06 不満(わがまま)
「……うし、そろそろ行くか。」
居候中の相棒の体調を気遣い安静にさせていた、数日後の事。
家主であるギラムは普段とは違う服装に身を包み、その日の旅支度を整えていた。
本日の彼の井出達は夏場に相応しい恰好とは少し違い、白の肌着に褐色掛かったジーンズに七分丈の少し厚手のカーキ色のジャケットを身にまとっていた。
しかし気候的に暑い為かジャケットの袖は既に捲り上げており、あくまでその日の『正装』の様にも思える井出達であった。
あからさまに季節外れの恰好だった為か、その日もギラムのベットを占領していたグリスンは顔を出しながら彼に問いかけだした。
「……あれ。ギラム、今日は仕事……?」
「んや、今日は仕事じゃないぜ。サインナからの招集があった『射撃祭』に顔出しにな。」
「射撃祭……?」
「キュ?」
質問に対して相手はそう答えると、ギラムはジャケットの中に忍ばせていた一枚の手紙を取り出した。
それは以前、彼等を襲撃したザグレ教団の後始末を行っていたサインナから渡されたモノであり、その日に行われる予定であった『ケゼルト射撃祭』への招待状であった。
元々は一般参加も可能なこの祭典へ対し招待状を送られる事は無いのだが、彼の場合は毎年手渡しで彼女から渡され招待されていたのだ。
彼自身何時頃にその祭典が行われるかを知っているため貰う理由が本来は無いのだが、それでも彼女はご丁寧に毎年渡して来るのである。
ちなみに理由というのは簡単なモノであり、彼は元部隊の一員であり優秀賞を納めている人材だから。
本人も派手にその成果を収めるために赴かない為、招待し来るように仕向けて居るのである。
無論行かなくてもいいのだが、それでも参加する辺りは彼が『真面目』だからなのかもしれない。
そんな招待状による招集で一般参加をしている彼は軽く肩を竦めつつ、毎年参加して来る本当の一般人達に申し訳なく思うのであった。
彼からすれば過去の経験を生かして行っている様なモノの為、派手に見せつけたくはないのだろう。
彼の謙虚な所もまた、彼女にとっては都合が良いのかも知れない。
「ま、そんなわけで出掛けてくるぜ。フィルは看病をし」
バッ
「キューッ!」
「うぉっ! ……なんだ、今日はそんな気分じゃねえのか?」
「キュッ」
「ギラムの勇士を、また見たいんじゃないかな。僕は大丈夫だから、二人で行ってきてよ。」
「良いのか?」
「何時も留守番じゃ、フィルスターも見当たらない臍を曲げちゃうよ。だから気にしないで。」
「……分かった。大人しく寝てろよ。」
「うん。行ってらっしゃい、ギラム。」
とはいえ、そんな都合で出掛ける主人の命令を素直に聞く幼き龍でも無いのだろう。
その日はフィルスターにとっても特別な日と感じた様子で、相棒の看病では無く同席し勇士を見守る事を選んでいた。
以前から禁じられていた顔面目掛けての張り付き行為をしてまで自己アピールする辺りを見ると、それだけ主人に付いて行きたい様だ。
相棒からの承諾を得てギラムは二人で出掛ける事を決めると、手近な場に飲料水を置いて出掛けて行った。
彼等が外へと出かけた時間は比較的早い部類には入るも、それでも一般の都民達からすれば少し遅い外出となる時間帯。
太陽は頂点に昇った位置には居ないものの夏の気候に相応しい熱気を放っており、その日も暑くなりそうな日差しであった。
そんな日差しを浴びながら二人は借家近くに設けられた駐輪場へと赴き、ギラムの愛車であるザントルスの元へと向かって行った。
その日も変わらない車体の輝きを放っており、先日の騒動と魔法による召し寄せによる参上の軌跡すら、微塵も感じさせない日常感を放って行った。
改めてその日も世話になる事を考えながら優しく車体を撫でた後、彼はバイクを移動させ借家から一番近い車道へと向かって押して行った。
「キュッキュッキュッ」
「やけにご機嫌だな、フィル。そんなに楽しみなのか?」
「キキュッ」
「そっかそっか。結構五月蠅い祭りだが、それでも良ければいいぜ。大人しくしてろよ。」
「キューッ」
「ある意味『竜騎士』だな、使役してる所を見ると。」
「ん?」
慣れた足取りで自らよりも重量のある車体を押していた、そんな時。
彼等の後方から二人の様子へ対する言葉が放たれたのを耳にし、ギラムは一度足を止めそのまま背後へと振り返った。
すると借家のエントランスホールを仕切る入口近くに、彼等と顔馴染みの狼獣人の姿があった。
目視されたのを視た相手は静かにその場を歩き出し、日差しの元へと姿を現すと軽く手を上げ挨拶をするのだった。
「ノクターン。」
「ん、おはよう。何やら普段と違う身のこなしで祭事に赴くって聞いてな、興味本位で見に来てやったぞ。」
「何で上から目線なんだ……? お前も興味あるのか、射撃祭。」
「内容は興味ねぇが、イケメンリアナスなギラムが銃器片手に勇士を披露するって言うなら、見て損はねぇだろ。そっちは興味がある。」
「普通は逆のはずなんだがな……… ま、一人くらいなら後ろに座れるしそれでなら連れて行けるぜ。フィルは何時もの場所だしな。」
「キュッ」
普段と何ら変わりないやり取りをする相手に対してギラムはそう言うと、適当な場所にバイクを止めフィルスターを定位置であるフロントガラスの元へと移動させた。
既に馴染みのある場所へと配置されたフィルスターは、しっかりと手足を固定出来る場所を確認しながら移動を繰り返し、落ち着いた場所で軽くガラスに顔を乗せながら出発のタイミングを待っていた。
そんなフィルスターの様子を視ながらギラムは手荷物を座席下へとしまうと、自身の背後に相手が乗れる様にと軽く砂埃を払うのであった。
「良いのか。」
「別に断る理由もねえよ。乗りな。」
「………」
スッ
「ん?」
「目立つ存在の後ろに座ると、それはそれで支障がありそうだからな。誘いは非常に嬉しいが、コレだけ渡しとく。」
しかしそんな気遣いを知ってか知らないでか、ノクターンは同席する事は望まず代わりにと言わんばかりに一本の植物を手渡してきた。
不意に視界に移り込んだのは鮮やかな紫色の竜胆であり、何時ぞやに道路に落ちて来た際の代物と同じ物であった。
自らに似つかわしくない一輪の植物を受け取りまじまじと見ていると、彼は使用用途を軽く説明しだした。
「会場に付いたら、その辺の地面にそれを刺しといてくれ。そしたら後で行く。お前の相棒の様子も、見て置いてやった方が良いんだろ。」
「ぉ、おう…… まあ、お前が良いならそれで良いが。………分かった。」
普通の様で普通ではない特殊な代物の使い道を理解すると、彼は相手の意図を汲み取りそれに合意するのだった。
その後渡された竜胆をフィルスターに預けバイクに跨ると、彼はエンジンを掛けそのまま相手を残して走り出した。
颯爽と走り出して行ったギラムの後姿をしばし見送り続けたノクターンは、その後降り注ぐ日差しに眼を細めながら振り返り、アパートの裏手を回る様に移動してギラムの部屋へと向かうのだった。