08 動向(むかうほうこう)
庭先での作業の後に頂いた『フライ』の数々に舌鼓を打ちつつ、一同は各々の行動を取るべくキッチンを後にしていた。後片付けをするべく作業をする母親とフィルスターがキッチンに残る中、ギラムは一度自室へと引き返し、何やら作業をするべくセンスメントと専用機器を持ち出して来た。同様に自室へと引き返して来たグリスンが不思議そうな眼を向ける中、ある一定の作業を眼にした途端、彼が何をしているのかを悟るのだった。
「……もしかして、何かデータの受信とかしてる?」
「ん、あぁ。何でだ?」
「ううん、特に何かって言うのは無いんだけどね。お家に帰って来ても、お仕事の事を気にかけてるんだなーって思ったんだ。お家に仕事を持ち込まないって言うのは、ヴァリアナス達の間で良く聞く事あったけど。」
「まあ、実際にコッチに帰って来て部屋にこもりっきりとかはねえな。依頼を受託して片付ける事は基本と化してるが、偶に連絡が入ってたりするからさ。今の俺の立ち位置的に、無い話じゃないだろ?」
「ギラム、稼ぎ頭だもんね。凄いなー」
「ありがとさん。」
彼が行っていた作業に対しグリスンが声をかけると、ギラムは慣れた手付きでメッセージを開封し内容に目を通しだした。大半が業務連絡であったり早急性の無い名指しの依頼が殆どだが、それでもちゃんと見る様にしているのは彼の性分なのだろう。眼を通し必要性の薄いモノは即座に画面外に弾き出しゴミ箱へと放り込むと、彼は次なるフォルダに手を付け再び作業を行いだした。
そんな時だった。
「………ん?」
「どうしたの?」
黙々と続けていた作業の際、ギラムはふと眼にした文章に目と手を止めだした。不意に呻った彼を気にしたグリスンが傍によると、そこには先ほどまで見ていたメッセージとは見た目が変わらないモノが画面上に展開されていた。差出人は彼の上司である『カサモト』であったが、彼が眼に止めたのは差出人ではなくその先、依頼内容の方であった。
文章の方は要約すると『運搬』の仕事であり、依頼地は彼の住むマンションからそう遠くはない場所。以前彼等が赴いた事のある『ツイリングピンカーホテル』が顕在するリーヴァリィの北側地区であり、仕事内容から見て『工場』からの依頼である事が解った。依頼主に関しては特に触れられていないが、運搬物が『宝飾品』となっていた為、彼は恐らく『アリンからの依頼だろう』と推測するのであった。
そんな文章を目にし睨めっこをした後、彼はその場に電子盤を展開し文章に対する返事を返す様に文字を綴りだした。
「お仕事、請けるの?」
「あぁ、アリンの所のだったらそれなりに急ぎだろうしな。電話で連絡を入れずにこっちを回して来たって事は、現場で手一杯って事だろうからさ。前にも何回かあったんだ。」
「そうなんだ……… 状況に応じて使い分けてるんだね、きっと。」
「恐らくな。」
「信用されてるんだね、ギラム。」
「後衛だな。」
そんな相棒の会話に返事を返しつつも、彼は返答を描き込んだメッセージの封を締める様に指で画面をなぞった後、ゴミ箱へ送る際とは違う手の動きを取り返事を送り返した。どうやら手の動きで次に行う方法が変わる様に設定しているらしく、それなりに使いこんでいる事が良く分かる光景であった。
その後電子盤を閉じ端末を片付けると、彼はセンスミントで時間を確認しグリスンに指示を出した。
「そしたらグリスン。今日はこのままもう一日泊まって、明日の朝飯後に家に帰るぜ。」
「うん。そしたらそのまま、お仕事を受けに行く感じ?」
「そうだな。仕事内容そのものは確認する程でもねえから、本部に赴かないで現場に行ってくるぜ。速けりゃ昼過ぎくらいには終わるだろうから、フィルの事よろしくな。」
「分かった。」
明日の行動に対する予定を告げ受理した事を確認すると、ギラムはその場に立ち上がり軽く身体を動かした後部屋を後にして行った。その様子を見たグリスンは部屋に残り、彼の荷造りをするべく実家へ赴いた際に使用した袋を持ち出し、机の上へと置き出した。その後寝室内で使用した雑誌やら小道具達を押入れの中へと片付けるべく、作業に着手するのだった。
一方相棒を部屋に残したギラムはと言うと、その足でキッチンへ赴き母親に明日の朝出立する事を告げだした。彼からの報告を受けた母親はいつも通りの返答をしながら朝食を気にかけた後、彼が居る間にと日用品の買出しを頼むのであった。母親からの依頼を請けた彼はそれに返事を返すと、フィルスターを一度回収し自宅を後にした。
何かと慌ただしく日々が過ぎる『リヴァナラス』であったが、その行いは別世界『クーオリアス』でも同様に起こっていた。
「レーヴェ大司教殿! 警務隊から失踪者のリストが届きました!」
「大司教様!! 施設隊から通信が来ています!」
「はい、その件に付きましては『C-24』へ問い合わせして頂きたく………」
「……まったく、何じゃこの騒動は。」
「仰る通りで、おれっち達も天手古舞ですよ。まったく」
その騒動が起こっていたのは、世界に存在する獣人達が発足した組織『WMS』の中。リミダムが所属する『輸送隊』での事だった。
事の発端は微々たるモノ、しかしながら長らく抑えられていたうっぷんの爆発によるモノと言っても過言ではない。以前から彼等が気にかけていた『一部の獣人達の失踪』に対するモノが現在の騒動の原因であり、一般市民からの問い合わせに彼等が四苦八苦していたと言うモノだ。ちなみにリミダムが呼び戻され駆り出されたのもこれによるモノであり、珍しく持場に付きその仕事を全うするべく庶務を片付けていた。
余談だがリミダムは『サボり魔』であるだけで『仕事が出来ない』訳ではない。レーヴェ大司教こと『サントス』からの指示に加え、組織内がこの状況では彼も逆らうつもりは無かった様だ。普段から着用している帽子を脱ぎ、何かと動きやすい状況で業務に当たっていた。
「……でも珍しいっすね。リミダムが一生懸命仕事してる光景って。」
「友人のお主が言う程ともなれば、やはりこの状況は『異常』なのだろうのう。儂も驚きじゃよ。」
「衛生隊の方々を助っ人に呼んで貰えて、本当に助かります。」
「何、儂等の仲ではないか。ライゼよ、彼の補佐をしてやりなさい。」
「かしこまりました、マウルティア司教殿。」
そんな友人の熱心な姿を見てか、ベネディスと共にやって来たライゼは密かに感想を漏らしだした。元より仕事とは不釣り合いな事をしている事は彼も認知しており、自身と比べて組織内に居る割には外部で見かける事の方が多かった程だ。最近では『ギラム』の様な面白みのある存在を目にしてしまったのだから、その意識が向こうへ向こうへと行ってしまうのはもはや必然と言えよう。リミダムの仕事ぶりを視たライゼはベネディスの指示もあり、その場を離れ彼の補佐をするべく書類整理を始め応答作業の順番待ちを順次促すのであった。
「……それで、じゃ。騒動の終息に目途は立っているのかえ?」
「残念ながら、手掛かりは余り期待出来るモノはありません。リミダムからの報告で『ザグレ教団員が、その者達を捕虜として保管している』という情報が最後です。」
「何じゃと……? それは誠か?」
「完全に正しいとは言えませんが、事実どの者達も『リーヴァリィへ立った者達』ばかりです。向こうでの目撃情報が一定期間内で途絶えている所を見ても、その可能性は高いかと。警務隊からの情報を元に分析した結果、全員『契約を交わしたモノ達』との事です。」
「ふぅむ……… これは想像以上に切羽が詰まっていると、考えた方が良さそうじゃのう……… 時間を掛ければかける程、騒動が大きくなるのは眼に視えておる。ティーガー教皇様がその責を取るべく、手を下すのも時間の問題か。」
「余り好ましくはありませんが、最終手段としてはそれに値するかと。」
「ならば、尚更手段は選べないのう。」
「?」
部下達の仕事ぶりを横目に上司二人が話す中、自体の深刻化を理解してか不意にベネディスはそう言いその場から離れる様に歩き出した。その様子を見たサントスは軽く目を丸くさせながら後に続くと、輸送隊の管理区域内を仕切る扉の近くに一人の人影が立っていた。
そこに居たのはベネディスが管理下に置いている『ピニオ』であり、騒動に合わせてライゼを含む部下達数名と共にやって来たのだ。即座にその場で手伝わなかったのは、彼が組織内での作業に向いていなかったからである。
「ピニオよ、状況の把握は出来ているかえ。」
「はい。一部のエリナス達の失踪に対する状況の激化、及びそれに対する混乱の終息が必要だと言う事。」
「うむ、完璧な返答じゃのう。それに伴い、お主に命ずる。『リーヴァリィにて失踪した者達の行方を探るべく、行動を取るのじゃ』 場合によっては、ギラムの手を借りても良い。」
「了解。失踪者を探して来ます。」
淡々と命令を受けたピニオは返答すると、二人に対しお辞宜をしその場を離れて行った。堂々たる動きとその後姿はギラムそっくりであり、サントスもまたその行いに不思議な感覚を覚えるのであった。
『ギラムである』様な感覚を抱かせるが『リアナスではない』別の造形体。
一瞬自らの感覚に疑いを覚えそうになる中、サントスは軽く頭を左右に振り意識を元に戻すのであった。
「……こういう時のピニオってわけか。本当に、何時見てもギラムそっくりだ。」
「フォッフォッフォッ、儂が創造するべく模索した存在じゃ。そんじょそこらの存在達と比べられても困るわい。」
「尊敬の意しかありません。」
「……では、儂等もコチラで出来る事をしよう。ギラムには何と?」
「リミダムから何度か情報を流しているので、その情報が入り次第連絡が来るようにはしています。騒動が落ち着き次第、リミダムかそちらの部下の彼の力を貸していて抱ければと、考えています。」
「ライゼか。……中々難しい選択じゃのう。」
そんな話をしながら、二人は再び検討を重ね次なる一手を打つべく談議をするのであった。