07 前職場同士(じょうしとどうりょうたち)
自宅前でのやり取りを終えたギラム達が出立してからしばらくし、彼等が目的地に着いたのはそれから約一時間が経つか経たないかの頃。年に一度だけ固く閉ざされた扉が開かれるその日の催しは、国家の組織である『現代都市治安維持部隊』の施設に民間人が合法的に立ち入る事が許可される。都市中央駅から離れたその場に赴く為に臨時の送迎車が用意される程の大規模なイベントに、ギラムは招待されていたのだった。
とはいえ、普段から気兼ねなくその施設に立ち入っている彼からすれば、目移りする程の真新しい景色が広がっているわけではない。見慣れた建造物の近くに催しに合わせた体験コーナーや展示場が設置され、来場した人々が一日かけて楽しめる要素が有る以外、特に変わった光景ではないのだ。
時折自身が配属していた陸上部隊の制服を見かけた際に視線で追う意外、彼からすれば見慣れた風景なのであった。
「キューッ キキューイ。」
「治安維持部隊が主催するだけあって、結構な規模だろ? 毎年こんな感じだぜ。」
「キュー」
しかし毎年来場している彼ではあっても、今年は少しだけ違う要素が彼の傍にはあった。前回の主催から今年の主催の間にやってきたフィルスターは本日初参加であり、定位置である彼の右肩上に乗ったままひっきりなしに首を左右に振り、大きな瞳を更に輝かせながら辺りを見渡していたのだ。都市内を定期的に散歩している彼からすればこの施設内限定とも言える隊員達の制服は珍しく、活気に溢れた声援や楽し気に聞こえてくる笑い声はどれも新鮮な様だ。
毎年このような祭りが開かれている事を聞かされた際に見せた『新たな発見へ対する衝動』に感動してか、再び見せた幼き龍の瞳は更に輝きを増している様にも見て取れた。心なしか周囲に煌めきを強調する白い閃光が見え隠れしており、その言葉へ対する面白さへの期待がより高まっている様であった。
「参加希望の方は、こちらにご署名をお願いしまーす。」
「ん、今年はあそこが受付か。」
「キュッ」
そんな隣人の顔に釣られて笑みを浮かべる中、彼はバイクを指定の場所に停車させ、声を頼りに今年の受付ブースへと向かって行った。設営された深緑色のテントと白い組み立て式の机の元に座った部隊員は二人おり、双方共に顔の幼さと若さが幾分か残っており、男ばかりの治安維持部隊の中ではまだ威圧感の少ない人選だったのだろう。
入隊してから一年かそれ以下と思われる相手の元へ何気なく近寄った彼は軽く挨拶をした後、用意された署名用の端末に自らの名前を入力するのであった。勿論同伴者であるフィルスターも例外ではない為、人ではないが彼と同様に署名をし二人揃って来た事を告げるのであった。
彼からの説明を受けた受付係の一人は理由を聞いて納得したのか、机の脇に置かれていた箱を開け、中から許可証と思われる首掛け式の紅いリボンを彼に手渡した。恐らく子供向けに用意された記念品と思われる代物を受け取ったギラムはフィルスターに一声かけた後、胴体に一番近い首元にリボンを取り付け、動きの支障がない事を確認しだした。付けられたリボンに不思議そうな眼を向けていたフィルスターは軽く爪先でリボンを弄った後、特に気にならない様子で軽く一声を上げだした。
そんな二人のやり取りを視た受付の部隊員達が軽く笑みを浮かべながら署名を確認した、まさにその時だった。
「……? あれ、もしかして………」
「招待客だぜ、一般のな。」
「!! し、失礼しましたっ!! 参加署名、ありがとうございまっす!!」
彼等は何かを察した様子で威勢良く声を上げだし、着席していた状態から即座に立ち上がり敬礼をする始末。突如の事に驚いた二人は軽くのけぞりながら返事を返してその場を離れると、後からやって来たのであろう本当の一般参加者達に軽く首を傾げられるのであった。
その場から早急に離れたいが変に動きを見せるわけにもいかなかったのか、ギラムは変わらぬ足取りで受付を離れ施設の中央に設けられた目的地に向かって歩を進めだした。そんな主人を気にしてか、後方を振り返りながら特に変化が無い事を確認しフィルスターは軽く声をかけだした時だ。
「キューイ。キキキュッ。」
「認知度が増えてるって言うのが、近い解釈なんだろうな…… 本当に良いのかよ、俺が参加しちまって。」
「良いに決まってるでしょ、当然じゃない。」
「?」
補装された道路を歩きながら彼がボヤいたその瞬間を狙ってか、近くの木陰で様子を伺っていた人影が声をかけながら彼等の元へと近づいて来た。声を耳にしたギラムが右へと振り向いたその先には、周囲の色味に映える紅色の制服に身を包んだサインナの姿があり、軽く腕を組みながらいつも通りの笑みを見せていた。その日も陸将としての立場に相応しい井出達であり、綺麗に纏められたポニーテールが後方で揺れるその姿には凛とした美しさがあった。
知り合いを見つけた彼はいつもと変わらない挨拶をすると、揃って道中を移動し始めた。
「毎年律儀に招待状で来てくれて嬉しいわ。署名何てしなくても、出せば良いのよ? 招待状。」
「流石に現役陸将直々の招待状を受付に渡すなんて、出来ねえよ。特別待遇で接待されちまうのは御免だ。」
「フフッ、貴方らしい正当な意見ね。毎年受付がこの時間帯に騒ぎ出すから、近くに居る甲斐があるわ。」
「どおりでタイミングが良い訳だよ………」
「キュキッキュッ。」
そんな女性陸将を横に変わらない素振りで道中を移動する彼であったが、正直言ってしまえば二人並んで歩いて周囲の視線を集めない訳は無かった。単純に彼の容姿が目立つと言う事も理由の一つには入るが、その場に赴いた者達の殆どがサインナの身にまとった制服が何を意味するのかを知っており、そんな相手と並んで雑談を交わす事に理解を求める必要など無いのだ。即座にピンと来る人物であれば『相手の男性は只者では無い』という結論に行きつくのがオチであり、容姿も相まってか目立たない方が不自然である。
しかし状況的に覚えのある感覚に慣れたギラムはいつも通りの素振りは当たり前、サインナも同様に立場に見合った姿で居る事を忘れては居らず、双方共に変に場の空気を乱すことなど望んでは居ない。故に堂々とした振る舞いで歩く二人の姿に自然と道を開ける始末に、彼等は心の中で軽く感謝しながら前へ前へと歩んでいくのであった。
「今年はどうだ、来場者の推定人数は。」
「例年よりも右肩上がりって所ね。毎年この時期になると現れる『凄腕の一般参加者』目当てで来る輩も居るみたいだし、賑わう事は間違いないわね。」
「完全に釣り餌じゃねえか。良いのか、そんな手で集客して。」
「あら、私は貴方に託された立ち位置を有効活用しているだけよ。貴方が元の職権を利用して直通電話を利用するのを黙認しているのも、この時期の為だもの。大臣も然りね。」
「それを言われちまうと、何も言えねえな……… 人命救急で即座に浮かんだ番号が、それだったからな。」
「良いのよ、詫びる事なんて貴方は何もしていないんだから。その分の行いもしているし、毎年こうして来ている事に感謝しているくらいよ。部下達が毎年騒いでるわよ、この時期になると。」
「そうなのか?」
「『元准士官だった若き凄腕傭兵を生で拝めるのはこの時期だけ』って、良く言ってるもの。噂の背景に私達が関与している事は否定しないけれど、主な語り部は別に居るわけだし。」
「語り部な………」
「おぉ、准尉殿じゃねえかあ!」
「ん?」
道中を他愛もない会話と共に進んでいた彼等の足を止めたのは、これまた威勢の良い活気に溢れた声だった。雄々しくも少々五月蠅いぐらいの声量と共にやって来た人物を眼にした二人は足を止めると、身体の向きを変え面と向かって挨拶をしやり取りをする体制に入った。
やって来たのは空に浮かぶ雲よりも白い制服に身を包んだ、マッシブな体格をした中年の男性隊員だった。
「よおよお。毎年サインナ陸将殿と並んで会話とは、目立った事をしてるじゃねえかあ。なあ!」
「その言い方は変わらない様ですね、スリスト海将殿。今は『准尉』じゃありませんよ。」
「なあに、所属場は違えどお前は立派な候補生上がりの部下だよ。今のへっぽこ准尉達に、全面的に見習わせてえくらいだ!」
「これ以上認知度が上がってしまうと、今の職場でそれが広まる恐れがあるのですが………」
「相変わらずお堅い理念があって、利用しちまえよそんくらい! ハッハッハッ!」
豪快かつ世間体など気にしないと言った方が、ある意味説明を省いてくれるくらいなのかもしれない声の大きさ。そんな相手でもやはり諸戸もしない、ギラムはいつも通りではあるが敬語を用いて話す相手は誰か。
彼の名前は『スリスト・ファーブ』
現代都市治安維持部隊の一角である『海上部隊』の将軍を務める中年男性隊員であり、ギラムの元上官として行動していた過去を持つ相手だ。正式な上官として行動していた訳では無いため接点は薄いものの、分かりやすいくらいに大きな声と振る舞いは海の男に相応しく、第一印象で覚えらる確率の高い人材であった。日差しによってガンガンに焼けた肌は真っ黒であり、地毛の黒さも相まってか全体的に暗い雰囲気が強いモノの、眼だけは黄色く中身が明るい事を思わせる雰囲気。
とはいえその声の大きさと迫力の強さは一般参加者達の視線を集めない事は無く、騒がしさであれば誰にも負けない人材である。勿論手腕と部下達の信頼も有るため、リミダムの様な問題児ではないのであった。
分かりやすいくらいに大きくもハッキリとした笑い声に肩を竦めるサインナを見てか、そんな場所に近づくもう一人の人物の姿があった。
「スリスト海将殿、一般客の視線を集め過ぎる講演は控えめに。」
「んお? おぉ、オブトマー空将殿じゃねえかあ。珍しいな、この時間にこっちに居るとは!」
「『騒がしいおっさんが居る』と言う評価は、毎年の様に受けています。制服を身に纏っているのですから、別の意味で恐れられる発声は控えて下さい。」
「ハッハッハッ! 海の上じゃこれくらいの声じゃねえと聞こえねえ! 軟弱に泣くのは海猫だけで十分だあ!」
「……否定はしません。」
後からその場にやって来たのは、これまた二人と同じ装飾と統一された黄色の制服に身を包んだ若くも落ち着いた雰囲気を見せる青年。
彼の名前は『オブトマー・レイサ』
現代都市治安維持部隊の一角である『空上部隊』の将軍を務める青年であり、ギラムよりも少し先に入隊したが同僚として行動していた相手だ。部隊の中でもサンテンブルクに続く映える色味の制服をバッチリと着こなした彼の顔には、独特なフォルムが印象的なフォックス型の眼鏡が光っており、デキる男の雰囲気を醸し出していた。落ち着いた灰色の髪の毛も雰囲気に加担しない勢いで印象を付けるが、根は控えめでありどちらかと言うと制服の色とは真逆の性格の持ち主であった。
今回はその場で声による騒がしさを作る海将のお目付け役として、その場に参上した様である。
「相変わらず、貴方も大変そうね。」
「サインナ陸将殿の様に立ち回りを上手くするにも、本日の業務へ対する命令には抗えません。……ご無沙汰しています、ギラム元准尉。」
「お疲れ様です、オブトマー空将殿。先日は某国の姫君の来日に対する後日案件を頂き、ありがとうございました。」
「ギラム元准尉から頼まれたともなれば、自分に断る理由は有りません。貴方が求める情報には何時も正当な理由がありますから。」
「謙虚に成る必要は無いと、自分は思います。同じ時期に階級が上がった者同士なんですから、砕いた話し方でも構いません。」
「いいえ、元准尉に対してもそれは変わらない自分の思念ですので。巨大声量発声器を回収して、自分は裏方に戻ります。行きますよ。」
「おいおいおい、まだ話したりねえってえのによお。今度ゆっくり話そうなあ!」
双方共にやり取りを終えた空将はそのまま海将の背中に回って巨体を押す中、押されて移動する海将は軽く手を振りながら再び会話を楽しめる時を心待ちにする様に去るのであった。その場に残されたギラムはその挨拶に応える様に軽く手を振り返すと、サインナはやれやれと言わんばかりに両手を外側に広げつつ、残された者同士で再び目的地に向かいだした。
ちなみに彼の言う『某国の姫君』とはリブルティの事であり、事件に関与した事をサインナから知らされたオブトマーが事前に手配し、お忍びで再び国へと帰国した証拠を作っていたのだ。元より大きな国の人物が現代都市に居た時期に事件が起きた事が表沙汰になれば面倒な事が多く、ましてやリアナスの彼女がザグレ教団に痕跡を掴まれる事は好ましくはない。そう判断したギラムはサインナと共に情報を彼に伝え、助力を仰いだ結果が今に至るのだ。
そう言った意味では現代都市治安維持部隊はギラムの私情に全面的にサポートしていると言っても、間違いではない。これぞ元の職権乱用とも言えなくはないが、ぶっちゃけた話『ただ協力関係にある』というだけとも言える。
「……海上部隊も空上部隊も、変わりないみたいだな。」
「何処の上も変わらないからこそ、保たれてる均衡も有るのよ。……貴方の丁寧口調を、マチイ大臣以外の前で聞けるとは思ってもみなかったわ。」
「流石にサインナ意外の将軍クラスには敬意を払うべきだろ、一般側でもな。」
「フフッ、貴方の中で出来上がった理念は変わらずで良かったわ。拳銃は一般用と何時もの、どっちにする?」
「一般ので良いぜ、流石にアレは撃つ時に目立つだろ。」
「分かったわ。成果、期待してるわ。」
「あいよ。」
そんな協力関係の仲介役とも成っているサインナは再び口元で笑みを浮かべた後、彼が参加予定の射撃祭の準備をするべくその場を離れて行った。軽く期待される中で残されたギラムは肩を竦めた後、開催時間までの時間を潰すべく三人とは別の南側の道を歩むのであった。
「……キュキッ?」
「あぁ、俺が部隊に居た時からの先輩と少し上の同期でな。サインナと同様に今の部隊を支えてくれてる連中だ。」
「キュー……… ……キキキュッ、キュイーキュ。」
「ありがとさん。今だけは素直に受け取っておくぜ。」
彼等のやり取りを遠目で見ていた人々の質問を代行してか、フィルスターは知り合いかどうかを尋ねながら彼と共に移動し、改めて主人が普通の存在ではない事を賞賛するのであった。