06 父親(テイザー)
実家での一晩を過ごした、次の日の朝。その日のギラムは普段と変わらない朝を迎えつつ、相棒達と共に目を覚まし用意された朝食を口にしていた。
温かみの溢れる陶器の上に載せられた、トースト共に乗って来る半熟加減が丁度良い『エッグオントースト』 適度にかけられた塩胡椒の味が丁度良くも、零れそうなくらいの卵はまさに絶品だ。パンと共にやって来た青菜のサラダとミニトマト、そしてソーセージもやって来たともなれば彩りに対しては文句の言いようも無い。久々に食べた実家の味を堪能しながらも、自らが淹れた珈琲で彼はいつも通りの朝を迎えるのであった。
そんな落ち着いた午前中、お天気に恵まれ穏やかな秋の陽気が心地良いその日。ギラムは相棒二人を連れてバイクを走らせ、とある場所へと向かっていた。
何時もと変わらない場所に乗せられ移動するグリスンとフィルスターであったが、何処へ向かって居るのかはよく分かってはいない。ただ単純にギラムが出かけた先を『二人にも知っていて欲しい』と告げられたため、一緒に居るに等しいこの現状だ。とはいえ『ギラムが言うのであれば変わった所ではないだろう』と思ってしまっている辺り、グリスンはお人よしなのかもしれない。同様にフィルスターも居るが、こちらは元々拒否するつもりなど毛頭無かった。
そんな二人と共にギラムは向かった先、それは田舎町に建てられた小さな教会の敷地内。駐輪場として用意されたスペースにバイクを停車させた彼は二人を下ろした後、荷物スペースから花束を取り出した。ちなみにこの花束に関しては母親が事前に用意したモノであり、彼がその場にやって来る前に購入したモノではない。
ココへやって来た理由、それは『墓参り』である。
「ギラム。ココにギラムの『お父さん』が居るの?」
「あぁ、そうだぜ。もう直ぐ二十年経つかもしれないが、俺の親父はココに居るぜ。」
「……キュー」
教会の敷地内へと足を踏み入れたギラムが向かったのは、教会が管理する墓地の一角。名の刻まれた墓石の前に建てられた十字架が印象的な、比較的シンプルなお墓であった。墓石には『テイザー・ギクワ』と刻まれており、父親の名前である事をギラムは教えてくれた。
そんなお墓へとやって来た彼は花をグリスンに預けた後、周囲に伸び放題となった雑草を毟りだした。元よりやって来る頻度が多くない彼にとってこの作業も大事な行いの一つであり、普段は母親がやっている事もあってか他の荒れ放題の墓石に比べて綺麗な部類に該当する。とはいえ手入れが不要なレベルで雑草は育たない為、こうして一つ一つ丁寧に取って行くのだと彼は説明していた。
主人の行いを視たフィルスターも並んで草むしりをしだす程であり、グリスンも手伝いたい気持ちを抑えたまま花束を握り直し、周囲の景色を見始めた。
秋晴れの心地よさと相まってか、墓地の空気は澄んでおり人気が無い事もあってかとても静かな景色がその場には広がっていた。等間隔に設けられた墓石の周囲には淡い鶯色をした雑草達によって彩を与えられており、時折献花に来たのであろう人々が置いて行った花束が点々と置かれ、風が吹く度に数枚の花弁を飛ばしていた。しかし場所が場所なだけに不浄な霊の一つや二つが居ても不思議ではないその空間には、気配を感じられる様なモノはグリスンは捉える事が無かった。ましてや眼に捉えられる相手も居ない事も相まってか、ただただ静かな風と共に空間を創り出す勢いで花の香りが時折感じられる程であった。
鼻孔を擽る花の香り、それは周囲に供えられた花とは少しだけ違うモノが彼の元へとやって来ていた。その正体は彼が先程から手にしている花束であり、白い紙に包まれた中には『ムギワラギク』と『白百合』 それと色合いの調和を取るかのように『シロツメクサの葉』がブーケと化しており、香りの大本は前者二つであると推測された。
そんな景色と花の香りを相互を見渡していた為か、不意に彼の元に声がやって来た。
「どうした、グリスン。辺り視て。」
「ぁ、ううん。……亡くなった人達が居る場所にしては、変な気配とかを感じないなって思ったんだ。普通はちょっとくらい居ても不思議じゃないから、少し驚いてた所。」
「あぁ、そういう事か。俺も詳しくは知らないが、教会が管理してる事が理由に含まれるんじゃねえか? 墓地にしては比較的手入れがされてる場所でもあるし、ミサとかもやってるみたいだしな。ココは。」
「ぁ、そっか。聖歌を歌ってる場所でもあるんだね。だったら納得かな。」
「だろ?」
ちょっとした疑問をあっさりと解決してくれたギラムに返事を返しつつ、グリスンは作業を終え立ち上がった相手に預かっていた花束を手渡した。花束を受け取ったギラムはお礼を言いつつ再びその場に膝を折ると、静かに花束を添え目を閉じ黙祷を捧げるのであった。ギラムの様子を見たグリスンも両手を組んで拳を作った後、静かに目を閉じ祈りを捧げる様に頭を垂れだした。同様にフィルスターもギラムと同じように眼を閉じ頭を下げると、各々でその場に眠るギラムの父親への想いを捧げるのであった。
しばらくすると静かに彼等の元に風が吹き始め、彼等の髪と洋服、毛皮が風に撫でられる様に靡くのであった。
「……ねえギラム。お父さんのお話、聞いても良い? 前にも旅行のお話聞いたけど、他の話も聞いてみたいな。」
「キュッ」
「ん、急にどうしたんだ?」
「なんとなーく、ね。聞いてみたくなったんだ。」
「……… 別に良いぜ。」
そんな風の吹く中、不意にグリスンはギラムに対しそんな質問を投げかけた。ただ単純な興味本位から成る問いかけにも関わらず、ギラムはそれを受理し彼に話をし始めた。
ギラムの父親の名は『テイザー・ギクワ』
母親である『カエラ』とは幼馴染の関係であり、元々決まった事柄をする事よりも『ベンチャー』と呼ばれるイレギュラーな行いをする事を望む性格だった。何かと興味を持った事に対しては探究心が特に強く、一般市民からすれば『そこまで知る必要があるのだろうか』と思われる領域に足を踏み入れる事もしばしば。幼い頃はそんな傾向を生かした自由研究も多く披露してきたが、生憎にも世間には認められる事は無くただただ『自己満足』で終わる傾向が強かったそうだ。
成人後はそんな幼少期の苦い思い出を胸に仕事を幾多も経験しており、結婚しギラムが生まれる前までは正社員雇用を始め、フリーターと呼ばれるくらいに幾多の職種と技術を経験してきた。技術職は勿論事務職から現場職まで、何処までも何処までも興味が赴くまでに突っ走るその姿は、常に童心を思わせる傾向が強かったと母親は話していたそうだ。その期間の間に『治安維持部隊』にも所属していた経歴はあったが、ギラムがその話を聞いたのは大分先の話。職種によっては大人しくしている事も有った為か、自由人ではあったが規律が護れない性格では無かったそうだ。
母親であるカエラとはそんな関係性が続いた事と領家が顔馴染みだった事も有り、交際すると言った程の事も無くめでたく結婚。第一子としてギラムが生まれその後は稼ぎの良い現場職に居付く事を決めて仕事をしていたが、長年の過労が祟ってか病に倒れそのまま他界。母子を現代に残して、墓に入る事となってしまったそうだ。
ギラムの口から告げられたその話をグリスンは静かに聞きつつ、時折頷きながら相槌を返していた。母親の事も含め父親も大事に思っていた事をその口から聞けたためか、彼にとってもとても良い刺激を得られた様だ。フィルスターも同様にグリスンと並んで話を聞いており、その時だけは鳴き声も上げず話に耳を傾けるのであった。
その後墓地を後にした三人は、その足でザントルスの待つ駐輪場へとやって来た。
「ありがとさん二人共、一緒に墓参りしてくれて。」
「ううん、どういたしまして。居候してるって言うのも理由に入るけど、ちゃんとお世話になってる事への挨拶はしたかったからさ。ギラムのお父さんに。」
「キュッ」
「そう思ってくれてて嬉しいぜ。父親はそこまで独りで寂しがる様な性格じゃないと思うが、ちゃんと赴く事へ対する行いそのものはお袋から仕込まれててな。コッチへ来た時は、毎回顔を出す様にはしてるんだ。」
「だから花束があったんだね、ギラムの家に。」
「そういう事だ。普段はお袋が一人でココまで来てるからさ、たまには俺が行ってやらないとな。一人息子だしさ、これでも。」
「キキュキッ キュキーキュッ」
「そういう風にちゃんとしてくれる所は、お父さんも気に入ってると思うよ。僕もそう思うもん。」
「そうだと嬉しいぜ。」
無事に墓参りを終えた三人は道中で会話を楽しみつつ、再び愛車のザントルスの元へとやって来た。大人しく静かに待っていたバイクはいつも通りの輝きを放ちながらその場で待ち続けていた一方、時折響き渡る鐘の音を聞いていたに等しい。一切の無音と鳴らない不思議な駐車場で主人が帰宅した後、エンジン音を吹かし慣れた音を放ちながら、三人を連れてその場を離れるのであった。




