22 炸裂音(しょうとつ)
二度目とも言えるべき、ザグレ教団員との一騎打ちに等しい戦闘。経験を幾度となく積んで来たギラムではあるが、やはりそれ相応の権力と立場を有する創憎主並みの真憧士達との応戦は一筋縄では行かないのだろう。自らが得意とする戦闘を次々に封印される中、彼は共に戦ってくれていたライゼと並んで次の作戦を考えだした。
現状のギラムに対してかけられた魔法は、少なくとも二つあった。一つは彼が普段使用する生成系魔法へ対する干渉の妨害、そしてもう一つは彼が普段から護身用にと携帯していた武器への干渉だ。双方共に彼にとって唯一の攻撃手段だった事も有り、一つ一つ潰されてしまっていては幾ら優秀な真憧士として視られている彼であっても、戦う術がいずれ無くなってしまう。無論ライゼが創り出した銃器を用いて攻める事も可能であったが、いずれはそれも対策を取られてしまう可能性があった。
何かと因縁をつけて突っかかって来るイロニックであったが、敵に回してみてもやはりその性質は変わらない。相手を潰す為ならばどんな方法であっても行使し、そして管理し相手を制圧する。それこ
そがザグレ教団の『ヒエロファント』の名を得た、彼の魔法なのであった。
「……しっかし、これまた厄介な力を使われたもんだな。短刀まで飛ばされたんじゃ、拳で攻めろって言わんばかりじゃねえか。」
「でも、それは流石に危険過ぎます。彼等は創憎主に匹敵する思想と共に行動する真憧士達、下手に無防備な状態で突っ込んでは三年前の二の舞っすよ。」
「これ以上ライゼやサインナに余計な心配をかけるのは、俺も望みたくはない。……そしたら、後はコレだな。」
「え、コレって?」
ライゼからの話を聞いたギラムは再び攻撃手段を見出すべく、彼の後方で動きを見せた。空気の流れで彼が動きを見せた事を知ったライゼは盾を構えたまま振り返ると、そこには自身のクローバーを手にし武器へと変換したギラムの姿があったのだ。
それは以前リミダムからも報告を聞いていた『ギラムの魔法をより行使しやすくなる媒体』へと姿を変えた銀龍長杖であり、左手の内で形取った後にギラムは両手で手にし、共に再び応戦する体制を取り出した。まだまだ血気盛んと言わんばかりに攻める体制を失わない彼を見て、ライゼは再び驚愕するも何処か納得のいく光景を目にしている感覚さえあった。
どんなに押されても決して後ろを向く事は無く、めげる事さえも選ばない自らの信念に沿って行動を貫く理想の真憧士 ライゼにとって憧れの准尉と称する彼の井出達は勇ましく、劣勢かどうかさえ分からない現状でも戦う事を選んでいたのだ。
それを視たライゼは驚きつつも先程とは違う笑みを浮かべながら前を向き、武器を用いてどうするのかを彼に問いだした。
「まだ対した事柄は行えるとは思っちゃいねえが、それでも状況が状況だ。前と後ろに行き来させちまうかもしれねえが、ライゼは良いか?」
「ギラム准尉の考えと戦闘スタイルに合うのなら、喜んで!」
「良く言った……!! 行くぜ!!」
「了解!!」
そして次の瞬間には彼等は双方に向かって駆け出し、各々の立ち位置に対する動きを取るのだった。
そんな彼等に対し、先手を取ったのはイロニックだった。二人の動きを見て軌道上に対し刃を飛ばし、まずは彼等の連携を阻害する様に仕向けたのだ。
ライゼは盾を背に構えたままその攻撃の中へと跳び込み、攻撃を背面で受け止めそのまま地面へと着地、手元に銃器を構えて攻撃をしだした。変わってギラムはと言うと、長杖を器用に振り回しながら前方に氷の魔法を放ち、目の前に発動されたのを確認して相殺を試みた。風と氷の衝突により周囲に欠片が飛び散るも、彼は再び杖を振り回して風を起こすと、風圧で弾き飛ばしながら進路を変え、そのままイロニックへ向かって武器を振りかざしたのだ。
動きを見かねた相手は、迫り来る銃弾を新たに放った刃で弾き飛ばしつつライゼに牽制、同時にギラムの攻撃を受け止める体制を取るのだった。
「おやおや、まだやりますか! いい加減諦めたらいかがですかねえ!!」
「諦めるなんぞ、出来るわけねえだろうが! 部下達の命が掛かってるんだ!!」
「その意気込み、私にとっても同意義……!! 教団の理想を叶える為ならば、私も命は惜しくない!!」
「互いにやるべき事があるなら、全力で行う…… そうだろう、なあイロニック!!」
「否定はしませんねえ……!! ギラム元准尉!!」
互いの攻撃を受け止め双方共に自らの意思と戦う意味を叫んだ後、彼等の猛攻が衝突した。
再び先手を取ったのはイロニックであり、鞭を手にした右手を左側へと引きつつ、そのまま相手を叩く様に右側へと振りかざした。その攻撃を見かねたギラムは長杖の柄で攻撃を受け止め、間髪いれずにその場で回転しそのまま相手を殴り飛ばす様に武器を振るった。
だがその攻撃に対しイロニックは軌道上から姿を消すように下部へとしゃがんで避けると、今度は相手に足払いをかける様に鞭を振った。しかしそんな相手の反撃を見たギラムは軽く跳んでその一撃を避け、空中で華麗に回転し相手を蹴り飛ばす様に左足で一撃を放った。やって来た攻撃を見かねた相手はその攻撃から逃れる様に身体を反らし、後方に転がりながら再び体制を整えだした。
無論相手の動きを視たギラムも同様に地面に着地しつつ地面を蹴り、再び可能な攻撃手段で相手を牽制するのだった。
攻めては守り、守っては攻めるの繰り返し。しかしお互いに一歩も引けを取らない勢いで猛攻を繰り出していた為、ライゼもまたその動きを目で見て追うのが精一杯となっていた。かろうじて支援出来るのはイロニックが後方に避けた拍子の時だけであり、下手に攻撃は与えずギラムの思うがままに動ける様にと、銃器を手にし立ち位置を変えながら戦闘をこなしていた。
そしてそんな攻守が入り乱れる攻撃が続き、双方の武器が衝突し鈍い音を立てだした時だ。
ガキンッ!!
「……チッ!」
「クックックッ、やはり貴方は私が認めた相手だけある……!! だがクローバーそのものを武器に変えたのならば、それを飛ばしてしまえば魔法は使えまい!! 『視家来把素例』!!」
「ッ!!」
時折魔法を交えながら交戦をしていたギラムにとって、一番危険視していた瞬間がやって来たのだ。相手が次々と自らを制限する『法』が放たれた時、彼は長杖を構え直後にやって来るであろう攻撃に備え防御を取りだした。
魔法によって手元から武器が消えてしまえば、頼れるのは己の肉体のみ。仮に手元から無くなってしまっても大丈夫な様にと考えた、彼の苦肉の策だった。しかし、
「……… ……何ッ!!」
「武器が……在る!! はぁああああ!!」
イロニックが魔法を放ち彼の手元から武器が消えたの確認しようとした、まさにその時だった。相手から不意にやって来た言葉を聞いたギラムは、視界内に自らの武器が在る事を確認した直後、眼にも止まらぬ速さで長杖を振りかざし周囲に氷の壁を展開したのだ。地面から突き出る勢いで生成された氷柱を眼にしたイロニックは慌てて後方に跳び退きつつ、自ら目がけてやって来る氷柱を鞭で叩き粉砕した。
そして改めてギラムの手元を見て、彼は驚愕するのだった。
「何故だ……!? 私の法が通じない、だと……!!」
《汝の行う法など、所詮は程度が知れている。》
「!?」
驚きを隠せずにいた彼の声に反応するかのように、何処からともなく周囲に聞き覚え尚ない声色がやってきた。声を耳にしたイロニックは辺りを見渡し声の主を探すと、ギラムの周囲の空気が変化しだし突如として氷の蛇龍が姿を表した。不意に現れた新たな敵勢存在を眼にしたイロニックは苦虫を噛む様に表情を歪ませた時、ギラムは視線を変えないまま長杖を構えイロニックと対峙する様子を見せだした。
しかし驚きを見せていたのはイロニックだけでは無く、別の場所で武器を構え援護していたライゼも同様であった。
「すっげぇえー……… アレが噂の、ギラム准尉が使役する創誓獣………」
「助かったぜ、ラギア。コレで対策を取られちゃ、俺にはもう出来る術が残ってなかったんでな。」
《何、我よりも力が劣っていただけ。華の名を関するなんぞ、猿真似に過ぎない。》
現れ出でた自らの創誓獣に対し言葉を発すると、相手もその言葉に応える様に返事をしだした。相も変わらず互いにやるべき事をする為にその場に居る事も有り、必要以上の会話は無くただただ事実に対し言葉を重ねるだけ。不思議とそれだけで意思疎通が図れている様子の二人であり、気付けばギラムの表情に笑みが浮かぶ程であった。
そんな彼等の様子を見て納得がいかない様子だったのだろう、イロニックは即座に動きを見せた。
「クッ……! 次から次へとケモノばかり……!! ならばっ!!」
バッ!!
「貴様から死ぬんですねえええ!!」
「!! ライゼ逃げろ!!」
「ぇっ」
バシュンッ!!
「ぐぁああっ!!」
「ライゼッ!! ラギア、頼む!!」
《グルァアアアアーーー!!》
「チッ!!」
彼等の表情に水を差すかの如く、イロニックは鞭を振り先程まで見向きもしていなかったライゼに対し猛攻を仕掛けだしたのだ。相手の動きを視たギラムは咄嗟にライゼに対し声をかけるが、その声も相手の悲鳴で虚しく掻き消されてしまうのだった。味方の緊急事態を視た彼はラギアに対し相手の足止めを頼んだ矢先、その場を駆け出し相手の容態を確認しだした。
風の刃による攻撃が直撃したのであろう、ライゼは左腕を抑えながら表情を歪ませており、抑えていた箇所の服に血による染みが広がっているのが見て取れた。彼の綺麗な蒼い肌に似つかわしくない、紅い染みであった。
「ライゼ、しっかりしろ!!」
「いっつつっ……… ギラム准尉みたいに、強がりたい所っすけど……いってぇえー……」
「ボーっとしてると、前の俺みたいになっちまうぞ……!!」
「うーっす……!! 『アファーツ・ハーカープラリネ』!」
そんな彼に対し叱咤しながらもギラムは相手を心配すると、ライゼは返答しつつその場で魔法を使用しだした。腕を抑えていた右手に創り出したのは小型の注射器であり、それを手にした彼は傷口に一番近い静脈口に差し込み中の魔精薬を流し込んだ。そして使用後の注射器を投げ捨て再び腕を抑えた後、歪ませていた表情が少しずつ落ち着きを取り戻しライゼは再びギラムに笑顔を見せだした。
しかし何処となくまだ苦痛がある様子であり、少々無茶をさせるには支障がある現状の様に見て取れた。
「俺は良いっす、それよりも………」
「あぁ。……想像以上にやべえ奴だな、本当に。……前のハイプリースって呼ばれてた奴並みだ。」
「スート的には、双方共に上っすからね。」
「そりゃまた厄介な一騎打ちを挑まれたもんだな。」
自身を気遣う元上司であり友人からの言葉に返事をすると、ライゼはその場に立ちあがり自由に動かせる右腕で落とした盾を拾いだした。そして今だに戦うつもりである様子を見せるも、ギラムはそんな彼を静かに左手で静止しその場に居る様に指示を出した。本能的に『足手まといになっている』事を知ったライゼは彼に対し静かに頷くと、その場から動く素振りは見せず現状以上の傷を作らない様にしようと意思を固めるのであった。
味方が負傷し一人になった彼の元にラギアが舞い戻ると、イロニックは鞭で周囲の氷を粉砕しながら彼に対し問いかけだした。
「クックックッ。負傷したトリをどうするつもりですかねえ、ケモノ染みた元准尉殿。」
「無論、守ってやるに決まってんだろ。見捨ててお前を殺った所で、虚しさすら残らねえよ。」
「おやおやおや、自然界のケモノの法則を無にするお考え。どれだけの足掻きを見せてくれるんでしょうか!!」
そして再び彼等の戦闘が開始され、その状況をライゼは見守る事しか出来ずに居るのだった。




