03 茶々(おせっかい)
借家でのやり取りを終え、普段よりも少し遅い時間の出立となったギラム。慣れた足取りでエントランスから出て行ったその時、彼の視界に一際目立つ翠色の装束が目に入ってきた。
「? おっはよぉーギラム。やっと出てきた。」
「おはようさん、リミダム。今日はどうした?」
「この前の状況確認と、ギラムの追っかけぇー 仕事じゃないよね、今日。」
「……何で俺の活動日も把握してるんだ、お前は。」
「んーんー、把握はしてないっ ただ昨日がアレだったから、休みにするだろうなーって言う、予測。」
「あぁ、そういう事か。ま、対した所には行かねえが、それでも良ければ構わないぜ。聞きたい事もあったからな。」
「ぇ、オイラに? 珍しー」
「そうでもねえだろ。」
アパート近くの街灯にもたれながらその場に居たのは、猫獣人のリミダムだ。彼とは縁がありちょくちょく顔を出す間柄だが、正確に『仲間』とは言えない少し変わった関係の持ち主。突如現れた彼に驚くギラムであったが、対して気にしない様子で歩き続けた。
そんな彼を見たリミダムも並んで歩き始め、風に装束を靡かせながら彼に着いていくのだった。
その日は出立が遅かった事もあるのだろう、人気は疎らであり道中ですれ違う人間の数は数十秒置き。日差しが照り付ける暑い時間帯であったが、二人は然程気にする様子も無く歩道を歩いて行く。
そんな道中の最中、彼は軽く会話を交えながら今朝の事をリミダムに説明するのだった。
「……ふーん、風邪かぁ。確かにギラムが気にするのも無理は無いっかぁ、ましてや魔法の影響なら。」
「基本俺等の方は寝て治すが基本だから、休み貰って薬はねえ事が殆どだ。でもエリナスの事は解らない方が多いし、文化の違いもあるだろうからさ。その差は埋めておきたい。」
「ギラムらしいねぇ、顔に似合わないくらいに綺麗なハート。オイラも好き。」
「そりゃどうも。」
やり取りをしながら現状を把握すると、リミダムは軽く空を仰ぎながら改めて彼の内心が自分達に親身である事を理解しだした。元より扱いが他の人間達同様に接せられていたとはいえ、あくまでそれが表面上のものであれば直ぐにボロが出かねない。仕事間での人付き合いを大切にするヴァリアナス達はその例に外れる事は無いため、本質的には人間はその傾向があるのだ。
しかしそんな人間側の彼は例に漏れる部分が少なからず存在しており、現にリミダムへ対しぞんざいな扱いをしたことはない。普段通りに接しているが故の口調と行動はあっても、彼は彼なのだとリミダムは思うのだった。
そんな彼に対し満面の笑みを浮かべながら、リミダムは軽く駆け足で彼の前へと移動し、こう言い出した。
「基本はオイラ達も、その方法で大丈夫。ちょっとイレギュラーな症状とかが出てたら、衛生隊がその任務に当たる事が多いねぇ。」
「衛生隊?」
「オイラ達の所属する『部署』の一つと思ってくれれば良いよ。治療行為と研究がメインだから、ある意味『病院』とか『研究所』っぽいかもねぇ。ちなみにオイラは『輸送隊』所属。」
「へぇ、そんな場所もあるのか。………」
「……んにゅ? どったのー?」
楽し気に話ながらリミダムが前を向いて歩き出したのも束の間、不意に会話が途切れ返答のない時間がやってきたのだ。急に止まった会話を耳にした彼が振り返りながら相手を見ると、そこには軽く立ち尽くし考える様に顎元に手を添えるギラムの姿があった。
足を止めた彼の元に駆け寄りながら声をかけると、相手は静かに目線を戻しリミダムを見ながらこう言った。
「……いや、何でもない。何か引っ掛かる気もしたんだが、気のせいだな。」
「? 何なら、オイラが代わりに聞いてきてあげよっか? ギラムの話の限りなら、別に心配いらないと思うけど。」
「あぁ、そしたら帰りにでもグリスンを視てくれるか。その方が安心だ。」
「いいよぉー お代は『コーンアイス』ねぇ。」
「はいはい。」
心配を他所に返答をするギラムを見てか、リミダムは軽く首を傾げながら気遣う様子を見せ出した。元より彼の相棒に対する心配は無いものの、それを気にするギラムに対しては何かしらの行動が取りたかったのだろう。分かりやすい交換条件を提示しつつ、彼に取ってもメリットのあるやり取りを交わすのだった。
そんな彼の要求に軽く答えつつ、ギラムはリミダムと共に目的地へと向かって行った。
休日のギラム達が向かった場所、それは都市内に大きな店舗を構え彼にとっても馴染みの店。彼の友人が責任者として行動するブランドの洋服店『Rubinase』だ。今日はそんな店の入口を半ば顔パスの如く素通りし、リミダムと共に奥の昇降機へと乗り込んで行く。
慣れた手付きで機器を操作するギラムに対し、リミダムは軽く茶々を入れながら目的の部屋へと向かって行った。
ガチャッ
「お待たせしました、ギラムさん。」
既に何度か足を運んだ事のある応接間へと通された二人がしばらく待たされた後、同室内の奥の扉が開き待ち人が慣れた足取りで彼等の元へとやって来た。
やって来たのはルビウスリアングループの社長令嬢である『アリン』であり、その日は以前ファッションショーで公開された新作の衣服を身に纏っていた。
可愛らしくも優雅さを演出する鴬色のワンピースを着こなし、普段使いしている髪飾りがとても似合っていた。
何時もと変わらない笑顔と挨拶を軽く交わした後、彼女は彼等の前に置かれたソファへと腰かけた。
「お疲れさん、アリン。昨日はありがとな。」
「いいえ、お役にたてたのであれば。……あら? そちらの方は、以前お会いしましたね。」
「付き添いでぇーす。居ない者と思ってくれていいよぉー」
「? ……えっと、どのようなご関係ですか?」
「まぁ付き添いっつーか、オマケだな。特に俺等に不利益はねえから、気にしなくて良いぜ。」
「そうだったんですね、わかりました。」
挨拶を軽くしつつ彼の隣に座っていた隣人に不思議な眼差しを向けるも、もはや語る前に会話が終了すると言うのはゼロではない。
直接本人から『居ない者』と言われてしまったアリンは対応に困った表情を見せるも、会話を合わせる様にギラムがそう言うのであれば詮索するまでもない。
既に築かれた信頼関係によって無駄なやり取りはしまいと、彼等は早速本題の情報交換をするのだった。
その日ギラムがその場にやって来た理由、それは先日の『屋敷内の侵入者による以後の情報』を仕入れてる為だ。
表向きと秘匿された情報はサインナからあらかじめ仕入れる事は出来ていたが、今回は相手が『財閥』だった事もあり聞くにも聞けない相手が存在していた。
襲撃場所として選ばれたテインを始め、異国の姫君であるリブルティの情報は元より薄く、たまたま招待客として招かれていたアリンに矛先が向けられたのだ。
勿論聞ける範囲は限られている事には変わりはないが、あらかじめ連絡を入れていた事も有りアリンもスケジュールを組みなおし時間を割いてくれている。
そう言った意味では、彼女から隠される情報も無いだろうとギラムは踏んでいたのだ。
そんな彼の考えを知ってか知らないでか、リミダムは本当に『おまけ』としてその場に同席しているのだった。
情報を隣で聞いている為『スパイ』という表現も間違いでは無いが、本人にその意図はない。
大まかに彼女から聞けた内容、それは財閥側で決まった『表向きの解決策』というモノだ。
何故襲撃されたのかという理由を始め、どういった経緯でその行いが実行され、犯人はその場で確保され身柄はどのようになったのか。
諸々を始めとした情報を把握する事に勤める企業者が知りたい情報を纏め、終息に至ったと言うのが今回の無い様だった。
ちなみに襲撃された理由は『金品』という内容で固まった様子であり、騒動の大きさに関しては事前に敷地内という事もあってか派手ではあったが『泥棒の仕業』という事になったそうだ。
身柄に関してはギラムも知っての通り『治安維持部隊』が引き取っている為、逃走の余地も無く全て終わった事になっていた。
事実は多少異なるが、表向きのヴァリアナス達の為の情報としては十分過ぎるモノであった。
裏の全てを知るのは、あくまでリアナス達の仕事である。
「……なるほどな、そういう終息に至った訳か。テインもその方向で進めてる感じか。」
「はい、先程ご連絡を頂きました。サインナさんが、その様に指示と報告をしたそうです。」
「流石サインナだな、相変わらず手際が良いぜ。アリンの方も、特に変わった事とかは無かったか?」
「えぇ、特に気がかりな点はありません。こちらもつつが無く業務に当たっている次第です。」
「それなら安心だな、何時も通りが一番だ。」
「はい。」
表向きの情報を改めて整理し頭にインプットすると、彼は改めてアリンの日常に変化が無いかを気にしだした。
事件に絡んでしまった人物が狙われる事は既に痛感しており、現に自分の味方となっている彼女がザグレ教団員達に狙われない事はない。
今回は幸いにも避難誘導を行った際に襲撃される事も無かった為良かったが、次回また次回に同じ様な結末がやって来るとは限らない。
元より知名度の高い彼女に何かが有れば、それこそ大騒ぎである。
そんな彼の心配を知ってか彼女は笑顔でそう言うと、改めて二人は笑い合い穏やかな気分に包まれ出した。
そんな時だった。
「……ねぇギラムー」
「ん?」
「この人とどういう関係?」
和やかなやり取りを目の前でする二人を視てか、不意にリミダムが会話に入り込み関係性を尋ねて来た。
第三者から視たやり取りの雰囲気の良さに加えて、財閥令嬢と一般傭兵の立場を考えると初めから共に居ても不思議ではない関係とは思えなかったのだろう。
ましてや年頃の二人という事もあり、そういった点で彼は気になったのかもしれない。
問いかけに対し二人は不意に話を止めて彼に視線を集めた後、ギラムは首を傾げながらこう答えた。
「……いや、普通にクライアントの関係だが。」
「の、割には親しいよねぇ。そうなのぉ?」
「えぇ、ギラムさんの仰る通りですよ。時々お話を聞いて頂いたり、依頼をお願いしたりしています。」
「ぁ、じゃあ別にドライな関係じゃないんだねぇ。納得ー」
「何の話だ?」
「ないしょーっ」
とはいえ、彼が理解に至るまでの時間はそう長くは無かった。
改めて不思議そうな眼を向けるギラムに対し、二人の様子を見たアリンは苦笑しながらその時間のやり取りを楽しむのだった。