を移動され、またまた見知らぬ部屋の前へと連れて来られた。一体幾つ部屋数があるのだろうかと、問われても不思議ではないくらいの誘導っぷりであるが、事実多いのだから仕方がない。
そんな部屋へ通ずる扉をくぐった先に待っていた空間、それは上空から見下ろせる現代都市リーヴァリィが一望出来る『バー』であった。深い菫色を基調としたラグジュアリーな室内は、まさに『大人の空間』と言い表せそうな程に落ち着いていた。
「コチラにて、お待ちくださいませ。」
「あぁ、ありがとさん。………」
『バーなんて有ったのか、ココ。』
そんな初めて足を踏み入れた場に少々困惑しつつも、部屋を後にしたスターを見送り彼は奥にあるバーカウンターへと向かって行った。カウンターそのものは彼の背丈よりも低く、深紅の天板は黒い縁で覆われ高級感が漂う造りだ。足元に無駄のない小さな椅子もまた特徴的であり、お酒も会話も極上の一品と化しそうだ。
夜に来ようものなら高い確率でお相手をお持ち帰り出来そうだが、現在の時刻は日中の為その辺りの余興は無い。ましてや連行される形で待つ事となった相手が相手だ、ギラムにその気は微塵も無い。
そんな魅惑の空間で一人席に着こうとした、そんな時だった。
「……ん?」
「いらっしゃいませ。」
「あれ、スピニッチ? 何でこんなところに居るんだ。」
「副業。好きに過ごさせてもらってるとはいえ、世暇はどこかに出来るからさ。暇潰しも兼ねて兼用してる感じだ。」
「……全然知らなかったな……… 客人っつっても、マダム?くらいだろ。必要なのか……?」
「いや、リークとターニブも来る。大人の空間だからな、ココは。」
「へぇー」
不意に視界に入り込んだバーテンダーを目にし、彼は眼を丸くしながら声をかけだ。その場に立っていたのは鯱魚人へと変貌した『ブライト』こと『スピニッチ』であり、彼専用の衣服として用意されたのであろう礼装に身を包んでいたのだ。純白のシャツに黒光りするベストがとても似合っており、どうやらこの場に立つ常連の様である。
半ば流れに翻弄される形で目をぱちくりさせつつも、彼は肩を竦めたのち尻尾に気を配りながら席へと着くのだった。ここ数十日間の獣人としての生活が馴れたのであろう、半ばスムーズな着席である。
その後先に用意されたおしぼりで手を拭き、相手の到着を待っていた時だった。
「おっ待たせん、ギラム。」
「ん。………おぉっ」
ぼんやりと外の景色を楽しみながら時間の流れに身を任せていた時、彼の後方から声がやってきた。声を耳にした彼が静かに振り返った瞬間、彼は軽く身をのけ反りながら相手の井出達に再び目を丸くしたのだった。
遅れてやって来たのはこの空間そのものの主である『マダム』であり、今回はボディラインが強調された薔薇色のマーメイドドレスを身に纏っていたのだ。純白かつ大柄なファーもご丁寧に纏っている辺り、相手の礼装である事だけは即座に判断出来る装いだ。普段から履いているハイヒールの音も聞こえるくらいなのだから、気合の入れ方が違っていた。
しかし、ココで補足として付け加えておこう。
元の性別が『男』なだけある為か体格は至って男らしくガッチリしており、ギラム程ではないがとても強固な身体付きを誇っていた。それをあえて強調する装いを選ぶ辺り、相手の心境が真剣である事が伺えた。
「また随分と気張って来たな……… 『社交界にでも行くのか』って感じだぞ。」
「何言ってるのん、これくらい大人の嗜みよん? お相手がギラムともなれば、気合も入れたくなるわよん。似合ってるん?」
「……何を言ってるのかサッパリだが、まあいいか。似合ってはいるんじゃねえか、良く分からないが。」
「そうそう、それで良いのよん。二人分、お願いね。」
「かしこまりました。ギラムは何にする。」
「あぁ、そうだな………とりあえず『コペンハーゲン』で。」
「ぁ、それなら『アレ』で出してあげて。スピニッチ。」
「? かしこまりました。」
そんなお相手がすんなりと彼の横へと座る中、ギラムは再び肩を竦めつつお酒の注文をするのだった。普段であればそんなに嗜む方ではない彼ではあるが、その日は飲みたいモノが決まっていたらしく、割とすんなり注文をしていた。彼の注文を聞いたマダムが軽く口を挟みつつ注文を告げると、バーテンダーであるスピニッチは軽くお辞儀をしつつその場から少し離れ、お酒の入ったボトルを取り出しカクテルを作り出すのだった。
二人分のカクテルグラスを用意して作っている辺りを視ると、どうやら同じモノをマダムは飲む様である。
カラカラカラカラ………
「アレって何だ?」
「ギラムが好きそうなヤツよん。貴方の愛車、お酒の名前と似てるのよん。」
「……『ザンクト・ペトルス』の事か?」
「そうよん。」
お酒を作る際の静かな音が聞こえる中、ギラムはふと気になる事を質問しだした。何処となく意味深な単語と共に告げられた内容、それは今回彼が注文したお酒に対して使われた『ベース』となるモノの事だった。
彼の頼んだお酒『コペンハーゲン』は、ベースとして『アクアビット』を使用し作ったお酒の事を指していた。柑橘系のリキュールとジュースを合わせて作ったお酒はとても爽やかなモノであり、その日の気分的に口にしやすいモノがギラムはお好みだったのだろう。その際に使用したベースが、マダムの秘策だった様だ。
ちなみに余談を挟むと、ギラムの愛車である『ザントルス』は確かにマダムの言った通りお酒の名前が由来である。
「珍しいお酒だったけど、アタシの手にかかればおちゃのこさいさい。興味ない?」
「……… ある。」
「でしょ? 良かったわん。」
彼との他愛もないやり取りを楽しそうにかわす中、マダムは嬉しそうにそう言い笑みを浮かべていた。自然と笑う辺りに敵対心を感じられない為か、ギラムは軽く首を傾げつつ改めて『敵である事』を少しだけ疑いたくなる光景である。
それもそのはず、拉致されたとはいえ至れり尽くせりなヒモに近い生活をしているのだ。そう思わない方が不自然である。
「お待たせしました。」
「ありがとっ」
「ありがとさん、スピニッチ。」
「乾杯っ」
「はいはい。」
などと思っている間にカクテルが彼等の手元にやって来ると、流れに乗せられてかギラムは互いにグラスを手にし静かに乾杯をするのだった。洗礼されたグラスの音が軽く鳴り響きながらお酒を口にし、アルコール特有の味と共にやって来る柑橘の味わいを楽しみだした。
そして一旦コースターの上へとグラスを戻すと、自然とギラムは笑っているのだった。
「……それで、急に呼び出したりしてどうしたんだ。こんな空間にって事は、それなりの理由があるんだろ?」
「相変わらずの察しの良さねん。えぇ、その通り。」
バーテンダーであるスピニッチが適当なグラスを綺麗に磨く中、ギラムはふと相手に話を振り出した。普段から空間内をいろいろ行き来している彼ではあるが、基本的に用件を告げられてから移動したのは数える程度であり、今回の様に無条件で連行される事が多かった。
これと言った危機感を感じない事も相まってか、ギラムも逆らう事無く常にその場に赴き要件をこなしているところをみると、一種の職業病とも言えなくはない。傭兵とは中々に罪深い職業である。
「貴方が来て数日が経った今、貴方を見定める時期が来たって事よん。知ってるわよね、ザグレ教団員に一部の『変換人種』を送ってるって話。」
「あぁ、知ってるぜ。リーク達はココに居る事を望んだが、そうじゃない面々はそっちに送ったって話だろ。」
「そうよん。貴方はココへ居る事を望まない、故にその流れが必然的。でもね、アタシはそれ以外の選択肢を貴方に期待してるわ。」
「それ以外……?」
「ギラム。アタシからの挑戦状、受けてみない?」
マダムである相手から告げられた言葉を聞き、彼はお酒の入ったグラスを取ろうとした手を静かに止めるのだった。
一方その頃、トレランスの力を用いて彼等と同じ領域内へと立ち入る事が出来たグリスン一行。後程合流すると言ったデネレスティの出迎えをするべく別行動を取ったトレランスを見送り、彼は一人左右に視線を向けた後、トレランスとは別の方角である右側の廊下を歩き出していた。永遠と続くかの如く軽い湾曲を描く廊下は、何処となく彼の行いが不穏へと向かわせる光景を描いているかのように思えた。
そんな時だった。
「失礼します。」
「? ……!」
独り落ち着きなく歩いていたグリスンに対し、突如何処からともなく声が聞こえて来たのだ。声を耳にした彼は軽く驚き後方へと振り返ると、そこには彼よりも小柄であり星の髪飾りを着けた侍女『スター』が立っていた。
お互いに目が合った瞬間、相手はスカートの裾を両手で軽く摘まみ、そのまま一礼し華麗に挨拶するのだった。
「煌音様とお見受けしました。お初に御目にかかります。」
「えっと…… 僕の事、知ってるの……?」
「リアナスのいちファンとして、認識して戴いて構いません。お探し物ですか。」
「う、うん。……君は、きっと『ザグレ教団』の人……なんだよね。」
「はい。」
「………
……ギラムは、何処? か、聞いても良いのかな。」
音も無く表れたかのような相手に軽く警戒しつつも、名前を呼ばれたが故なのだろう。何処となく敵対して良いのかどうかと不安そうな表情を見せつつも、彼は右手を強く握りしめこの場に赴いた要件を相手に伝えだした。
普通に視れば体格さや自らの種族の関係上、グリスンが劣る事は無いだろう。見上げる形で対峙する侍女は闘争の素振りを一切見せる事無くその場に立っており、ただただグリスンの顔を見つめその容姿を目に焼き付けている様にも見て取れた。事実『ファン』と名乗るほどであり、当然と言えば当然なのだろう。
しばし両者の間で沈黙が流れた後、先に動きを見せたのは相手側の方だった。
「差し支えありません。ご案内も可能です。」
「ぁ、良かった……」
「その代わり、一つだけお願いを聞いていただけますか。」
「お願い……?」
相手の声を聴き安堵したのも束の間、続けざまに告げられた言葉を聞き、グリスンはキョトンとした表情を見せだした。彼の返答を聞いたスターは静かに頷いた後、その場から一歩踏み出し静かに彼の手に触れ、こう言うのだった。
「スターの……私の為だけに、一曲お聞かせ下さい。貴方の生の歌を、聞きたいのです。」
「僕の歌を……? それで良いの?」
「はい。これ以上の甘美は有りませんので。いかがでしょうか。」
「……… うん、いいよ。ギラムの場所を教えてくれるなら。」
「お約束しましょう。」
静かに触れられた手を振り切る事はせず、グリスンはほんの少しだけ考えた後、彼女にそう返答するのだった。




