15 興奮(エナジー)
ピニオの報告により、現代都市リーヴァリィからギラムの姿が消え去った事を受け、グリスンとフィルスターが行動を起こしていた頃。ギラムは何処の上空を移動しているかも解らない現状が続く中、湯浴みを済ませ心身共にリフレッシュし、再び案内された部屋へと通されたのも束の間。
それは突然やって来た。
「んーーーッ!!! 最高よぉおーー!!!」
「………」
衣裳部屋と思われる場へと戻ってきた彼は、そのまま侍女達の手によって造られた衣服を身に纏い、マダムと呼ばれていた相手に披露していた。本人からすれば『望んでしている事』では無い為、相変わらず反応に困った表情を浮かべており、周りとの温度差は一目瞭然と言えよう。
現に眉を潜めてばかりであり、怪訝そうな顔が続いていた。
「なぁあーんて最高なんザマしょっ!! 美し過ぎるわぁあ、本当にぃい!! 貴女達もそう思わなくってッ!?」
「「「その通りでございます、マダム。」」」
「でしょでしょでしょ!? ギラム、貴方は何とも思わなくってッ!?」
「え、何をだ……?」
「決まってるわよぉお、その肉体と【美】に見合った素体を掛け合わせた存在だって事に!! 盛り上がった胸板、バキバキに割れた腹筋、丸太の様な腕と足、そして首ィイッ!! ハァアア、萌え過ぎて過呼吸になってしまうわぁあ~~!!!」
『ベタ褒めだな……… ……そんなに俺の身体は魅力的なのか、こういう連中からしたら。』
そんな連中の盛り上がりの最中、半ば蚊帳の外と化しつつあったギラムは、改めて近くに置かれていた鏡に映った自身を視始めた。そこに映っていたのは、紛れもなく人間とはかけ離れた姿をした彼本人。銀毛交じりの細かな体毛に覆われた蒼い瞳の狐獣人がその場には立っており、侍女達によって用意された手作り衣装を身に纏って立っていた。
用意された服は、丈が長く首元にファーをあしらったカーキ色のノースリーブコート そして自らの新たな部位として追加された細長い尻尾を邪魔しない、脱着のしやすい金具式の群青色のハーフパンツ 比較的動きやすい軽装着ではあるが、魅せる部分を見せている為であろう、マダムと呼ばれた存在の興奮度は増すばかり、一向に収まる気配が無かった。
だがそんな一同を視たとしても、自らの身体が見慣れているギラムには、コレっぽっちも良さが分からないのであった。鍛えた結果として反映された身体に過ぎず、自ら視て興奮する質では無い。
「……ハァ、久々に良いモノを視させてもらったわん。お触りしたい所だけど、歯止め効かなくなりそうだから止めおこうかしらん。」
「中々怖いコメントだな……… 既に『何かした』って言ってたくらいだし、触れない方が良いんだろうけどな。」
「その通りよん。貴方が『コッチ側の扉を開いて謳歌したい』って言うのなら、話は別だけどん。」
「絶対に遠慮する。」
「そう言うと思ったわ。ちなみにだけど、寒くないかしらん?」
「あぁ、そっちは平気だ。動きやすくて割といい感じだな、この服。」
「それはなによりねん。お前達、食事の支度を進めてきて頂戴。」
「かしこまりました、マダム。」
相手の口調に冷静さが戻ったのを見計らってか、彼はいつも通りのコメントを告げ、軽く身体を動かしその旨を伝えだした。折角オーダーメイドの如く用意された衣服が速攻で破れては意味は無く、ましてや行動に支障があるともなれば、相手が許すはずもなく再度作り直す手間が生じる。そうともなれば再び身包みを剥がされ全裸にさせられるのがオチであり、何が待っているか解ったモノではない。
ちなみに余談を挟むと、彼が最初から身に纏っていた衣服はこの姿となった時から無く、獣人と化した時から何も身に纏ってはいなかった。しかし隠す場所だけは隠れていた為、彼も特に気に留めていなかったと言えよう。
その後侍女達は離席したのを見て、残されたギラムはマダムからの熱視線を浴びながらしばし肩を竦めた後、ふとある事を思い出した。
「あぁ、そうだ。一つ頼みたい事があったんだった。」
「? 何かしら?」
「俺以外にも『俺と同じ魔法を掛けた奴等が居る』って聞いたんだが。会う事とかって可能だったりするか?」
「あら、アタシのコレクションを見たいのん? 構わないわよ、ギラムがそうしたいって言うのなら。」
「ありがとさん。三人居るって話だったが、俺みたいな『狐』とかなのか?」
「いーえ、全員バラバラよん。一人は『クマ』で、一人は『シャチ』 もう一人は『孔雀』よん。」
「……なんか、本当にバラバラだな……… 魔法の特性上『見た目は決められない』って言ってたし、本当にいろんな形態があるのか。」
「大体は憶測からしか、分からないわねん。イチ個人としての見解で言えば……そうねん。クマだった相手は『逞しい』傾向が強かったし、シャチだった相手は『雄々しい』印象が強かった。クジャクだった相手は『勇ましい』って感じたわねん。」
「逞しくて、雄々しくて、勇ましい……か。そういう奴等が好きなのか。」
「否定はしないわん。……だ・け・ど。」
問いかけに対しそう答えると、相手は言葉を放ちつつギラムの目の前に移動し始めた。段々と距離が近くなるのを見たギラムが軽く後方へのけ反る形で体制を変える中、相手は面と向かって相手の眼を捕え、こう告げるのだった。
「貴方はどれをとっても理想像。アタシの歴代一位の素質よん、ギラム。」
「そ、そうなのか………」
「事実だからねん。そしたら自由に彼等と面会して良い許可を上げても良いけどん、アタシからも一個だけ良いかしらん。」
「? 叶えられる内容であれば、別にいいぜ。」
「素敵んっ 貴方のその魅力的な『腹筋』撫でさせてくれないかしらん。」
「ん、おう。それくらいで良ければ、別にいいぜ。ほらよ。」
「あら最高ッ!!」
とはいえ、相手自身も何かしらの目論見があった事は確かなのだろう。適度な温度差が話す最中も続きつつ、相手はそう言いコートを捲ったギラムの腹筋を堪能するかのように撫でるのであった。見事に割れた腹筋の凹凸は目に見えて解りやすく、感触も適度な体毛による柔らかさと弾力があるともなれば、中々に至高の芸術品と言えよう。
触るだけ触って満足し乱舞する相手を視て、再びギラムは肩を竦めるのであった。
「そしたら、食事後にでも彼等に会いに行くと良いわん。割と自由にしてるから、好きにコミュニケーションを取ってもらって良いわよん。」
「ありがとさん。」
その後ご機嫌な様子で派手に腰を左右に振りながら離れて行った相手を視つつ、ギラムは一瞬身震いし自身の腹直筋を撫で毛並みを戻しつつ服から手を離した。中々本人からしても怖気の走る触り方をされたのだろう、一種の悪寒と共に行動した事が良く分かる光景だ。
表情だけは崩さない辺り、鍛え抜かれた部隊員であり傭兵であると言えそうな行いであった。