10 馴染部下(アングレイ)
「……栄誉を称え、ココに表彰します。おめでとう。」
「ありがとうございます。」
パチパチパチパチ………
射撃祭の一般参加部門が終了し、今年の射撃王が決定されたのはギラムが参加して数時間が経った後。施設内に囲まれた空が黄昏時に染まりかけたその頃、毎年の様に表彰を受けた彼は賛辞と拍手の中で記念品を受け取った。
発表間際まで彼が座っていた椅子の上にはフィルスターが大人しく座っており、会場に居た人々と同様に両手で拍手を主人に送るのであった。
その後次の演目に進むべくアナウンスが響き渡る中、ギラムは記念品を手にフィルスターの待つ場へと戻ってきた。帰還した主人を眼にした幼き龍が両手を広げて笑みを見せる中、ギラムは相手の頭を優しく撫でた後、受け取った記念品を手荷物の中へとしまいこんだ。後に流れる様にやって来るサインナを含めた治安維持部隊の上位の隊員達との歓談の後、彼は一足先にとその場を後にしだした。
「キキキュッ、キッキュウッ」
「ありがとさん、フィル。」
最終日となった射撃祭の賑わいが後方で増す中、彼はフィルスターからの言葉に返事を返していた。半ばその場から速足で退散するかの様に移動するのには訳があり、あえて幼き龍を肩には乗せず今は左腕で抱える様にして運んでいた。
射撃祭で今年の射撃王が決まった後、治安維持部隊の施設内では恒例の『ダンスイベント』が開催される。部隊に勤める隊員隊は各々で用意した『花』を手に来場した人々にお誘いを掛け、受理されるとそのまま夜に向けてのダンスを行えると言うものだ。
その為男性隊員の割合が多い治安維持部隊では数少ない『婚活』の場としても利用されており、毎年選ばれた隊員部門の射撃王は高い確率でダンスを受理され、そのままゴールインしているのである。しかしいくら割合が多いとはいえサインナの様に『女性隊員』も少なからず居る為、彼は一般部門で選ばれた射撃王として声をかけられる前にと去っているのである。
元より異性からの声に対し良い第一印象が薄い為か、馴染みの相手であるサインナ以外の誘いには乗りがたい部分もあるのであろう。無論女性が好きな彼にとっても貴重な場として認識してはいるが、下手に毎年選ばれている射撃王の自分がその場に居るのも何処か後ろめたいモノがある様だ。ましてや下手に受理している場をサインナに目撃されるのもまた、彼にとっても望んでいない事と言えるだろう。
他の知り合いの部隊員達から、盛大に茶々を入れられるのがオチである。
そんな部隊員達の眼を掻い潜る様に移動し、愛車の待つ駐輪場へと向かっていた。その時だった。
「ギラム准尉ー!!」
「?」
すれ違う人々の数が次第に薄くなりかけていた道を歩く中、彼は聞き覚えの有る声で独特の呼ばれ方をされだした。声を耳にした彼はフィルスターを抱えたまま振り返ると、そこには治安維持部隊の制服に身を包んだ青い短髪の青年が手を振っており、こちらに駆け寄って来ていたのだ。
相手の姿を視た彼は普段と変わらない笑みを浮かべながら手を振り返すと、相手は満面の笑みを見せながら彼の元へとやって来た。
「ギラム准尉、お疲れさまっす!」
「おう、ライゼ。そっちもお疲れさん。」
「うっす。射撃祭の優勝、おめでとうございます! 俺もう感動しました!!!」
「毎年大袈裟だな。別に良いんだぜ、そこまで逐一感想を言わなくてもさ。」
「いーえっ、ギラム准尉への敬意も込めての事ですので。こればっかりは譲れません。」
「そっかそっか。」
自らよりも若いやんちゃそうな青年にそう言われた彼は、相も変わらない返事をしながら再び歩き出し、二人揃って道を歩き出した。
彼の名前は『ライゼ・アングレイ』
ギラムがまだ現代都市治安維持部隊の准士官を務めていた時、サインナと共に彼の元で指導を受けていた青年隊員だ。風を切る空を連想させる綺麗な青い髪がとても印象的な彼は、一言で言うと『やんちゃ』であり何時でも真っ直ぐに彼にぶつかり、信頼を獲得してきた過去も持ち合わせていた。
サインナよりも背丈は有れどギラムには敵わず、彼が部隊を脱退してからはサインナの配下として『三等陸曹』の地位で現在は活動を続けている。
ちなみにギラムから視ても当時から頼れる部下としてみており、数少ない馴染みの部下の一人であった。
「そいや、そっちの方は連れっすか。去年は見かけなかったんすけど。」
「あぁ、少し前に俺の所に来てな。『フィルスター』だ。」
「キュッ」
「そうだったんっすね。よろしくっす、フィルスター」
射撃王決定の前にやり取りを交わした隊員とは打って変わって、悪意すらも感じられない青年のやり取りは常に明るく、自らの元で同居するフィルスターにも同様の様に接していた。ギラムとはまた違った口調が特徴的だがその言葉に表も裏も無く、常に自らの身に恥じない言動と態度を取っていると言っても過言ではない。その行いは部隊でも変わらず常に上からの指示に忠実に従っており、ギラムと同じく部下からの信頼も厚い存在となっているのだ。
共に黄昏時の歩道を歩きながら他愛もない話を繰り返す中、ギラムもまた自然と笑みが零れその勇ましい顔に似合う雄々しさを見せるのであった。
「今年もギラム准尉は早くに退散するだろうと思って、俺も勧誘を無視してこっちで待ってたんっすよ。予定よりもちょっと早かったんすけど、急ぎだったっすか?」
「いや、そこまで急ぐ用事じゃないがそこそこな。最近俺の所に『居候』が居るんだが、ちょっと風邪紛いの症状をこじらせてさ。少し長引いてるんだ。」
「じゃあ、その居候の人の為にって奴っすかね。薬買いに行くんすか。」
「『買いに』って言うか『貰いに』だな。普通の風邪じゃないらしいからさ、知人に頼むつもりだったんだ。」
「あ、そうだったんすね。……そしたらギラム准尉、差し支えなければコレを持って行って欲しいっす。」
「ん?」
やり取りをしながら駐輪場へと向かう中、彼は不意に相手からの言葉を聞き顔を横へと向けだした。するとそこに見慣れない銀色のスチール缶と思わしき薄手の丸い容器を差し出すライゼの姿があり、何処から出したのだろうかと思いながら彼は容器を受け取った。
表面には象形的に描かれた白地に蒼い十字と思わしきラベルが張られており、蓋を回して中身を見るとパラフィン紙に包まれた粉薬が幾つか納められていた。
話を聞くと彼の地元で良く効くとされた妙薬らしく、普段から携帯していたとの事だ。彼は話を聞き大事な薬を分けて貰う事に少し躊躇いはあれど、後に持ち出された話題でその想いは変わるのだった。
「そしたら准尉、交換条件って事で良いんで。明後日、何か予定ありますか?」
「明後日?」
不意にライゼから申し出て来た提案、それは非番の日に合わせて用事に付き合って欲しいと言うモノだった。どうやら射撃祭のイベントが一段落して落ち着くのが丁度その日らしく、彼の言う用事もまたその日に行われると言う事だったのだ。よく聞くとその用事は彼にとってもとても大事なモノらしく、ギラムにも是非同行してその用事を楽しんで貰いたいと言うのである。
半ば趣味の共有とも言えなくはないが、非番をそれに当てる程ともなれば余程大事な用事なのだろう。目を輝かせながら言う部下の様子を見て、彼は流れに押されながらもセンスミントで予定を確認しだした。
慣れた手付きで端末を弄り周囲に電子盤を展開しだすと、その内の一つに格子状の枠に嵌められた数字が写った画面を見つけ、彼は指先でチョイスし画面を広げ予定があるかどうかを確認しだした。半透明で軽く背景が写るカレンダーには所々空白が目立っており、彼の言う日時に対してもそれは変わらなかった。
「あぁ、予定も無さそうだし構わないぜ。明後日、何処で待ち合わせしようか。」
「じゃ、じゃあ!! プリンツレゲンテ駅の近くにある、『ロレーヌ』って場所で!!」
「了解、プリンツレゲンテ駅のロレーヌな。時刻は。」
「〇九…… ゴ、ゴホンッ…… 九時、三十分でどうでしょうか。」
「了解、じゃあその時間にその場所で落ち合おうか。楽しみにしてるぜ。」
「うっす!! ありがとうございまっす!!」
無事に受理されたやり取りに狂喜する部下を見て、ギラムは苦笑しながら受け取った容器を手荷物の中へとしまった。その後落ち着きを取り戻した様子のライゼは軽く照れながら再び挨拶をすると、駐輪場の前で彼と別れ元来た道を駆け足で戻って行くのだった。
軽く慌ただしくも変わらない部下の様子を見て満足したのか、ギラムは再び口元で笑みを浮かべながらザントルスの元へと移動し、エンジンをかけてその場を後にするのであった。




