08 虎獣人(グリスン)
再びグリスンと再開し、ギラムが駐輪場に着いたのは夕刻が過ぎ夜が近づいた頃だった。すでに帰路を歩む人々の姿が映る中、彼は愛車のある駐輪場へと向かい、停車の際に取り付けたチェーンを取り外した。その後バイクを移動させ道路に面した歩道に出ると、彼は愛車に跨り、後方に立っていたグリスンに声をかけた。
「後ろ、乗りな。」
「……良い、の?」
「もちろん。」
終始落ち着かない様子の相手に対し、ギラムは怖がらせないよう笑顔を見せ続けていた。そんな彼の笑顔を見たグリスンは軽く頷いた後、彼の後ろに座る様にバイクを跨ぎ、両手をしっかりと彼の腰から前へと回し、両手を握った。
「良いよ、ギラム。」
「うし。 しっかり掴まってろよ。」
しっかりと手を握り落ちない様体制を整えると、グリスンはギラムに対し合図を送った。声を聞いたギラムは返事を返すと、アクセルを捻りしばしバイクを吹かせた後、双方から車が来ないのを確認し、車道へと走り出して行った。
動き出したバイクに揺られながら、グリスンは顔を上げ、ギラムの顔をしばし見つめていた。夜風に吹かれて靡く金髪の先には、日の光に焼かれ健康的な肌色をした彼の顔があった。目元はゴーグルで囲われているため良く視えないものの、目の前に広がる光景をしっかりと捉えており、安全運転を心がけて操縦している事が見て取れた。クールな顔付からは視えない心の行動が視えている様な気がしており、グリスンは少し嬉しく思うのだった。
それからしばらくバイクに揺られ、彼はギラムと話をしたアパートへとやってきた。建物の近くに用意された駐輪スペース前で停車すると、先にグリスンはバイクから下車し、彼の行動を見ていた。
「バイク停めてくるから、ちょっと待っててくれ。」
「うん。」
昨日とは違い優しい声をかけてくれる中、グリスンは返事を返し、彼の後姿をしばし見つめていた。いつもと慣れた手付きで華麗にバイクを操り、押しながらバイクを駐車する姿は、中々様になっていると言って良いだろう。エンジンを切りバイクの鍵を取ると、施設へ赴いた際に持ち歩く手荷物を手にし、再びグリスンの待つ場所へと戻ってきた。
「んじゃ、行こうか。」
彼は変わらずにグリスンに声をかけ、二人はアパートの中へと入って行った。
エントランスホールへと差し掛かったギラムは番号を入力し、グリスンと共にゲートを抜けた。その先には同じアパート内で生活する人々が行き交っており、中には彼の通ってきたゲートから外へと出ようとする人々も居た。行動の際、ギラムにぶつからない様横へとずれる人は居たが、後方に立つグリスンを避けようとする者は現れず、気を使ってグリスンが避ける行動をする程だった。
『……やっぱり、俺以外にグリスンが視える奴等は居ないのか。』
部屋へと向かう最中に見かけるその行動を見るたびに、彼は改めてグリスンが視えない事を理解するのだった。
行き交う人々からの軽い挨拶を受けながら、彼は自身が借りる部屋の前へと到着した。入口同様に部屋の鍵を開ける番号を入力すると、扉のロックが外れ自動で扉が開いた。
「ただいま。」
「お、お邪魔しますっ………」
中へと入室した二人はそれぞれ部屋へと上がり込み、ギラムは再び扉の鍵を掛けた。再び彼の部屋へと案内されたグリスンは、先日同様にラグの上に正座をして座っており、前回同様に終始落ち着かない様子を見せていた。そんな彼を見たギラムは軽く苦笑した後、彼に対し「楽な姿勢で良い」と告げ、再び二人分の珈琲を用意し始めた。
彼の声を聴いたグリスンは一瞬驚く様子を見せるも、彼が自分を迎え入れてくれる様子を知ったためか、足を崩し胡坐をかいて座っていた。心なしか背後で揺れる尻尾が、少し嬉しそうに揺れるのだった。
しばらくして戻ってきた彼の手には、珈琲の入ったマグカップが握られていた。温かくも芳醇な香りを漂わせており、鼻先をかすめた煎豆にグリスンは少し心地よさを覚えていた。
「ん、飲みな。」
「うん。 ………ありがとう、ギラム。」
「どういたしまして。」
彼の近くに置かれていたテーブルの上にカップを置くと、グリスンはお礼を言いつつカップを手にし、珈琲を口にした。先日口にした珈琲と同じ味わいが口の中に広がり、再び彼はホッとした気分になった様子で、心地よさそうに珈琲を満喫していた。
そんな彼を見たギラムは安心した様子を見せ、彼の前に座り珈琲を口にした。砂糖もミルクも使用していない豆本来の味わいは爽やかで、酸味の強い珈琲は静かに彼の喉を潤すのだった。
「ぁ、そうだ。 まだ肝心な話をしてなかったな。」
「? 肝心な話………?」
珈琲の味を楽しんだ後、ギラムは彼に対し話を振り始めた。突如耳にした言葉にグリスンは、マグカップに口を触れたまま耳を傾け、目線を彼の方へと向けだした。
「お前が昨日、持ってきてくれた話題さ。 あれから少し考えたんだが、お前の頼みを聞き入れようと思って、今日は探してたんだ。」
「ぇっ……! それ、本当なの!? 僕を、置いてくれるの……?」
「あぁ。 ……って言っても、お前が期待するほどの事が出来るとは思ってないけどな。 どう考えても次元が違う光景を見てるだろうし、お前は俺の世界の住人じゃないってことも、なんとなく解ったからさ。」
彼の口から告げられた言葉を耳にすると、グリスンは驚き声を上げ、再度彼に同じ質問を返した。相手の言葉を耳にしたギラムは静かに頷いた後、彼が知らないであろう時間の間に考えた事を話し出し、何かが出来る事を前提に考えては居ない事を伝えた。
彼の言う『護りたい』と言う意味にどんな意味が含まれていて、彼の言う『力』とはどういうモノなのかも解らない。しかし彼の助力無しでは、この先の未来に苦戦を強いられる可能性があるという事が解っていたため、彼なりにどうしたいかを優先的に考え出した結論だった。例え頼りない相手だったとしても、彼は彼にしか出来ない事があり、自分には自分にしか出来ない事があると思いたい。少し夢見がちな願望も含まれていたが、自身で出した結論のため、それを信じるとギラムは心に誓った様だった。
そんな彼の言葉を聞いたグリスンは何度も首を上下に振った後、彼の言葉が本当であるんだと、自身に言い聞かせていた。
「で、だ。 何個か確認をしておきたい事があるんだが、質問しても良いか?」
「うん。 解る事だけ何だけど、何でも聞いて。」
その後ギラムはグリスンに聞きたい事があると伝え、幾つかの質問を問いかけた。
彼がした質問、それは主にグリスン達『獣人』に関する質問だった。彼等は自分達とは違う何処の世界に住んでいて、どんな存在であって、どんな人種の獣人達が生活しているのか。大人から子供まで居て、性別も男と女が居て、どんな場所で生活を送っているかなど、まだまだ知らない彼等の世界を知ろうとするのだった。
ギラムからの質問を耳にしたグリスンは、質問1つ1つにきちんと答え、嘘偽りを言う事なく素直に話し出した。自分達は『エリナス』と呼ばれる獣人達であり、その中でも自分達が視える存在を『リアナス』と呼んでいる事。今居るギラム達の住む世界を『リヴァナラス』と呼び、対する自分達が住む世界を『クーオリアス』と呼ぶ場所だと、彼は教えてくれた。
「ギラムが生活しているこの街と似ている場所もあるんだけど、僕はもっと草原地帯の多い場所で暮らしていたんだ。 地域みたいな言い方をすると『ジピタース』って呼んでる。」
「草原地帯か……… イメージにはなっちまうが、やっぱりそこは一面『野原』なのか?」
「うん、それに近いね。 荒野に自然をいっぱいに増やして、幾つか木造の家が建っているんだ。 生活スタイルはギラム達とほとんど一緒だから、そこまで大差は無いかな。 食べたい時に食べて、寝たい時に寝る感じ。」
「凄い漠然と説明されたな……… まぁでも、俺達と対して変わりない存在だって言うのは良く分かったぜ。 しいて違う所って言ったら、お前らが『獣である』ってことくらいだろ?」
「うん、そんな感じ。 僕は虎で、ギラムは人間だよ。」
「そっか。」
彼等の生活する世界のイメージが付くと、ギラムは軽く想像しながらどんな風景かを思い描いていた。
自然の多い地域が少ない自分達の住む世界では、彼等が言うほどの自然は多くないと言っても過言ではないだろう。ましてや今現在生活している『現代都市リーヴァリィ』は、人工物が多く、自然と呼べるものも全て人の手が加えられて造られた場所に過ぎない。もっと広大な自然をイメージするとなると、それは小説やおとぎ話の『物語』で登場する風景と、言っていいかもしれない。
そんな世界を思い描くも、あまり彼は空想を描くのが上手ではない様子で、すぐに思い描くのを止めていた。
「それで、俺に対して『護りたい』って言ってたが。 お前は俺にどんな事が起こると思って、そう言って来たんだ?」
「うん。 ……実はね、この世界を良くないモノだと考える存在が潜んで居て、僕達はそんな存在を倒すためにやって来たんだ。 僕がギラムを選んだのは、ギラムが僕を視てくれた初めのリアナスだったから。 僕が護り切れるかは分からないけれど、視える人を野放しにしてたら、一番危険な目に合わせちゃうって………思ったんだ。」
「お前等が視えると、危険性が増すのか?」
「正確に言うと、少し違うんだけど…… それでも、危険には変わりないかな。 敵の名前は『創憎主』って言って、憎しみで世界そのものの法則を変えてしまうヒトの事なんだ。 この世界で成り立っていたルールを壊して、自分の描く世界に創りかえるだけの力を持った。」
「世界のルールを、壊す?」
彼からの説明を受けたギラムはしばし考えるも、どうにも現実味の無い話に首を傾げていた。
目的があって彼等は足を運んでくれた事は理解できたが、敵対している存在の威厳が空想的であり、本当にそんなことが出来る相手が居るのだろうか。手にしていた珈琲を口にしながら彼は考えていると、グリスンはそれを悟ったかのように少し考えた後、彼に例え話をしてくれた。
「例えばの話になるけれど、敵がギラムを対象に『何時、何処で、何をしてる時に死ぬ』って言うと、君はその言葉の通りの時刻と場所で死んじゃうって事。 敵がいらないって判断した物は、場合によっては速攻で消されちゃうんだ。」
「おいおい、そうやって聞くと相当おっかない話になるな……… それだけの力を持った奴が、本当にこの世界に居るのか?」
「うん、間違いないよ。 今は目立った行動を見せてないだけで、いずれ動くって僕は思ってる。 多分だけど、何回かこの世界でも奇妙な事件として報道されたことがあるんじゃないかな。」
「んー……… ……あんまり思い当たる節はねえが、俺自身がそういう話に疎いのもあるからな。 まぁでも、お前がそう言うって事は、それなりに根拠があるって事なんだろ?」
「う、うん。」
「なら、別に細かい散策は後回しで良いさ。 俺はマニュアルとかそう言うのを把握して行動するよりも、自分の手足で学んだ経験を生かして行動する方が好きなんだ。」
彼の話を聞いたギラムは珈琲を口にし、そのままゴクゴクとカップの中身を飲み干した。周囲にまで聞こえる飲みっぷりに少し驚くグリスンであったが、ギラムは珈琲を飲み干し一息つくと、彼に向かってこう言った。
「俺で良ければ、お前の力になってやるよ。 グリスン。」
「ギラム……… ありがとう、ギラム。」
彼はそう告げると、グリスンは少し顔を俯かせた後に視線を上げ、彼に対し笑顔を見せた。自分の願いが通じたことを知り、彼もまた嬉しい部分があったのだろう。
手にしたマグカップを大事そうに持ちながら、彼は何度もお礼を言うのだった。