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鏡映した現実の風~リアル・ワインド~  作者: 四神夏菊
第一話・強面傭兵と願いの奏者(こわもてようへいと ねがいのそうしゃ)
19/302

05 話(はなし)

貸し切り空間と化した喫茶店での一時を過ごし、時間が流れた頃。二人は食事と空間の使用料に対する金銭の支払いを終え、店主に見送られながら外へとやってきた。



「ギラムさん、今日はありがとうございました。 有意義なお時間で、とても楽しかったです。」

「こちらこそ。 毎度のことだが、美味しい料理をありがとな。 帰りは送ろうか?」

外へと出て来た二人は、外部に報道陣の影が無い事を確認した後、互いに別れ際の挨拶を交わした。

時刻はすでに夕方を回っているためか、歩道を歩いて帰路へと向かう人々の姿が見受けられた。二人はこれから別々の順路で帰宅をするため、彼は本社まで送ろうかと提案した。しかし彼女は彼からの誘いを丁寧に断った後、静かに笑顔を見せながらこう言った。

「お気遣い、ありがとうございます。 ですが、私はこれから顔を出さなければならない場所があるため、車と合流する予定となっているんです。」

「あぁ、そうだったのか。 それなら、野暮な同行は無用だな。 道中、気をつけてな。」

「はい。」

彼の気遣いを無下にしないよう言葉を選び、彼女は訳を説明してくれた。彼女からの返事を聞いたギラムは納得するように言葉を付けたし、その場で別れやすい様数歩下がり、軽く左手を上げ挨拶をした。挨拶を受けた彼女は静かにお辞儀をした後、彼の見送りを背にしたまま歩き出し、車と待ち合わせている場所に向かって行った。



「……さてと、俺も帰るかな。 ………」

「?」

道中を共にしていたアリンを見送り終えると、ギラムは軽くその場で背伸びをする様に、ゆっくりと両手を天高く突き上げた。その後しばらく身体を伸ばし元の体制に戻ると、先ほどから後方で様子を見ている謎の虎獣人の視線を感じ、彼は平然とした様子を見せつつどうするか考えだした。


恐らく相手は、このまま自分の帰路を共にし、自宅まで付いてくるだろう。道中を尾行していたとしても、周りの存在達は認知する事は出来ず、気付けるのは自分だけで手の内様が無い。仮にもし自宅まで付き添わせてしまえば、恐らくそれは相手の思うツボ、何をしだすのかさえ想像が付かないのだ。

しばし空を見上げながら考えていた彼は歩き出し、軽く様子を見るように帰路を歩き出した。すると、それを見た虎獣人はなんてことない足取りで彼の後を歩き出し、彼と同じ歩調を意識して進みだした。あくまで相手との距離を一定に保ち、相手が自分に気付いている決定的な証拠を掴めさえすれば、彼はなんてことない会話へと踏み切れると思っていたのだ。


そういう意味では、彼は特に自宅へと押し入る理由は無いのかもしれない。

『うーん…… さっきからずっと見てるつもりなんだけど、全然それっぽい様子を見せてくれないな。 公園の時みたいに、声に反応してくれれば一番だけど、怒らせる様な事はしたくないし……… どうしようかな。』

相手の動きを探るべく後を付けていた、その時だ。




バッ!


「あっ!!」

道中を歩いていただけだった相手が、突然全速力で走りだしたのだ。それを見た虎獣人は慌てて彼の後を追うべく走り出し、どうにかして話を聞いてもらおうと叫んだ。

「ま、待ってーっ!!」

『ゲッ、追いかけて来やがったっ!!』

声を耳にしたギラムは驚きながらも声に耳を貸さず、あの手この手と帰宅までの道順を考えだし、後を追う獣人を振り切ろうと試しだした。

後を付けてくる対象が居た場合、ギラムは前々から頭に叩き込んでいた事が1つあった。それは仮に、自身の敵となりゆる相手に自身の所在がバレてしまいそうな危険性に置かれた時、決して安易に普段通りの道順を帰っては行けない、という事だ。彼は元々治安維持部隊の隊員であり、部隊施設の内部情報が外部に漏れる事は許されず、ましてや敵対するスパイにその事が発覚すれば、狙い撃ちされる危険性もあるからだ。ましてや外で生活をしている上部の人間が打ちのめされただけで、どれだけの痛手を受けるかの想定すら出来ない。

ゆえに、決してバレては行けないのだ。



そんな言葉を思い出したかのように走り出したギラムは、喫茶店へと来る際に使用した順路を逆走し、一度店舗が立ち並ぶショッピングストリートへと走りこんだ。人込みの多い歩行者天国では車の横断は無く、走り抜ける事さえ出来れば相手の目くらましになると判断したのだ。道中で話し込む小母様方の横を走り抜け、彼は瞬時に小さい路地へと進路を切り替えた。

彼が走りこんだ路地は狭く、普通に走っているだけで置いてある障害物を蹴り飛ばしてしまいそうなほどに道幅が狭かった。道中に置かれたポリタンクやバケツを華麗に跳び越えながら路地を抜け、彼は後方を確認せずそのまま速度を上げ、足に力を入れて踏み込んだ。目の前には二輪車の駐輪を阻害するポールと、その先を仕切る網目のフェンスが張られていた。

「はぁあっ!!!」

チャンスとばかりに進行を阻害する物体に巡り合えた彼はその場から跳び出し、ポールに右足をかけ、再び足に力を込めて跳び上がった。勢いよく蹴り出された拍子にポールは微動する様子を見せるも、そのまま彼は背丈ほどにまで張られていたフェンスを軽々飛び越え、向かいの道路へと華麗に着地したのだ。これである程度の距離が保てると判断した彼は、前のめりになりかける反動を抑えるべく一度動きを止め、そのまま陸上選手の様なスタートを切るべく再び走り出した。


その後逆走した道を急いで走り抜け、彼は自宅のあるアパートの中へと走りこんだ。そしてエントランスホールに転がり込む勢いで走り込み、両手で手際よく番号を入力し、開いた扉の隙間を潜る勢いで走り込み、急いで扉を閉めた。長距離走りこんだと共に街中で派手なアクションを繰り広げたためか、彼の息は完全に上がっており、呼吸を整えるのがやっとな程である。

「ハァ……ハァ…… ……やった、か………?」

完全に閉まり切った扉のガラス越しに、彼は外の様子を見た。しかしそこには謎の虎獣人の姿は無く、数秒待っても来ない所を見ると、完全に相手を播いたのであろうと彼は確信した。何処で完全に振り切れたのかは解らないものの、依頼でも無いのに全力を出して走った甲斐があっただろうと思った。

その時だった。




「……大丈夫?」



「えっ……?」

一息付こうと両手を扉に付けたまま休んでいた彼の耳に、自身を心配する様子の声がやってきたのだ。いったい誰なのだろうかと思い彼はゆっくり振り返ると、そこにはなんと振り切ったハズだと確信していた虎獣人の姿があったのだ。彼と同様に息を乱してはいるものの、こちらは表情の乱れはなく、出会い頭の時同様になんてことない表情を見せていた。

「急に走ったから、つい追いかけて追い越しちゃったけど…… 息が乱れるほどの事を、戦い以外にはしない方が良いと思うよ………?」



「……お前、何で………」

「ぁ、やっぱり見えてたんだね。 良かったぁ……… ずっと見てた甲斐があったよ。」

そんな虎獣人からの言葉を耳にしたギラムは、ついに相手へと向けた言葉を漏らしてしまった。すると声を耳にした相手は嬉しそうに喜び始め、やっと会話をすることが出来たと燥ぎ出した。


相手の様子を見た彼は慌てて口を塞ぐも、時既に遅し。


周りに視えていない相手を視える存在なのだと、相手に伝えてしまうのであった。







やりとりを交わしてしまったギラムは仕方なく、虎獣人と共に自分が住んでいる部屋へと案内しだした。部屋へと招き入れてくれた事に虎獣人は喜ぶ半面、ギラムは疲れ切った表情を見せており、完全に逃走に失敗した事へ対する敗北感を味わっている様だった。

元より獣の素質を持った自分達と似て似ない存在だという事は、彼自身も理解していたつもりだ。そのため自分が平均以上の身体能力を持ち合わせていたとしても、逃走に成功するかは五分五分であり、今回の虎獣人の様に気遣いを見せる相手ならば撒けると思っていたのだ。だがその予測は完全にハズレてしまい、撒く所か扉を閉める前に回り込まれていたのだった。

扉を閉める事ばかりを考えていたため、完全に視界が疎かになっていたのである。



ウィーンッ


「ん、入りな。」

「ぉ、お邪魔しまーす………」

自室として借りている部屋の扉を解除すると、彼は扉を開け虎獣人を招き入れた。扉を開けてくれた彼の言葉に軽く驚くも、虎獣人はおどおどとした様子を見せながら、中へと入室した。そんな相手の様子を見送りながら中へと入り、扉を閉め鍵をかけた。

「とりあえず、適当な所に座っててくれ。 少し汗かいちまった。」

「う、うん。 ……ごめんね?」

「何もしてないんだから、謝らなくて良いぞ。 俺がお前を撒けるって、勝手に確信した罰さ。 事実、お前の事はよく分らなかったし、つけられてて良い気はしなかったからな。」

「………」

廊下を進んだ彼は鍵を定位置に置くと、虎獣人をリビングに残し、隣の部屋へと入って行った。ベットの置かれた寝室に備え付けられたクローゼットを開け、中の引き出しから新しい肌着を取り出した。

先ほどの逃走劇によって相当なエネルギーを消費したらしく、彼は上半身の至る所で噴き出た汗を肌着に吸い込んでもらっていたのだ。そのため軽く汗臭さも感じており、一刻も早くその臭いから解放されたかったのだろう。脱ぎ捨てた肌着を尻目に、彼は取り出したボディペーパーで汗を拭き始めた。

淡くも爽快感溢れるシトラスミントの香りを鼻で感じながら吹き終えると、彼は新しい肌着を身に纏い、脱ぎ捨てた肌着を持ってリビングへと戻って行った。シンプルな深緑色のTシャツ姿になったギラムは、その足で肌着を浴室のある部屋に置かれた洗濯機の中へと放り込み、洗剤を入れ仕事を開始させた。

「お前、珈琲は飲めるかー?」

「ぇっ! ぼ、僕??」

「お前以外に誰が居るんだよ……… 名前、なんだ。」

「グ……グリスン。 『グリスン・レンダ』………」

「グリスンか。 俺は『ギラム・ギクワ』 よろしくな。」

「う、うん。 よろしく………お願いします。」

洗い物を洗濯機に任せた後、ギラムはリビングに戻りながら虎獣人に珈琲は飲めるのか質問した。質問を耳にした相手は驚きながら自分の事かと問いかけると、ギラムは呆れながら飲み物の準備をし始め、名前を聞いた。


グリスンと名乗る虎獣人は、相変わらず落ち着かない様子でラグの上に座っており、ご丁寧に正座で座っていた。ギラムよりも華奢そうな身体つきではあるものの、腕は太く、大きな眼と印象的な黄色い体毛が綺麗な虎なのだった。




コトッ


「ん、飲みな。」

「ぁっ、ありがとう……… いただきます。」

その後、沸き上がったお湯で淹れた珈琲と共に、ギラムはグリスンの元へとやってきた。ソファ近くに置いてあった台の上にマグカップを置いた後、彼はラグの上へと腰を下ろした。手にしていた珈琲を飲みながら身体を休め、先ほどまでの逃走劇を忘れたかのようにまったりとしていた。

そんな彼の様子を見たグリスンはマグカップを手にし、中に入っていた珈琲の香りを嗅いだ後、ゆっくりと口元へと運んだ。熱々ですぐには飲めない温度ではあったものの、彼の喉には苦くも温かい味わいが滑り抜け、ほっとした一息をつく事が出来た様だ。背後で揺れる尻尾が元気に活動し始め、ようやく緊張が解れた様子の相手を視ながら、ギラムは少し嬉しそうに表情を緩め、カップを床へと置いた。

「それで。 お前さんは、本来なら視えない存在なのか?」

温かく美味しい珈琲の味を楽しんでいたグリスンを見て、ギラムは彼についての説明を求めた。言葉を耳にした彼はギラムを見つめるように眼を見た後、軽く頷きマグカップを台の上へと戻した。

「うん。 ……だから、ちょっとでも僕を見て反応を示してくれた人に、コンタクトを取りたくて来たんだ。」

「だからって、一日中俺に付きまとうなって。 それじゃ『ストーカー』だぞ?」

「うぅ……… ごめんなさい………」

自身が普通の人には視えない存在である事を話し出した彼は、自身を視える人を探していた事を伝え出した。彼はとある目的があってリーヴァリィを散策し、数か月間街中を歩きまわっていた事を教えてくれた。

しかし自分を見つけられる相手に巡り合える機会に恵まれず、諦めかけていた時に、ギラムに出会えたのだ。その時はとても嬉しかった事を伝えるも、ギラムはあまり良い思いではない様子で、行動に問題があると言い出した。それもそのはず、今日一日の行動を見ている限りでは、普通に考えれば『変人』でしかないのだ。おまけに追いかけてくる相手が(おとこ)であれば、良い迷惑である。

「……ま、そうするしかないって言うお前の言い訳が分かったから、これ以上は言わないけどな。 それで、俺に何の用でここまでして来たんだ?」

軽く説教をされ落ち込んでいる彼を見て、ギラムは話題を変え、どんな用件で自分の事を探していたのかを質問した。


彼は都市内を中心に行動をしている傭兵であり、接触方法は様々だが依頼を持ちかけられる事は少なくない。現に昨日は、一流企業と元職場を行き来して荷物を運んでおり、しっかりと生活出来るだけの資金を集めているのだ。もしかしたら彼もその一人であって、自分が知らないだけで相手は知っているのかもしれないと思ったのだ。

そんな彼からの言葉を聞いたグリスンは、少し緊張する様子を見せた後、何を話せばいいのだろうかと落ち着かない様子を見せ始めた。先ほどとは違った理由で尻尾が小刻みに揺れており、ツンと突き出た耳も世話しなく動いており、本当に動物としか思えない程に繊細な動きを見せていた。しかし身体の造りは至って人間寄りであり、よく分からない生体であると彼は改めて思っていた。

「ぁの……そのぅ……… ………」

言葉を一生懸命に発しようとするグリスンであったが、どうやら未だに話す内容が整理できていない様子で、言葉を詰まらせていた。先ほどから自分を見ている相手に一度怒らせてしまった事もあり、話す内容によっては激怒されてしまうのではないかと、内心怯えている様にも視えた。動物らしく、相手の些細な行動に身の危険を感じていると、言った方が良いだろう。


そんな中、再び緊張しきってしまっている様子のグリスンを見たギラムは、話す内容が何故すぐに出てこないのだろうかと考えていた。説明が下手だったとしても本題を伝える事は誰にでも出来る事であり、話す順序を考えて何かを伝えられるほど、今の彼に余裕が無い事は解っていた。それでも落ち着かない様子を見せる理由が彼には解らず、もっと別の理由で落ち着けないのではないかと考え、ある事を思い出した。

『……そういやコイツ。 さっきから顔を頑張って上げてるが、目を見て話してないな…… ……ひょっとして、俺の事が怖いのか………?』

しばしの沈黙が続いていたその時、相手が言葉を詰まらせているのは自分のせいではないかと考え始めた。

彼が普段から気にしている事は、周りからすれば自分以下でも気にかかる要因になりかねない。自分の目元から広がった大きな痣は迫力があり、ましてや年頃の顔付を持つ自分ともなれば、刺青を入れた暴力団員程の迫力を感じても不思議じゃない。ましてや相手は動物そのものの感性を持つ存在なのだから、自分の心が視えなければ、落ち着けないのも当然だと。


そう思った彼は静かに口を開き、彼に一言こう言った。

「なぁ、1つだけ言っておいても良いか。」

「ふぁっ…… ……な、何………?」

声を耳にしたグリスンはビクつく様に身体を震わせた後、何を言われるのだろうかとゆっくりと目線を上げた。するとそこには先ほどと変わらないギラムの表情があり、少しリラックスした様子で話を始めた。

「人ってさ、顔付きとか表情で第一印象が決まるって良く言うだろ。 お前も、そういうのってあるのか?」

「ぇっ……… ……ちょっとはあるけど、印象までは行くのかな………」

「そっか。 まぁ、そんなにビクビクしながら言う事に迷わなくても良いぜ。 さっきは怒ったけど、今はそんなに怒ってないからさ。 とりあえず、言いたい事言ってみな。」

「う、うん。」

自分の考えていたことが確信なのかを確認するべく質問すると、グリスンは呆気に取られた様子を見せながら返事を返した。彼からの言葉を聞いたギラムは少し安心した様子で言葉を重ね、何かを心配しなくて良いと伝え、そのまま言いたいことを言ってくれればいいと言い出した。優しくも気遣ってくれているギラムの言葉を聞いた彼は、返事と共に頷くと、深呼吸をする様に目を閉じた。

その後ゆっくりと目を開け彼を見つめると、優しい眼差しを向けたままこう言った。




「あのね。 ……僕に、君を護らせてくれないかな。 君に、力を貸したいんだ。」



落ち着いたと同時に言われた言葉に対し、ギラムは耳を疑った。

自分の元を訪ねた相手は、何かを頼み込みに来たのかと思っていたが、そうではない。彼は自分の事を『護りたい』と言い出し、自分のために力を貸させて欲しいと言い出したのだ。しかし普通に考えれば、彼の台詞は異常だった。



傭兵である自分を、護りたい。



どう考えても、違和感が残る言葉であった。

「ぇっと……… 護りたい? 俺をか??」

「う、うんっ 僕達エリナスはね、ココとは違う世界『クーオリアス』から来たんだ。 ぁっ、エリナスって言うのは………ギラムの言葉でいう、獣人だよ。 それで…… 僕の力を使って、君を護らせて欲しいんだ。」

彼がギラムへとお願いしてきた行動、それは『彼自身の護衛を主とする、力の助力』という内容だった。

申請した相手と行動を共にして、その人に降りかかるやも知れない事柄を払うために力を貸したいという事。それはつまり、この先に何かが起こるかもしれないという前触れであり、この世界で何かが起こるかもしれないという予兆を意味している事でもあった。

意味を辿れば辿るほど物騒な話だが、やはり彼には不可解な部分があった。

「……ぁ、生憎だがグリスン。 俺はリーヴァリィで『傭兵』って仕事をしてる身でさ、どっちかって言うとお前の要求する行動と似た事をする立ち位置に居るんだ。 ちょっと相手を間違えていないか?」

「ぁっ、そうなんだっ じゃあ、戦い方には慣れてるんだね?」

「は?」

話の読解が低いのか、はたまた話を聞いていないのか。グリスンは彼からの返答を聞いて少し嬉しそうにしており、彼はますます首を傾げてしまう返答内容だった。無邪気に嬉しさを表す所が、物騒な行末を思わせるやりとりである。

とはいえ、持ち出された依頼内容を聞いたギラムは考えずして依頼を振る事はしない。必ず依頼内容と対等の条件で得られるモノが無ければ、彼は依頼を受ける事はせず、話は流れる事もザラではない。相手が自分に対し、何かを予感してその事柄を申し出て来たのだとすれば、それは必ず自分の試練になると考えられる。彼の助力無しでは成しえない事かもしれないし、はたまた彼の助力無しでも成し得られる事柄かもしれない。しかしそれが解るのは事が起こってからであり、それでは遅すぎるのだ。


いろいろと予測して話をしなければならないと思った彼は、しばし考えた後、口を開いた。

「……… なあ、グリスン。」

「何?」

「お前…… まさかとは思うが、俺に何か隠してないか………?」

「えっ!?」

内容を聞いて考えてくれていた彼の言葉を聞こうと、グリスンは耳を傾けた直後。まるで図星を突かれたかの様な問いかけを耳にし、再び焦りだす様子を見せ始めた。

どう見ても素直な反応であり、返答を聞くまでも無いほどに何かを隠している事がギラムは理解できた。彼はこの先に何か起こる事を予測しており、自分自身を視える相手を護るために、この世界にやって来た。自分の力を使ってでも、その人を護りたいと思っているという、優しさが(にじ)(あふ)れた事柄を申し出てきたのだ。

とはいえ、相手が相手なためか、ギラムも決定打を押せずにいる様だった。

『………コイツ、本当に(いく)つなんだろうな……… 歳が解らん。』

護りたいと申し出てきた相手ではあるが、彼は先ほど言った通り自分自身を守れるだけの素質は兼ね備えていると認知している。仮にもしその申し出を受理したところで、果たして彼は何をすることが出来るのだろうかと、不信に思わせる容姿をギラムに見せていた。


素直過ぎる心持に、幼さを覚えさせる大きな瞳。無邪気な程に喜びを表し、困惑と同様を隠し切れない素直な尻尾。自分よりも鍛錬を行っていない様にも思える、華奢な身体。

仮に自分が女であれば良かったかもしれないが、残念ながらそうではないのだ。どう考えても、自分よりも弱そうなのだ。

「ぁ………で、でもねっ 僕みたいに頼りない相方が増えても、契約したらすっごい力が手に入るんだよっ! もう、それはもうっ! 魔法って呼べるくらいの力なんだ!!」

「力……なぁ……… ………」

「そ、そんな『悪徳商法を受けてます』みたいな顔しないで……… うぅ………」

そんな彼の眼差しが突き刺さる中、グリスンは苦し紛れに利点を上げ始めた。

例え頼りない自分だったとしても、そばに居るだけで凄まじい力を手にする事が出来る事。仮に相手を頼れない相手だったとしても、自分自身で護ることが出来る程の事が成し遂げられる事など、普通に聞けば良すぎる話である。だがしかし、考えれば考えるほど裏が見え隠れしてしょうがない発言に過ぎない。

再びやってきた眼差し攻撃を受け、グリスンは先に白旗を上げる様に言葉を漏らし、縮こまる様にどんどん肩身を狭くし始めた。本当の事を言っているつもりなのだろうが、やはり伝わらないのだろう、言葉は選び様である。

「………ハァ。 なぁ、本当にそれが事実なのか……? 俺はそんなに、信用が無いような顔をしてるか………?」

そんな彼を見たギラムは溜息を付きながら、再度それが事実なのかと問いかけた。半ば信用されていないやり取りに呆れてしまっている様子で、先ほどまでフォローをしようとしていた自分が情けなく感じたのだろう。

怒りを通り越し、残念そうに彼が言った時だった。

「ぅ、ううんっ!! 君みたいな人と一緒に慣れたら、僕も嬉しいの! 本当に何か変えられるんじゃないかって、思えるくらいに!!」




「………」

「ぁっ…… ………」

そんなギラムを見て悪いと思ったのか、不意に彼は落ち込んだ顔から豹変し、一生懸命に告げるかの様に真面目な顔をしてギラムに訴えだした。しかしその気遣いによって、先ほどまで努力して言ってきた事が嘘に変わった事を理解し、グリスンは再び口を閉じてしまった。

「……ゴ、ゴメンなさい……… ……僕、そろそろ帰るね………」

「………」

その後しばしの沈黙の後、グリスンは一言詫びを告げ、その場に立ち上がった。

そんな彼を見ていたギラムは、立ち去ろうとする彼を目で追わず、前を向いたまま沈黙を貫いた。自分を目で見送ってくれない彼を見たグリスンは、残念そうに背中を向け、その場を後にして行った。




ガチャンッ………


「……ハァ……… アイツ、何か解ってて俺にそう言ったな……… 馬鹿な奴だよ、本当に………」

相手を傷つけてしまった事に対し、グリスンが申し訳なさそうに一言告げて去った後。ギラムは再び溜息を付き、相手が何を思ってそこまで言葉に迷っていたのかを悟るのだった。その後床の上に置かれ、手を付けていなかったため冷めてしまったコーヒーを一口飲みつつ、ギラムは窓辺に視線を向けながら呟いた。

(まも)りたい………な。』

彼がここへ来た理由を再度振り返り、グリスンはこれからどうするのだろうかと、少しだけ心配するのだった。


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