表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鏡映した現実の風~リアル・ワインド~  作者: 四神夏菊
第六話・狩猟より退けし蒼き護人(しゅりょうよりしりぞけし あおきもりびと)
188/302

13 待合(まちあわせ)

自らの予定を空けるためか、はたまた相手の希望に添う行動を取りたいがためか。朝から仕事をし上司のお使いをしっかりとこなした彼が帰宅したのは、黄昏時を終え夜に向かおうとしていた刻だった。一日中留守にしていたがためにグリスンの容態を気にしながら家に引き返すも、フィルスターの看病もあってか無駄な心配に終わるのであった。

そんなこんなで夜が明け、次の日の事だ。




『……思ったよりも早く着きそうだな。』


自らの部下であった友人の約束を果たすべく、その日のギラムは仕事へ赴く時間よりも早く自宅を後にしていた。晴れ間の広がる空に点々と雲が浮かぶその日の陽気も暑かったが、風が涼しく比較的過ごしやすい気候であった。陽気に合わせて「Tシャツに袖無しの羽織にしてきた事が正解だった」と彼は思いながら、待ち合わせ場所である洋菓子店『ロレーヌ』に向かっていた。

ちなみに彼が今向かっている店は最寄りのプリンツレゲンテ駅から少し離れた場所にある為、現状は歩いて向かっており、待ち合わせの時間よりも十分程早く着きそうな頃合いであった。



道中で変わった事もなく、彼が目的地に近づいた時だった。


「ギラム准尉ーっ」

「?」


彼の元に元気良く飛んでくる自身の名を呼ぶ声が聞こえたのは、目的地が目と鼻の先になった頃。店前に点々と立ち並ぶ街灯の元に居た部下の姿を見つけた彼は、軽く手を振り返事をするかのように近づいた。それを見た相手は満面の笑みを浮かべながら彼の元へと駆け寄ってきた。


「おはようございまっす! ギラム准尉!!」

「おはようさん、ライゼ。早いな。」

「准尉を待たせるわけにはいかないっすから。さっ、アッチっすよ。」

「はいはい。」


そんな待ち合わせの場に着いたのも束の間、彼は相手に導かれるがままに再び移動を開始し、彼の言う『用事』を成せる場へと向かうのであった。ちなみに大の男二人が何処へ向かうのかは、ギラムはまだ知らされておらず、ただただライゼの案内に沿って移動していた時だ。


「……ってか、ライゼ。さすがに外でその呼び方はマズイだろ。職業柄がバレるぞ?」

「? ……あぁ『准尉』って呼び方っすか? 大丈夫っすよ、その辺りは。」

「え、何でだ?」

「それは、目的地の近くに行けば解るっすよー」


珍しく話を濁されてしまい軽く疑問が頭の中を占領する中、ギラムは相手の今日の出立ちに焦点を当てだした。


本日のライゼの服装はシンプルにまとめられており、白のTシャツに深い緑色のチノパン姿だ。靴は合わせてなのか黒のスニーカーを履いており、背後には黒地に紅のラインが入った少し大きめのリュックサックを背負っていた。仕事の際に携帯する事のある彼の服装とはまた違い、軽快かつラフなコーデ内容となっていた。

そんな彼等が向かった場所、それは街中に突如と現れた『行列』であり、彼の目的がその先にある事を説明しつつ最後尾に並び始めた。


行列に並ぶや否や二人はのんびり開始時間まで待つ中、ライゼはリュックサックを降ろし中の荷物を漁り出した。しばらくすると道中で購入したのであろう『飲料水』を取り出し始め、その内の一本をギラムに差し出した。どうやら用事に付き合ってもらう為に用意された追加の対価らしく、彼が普段から飲用している『クリスタルゲイザー』のペットボトルであった。手渡された水を受け取った彼はお礼を言いつつ一口水を飲みだすと、不意に自身の後ろに並び出した他の行列の主達を視始めた。


続々と後に続く行列の人達はそれぞれが思い思いの過ごし方で列の待ち時間をつぶしており、中にはセンスミントを弄るモノや携帯出来る電子端末を用いて娯楽を楽しむ者も居た。独りで来ている者も居れば自身と同じく複数人で待ち時間を過ごしている者も居り、一部の主はカメラのレンズを一生懸命磨いており、集団内ではひと際目立つ桃色のハチマキを巻いた相手も中には居たほどだ。

そんな景色を見ていたギラムは、ふとある事に気が付いた。


『………ん? この雰囲気、どっかで見た事あるような………』




「……? どうかしましたか、ギラム准尉。」


不意に感じ始めた違和感に首を傾げたその時、自身の前に居たライゼはスポーツ飲料を口にしつつ声をかけて来た。突然やって来た言葉に対し彼はいつも通り返答をした後、彼は改めてこの行列が何の列かを問いかけだした。何やら濁された感は有れど問いかけに対しライゼは素直に返事をした直後、リュックサックからセンスミントを取り出した。

そして慣れた手付きで端末を操作し、中から一部のデータを呼び出し電子盤として展開した。


展開された電子盤に乗っていたモノ、それは書面と思わしき一通のメールと、幾多もの人物が写った写真。メールは今日の日付で行われるイベントの招待状と思わしき内容が書かれており、その日の用事の内容が簡易だが分かる代物に違いは無いだろう。そんなメールを軽く目で流し読みした後に写真を視ると、そこには彼の良く知る友人の姿が写っていた。


白髪の髪に左右色違いの眼をしたとても可愛らしい女性、イオルの姿だ。


「今日の行列は、俺の心の恋人に会うためのものっすよー」

「心の恋人って…… まさか、コイツか………?」

「そうっすよ。『イオル・ノティス』こと『イオルちゃん』っす。カワイイっすよね~」

「………」


写真に映し出されていた彼女は楽し気にカメラに向けてVサイン向けており、どうやら投稿先で写真を仕入れた様だった。写真を視たライゼは楽し気にVサインを返しており、どうやらぞっこんの様である。フルネームで相手の事を紹介しつつも愛称で呼ぶところを見ると、只の顔見知りの関係とも言えない雰囲気である。


しかし下心と欲望丸出しの顔かと問われれば、それも否である。


「イオルちゃんが大好きな人達は多いっすから、こうやって朝早くから順番待ちの列に並ぶんっす。早ければ握手会の整理券も貰えるし、グッヅとかも新しいのが早めに買えるんです。」

「………お前、アイドルとか好きだったのか…… 意外だよ。」

「あぁ、よく言われるっす。でも、そんなに不思議な事じゃないっすよ? 部隊のメンツの大半が、イオルちゃんやメアンちゃんを始めとしたネットアイドルが大好きですから。」

『俺の居ない間に、サンテンブルクを含めた治安維持部隊で何があったんだ………? サインナからそんな話、一切聞いてないぞ。』


軽く失笑しながらギラムは呆れ、自身が抜けた後の所属場所で何があったのだろうかと心配しだした。



元より女気がゼロに等しい治安維持部隊では、雄々しい男達が大半のむさ苦しい職場だった。地位によるパワーハラスメントもゼロではないが、しっかりとした上下関係の下で働く人々には、それが自然であり心身ともに鍛え抜かれる場所としても有名だった。しかしその場所に異性のイの字も無いともなれば、その癒しを求める矛先が何処かに存在しても不思議ではない。結果、彼等の心の癒しとして『ネットアイドル』が選ばれたのかもしれない。

無論サインナを含めた他の女性隊員達も所属しているが、社内恋愛の様な事が起こる事も無く既に圏外となっていたのだろう。


現に隣に居るライゼは楽しそうに写真を視ており、この後開かれるのであろうイベントに期待を高めていた。初めのデータと共に現れたメールとは別の書類にはチケットを購入した際に貰える領収書が印字してあり、きちんと彼のサインが描かれていた。抜かりの無い準備を視ると、どうやら常連の様にも思えた。


「……結構来てるのか、この……イベント?」

「うっす、ファンになってから一度も欠席した事は無いっすよ。休みはちゃーんと取れる職場っすから、非番の日と都合を合わせてやってるっす。」

「でも、何で俺を誘ったんだ? 俺は良く分からないぜ、こういうジャンルは。」

「ギラム准尉に、俺の趣味を知ってもらいたかったからっす。俺はギラム准尉の前では素のままで居たいと思ってるし、准尉はきっと俺の事を毛嫌いする事はしないと思う。軽く引かれたとしても、ギラム准尉は俺を俺としてみてくれるっすからね。そういう意味でも、知ってもらいたかったんっす。」

「そうだったのか。……だが、俺は言う程立派な人間じゃないぜ? 抜けた職場に対し、平然と顔を出す輩だ。」

「何言ってるんっすか! ギラム准尉は、治安維持部隊からの依頼を全うにこなせるだけの実力を持ってるっすよ? 恥じるどころか、むしろ誇れるぐらいっす!」

「そ、そうなのか?」


そんなイベントの行列が賑わいを見せだす中、不意に口にしたギラムの発言にライゼは食いこむ勢いで反論しだした。悲観的に考えていた彼とは正反対の意見を持ち合わせていたライゼにとって、彼は理想の上司であり自らが従い続けたい憧れの准士官だったのだろう。

部隊を抜けてからも変わりなく接し続けてくれる後輩であり、彼にとっても大事な部下として視ていた。


だからこそ、必死になってでも伝えたい部分もあったのだろう。ギラムはギラムであり、自分にとって唯一無二の存在であると。


「ギラム准尉は、サインナ将を含め俺達の憧れだった相手。部隊とそりが合わない事があったにせよ、俺の事は一隊員でも『ライゼ』って名前で呼んでくれる。俺はそんなギラム准尉が大好きだし、これからも仲良くしていて欲しいっす。」

「仲良くなぁ……」

「まぁもちろん、ギラム准尉が俺と同じでイオルちゃんを好きになってくれたら、それはそれで嬉しいっすけどねっ ぁ、でも心の恋人ってポジションだけは譲らないっすよー?」

「安心しな、そのつもりはねえよ。お前の恋人なんだろ?」

「そっす!!」


改めて部下からの人望を受けた事に対し、ギラムは満更でもない様子で返事を返していた。そして楽し気にするライゼの話し相手になりながら、一緒に時間を潰しつつ行列の進行に合わせて会場に向かうのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ