08 手向花(かことのたいじ)
自らと違い現役である他の治安維持部隊のトップクラスの者達とのやりとりを終えたその後、ギラムとフィルスターはメインイベントが始まるまでの時間を食事をしながら潰していた。彼が招待された『射撃王』を決める祭典は毎年午後に開催され、昼食を挿んだ射撃部隊員達の大会の後に一般部門が毎年開催される。陸軍部隊を含む現役の隊員達が唯一公の場で技量を競い合えると言う事もあってか、主に若き青年達を中心に楽しみにしている余興とも言えよう。
無論ベテランとも言える階級持ちの隊員達も参加する為、一重に『射撃王』を獲得出来るかと問われれば否だ。
そんな部隊員を始めとしたプロとは違い、一般部門では難易度は比較的下がるも同様の内容で射撃王を決める事となっている。銃器の携帯を不要とする治安を獲得するに至ったリーヴァリィでは不要な行いとも言えなくはないが、元より出来上がった行事を疎かにすることは無く次代に合わせて行うのが現代の治安維持部隊の大臣による意向だ。その為毎年改良される部分も少なくは無いが、双方の部門は変わらずに行われているのである。
無論その時点で犯罪に走ろうモノならば総動員で確保される為、軽み弾みであったり計画的に犯罪を行おうとする者はゼロではないが、毎年減少傾向にあるそうだ。理由は部隊員が優秀になって来た事もあるが、この時期に現れる『凄腕の元准士官』が抑止力になっているとの事だ。
部隊員に対して注意を払っていると、予想外の所で足止めを食らう事になる
そう言った観点から勝率が年々減少傾向にあるらしく、毎年平穏かつ賑わいを見せた祭りの内容となっているのであった。
「キューッ キッキュッ。」
「旨いか、フィル。」
「キュッ ……ウギュウーッ」
そんな抑止力になっている事を知ってか知らずか、ギラムとフィルスターは手頃な屋台で購入した昼食を近くのテント内で口にしていた。その日の昼食は治安維持部隊特製の『カレー』であり、この日は『海上部隊』の物を食していた。
魚介類を始めとした具材に合わせて刺激的なスパイスを効かせたその日のカレーは絶品であり、都市内では基本的に口にする事の出来ない味わい。ましてや彼の元の所属部隊が『陸軍部隊』という事もあり、基本的に口に出来る物ではない為、この場に赴いた際には他の部隊の物を食べているとの事だ。
彼と並んで食べているフィルスターも同様ではあるが具材少なめの『スープカレー』を飲んでおり、中々癖が強いのか何度か火を吐くかの如く口を開け辛そうに食べていた。実際に火を吐けないため危険性は無いものの、うっかりすると氷の吐息が出て来そうな勢いである。
「ご馳走様でした。……毎年他の部隊のを食べてるけど、やっぱ海上部隊の奴が中身が多くて好きだな。」
「キュキッ?」
「あぁ。肉と野菜の奴も好きだが、俺的にはこっちのあっさりした奴でちょっとズレたカレーの方が好きなんだよ。使ってる材料の一部が特殊だから、家じゃ作れないけどな。」
「キュー ……ウギュウーッ」
「辛いなら無理すんなよ、何時ものブレスが出そうな勢いだぞ。」
「キュウッ」
そんな辛そうにしつつも意地でも食べると言わんばかりのフィルスターを見てか、ギラムは苦笑しながら席を立ち、使用していたトレーとスプーンを指定のゴミ箱へと投函した。来場者に合わせて使い捨ての物を用意しているため現状どれくらいの人達が食べたのかが一目瞭然であり、今年も賑わいを見せている事を彼は改めて理解するのであった。
食事の後始末を終えた彼は一足先にテントを離れ背伸びをした後、ふとある事を思い出し背負っていたリュックからあるモノを取り出した。それはこの場に赴く前に顔見知りの狼獣人から渡された『竜胆』の花であり、彼との約束を果たそうと手頃な地面を探し出した。
基本的に整備された治安維持部隊の施設内には草花は決まった場所にしか生えておらず、目立つ紫色をした竜胆は何処に刺しても人目に付くと言って良いだろう。変に部隊員に見つかって職務質問されてはサインナ達に申し訳が立たない事も有り、彼はどうするかと考えていたその時、ある事を思い出した。
『………そうだ、あそこに手向けるか。』
少し懐かしくも苦い思いをした記憶と共に映った光景を思い出しながら、彼は遅れてやってきたフィルスターと共に目的地の場所へと向かって行った。
彼等が向かった場所、それは以前から現役で部隊に務めるも貢献活動を終えてしまった者達の集う『石碑』だ。歴代の戦友達が眠るその場に彼は静かに向かって行くと、そこには来賓を含めた他の者達によって手向けられた沢山の献花が添えられていた。色とりどりの草花で構成された花は夏場でも賑わっており、射撃祭に合わせて足を運んだ家族や友人達によって毎年賑やかさを増すのだ。無論その行いに対してはマチイ大臣を含め全部隊員が承諾している為、その日限りで石碑は一般の者達の立ち入りが許されるのだった。
そんな場所に対して彼は重くも苦い経験をしており、自らの判断によって部下であった隊員三名の命を落としてしまった。その日から少しずつ変わり始めた自らの人生を思い出しながら、手にした竜胆を近くの地面に刺すと、その場で膝を折り静かに頭を垂れた。
亡くなった者達は帰っては来ない上に身内の家族に辛いを想いを抱かせてしまった事実は変わらず、自らが責任を取って何か出来る程人生は甘くはない。故に自身にとって一番『償い』と思える行為とその想いに負けない様に精一杯生きる事を務めており、彼自身が望む生き方をしようと部隊の脱退を選んだ過去。そんな過去と唯一向きあう時と割り切って、毎年赴くその場所その区域に対しての想いを彼は向けるのだった。
事態が良く分からず肩に乗ったままであったフィルスターも同様に頭を下げ、主人と同じくその場に眠る者達に対し想いを向けていた。そんな時だった。
「おやおやおや、来場者に紛れて随分と珍しい方が神聖な場所におりますねぇ。」
「?」
膝を突き静かに黙祷を捧げていた彼等に対し、無人であった石碑の元に一人の隊員が静かに歩み寄って来た。聞き覚えのある声と口調を耳にしたギラムは閉じていた目を開け静かに振り返ると、そこには自らが以前身にまとっていた装飾の施された紅色の制服を視に纏った青年が立っていた。自身よりも華奢だがスラリとした身のこなしが特徴的な相手は彼の顔を視るや否や、何とも怪しい笑みを浮かべたまま面と向かって立つのであった。
彼の名前は『イロニック・スペル』
現代都市治安維持部隊の一角『陸上部隊』に所属する三等陸佐であり、ギラムよりも早くに入隊するも彼と並列した立ち位置として行動していた者だ。貴族上がりではない准士官止まりであったギラムは彼にとって目の上のたん瘤とも言える存在であり、昔から彼に対し何かと言葉をかけるも何処か嫌味の籠った口振りが特徴的だった。
そんな彼を眼にしたギラムは少し眉間に皺を作りながらも、その場に立ちあがり自分よりも上の存在に臆する事無く言葉をかけだした。
「………その口振りは、相変わらずだな。イロニック三等陸佐。」
「いやいや貴方には及びませんよ、ギラム元准尉殿。この場に赴く事を一番望みそうにない一般市民の貴方が、何故場に花を手向けているのでしょうかねえ。」
「俺にだって目を背けたい事実は有れど、何時か向き合わなきゃいけない時だってある。そうやって糧にして生きてる者達が居る事を知った今だからこそ、俺にとっても変わらなきゃいけない時が有るって思っただけだ。」
「それはそれは、盛大な贄を見て来たが故の様なお言葉を拝聴出来るとは。……その上、随分と似つかわしくないモノも傍に居る様で。」
「キュウッ」
「俺が誰と一緒に居ようとも、三等陸佐となった貴方には関係の無い事だ。何と言われ様とも気にはしねえが、あまりフィルに不快な気持ちを与える言動だけはしないで貰いたい。」
「おやおや、少々敵意としてとられてしまったようですねえ。それは失敬。」
双方譲る事のない険悪なやり取りをする中、相手は軽く肩を竦めながら言動に対し軽く詫びながらも飄々とした様子で言葉を続けていた。変わってギラムはフィルスターが不機嫌な鳴き声を上げると同時に相手の背中を撫で、静かに落ち着かせるべく口と行動でその場をあしらっていた。
お互いにとって会いたくはない相手に出会ってしまったからこそのやり取りは、第三者から見ればとても近寄りがたい雰囲気を出していると言えよう。現に一般市民と三等陸佐の青年達が睨み合うかの様に眼光を飛ばしていれば、誰だって近寄りたくは無いだろう。
しかしそれでも退く様子を見せず、主人の傍に居るフィルスターは中々に肝が据わっていると言えそうだ。普通であれば背中に隠れてしまいたい程に、空気が悪かった。
「とはいえ、あまり神聖な地に踏み入る事は脱退者がするべき事では無いでしょう。お時間を早めに切り上げ早々に去って行く事をお勧めしますねえ。」
「何、長居はしないさ。そろそろ頃合いも良い頃だしな、早々に出て行くさ。」
「それはそれは、良き心がけですねえ。相変わらずと言うべきは、判断が早急でよろしい事かと。」
「拙い賛辞、感謝するぜ。」
「あぁ、そうそう。言い忘れていました。」
「?」
そんな場の空気を停滞させる事は双方合意の様子。一足先にと横を通り過ぎようとしたギラムに対して、イロニックは振り返る事無く言葉を続けだし彼等の足を止めさせた。言葉を耳にしたギラムも同様に振り返る事無くその場に立ち止まると、相手からの言葉を耳にするのだった。
「貴方がどのような人生を歩もうとも、それは貴方の選んだ選択による結果と過程に過ぎない。しかし誤った道を突き進むのであれば、我々は止めねばなりばせん。」
『我々……?』
「貴方が即座に考えを変えられる程の柔軟性を持ち合わせているのであれば、判断と共に排除すべきモノを手放す事をお勧めしますねえ。それでは。」
「………」
彼から告げられた言葉を耳にするも、即座に理解出来なかった様子でギラムは一瞬視線を後方に立つイロニックに向けるべく右へと逸らした。実際に視線を向けた所で相手の姿を捕える事は出来なかったが、それでも相手の言葉には何かしらの意味が込められていると感じたのは事実だ。
何かしらの意図があって言った事だけを理解するも、相手は静かにその場から離れ石碑の前から姿を消すのであった。
彼等とは違う道を歩むイロニックの背中を振り返りながら見送った後、ギラムはふと言葉を漏らした。
「………アイツ、何かあったのか……?」
「キュウ……?」
「……… ………いや、考えても仕方ないな。あんまりアイツの言う事は聞かなくて良いぜ、フィル。昔からそうだったからな。」
「キュッ」
とはいえ、あまり考えたくない相手の事で思考を巡らせるのは望まなかったのだろう。
ギラムは早々に頭を切り替え再び歩を進め、次なる目的地へと向かって行った。
 




