19 教皇(ヒエロファント)
サインナとラクトが何時の間にか足止めを食らっていたその頃、ギラムは一人背後の異変に気付かないままフィンガローズの施設内に足を運んでいた。建造物の構造そのものはサンテンブルクと変わりないものだが、彼がその場に足を運んだことがあるのは数える程であり、所属している隊員達に比べれば詳しい程では無い。いつも通り建物内に入ると構造を把握するべく、廊下付近の壁に張られた地図を見だした。
地図の造りそのものは全てどの施設も共通であり、フィンガローズにおいてもそれは変わりなかった。しかし唯一違っていたのは『階層毎』に内容が書かれているという点であり、彼が現在居る一階の内容しかそこには書かれていなかった。
他の情報については階段を上った、もしくは下りた先でなければ分からない。ちょっとした所においても配慮がされている辺り、機密を取り扱っている部隊と言えよう。本来であれば一階のフロアガイドですら不要なのだが、この辺りは他の所属部隊員へ対する配慮なのかもしれない。
そんな階層内の地図を目視し目的の部屋を探していた、その時だった。
「おやおやおや、このような場で外部の方が何をしているのでしょうかねえ。」
「?」
彼の背後から不意に自らへ対し声をかける存在が現れ、彼は静かに後方へと振り返った。そこには以前行われていた射撃祭の際に再開したイロニックが立っており、自身を見て何時もの不気味な笑みを浮かべながら首を傾げる様にその場に立っていた。
些か出会いたくない相手に出会ってしまった事に内心毒づきながらも、彼は正面から相手に対峙する様に立った。
「イロニック。」
「貴方は既にサンテンブルクを去り、外部にて傭兵の仕事を全うしている身。機密を扱うフィンガローズに何用ですかな?」
「それはこっちの台詞だな、イロニック。お前も『サンテンブルク所属』のはず、ましてや今は外部施設に退去する命令は下っていないはずだ。何でこんなところに居るんだ?」
「……… やはり貴方は、何処までもこの場を把握し戦場の違和感を悟る鋭敏さだけは衰えていない様ですねえ。困ったモノです。」
「イロニック……… まさかお前……!!」
その場に現れた過去の同士を目にし対話を繰り返したその直後、彼は不意に感じた違和感のまま彼に対し声を放った。すると相手はいつも通りの笑い方に交じって高笑いをし始め、彼の考えが正しい事を猛烈にアピールし始めたのだ。
何時にもまして不気味さに拍車がかかった相手を視た彼は手元に拳銃を創り彼に対して向けるも、相手は左程驚いていない様子で笑顔のまま相手を睨みだした。
「やはり早々に訪れると踏んでいましたが!! それだけその身を捧げる事を厭わない性格の様ですねえ、元とはいえ同士を見殺しには出来ないと……!! 二年前のあの時の様に!!」
「………」
「いやはやもうもう、笑いを通り越して失笑してしまいそうですねえ。何と言えば良いのでしょうか、語彙が足りないくらいですねえ。」
「……お前の要件は『ハーミットの回収』だったはずだが、この場に居るって事は。まだそれが行えていないって事か。」
「おや、その点に関しては気付いていないようですねえ。既に貴方のお仲間を、捕縛し終えた後。」
「何!?」
しかし既に相手からすれば、ギラムは術中内に入り込んだ獲物同然。どのような環境に置かれたとしても有利な事には変わらず、それだけの余裕があったのだろう。自らが言い放った言葉に対し驚いたギラムが外に向けて発砲すると、空間が揺らぎ途中で弾丸が消失してしまったのだ。
その現状を視たギラムは軽く舌打ちしつつ、既にハーミットの『空関系魔法』の中に閉じ込められていた事を知るのだった。
サインナとラクトの姿が視えない事も含め、相手側の魔法に囲われてしまえば逃げ場は無い。共に居てくれた相棒は病欠で欠席し小さな相棒も同時に置いてきてしまった事が、今回はかえって裏目に出てしまった。
我ながら失敗したと軽く作戦に反省点がふつふつと沸き起こる、彼は拳銃を握った手を降ろしつつイロニックを再び視界に捕え辺りを警戒しだした。
「クックックッ、貴方が仲間の力を借りる事は既に予測の範疇。こちらには優秀な『占い師』が居るのをお忘れですかねえ? 敵側の相手が上位スートならば、仲間を用意するのは当然でしょう。」
「……足止めの為に仲間を使ったってわけか。一騎打ちでもするつもりか、俺と。」
「それが一番相応しい展開でしょうねえ、私にとってもそれは願ってもない行い。許可を下さった『マジシャン』には頭が上がりませんねえ。」
『マジシャン…… 本物がまだ向こうには居るって事か。この場じゃ壁が多くて、俺には不向きだな。』
その後相手側の味方が突如強襲して来る可能性を含め、自身の魔法で応戦するにも戦場が彼向きではない事を同時に悟った。今回は建物内という事も含め遮蔽物が四方八方に展開されており、仮に相手の武器が自らと同じ『銃』であれば予想外の方向から撃たれても不思議ではない。
変わって自身の魔法は本物と大差ない威力は出せても変化した技を繰り広げる事は比較的苦手の為、奇襲をする為には他の手技を用いて行わなければ意味がない。その為、かえって何もない広い土地の方が彼にとっても望ましく同士が居ない現状では仲間の救出も視野に入れなければならない。様々な観点から考え彼は自身の中で決断を下すと、即座に建物の外へと駆け出し外へと退避するのだった。
幸い相手側の魔法は閉じ込める事が目的だが制限的に壁が無いのが特徴であり、砕く事は無理でも起点を別の位置にズラす事が可能だった。おまけにギラムが即座に判断出来ないくらいに視界は時間軸にあった比較的明るいモノとなっており、闇夜に乗じない現状であれば広い方が良いと悟った様だ。
「おや、外での闘争をご所望とは。中々に勇ましいですねえ。」
彼の動きを視たイロニックは再び苦笑しながらその場を歩き出すと、彼の後を追う様に手元に武器を手にしだした。彼が取り出した武器、それは教導官であれば手にしていても不思議ではない柄の短い『調教用の鞭』であった。
右手に持った武器を左掌の上で軽くペチペチと叩きながら移動すると、一定距離進んだ場で対峙する様子を見せたギラムを再び睨みだした。
「………しかししかし、貴方はこの場を離れても現役時代に匹敵する行いを続けている様子。何故そこまで貴方には活動する理由があるのでしょうかねえ。」
「俺は治安維持部隊の考えには賛同出来たが、仲間を駒とする扱いには納得が行かなかった。それゆえにこの場ではない外で、俺にしか出来ない事をしよう思っただけだ。」
「魔法を使っているのも、まさにその為ですかねえ。」
「あくまで手段の一つとしてだがな、お前等と違って乱用するつもりは無い。……なんて、聞こえが良過ぎる意見かもしれねえな。」
「おやおや、見聞ですねえ。確かにその様な力の使い方をしている者は教団員内にも居ますが、同じ扱いをされる事は望みませんねえ。それをやっていれば、治安維持部隊など私の支配下にとっくになっていますからねえ。」
「そうだろうな。……ま、どの道そんな事をしようとしてもマチイ大臣には速攻で見破られるだろうがな。俺等の事を良く理解している、からな。」
「貴方の上がらない頭と言えるべきお方ですからねえ、全てが終わり次第しっかりと其方にも始末を付けさせてもらうとしましょうか。……ですが。」
「それ以上に見過ごす事が出来ない相手。それがギラム元准尉、貴方です。」
「?」
あたかも指導のしがいがある獲物を逃さないかの様な眼差しを向けたまま、イロニックは不意にギラムに対してそう言い放ったのだ。何を思ってそう言いだしたのか分からない彼は軽く眉を潜め、果たして彼に対し何をしたのだろうかと考えだした。
記憶を辿って相手との接点を考えた限り、ギラムはイロニックに対して『集中的な行い』をした覚えはない。確かに目の敵にされ何かと毒を含ませた様な物言いは相手の特徴であり、それに対して不快感を覚えた事は今までに何度もあった。
とはいえそれをされた経緯に関しては彼にも身に覚えは無く、人伝えで聞いた限りでも『自身が活躍し目立っていた事』くらいしか認知していなかった。手柄を横取りしたが故に恨まれているのかと彼は考えたが、どうにもその様な類の恨みとはまた違う様に彼は感じていた。
一体何が自身を執拗に狙う理由となったのか、その答えはそう遠くはない今になって分かる事となった。
「貴方は部隊を脱退した後、軍事会社にて務め今の今まで成果を上げて来た。貴方の素質を考えれば当然の事と言えるでしょう、元同僚としても鼻が高い。」
「………」
「だがしかしねえ…… 私には唯一許しがたい事があるんですよ。解りますか?」
「………わからないな、何が言いたいのかさえ。」
「おやおや、こんな事も分からないとは。ケモノ染みた貴方には相応しい流れと言えるのでしょうかねえ。………貴方はねえ、純粋な『人間』じゃないんですよ。【Mad】なくらいに汚らわしい『獣染みた存在』なんですよ。」
「どういう意味だ、それは。」
「そのままの意味ですよ? ……貴方は何も気づいていない様ですが、貴方は何時から『エリナス』が視えていたのでしょうか? 幼少期からですかぁあ??」
「……… ……?」
「クックックッ、どうやらまだ気づいていないようですねえ。愚かしい事だ、罪深い事だ、許しがたい事だ……怪我をした……!! ばかりにぃいい!!!」
「ッ!!」
次第に声を荒げだし狂気に身を任せてか、イロニックは不意にそう叫びだし手にした鞭を振り上げた。すると突如として周囲の空気を掻き集める様に鞭の周囲に視界に捉えられる程の風が集い始め、瞬く間に鎌居達と化し彼に対し討ち放ったのだ。衝撃波と成った風が音速の如く襲来してきたのを視た彼は拳銃を手にしたまま、両手を顔の前に交差させ眼を瞑り攻撃を受ける覚悟をした。
避けようにも避けられない、そう悟ったまさにそんな時だった。
「ギラム准尉ぃいいーーー!!!」
ドスンッ!!
ガキィーーンッ……!!
「何ッ!?」
強烈な痛覚が来るであろう衝撃に身構えたその瞬間、不意に聞こえて来た自らを呼ぶ声と共に何かが地面に突き刺さり、物体が金属の様なモノに弾き飛ばされたような音が周囲に響き渡ったのだ。同時にイロニックが驚いたような声が聞こえたのを見て、ギラムはゆっくりと目を開け前を視た。するとそこには、見慣れた治安維持部隊の制服に身を包んだ藍色の髪を靡かせる一人の男性隊員の姿があったのだ。
隊員の前には相手がギリギリ抱えきれるくらいの巨大な盾が軽く地面に刺さっており、どうやらその盾を用いて攻撃全てを弾いた様だった。
「ッ!! ……ライゼ!?」
「っててて、やーっぱ上手くは着地できねっか。よっとっ」
無事に難を逃れるも軽く足へかかった衝撃が思ったよりも強かったのだろう、盾をそのままに両足に残る痺れを取る様に両足を振った後、相手はギラムを見て普段通りの笑顔を見せるのだった。