18 深層空間(リクステンプル)
スターに連れられて向かった食堂にて、夕食を静かに終わらせたギラム。昼食と同様自らを持て成す支度が整った場での食事はとても美味しく、自身の姿が違っていても平然と舌鼓を打てる程に美食であった。同席していたマダムとの他愛もない話に付き合いつつ、彼はその後食器の片付けを行うスターとムーンを残し、マダムとサンと共に別の場へと向かいだした。
「とりあえず、ギラムには『ゲストルーム』でしばらく過ごしてもらうわねん。貴方が此処に住みたいって覚悟が出来たら、ちゃーんとしたお部屋を用意してあげる。」
「覚悟……な。それって、リーク達同様『獣人として生きる事』に対するモノだよな。」
「勿論よん。貴方は人間の姿でもとっても魅力的だけど、アタシは割とそっちの姿のギラムも好きなの。アタシの魔法を打破するくらいじゃないと、ココから出してあ・げ・な・いっ」
「へいへい。」
とはいえ、相手が自らの考えを布教し共存させようとしている事実だけは変わらない。何処となくマイペースな相手に話を合わせつつ、彼は肩を竦ませながら気の抜けた返事をするのであった。
そんな彼が案内された場所、それは自身と同じ魔法を掛けられたリーク達とは異なる場所。彼が初めてこの場で目を覚ました部屋の隣であり、どうやら近隣の部屋全般がそう言った『始まり』や『応対』に関係する空間として用意されている様だ。部屋にもご丁寧に『ゲストルーム』と、彼等が普段から使用している『テアル文字』で書かれていた。
「ココが、今日から貴方が使う部屋よん。ドアを開けて頂戴。」
「ん、俺が開けて良いのか。」
「そうよん。開けた本人が『一番過ごしやすい空間』が自動的に展開される魔法が仕込まれてるのん。一種の『空間魔法』の応用ねん。」
「へぇー、それは凄いな。……ぁ、だからリーク達の部屋もそうなのか。」
「その通り。」
案内された彼が開ける事を指示される妙な展開ではあったが、説明を聞いて納得したのだろう。ギラムは改めて部屋の前に立ちドアノブに手をかけると、手元に小さな星々の煌めきが湧き出した。それと同時に扉が歪んだかのような現象が一瞬だけ起こった後、彼はしばしその光景を見つつドアを押し開けた。
するとリーク達の部屋同様、白い空間が奥で待ち構え彼を誘い、空間が徐々に変化していくのだった。
彼が導かれた部屋、それは比較的『自然寄り』と言うよりは『人工的』な空間。角が取れた碧色の造形物によって展開されたその場所は、何処となく『神殿』の様であり一定間隔で開けられた空洞からは静かに水が流れ、足元よりも低い位置に流れて行った。天井は宝石の様な鉱物で造られるも、外の時間が解るかのような透き通ったガラス細工で形成されており、とても神秘的な部屋が形創られた様だ。
目の前に展開された部屋に驚き辺りを見渡すギラムを視てか、マダムとサンもまたその部屋の美しさを視て回るのであった。
「あんらぁ~~スッテッキなお部屋だ事っ!! ギラムったら、本質的なセンスもピカイチなのねっ!! 惚れなおしちゃうッ!!」
「本質的なセンス?」
「私達が御用意するお部屋の仕組みは、先程マダムがお話された通り。ですが実際に展開される部屋は、全て『ドアノブを握った相手』に左右されます。再度同じ魔法を掛けない限り、永続して同じ空間が創られるのです。」
「……って事は、この部屋は『俺自身が創った』って事になるのか。意図して無かったにしても、俺の身体がそう創り出したって言われたら………まあ、そういうコメントにもなるな。」
「仰る通りです。」
「良いわねぇ~この部屋~~ ベットはどんな感じなのかしらんっ」
そんな部屋の成り立ちに感心するギラムを余所に、マダムは凡その検討が着いているのか『寝室』と思わしき部屋へと一人向かって行ってしまった。創った張本人よりも楽しんでいる様にしか見えない現状に再度、彼は軽く呆れながらも後に続きサンと共に奥の部屋へと移動した。
そこには彼等が初めに入り込んだ空間と似た造りではあるものの、必要な家具が形成されたベットルームが用意されていた。彼が普段寝泊まりしているキングサイズのベットに純白のシーツに淡い水色の刺繍が縫い込まれ、威厳が有るも優美な雰囲気を魅せる『龍』が彼の事を待っていた。何処となく彼が召し寄せる創誓獣の『ラギア』に似ており、親近感を抱かせる仕様であった。
「ん~!! ギラムとベットインしてしまいたいっ!!! 何よこの罪なお部屋!! 最高過ぎるわよッ!!! 二百点満点!!!」
「そりゃどうも。ベットインはお断りだがな。」
「ん~残念ッ でも仕方ないわねん、アタシも衝動を抑えられる気がしないから諦めるわん。ターニブにでも相手してもらいましょっ」
「後程、お話を回しておきます。」
「そうして頂戴。」
『……確か、野蛮毎は飽いてるって言ってなかったっけか……? 気にしたら負けか。』
だがしかし、相手の湧き上がる高揚を抑える事は敵わない。マダムの感激振りに圧倒されながらも自身の考えをしっかりと告げ、彼は変わらずに濃厚な接点を持つ事を拒むのであった。ちなみに余談だが、これが普通の応対である。異例ではない。
それからもしばらく部屋を堪能するかのように燥ぐマダムを尻目に、彼はサンに小話を持ち掛けだした。
「ところで、寝泊まりはココって言ってたが。普段の俺はどうしたら良いんだ?」
「本日と変わらず、お好きな様に過ごして戴いて構いません。貴方様が御所望の行い、食事、その他必要な備品に付きましては可能な限りご用意させて戴きます。湯浴みに付きましては、ギラム様の手の届きにくい部分をサンを始めお手伝いいたします。」
「手の届きにくい所……… あぁ、尻尾とかか。」
「はい。お食事に付きましては、栄養面と健康面を配慮させて戴きます。苦手なモノはございますか。」
「いや、これと言って好き嫌いは無いぜ。しいて言えば『淡泊』な方が好みだな。」
「かしこまりました、その様に食事内容を整えさせていただきます。」
「よろしくな。」
半分以上が至れり尽くせりである事に感謝をしつつ、彼は改めてサン達を始めマダムに良くしてもらっている事実を知った。拉致する勢いで連れてこられた挙句、自らが望んだことのない姿にされた事に対しては怒るべきか悲観するべきか。しかしそう思わなくても普通に過ごせている現状を視てしまえば、何か言った所で現状は変わらず、今の現状を理解し経験にするべきではないのか。リーク達との接点を始めサン達とのやり取りによって思った事を思えば、彼は自然と『感謝の言葉』が口から出て来ている様である。
改めて感謝されたサンは会釈をしながらもスカートの裾を掴み、その言葉に対する礼儀を見せるのであった。
その後部屋に残され二人が外へと出ていくと、彼は改めて自身の展開した事とされているベットルームへと向かって行った。軽く腰を下ろしベットに座り、そのまま尻尾に気を付けながら仰向けに転がると、目の前に広がる天井にしばし目を休めていた。
『………俺の本質が望んだ空間、か……… シーツはラギアに似てるし、この姿は俺の血が影響している……… ……もしかしたら、二人と何か関係がある部屋なのかもな、ココは。』
改めて冷静でいられる自身に少しだけ驚きながらも、彼はそのままベットの上でうずくまり、そのまま横になり目を閉じ休むのであった。




