14 誤姿(こていがいねん)
現代都市リーヴァリィから離れた上空にて、ギラムが湯浴みをされていた昼下がりの事だ。
依頼に赴き時間が経った彼の借家では、グリスンとフィルスターがその日の夕食を何にするかと考え、共に彼の帰りを待ちながら時間を潰していた。時折暇を持て余すフィルスターの為にと本を読んだり凍結吐息の具合を視たりと、何かとやる事にこと欠かないグリスンではあるが、家主が不在ではそれなりに退屈なのだろう。元より一人暮らしに慣れているギラムの事だ、家事全般は殆ど彼がやっているため『何もしていない』に等しいが、育児はしている部分はある為『完全な居候』とは言い難い。
相変わらずの立ち位置ではあるが、グリスンは左程やって来た頃に比べて気にはしていないのだった。寧ろ『気にすると怒られる』と言う概念が強いのかもしれない。
そんな彼等の居る空間に変化が出たのは、俗にいう『ティータイム』の頃だった。
「……? キュッ」
「どうしたの、フィルスター あっ」
彼等の日中の待機場所と化していた借家の一室にて、不意にフィルスターは何かを見つけた様子で鳴声を上げだした。声を耳にしたグリスンは隣室から顔を出しつつ様子を見ると、そこには窓辺から映った一人の人影を視るフィルスターの姿があったのだ。人影は割かし大きく、印象的な金髪が目に入ったグリスンは相手が誰なのか理解した様子で、窓ガラスを開け外の相手に声をかけだした。
「お帰りギラム。外からなんて珍しいね、何かあった……… ……?」
「………」
そんな相手に声をかけたのも束の間、外へと赴く彼の足は声と共にゆっくりと停止しだした。傍に寄ろうとした相手を視た人影もジッとグリスンを見つめながらその場に佇んでおり、双方共に動く事は無く静かにその場に風が吹き衣服を靡かせだした。
何故不意に足を止めたのか、それが分かる発言をグリスンはそのまま告げだした。
「……もしかして、ギラム……じゃない?」
何かを感じ取った様子で疑問視したのだろう、グリスンは相手に問いかける様に言葉を投げかけた。声を聴いた相手は静かに頷き自らの正体が違う事を知らせると、それを聞かされたグリスンはその場から動く事が出来ず、ただただ次の手をどうするかと考えだした。体制と視線はそのままに後退するか前進するか、とても考えさせられる瞬間であった。
相手は確かにギラムと瓜二つの存在、しかし相手は自ら違う事を知らせる程の相手だ。下手な動きを見せれば自分が相手の術中に嵌る事は目に見えており、元より戦闘が不得手な彼だ、攻められてしまえばフィルスターにも危害が及ぶ。
どうしたものかと考えていた彼ではあったが、その空気を破る行動を取る者が一人居た。
「キュウッ」
「……えっ? ぁっ、待ってフィルスター!」
突如として現れたのは、何と護るべき相手だと思っていたフィルスター本人だったのだ。窓ガラスを開け放っていた事と主人の姿を見た事により、外へと出てしまっていた事に追々気付いたグリスンの声は空しく掻き消され、彼はそのまま相手の元へと飛び立ち足元へと着地するのだった。その様子を見た相手は微動だにせずフィルスターを視ていた、その時だった。
スッ
「……?」
「キューッ、キッキュッ」
相手に近づいたフィルスターはそのまま自らの顔を相手の足に摺り寄せ、自身は警戒していない事を表すように愛情表現をし始めたのだ。それを視た二人は呆気にとられた様子で幼い龍の行動を視ていたが、グリスンよりも先に相手は行動を見せ、驚かせないようにと静かにその場で膝を折り屈みだした。
そしてフィルスターとの距離を近づけた後、何かを確認するかのように声をかけだした。
「君は、俺がギラムじゃなくても傍に来てくれるのか。」
「キュッ」
「そっか、ありがとさん。」
告げられた声に答える様にフィルスターは鳴き声を上げると、相手は何かを納得した様子で静かに手を伸ばし相手の頭を撫でだした。主人と同じく優しくもしっかりとした撫で心地を感じ、満面の笑みを浮かべたフィルスター
しばし満足するまで頭を撫でていると、フィルスターは相手の肩の上へと昇り、再び顔を頬に摺り寄せグリスンに無害な事をアピールするのであった。
そんな警戒心を完全に解き放つかの様な行動を見せられ、グリスンは肩の力を抜き相手に近づきながら頭を下げだした。
「……敵じゃ、なかったんだね。ごめんなさい。」
「大丈夫、気にすんな。」
二人揃ってそれぞれの言葉を告げると、フィルスターは笑顔で再び声を上げるのだった。両成敗と言わんばかりの態度を示す程に、彼は大役を成し遂げたと言えよう。
「俺の名前は『ピニオ・ウォータ』 今俺がココに来たのには、理由がある。グリスン、フィルスター 聞いてくれるか。」
そんな二人と共にベランダへと腰かけ、ピニオは自らの紹介を簡潔に伝え要件を告げる様に話題を切り替えだした。ギラムそっくりの相手からの声に即答するかのように二人が首を縦に振る中、彼はギラムが誘拐された事を二人に伝え、現在リーヴァリィから姿を消している事を告げた。
双方共に驚愕を露わにし焦りの色を見せる中、ピニオは冷静に事の詳細を伝え現状『後手である』事を彼等に話した。
「相手がまだ特定出来て居ないんだが、既に起こった事。事後での報告ですまない。」
「えっと……どうして君は、それを知ってるの?」
「知り合いの伝手で聞かされたんだが、俺も驚きを隠せない限りだった。居場所に、心当たりはないか。」
「……ううん、全然。……ぁ、でも確証はないけど『ザグレ教団』が怪しいかな。前々からギラムに目をつけてたから。」
「そっか。……俺も動きたいが、今は別の案件でリーヴァリィに来てる。だがそれでも、ギラムを助けたい想いは変わりない。……力を貸してくれないか、グリスン、フィルスター」
「もちろんだよ!」
「キュッ!」
「ありがとさん。」
会って間もない相手に即答していいのかは、この段階ではあえて保留としておくべきか。はたまたそんな相手の容姿によるもので、何でも解決出来てしまうのか。何かと突っ込まれても不思議では無かったのにも関わらず、あっさりと自身の話を信じてくれる二人に、ピニオは軽く驚きつつもしっかりと礼を述べるのだった。
それだけの信頼関係をギラム本人が構築しているが故の返答ともあれば、彼にとっても得られるモノがあったと言えよう。自然と笑みを浮かべてそう言える自分にも、改めて驚くのであった。
「俺も何か掴んだら連絡する、頼んだぜ。」
そんな二人との歓談も簡略に、ピニオはそう言うとその場から軽く移動し、崖際へと立つとそのまま軽い跳躍の元、現代都市の中へと姿を消した。普通の人間ではまず降りられない高さを平然と降りてしまう辺り、造形体としての身体能力と言えよう。軽く飛び降りた光景にグリスンは驚くも、彼が来た経路を考え『そこまで驚くことではないのかな』と思うのだった。
しかしあえて補足しよう、規格外な行動であると。
「……よしっ フィルスター、皆と探そう! ギラムを!」
「キッキュッ!」
その後残された二人は意気込み声を交わすと、彼と同じく中庭から現代都市へと跳び降りるのであった。




