14 信者雄叫(しんじゃのおたけび)
馴染みのある部下との行列待ちというのは、時の流れを早くさせるモノなのだろうか。彼等が待機した列は次第に行進を始め、建物の中に入って行ったのは、そう長くはない頃だった。
今回の会場として用意された場所、それは都内に立ち並ぶビルの一つに用意された『ライブハウス』であり、比較的大きな室内に彼等は階段で移動していた。ステージが始まる前に赤と青のパイプ椅子で用意された各々の席へと順番に通される中、ライゼを始めとしたファンの人々の活気が高まり始めたのは、言うまでも無いだろう。お目当てのアイドルが居ないにも関わらず、誰かが騒ぎ立てればそのままコールに繋がりそうな程である。
しかし実際にそうなる事は無く、各々の目的を果たすべくファンの皆は座席に一部の荷物を残し、別室へと向かっていった。何処へ行くのだろうかと首を傾げるギラムに対し、ライゼも同様にリュックサックをその場に残し、隣に座っていた彼に対し理由を説明しだした。
「コレから閉会までの間、イオルちゃん達のグッズが販売されるんすよ。前半はお手伝いの人達がメインすけど、売り切れるよりは断然良いですからね。」
「なるほどな。俺も付き合うぜ、結構な量買いそうだしさ。」
「恐縮っす。」
軽く照れながらそう言う部下に続き、彼もまた適当な荷物をその場に残してその場を後にした。
グッズ売場として設けられた別室までは、扉一つを隔てたそう遠くは無い場所に設営されていた。既に待機列が出来上がる程にまで膨れ上がったファンの波は凄く、キチンと順番を守りながらも今か今かと順番を心待ちにしていた。
そんな待機列に付き添いとして並んだギラムは、常連であるライゼの行いに眼を配り、どのような流れで購入していくのかを見ていた。流れとしては比較的単純であり、待機列の合間に置かれた商品ラインナップで品定めと会計金額を大まかに算出、後の会計場において商品を告げた後、金子と引き換えると言うものだ。しかし現金取引を行う人は比較的少なく、基本皆は『センスミント』を用いたキャッシュレス決済をしており、釣銭勘定やお会計にまごつく事はほぼ無いのであった。
中には仕組みが分からず時間を食う者も居たが、恐らく『新規のファンなのだろう』と寛容的に彼は見るのであった。しかし合間に野次が飛んでこない事が無い訳ではなく、中々に騒がしい会計場であった。
『イオルが言ってた「一部の騒動原因」はあの辺か。二人も大変だな。』
友人を取り囲む知られざる環境を知った彼は心の中で再度同情しつつ、列に沿って足を止め近くに立てられていた看板に眼をやった。その日陳列されていた商品は、主に『ブロマイド』と呼ばれる写真を始め、愛を身で語れる手頃なキーホルダーや缶バッチ、ファンならば携帯はしても使用しないであろうハンカチやタオルなど、多種多様な品揃えであった。そんなグッズへ目にやるも、あまりピンと来ていないギラムはよく分かっていない表情を浮かべた後、並ばずに去るのも悪いと思ったのか、会場の熱気への配慮と思われる手頃な価格の『飲料水』を買おうと思うのだった。
しばらくしてそんな物販部屋での買物を終えた二人は、再び会場へと引き返し荷物を整理した後、イベントに挑むのであった。
開場した後に行われたイベント、それは一言で言えば『華やかな舞台』だった。顔見知りであるメアンとイオルの舞台は、以前アリンの元で行われたファッションショーの際に見せてもらった講演と内容は似ており、新曲の披露と言う事もあってかダンスにもキレがあった。ステップを踏む際にも靴音を響かせる様にしっかりと踏み混み、会場の熱を上げるかのように手拍子も忘れず、そして満面の笑みを振りまいてファン達を魅了する。始まると同時にやって来る雄々しくも萌えを求める者達の声援はとても熱く、改めて彼等の熱量にギラムは驚かされずにはいられなかった。
そして自らの隣に居たライゼも同様に会場を盛り上げるべく声を出しており、こちらはこちらで純粋に楽しんでいる様にも思えた。既に手荷物の中に仕込まれていたのであろう赤と青のペンライトを両手に掲げており、彼女達の歌に合わせて上下に振る時も有れば左右に振る事も有った。そして動作の合間に彼の押しである『イオル』からのウィンクが飛んでくると、完全に心を射抜かれているのか立ち眩みの様に背後にのけ反る始末である。
何かと見ない部下の顔を沢山見せてもらえる、とても新鮮な時間であった。
ステージ前方間際でこれまた意味深なダンスを繰り広げるファン達も居り、桃色のマントの様な衣装に身を包んだ、俗にいう『親衛隊』とも言えそうな者達が汗を流しながら活気を送っている。幾度となく相手にして来た創憎主達とはまた違った、暑い戦いがその場で繰り広げられるのであった。
そんなライブも暑く、段々とお開きの時間が近づいた頃だった。
「みんなぁ~! 今日も来てくれて、どうもありがとうっ!!」
「アタシ達もすっごーく楽しかったよー! 皆はどうだったー?」
「「うぉぉおおおおーーーー!! 楽しかったぁああーーーー!!」」
「「イオルたん萌えぇえええーーーー!!」
「「メアりん舞ってくれぇええええーーーー!!」」
『最後の声、ヤバい奴混じってねえか………?』
会場に居るファン達とのコミュニケーションを楽しむべく送られた声援、それはその時その時の喜びや楽しさを分かち合うモノなのだろう。素で見せていた彼女達の愚痴とは裏腹に、皆をあっという間に虜にする魅力を彼女達は見せつけていた。既に彼女達以外が視えないかのようにファンは四方八方から声を上げており、ステージに近づき過ぎる一部の面々はボランティアと思われる警備員に押し返されていた。
そんな時だ。
「実は今日は、皆さんの中にサプライズを用意させてもらいましたー! 何か分かるかなー?」
「「わかんなーい!!」」
「それは、本日『紅い椅子』に座った方限定の『握手会』でーす! 素晴らしく運のある方は、誰かなー??」
『紅い椅子?』
不意に彼女達の口から告げられた言葉、それは以前彼が案を提供しイオルが考えた『ファンへの粛清』と思わしき内容だ。声を耳にしたファン達が一斉に振り返り自らの座席の色をチェックしており、後に湧き出る声は有頂天か落胆ととても極端なモノだった。何故そこまで解りやすい反応をするのだろうかと彼は首を傾げるが、後にライゼから告げられた説明によると『握手会は本当に稀である』からである。
ちなみにライゼとギラムの座った椅子は『青色』であり、双方共にハズレである。
半ば億レベルの宝くじが当選したかのような反応に分れた後、彼女達は幸運な人達を先に別室へと移動させた後、その日のイベントは終了するのであった。