15 純粋等従順(うぶ)
ライブ後に行われた『握手会』の参加資格の無い者達と共に外へと移動した、ギラムとライゼ。他の一部のファン達が死臭を放つ勢いで落胆する中、彼の隣に居たライゼはいつも通りの明るさを見せていた。
というよりも、ライブ後の余韻に浸って居た。
「いやー、楽しかったっすねーっ イオルちゃん、マジ天使っ!!」
「そりゃ良かったな。」
公演終了後でも士気が高まったままのライゼに対し、ギラムは普段通りの感覚で相槌を返していた。楽し気に話す彼からやってくる話は比較的単調ではあったものの、彼の知らなかったネットアイドルとして振る舞うイオルの素顔を改めて知れる良い機会であった。
如何に彼が彼女の事をご執心か語るまでも無いが、今一度聞いてみるとしよう。
「そういや、ライゼはイオルの何処が好きなんだ?」
「そうっすねー カワイイ所はもちろんっすけど、視てて癒されるんっすよ。歌声も良くて、胸もあって、揺れるスカートはロマンっすよ!!」
「ロマンなぁ…… 俺も女性の服やスタイルには目が行くが、何か違う気がするんだよな。」
「ギラム准尉は、普通と違う感性を持ってますからね。ムリも無いっすよ。」
「そうか?」
「憧れの准尉っすよ。そのままでイイっす。」
「そりゃどうも……」
話を振るも何故かフォローを入れられてしまい、ギラムは話をしながら会場周辺を歩き続けた。彼が探査ついでに気にしている事、それはイオルの言う『ストーカー』である。以前彼が朝飯の調達を依頼されるその前から、彼女を待ち伏せし接触を試みる一部のファンが居たことは、彼も既に把握していた。しかし撃退する術を持ち合わせて居ない彼女にとって、彼等はなかなかに面倒な輩であり魔法で対抗してしまいたいぐらいに厄介な存在だ。
しかしそのような事をしてしまえば、世間的に見られる彼女の評価は地に落ち生命線が絶たれかねない、まさに綱渡りである。
些か気になる連中に目星を着けた後、彼はセンスミントを取り出しその場所をメモするのであった。軽く隣に居たライゼから行いに対する質問をされるも、彼は軽くはぐらかしつつセンスミントをしまった。
ある意味昼間のお返しに近いが、ギラムにはそんな意図はない。
「そういや、握手会は残念だったな。俺がもう少し早ければ、紅い椅子に座れただろ?」
「ギラム准尉のせいでは無いっすけど、確かにそうだったんっすよねー もう一声だったんっすけど、残念っす。」
「イオルと手を握れる事って、そんなにないのか。」
「イベントは良くあるんっすけど、握手会は中々やってくれないっすよ。あんまり近くに居過ぎると、ストーカーとかになっちゃうんじゃないっすかね。ファンが。」
「なるほどな。」
改めて双方の事実を理解したギラムは軽く呆れた後、ふと隣を歩く彼が果たしてそうなるのかどうかを視はじめた。
生真面目でやんちゃな、本音を素直に曝け出せる彼は、仮にストーカーとなったらどうなるのだろうか。本音を伝えるためならば贈り物をするだろうけれど、恋愛に関してはギラムにも理解できていない部分が多い。
しかし好きだと他者には言える彼であっても、直に本人を相手にしたら、果たしてそうなのだろうか。
赤面して両手が震え、一生懸命に声を絞り出すのが関の山な様な気がした。
「………ま、今日はなんだかんだで楽しめたしな。ライゼを信じてみるか。」
「ん? 何か言いました? ギラム准尉。」
「んや、何でも。ライゼ、この後まだ時間あるか?」
「出勤は明日の午後なんで、平気っすよ。」
「じゃあ、少しだけ付き合ってくれ。今日の礼をしたいからな。」
「礼……ですか??」
そんな彼の不思議そうな眼を向けられる中、ギラムはそう言い少し離れた場所へと向かって行った。
彼等が向かった場所、それは人気の少ない会場周辺に立つビルの一つ。渡り廊下で仕切られた周囲の眼が届きにくいその場へと移動した彼等は、しばらくその場で待機していた。何故こんな場所に呼ばれたのだろうかと首を傾げ続けるライゼに対し、ギラムはせっせとセンスミントと端末を弄り、相手と連絡を取っていた。
音声による連絡は今回取っておらず、メールでのやりとりを行っていた。
 
そんな作業を進める事、約二十分後の事だった。
「ギラム准尉、まだっすかー?」
「もう少しだぜ。」
「……何か連絡を取ってる感じっすけど、誰が来るんすか?」
「ライゼが喜びそうな相手だよ。絶対にな。」
「サインナ将は嫌っすよ。こんな格好見られたら、お尻叩かれるっす。」
「安心しろ、サインナじゃない。」
軽く濁されながらも素直に町続けるライゼであったが、正直に言うと不安要素がなきにしもあらず。元より男の園で活動する彼からすれば、仕事先の上司に知られる事は避けたいらしく、特に恐れていた相手の名前をつい出してしまうほどだ。
現に彼女の部下である彼が洗礼を受けた事は過去に何度かあり、その度に海老反りする体制を取ったのは言うまでも無いだろう。本気で痛いのである。
しかしそんな相手では無いと言われた彼は、再び誰が来るのだろうかと考え出した、まさにその時だった。
「お待たせしましたーっ」
「? ……!!?」
人気の無い男だけの空間に、突如としてやってきた華やかな女性の声。声を耳にした二人が同時に振り向いたその瞬間、ライゼの表情は突如として冷静さを失った。
やって来たのは先程まで舞台に立ち、数多のファン達を魅了させていた『イオル』だ。ステージで使用していた服を纏ったままの登場であり、会場内で応援していたライゼには仰天過ぎる来客である。そんな彼女を見たギラムは慣れた様子で手を振り、彼女に挨拶をするのだった。
「忙しいのに悪いな。」
「いえいえっ、ギラムさんがボクを呼ぶなんて珍しいなーって思ってたところなので。……おや? そちらの方は、ギラムさんのお連れですか?」
「あぁ、ライゼって言ってな。俺の部下だ。」
「おぉー イケメン時代のギラムさんの部下さんですか。初めまして、イオルと言いますっ」
「は、はじ……め……まぁーーしてっ……! ライゼ…っすっ……!
………イ、イオルチャンッ……」
「はい?」
「ずっ……ずっと……… 大好きっしたっ………! 大ファンでぇええすっ!!!!」
軽く二人が挨拶をしたのも束の間、赤面しながら不意に向けられたアイドルの瞳に縛られてか、自己紹介したライゼは勢いよく頭を下げ、右手を差し出しそう言い放った。
軽く驚きながらイオルはギラムの顔を見合わせた後、彼女は嬉しそうに笑顔を浮かべ、彼の手を優しく握り出した。
スッ
『ッーーーー!!!!!』
「ありがとう、ライゼさんっ ボクのために真っ赤になってまで、そう言ってくれる人は大好きですよ。」
「ほ、本当っすかっ!!??」
「はい。ボクはとっても幸せ者ですっ」
「ッーーーー!!! 生きてて良かったぁああああーーーー!!!」
やって来た至高の言葉に奮起してか、ライゼの歓喜の雄叫びは周囲にまで轟いていた。軽く苦笑しながらギラムがそれほどまでの事なのかと問いかけると、彼は真剣な眼差しを向けながら何度も何度もその喜びを言葉に直すのだった。
その後つられて笑いだすイオルを見たライゼはあからさまに嬉しそうに照れだし、イオルは再度楽しそうに手を握り返した。握られたまま振られる手の感触に彼は赤面していたが、徐々に相手の眼を視られるほどになったのか、嬉しそうに手を上下に振られるのだった。
「では、ボクはそろそろ行かないといけません。ライゼさん。」
「はいっ!! ライゼです!!」
「ボクと連絡を取りたかったら、ファンクラブの人にバレない様にお願いしますね? もちろん、ギラムさんを経由してでもOKですけど、お仕事の邪魔だけはしちゃ駄目ですからねー? ボクからのお願い、聞いてくれますか?」
「もちろんっす!! 契約っすね!!」
『結婚じゃねえんだから。』
上機嫌なのが素と化しつつあるのか、ライゼはイオルからの頼み事をあっさり聞き入れ、二人の間で密かな約束を交わしだした。実際の関係はただのファンとネットアイドルではあるが、彼女としても仲良くなれそうなファンと出会えた事が嬉しかったのだろう。
暑苦しい連中とは違う清々しい彼に好感を覚えた様子で、改めて笑顔を見せつつ彼女はギラムの居る方を見た。
「じゃあ、守ってくれそうだしボクとの連絡を取る事に、許可をしますっ ギラムさん、ライゼさんが希望したら連絡先を送ってあげてくださいねっ」
「良いのか?」
「ボクが見た限りでは、ライゼさんは憎しみに堕ちる事は考えられませんからね。仮に堕ちちゃったとしたら、ボクのミスですか」
「約束します!! 俺は絶対に、イオルちゃんを憎しみで殺さない事を、誓います!!」
「ね…… 良かったっ、じゃあボクは死ななくて済みそうですねっ」
「うーっす!! イオルちゃんを護り、生き延びる事を誓います!!」
「交際宣言だな、これは。」
改めて放った宣言に誓いを込めてか、彼は右手を自身の胸の前で交差させ左胸に拳を当てだした。あたかも騎士が姫君に対し忠誠を誓うが如くの行動に再びイオルが苦笑するも、それでも嬉しそうに二人は笑い合うのだった。
その後手を振り去っていくイオルに対し、ライゼは一生懸命に手を振り返した。ブンブンと音が出る程に勢いよく手を振る彼に対しギラムは苦笑するも、イオルを見送り改めて連絡を取って良かったと思うのだった。
「……ハァーっ…… ヤベェ、萌え死ぬところだった………」
「お前ガチガチだったもんな。 大丈夫か?」
「だ、大丈夫っす。高まった士気を納めるのは大変そうっすけど、一生物のレベルに近い思い出が出来ましたから。ギラム准尉、ありがとうございました!」
「大げさだが、喜んでもらえてよかったぜ。連絡先はどうするんだ?」
「今のまま突っ込んで行ったら、暴走するのがオチっすからね。ギラム准尉の手を煩わせてすみませんが、イオルちゃんにはそのように伝えてください。連絡先は、もうちょっと先になってから自分で貰うっす。」
「そっか。じゃあそう伝えておくぜ。」
そんな彼が落ち着いたのかどうなのか、彼はそう言いつつ両手で顔の火照りを飛ばす様に仰ぎ出した。よっぽど緊張と興奮がピークだったのだろう、気付けばシャツの襟元は汗でぐっしょりと濡れており、とても暑そうである。
しかしそんな彼でも落ち着きを持って接したい部分があったのだろう、彼に対しそう言い改めてイオルと仲良くなると言うのだった。逐一真面目な部分がある部下は所々やんちゃではあるが、そう言った部分だけはキッチリ守りたいと言う意思の表れなのだろう。
彼を視たギラムは彼の意思を尊重し、そうしようと思った。
そんな時だった。
「……ぁっ、でもこんなに手を握ってもらったら手を洗えないっすね。ギラム准尉、どうしたら良いっすか。」
「俺に聞かれてもな……… とりあえず、心の洗濯がてら風呂で一緒に洗うくらいで良いんじゃねえか。溶け出た想いも、一緒に収めてくれるだろ。」
「なるほど、それは名案っすね。……ぁ、でもそれだとイオルちゃんの想いで溺れそうっす!!」
「そう言われてもな……… 後は解らねえぞ?」
「准尉ぃーっ! 見捨てないで欲しいっす!!」
「そこまでは面倒見きれねえからな!?」
とはいえ、真面目でも何処か融通が効かない所もあるのだろう。
珍しくせがんでくる彼に対しギラムは軽く身体を引きはがしつつ、その場を後にした。




