02 風邪(かぜ)
騒動が終息し、安らぎの我が家へと帰宅したギラム達一行。軽く飲料を口にすると共に仮眠を取り始め、彼等が再び眼を覚ましたのは正午を過ぎた午後の事だった。
「……ん。もうこんな時間か。」
先に眼を覚ましたのは、家主であるギラムだ。身体の疲れの大半を無くしてくれるベットの上で眼を覚ました彼は、その場で起き上がり欠伸をしながら身体を伸ばし出した。
休息モードとなっていた脳の覚醒を待ちながらベットサイドへと向かうと、彼は足を下ろし静かに立ち上がった。気づけば太陽は昇った空から下降を始めており、彼はだいたいどのくらいの時間眠っていたのかを推測していた。「おおよそ三時過ぎくらいだろう」と彼は心の中で仮説を立てると、その後サイドテーブルに置かれたセンスミントを手にし時間を確認しだした。
画面には十五時十分と表示されており、丁度彼が予測した時間に等しい事を示すのだった。
その後再びセンスミントを元の位置へと戻すと、彼は再び欠伸をしだした。
「ふあぁ……」
「キュー」
「ん? おはようさん、フィル。」
「キュッ」
そんなゆったりとした目覚めと共にやって来たのは、小さくも自己を主張する鳴き声。彼と同じベットの隅で丸くなっていたフィルスターは顔を上げ、主人の側へとやって来た。
動きに合わせて揺れる尻尾の愛らしさは何とも言えないが、止まるのに合わせて動きが停止する訳では無い。ご機嫌なのか小刻みに揺れる尻尾を見て、ギラムは腕を伸ばし幼い竜を肩に乗せるのだった。しばらくするとフィルスターはギラムの頬に顔を擦り付け、元気一杯である事を示すのだった。
「今日は起きてくるの早いな。飯、一緒に食うか?」
「キューッ」
「あいよ、ちょっと待ってな。」
そんな幼き竜の返事を聞いてか、彼等はそのまま隣のダイニングへと向かい、遅い昼食を作り出した。
本回の献立は、シンプルにベーグルを使ったサンドイッチだ。オーブンで軽く焦げ目を付けたベーグルに挟むのは、シャキシャキとした食間のレタスとカマンベールを使用したチーズ。加えて調理済みの蒸し鶏のハムと合わせるのは、少量のケチャップと倍の量のマスタード。隠し味にパウダー状のオレガノを振り掛ければ完成だ。
サンドイッチを二つ作り、スープカップに市販のコーンスープを注ぐと、彼等の朝食が整うのだった。一足先にテーブルで待機していたフィルスターの元にスープが置かれると、彼は香りを楽しみつつ食事の合図を心待ちにするのだった。
気付くと習慣付いているその流れは、ギラムが何か言って学んだわけではなく、勝手にそうする様になったそうだ。
中々に賢いドラゴンである。
「頂きます。」
「キッキュキキュッ」
その後二人揃って合掌すると、食事を口にするのだった。
簡単な食事を済ませた二人が再び合掌し、使用した食器を片付けだしたのは、それから二十分程経った頃だ。小さな翼を羽ばたかせながらプレートを運ぶフィルスターと共にギラムはシンクへと向かうと、手際よく使用した食器達を片付けだした。
少量の洗剤から泡立つ決め細やかな粒子に沿って汚れが綺麗に落ちて行くのを、フィルスターは彼の肩越しに見ているのだった。
「……… そういや、グリスンのやつ起きてこねえな。珍しい。」
「キュキッキュッ」
そんな洗い物が落ち着くや否や、彼はふともう一人の隣人の事を気にかけだした。居候に近い形で同居している相棒はギラムよりも遅く起きるものの、彼の食事が終わる前までには必ず床から出てきていた。食事の香りに釣られてやって来ていた部分もあったため、そういう点でも不思議に思ったのだ。
栓を閉めると同時に水が止まると、彼は軽くタオルで手を拭きつつ寝室へと向かっていった。
「ぉーい、グリスン。昼過ぎだぞ。」
「………」
「……? グリスン?」
普段から寝床としている窓辺の羽毛布団の中に居る相棒へ向かって声をかけるも、その日は珍しく返事が無かった。不審に思ったギラムは首を傾げながら相手の顔を視るように屈んだその時、相手は気配を察したのか軽く耳を左右に動かし出した。
そしてゆっくりと顔を動かす様に少しだけ身体を上げると、二人の目が合った。
「…おはようギラム……」
「どうした。顔赤いぞ、風邪か?」
「どうなんだろう…… ……何か、此処から出たく無くて……」
「あぁ、出たくないなら無理すんな。……ぇーっと、体温計何処だっけな。」
「キュキッ」
しばらくして挨拶をしだしたグリスンであったが、ギラムはそんな彼を見て即座に体調が悪い事を察した様だ。元より明るい黄色と黒の頬が赤くなっていた彼に対してそう言うと、ギラムはその場を離れすぐに体温計を探しに行った。
そんな主人の肩に載っていたフィルスターは邪魔にならないよう肩から離れると、グリスンの熱を測る様に自身の額を合わせ出した。すると少し熱かったのか、すぐに離れ相手の掛け布団を直すのだった。
ピピピッ、ピピピッ
「……どぉ…?」
しばらくして体温計が彼の元に着いたのも束の間。ギラムはグリスンの大きな耳に対し軽く差し込む様にして、特殊な計測器で体温を図り出した。身体を起こしたくない彼に対して使われた体温計は市販の物では無く、前の職場で使用されていた特殊な物だ。待機時間を限りなく少なくしつつ正確に測る代物であり、治安維持部隊の医療部が主に携帯していた物だ。
ちなみに何故彼がそんな物を持っているのかに対して答えるならば、家にある体温計では不備があると判断し、彼が魔法で手元に創り出したのである。
「普通に高えな。平熱が幾つか解らねえから何とも言えねえが、コレ高いのか?」
「……… 風邪だね。」
「だろうな。とりあえず、一回そこ出てこっち来な。」
「えっ……?」
そんな体温計で計測された体温を目にし、相互で確認を取りつつギラムはベットメイクをし始めた。不意に行われた行動を目にしたグリスンは軽く顔を起こしながら問いかけると、彼はこう言い出した。
「病人を床で寝させる趣味はねえからな。しばらく貸してやるから、ここで寝てろ。薬はねえけど、しばらくは看病してやるよ。」
「………うん。ありがとう……」
「ま、治ってから礼は受けとるぜ。」
ぶっきらぼうではあるが言葉の奥の優しさを知り、グリスンは静かにそう言い出した。言葉を耳にしたギラムは返事を返しつつ掛け布団を捲ると、そのまま彼を招き入れ布団をかけるのだった。
そんな二人の様子を見ていたフィルスターも手伝う様にタオルを額に乗せ、両手で枕の綿を解し柔らかさを調節するのだった。
「……にしても、獣人も風邪を引くんだな。結構免疫とかは強い方かとばかり思ってたぜ。」
「丈夫な子は確かに多いけど、そうじゃない子も普通に居るよ。……僕はそこそこだけど。」
「ま、そうなると前回の魔法で身体を冷やしたのが原因だろ。それ以外は考え難いしな。」
「そうだね…… ……少し、寝るね。何か落ち着いてきた。」
「おう、ゆっくり休みな。グリスン。」
「キュウッ」
「うん、お休みギラム……フィルスター……」
しばし他愛の無いやり取りをして緊張が解れたのか、グリスンはそう言いつつ静かに目を閉じ休み始めた。後から用意された冷えタオルが額に置かれたのも影響しているのであろう、すぐに寝息をたて始めるのだった。
そんな居候の様子をしばし見ていると、ギラムは納得した様子で軽くうなずき、近くにいたフィルスターを軽く手招きしはじめた。主人の行動を見た幼い竜はベットの端を歩きながら近くへ歩み寄ると、ギラムは小声でこう言い出した。
「……ちと出掛けてくるぜ。フィル、留守とグリスンを任せていいか?」
「キュウ。」
「ありがとさん、よろしくな。」
留守を任せる事に対し了承されると、ギラムはフィルスターの頭を優しく撫でた後、その場を離れ外へと出ていった。




