16 感想問質(しんせんなコメント)
無事にライブが終了し、部下のよく分からない情緒均衡の為にカフェで話に付き合わされた、翌日の事だ。
カンコォーンッ♪
《はーいっ。》
高級感溢れる高層マンションの呼鈴が轟く、静寂に包まれつつあった昼下がりの廊下の一角。ギラムは一人その場に訪れ目的の部屋のドアが開くと、出迎えてくれたイオルに促されるがままに部屋へと入室した。
その日のギラムは先日の夜、ライブに訪れた事を知ったメアンとイオルから急遽呼び出しを受けていたのだ。一体何事かと思いつつも適当な飲食類を手にイオルのマンションに訪れた次第であったが、聞いてみると内容は比較的簡単なモノ。
要は『ライブの感想が聞きたい』というものだった。
彼はライゼ達に比べて『ネットアイドル』というモノには疎く、事においては『ヲタクの文化』というモノに対し掠りもしない人生を送って来た。無論活字離れしない様にと親から本を渡され読む習慣はゼロではないモノの、漫画においてもそれは同じでありちょっとは知っているがそれ以上は知らないと言うレベル。
元々『バイク』や『仕事』に明け暮れていた事も有り、基本的な娯楽は『食い物』や『コーヒー』等特定の範囲内と三大欲求に近い物でのみ過ごしていた。ある意味野生児に近いが、元よりそうなのだから本人も否定しないだろう。
そんな彼が付き添いであれ『ライブに来てくれた』ともなれば、当の本人達が感想を求めるのは当然であろう。一般市民の感想などは滅多に聞けるモノでは無く、家族や身内とは少し異なる彼はとても貴重な人材であった。
ちなみに彼が言った感想は極シンプルなモノであり、服装やパフォーマンス、会場の雰囲気くらいである。ついでに購買で買った水についてのコメントも告げていたが、そちらの方が寧ろ詳しい位であった。
「……まあ、俺が感じたのはそれくらいだな。普通に楽しかったぜ。」
「んー、やっぱギラムみたいに感性がズレた人だと、ファンの人達とは違った感想が来るねー まさか『水』に来るとは。」
「ボク達も飲み水は購入するので厳選してはいたつもりですが、ギラムさんの方が上手でしたねっ 何処のメーカーが良いとかって、ありますか?」
「俺は普段『クリスタルゲイザー』しか飲まないが、あれって業者とかで頼んだ物なのか?」
「いえいえ、手頃なモノを箱買いしてラベルを張り替えた物ですよ。」
「トレランに手伝ってもらって、アタシ達がやってる感じー 本数もそこまで出るモノじゃないから、あれくらいで何時も済ませてたんだよねー」
「自分は水を飲む習慣が無かったから、その辺りも気にした事は無かったかな。オススメがあるなら、今度はそれにしてもいいかもしれないよ。」
「そうしよっかーイオルん。」
「そうですね、メアンちゃん。」
なんだかんだで感想や注文がすんなり通った事に軽く驚きを感じつつも、ギラムはその日の簡易的な依頼を何事も無く済ませていた。呼出に対する対価として用意されていた適当なお菓子を代わりに渡されながらも、その日は彼女達とのお茶の時間を楽しむ事になっていた。
その日も仕事場へ赴く予定があったが、この分だと夕刻ぐらいになりそうである。
とはいえ彼女達とのやり取りに退屈さを感じて居ないのは、彼が男だからなのかもしれない。目の前に可愛らしい女性人が二人で笑顔を見せて居れば不快に思う男性陣は比較的少なく、例に漏れる事のない彼もまた気分が悪い事は無かった。
その日の彼女達は私服姿だったため普段とはまた違った雰囲気を見せており、こういう部分が楽しめるが故に彼はよく女性人とお茶をするのかもしれない。提供されていた珈琲も旨いとなれば、彼にとっても十分過ぎる時間となっていた。
ちなみにお礼として用意されたお菓子は彼の好きなシガレット型ラムネ『モーニングフラット』であり、態々(わざわざ)好みを把握した上で調達して来てくれた徹底ぶりである。何処で情報を仕入れたかについては、彼女達との初買物の時間軸を見てもらえれば分かるだろう。
そんな楽しいお茶の時間をしていた時だ。
ジリリリリリ~ン!
「? ぁ、アタシだ。ちょっと席外すねー」
「はいっ」
不意にメアンの所持していたセンスミントが古風な着信音を告げだし、音を耳にしたメアンは席を立ち傍から離れて行った。高層マンション特有の広いガラス戸を目の前にやり取りをする彼女を横目にギラムは珈琲を口にしつつ、軽く聞こえてくるやり取りを耳にしながら近くに居たヒストリーの相手を軽くしていた。
電話の主はどうやら彼女の身内の様であり、贈呈品に対する内容の様であった。どうやら贈り物をしたようである。
「うんうん、アタシも良いと思ったんだー 喜んでくれて良かったー! ………気になる子? ぜーんぜん、アタシはメイドとして忙しいもーん。」
『気になる子、な………』
「なあ、イオル。」
「はい?」
「ライブの後に、俺の連れと会っただろ? ライゼと。ライゼはファンとして見ると、どんな感じなんだ?」
「ライゼさんですか?」
不意に彼はある疑問を抱いたままに、イオルに話を振り出した。お茶を淹れ替えていた彼女はやって来た質問に軽く首を傾げながら口元に人差し指を添え、考える素振りを見せながらこう言い出した。
「ボクとしては、ライゼさんみたいなファンの方々ばっかりだったら嬉しいなって思いましたね。とっても純情そうな方でしたので。」
「そうなのか。……まあ、マンション前で張り込んでた連中に比べたらマシな方か……… 会場内でも雰囲気が違うとは思ってたが、そっちが大半か。」
「そうですね。如何にもって方々の方がボク達のファンの比率を占めているので、ギラムさんを始めライゼさんみたいな方はとても貴重です。寧ろあの人達を握手会に誘いたかったくらいだたので、ちょっと椅子の配置を間違えたかもしれませんね。」
「あぁ、あの紅い椅子と蒼い椅子か。どうやって決めてたんだ?」
「初歩港ちゃんに決めてもらいましたっ」
「ヒストリーが決めたのぉー」
「そうだったのか。偉いな、手伝い出来て。」
「えへへ~」
評価を告げられたヒストリーが満面の笑みを浮かべる中、ギラムは軽く肩を竦めながらライゼの運が無かった事を改めて知る事となった。イオル達からしても彼の様なファンが増える事を望んでいるが、実際の所そう簡単にはいかないのもまた現状だろう。
応援してくれる人々が披露する側の望む者達ばかりであれば苦労はせず、そうでないが故に均衡を取るかのように彼等の様なファンもまた増えてくると言ったものだ。
とはいえライゼを好んでくれているのは事実な様であり、そう言った点でもギラムは聞いてみて良かったと思うのだった。イオルの表情も柔らかく嬉しそうにしている所を見れば、まだまだ彼はファンとして友人の彼女達を支えてくれるだろうと信じているからだ。元より従順な彼の事だ、ちょっとやそっとの事ではイオルを見捨てるとは思えない。
などと考えていた、そんな時だった。
「でもあの人、普通の人とはちょっと違うのかもしれませんね。」
「ん? 何で、そう思うんだ?」
「何て言うか、感覚的なモノなのかもしれませんが…… 温もり、優しさ、熱意的なモノを取って視てもファンの人達とは違った眼をしてくれていたんですよね。ギラムさんの事も好きな感じもしましたし。」
「まあ、気に入られてるのは事実だけどな。今でもこうして付き合いがあるくらいだし。」
「んー…… でもやっぱり、言葉に直すのは難しそうですね。大事にしてあげてくださいね、ライゼさんの事。」
「了解、イオルもこれからよろしくな。番号は自分で貰うって言ってたから、タイミングがあったら教えてやってくれ。」
「わかりましたっ」
不意にやってきた感想に少々考えさせられる部分はあったが、正直な所彼女も感覚的な感想だった様だ。あまり深い意味は無い様にも感じた彼は軽く話を聞きつつ返事を返し、再び珈琲を口にしだした。
その後カップの中身の珈琲が無くなったのと同時に、彼はヒストリーの相手をしつつ席を外し、その日の次の予定をこなすべくその場を後にするのだった。