01 秘儀(ないぶじょうほう)
春が終わり、夏へと季節が向かい、秋に差し掛かった頃の現代都市リーヴァリィ。気候が緩やかに下がるある日の早朝、都市内の移動手段のほとんどを担うターミナル駅『都市中央駅』からそう遠くはない場所に、平穏な暮らしから外れた迷彩色豊かな車体が停まっていた。
自家用車よりも大きなその車は軍用であり、都市内の治安を守る組織の者にしか操縦は許されていない。故にこの車に遭遇すると言うことは、その周辺に『平穏が無い』事を意味する。無論『巡回』の名目で遭遇する事もゼロでは無いが、その場合は停車する事がない。
故に、その場で何かあった事を意味していたのだった。
「朝早くから呼び出してすまないな、サインナ。」
「構わないわ。この前みたいな急用の時もそうだけど、貴方からの連絡は『その時』でないと駄目な内容。今回は単なる合流がメインだから、然したる手間じゃなかったわ。」
「そう言ってくれると助かるぜ。」
都市内で活動する者達の中でも『富豪』に位置する者の住む、屋敷の近く。治安維持部隊の管理する車体の近くで交わされていたやり取りは、日常的ではあるが何処かその考えを覆す光景へと繋がっていた。
車体近くで話す紅色の軍服を着込んだ女性と共に立つのは、普段着に身を包んだ長身の強面の青年。親しげに話をする二人は、現状の終息化に奮起する他の部隊員達の様子を見守っていた。
先日の夜に巻き起こった屋敷内の騒動は無事に終戦すると共に、敗者の拘束と平行して太陽が姿を表していた。身柄を引き渡す手筈をしていた青年の連絡を受けた彼女は、朝早くから部下と共に出陣し、今に至る現状を作り出していた。
井手達からして位の高い彼女を相手にするも、怯む様子を見せない青年は一体何者なのだろうか。
「……それで、今回の騒動で三人が拘束出来たわけね。前回逃した一人も含めて、新規が二人と。」
「リズルトが応戦したことあるって言ってたから、ラクトも知ってると思うぜ。俺は別行動だったから、初めはよく分からなかったがな。」
「分かったわ。その辺りの話も含めて、ちゃんと絞っておくわね。」
「よろしく頼むぜ、サインナ。」
話し方からして彼女の方が位の低さを伺えるも、彼は用件を素直に告げつつ頼み込んでいた。非日常的な雰囲気を漂わせながら一台の車が発進するのを見届けると、二人はその足で屋敷内へと向かっていった。
邸宅内に上がりホールへと移動した二人は、他の部下達の行動を見守り出した。事情聴取を受ける様に応対する屋敷の主人と共に、近くに立っていた婦人は少し退屈気に扇を顔元で揺らがせていた。やって来た彼等の姿を視ても対して興味が無さそうな様子を見せており、早くこの時間が過ぎる事だけを望んでいる様にも視てとれた。
そんな作業の進行具合を確認し終えると、二人は再び外へと向かって行った。
「それにしても、ザグレ教団の矛先が貴方に向いてるとはいえ…… 短期間でこれだけ行動をするところを見ると、何かしらの明確な目的がありそうね。応戦した時も、そんな事を言ってたみたいだし。」
「俺等とは違う理想を抱いて、魔法を使ってるみたいだしな。まだまだ解らない事だらけだ。」
「理解して同意でもされたら、たまったものじゃないわ。貴方が敵に回ったら、こっちに勝ち目なんて無いもの。」
「そこまで言えるか……? 経験なら、サインナの方が上だろ。」
「何言ってるの。貴方は過去であっても私の『上司』なのよ? そんな相手に経験時間で勝ってるなんて、それこそ馬鹿の極みよ。脆い誇りと土台に過ぎないから、崩れる事なんて簡単に予測出来るわ。」
「恐れ多い世辞なこった。」
サインナと呼ばれていた女上官が言葉を漏らす中、青年は軽く肩を竦めながら返事をしていた。どう足掻いても自らよりも上に立つ事を望んでいない彼女の発言は何処か重みがあり、彼からすれば過去であっても『彼女の上司』に代わりはない。完全に席を譲りその場を任せている彼からすれば、その言葉には信頼と期待が込められている様に感じる為か、結局の所そういった返答しか出来ないのかもしれない。
しかし彼もまた彼女の事を信頼しているからなのだろう、一切の偽りも無い素直な言葉で後を任せるのだった。
「それじゃあ、連中はこっちで管理しとくわね。お疲れ様、ギラム。」
「あぁ、頼むぜ。」
「……で、これも一緒に預けておくわね。」
「ん?」
ギラムと呼ばれた青年がその場を離れようとしたその瞬間、彼女は何処からともなく取り出した一通の封筒を手渡してきた。標準サイズの縦長の茶封筒を眼にした彼は手を伸ばし受けとると、中を確認する様に封筒を開けた。
中に入っていたのは一枚の用紙であり、そこには近日中に開催される催し物の詳細が書かれていた。大きなイベントなのか用紙自体もポップな雰囲気を醸し出す一方、書体は全て重々しくも達筆な字が並んでいた。
「もうすぐ『ケゼルト射撃祭』だから、ギラムにも参加してもらいたいの。毎年上位に入賞する貴方が来てくれれば、一部の部下達と同僚が喜ぶわ。」
「あぁ、もうそんな時期だったのか。……そういや、練習メニューをすっぽかしてからゴタゴタがあって、全然顔を出して無かったしな。了解、予定見て連絡するぜ。」
「宜しくね、私も楽しみにしてるわ。」
「あいよ。」
用件を理解し返答をし終えると、彼は用紙を封筒の中に戻しつつその場を後にした。現職ではこの場に居合わせること事態が目立つ上、今では部外者の彼がずっとこの場にいることも無い。彼女からの遠回しな要求を聞き届けると、彼は敷地内から外へと出ていった。
彼がその足で向かったのは、都市内のパイプラインとも言える大きなターミナル『都市中央駅』だ。先程まで居た邸宅からも視える場所に立つその建物の近く。大型の二輪車を停車出来る駐輪スペースに、彼を待つ者達が居た。
一人は黄色と黒字の肌が印象的な虎獣人であり、もう一匹は緑色の肌が印象的な幼い竜。そしてもう一つが、彼の愛車である銀光りする大型二輪車であった。
「おかえり、ギラム。」
「キュッ」
「おまたせグリスン、フィル。」
待ち合わせを無事に終えた一同が軽く笑顔になる中、彼はバイクに鍵を差し込みエンジンを点火した。重々しいエンジン音と共にバイクが小刻みに動き出すのを確認すると、彼はバイクに跨がり額に移動させていたゴーグルを装着しだした。
彼の様子を視ていたグリスンは続いて後方に乗車すると、グリスンと共に待っていたフィルスターはその場から移動し、主人の懐とバイクの間へと身を置きだした。一同が乗車した事を確認すると、彼はアクセルを捻りながら後方へと進路を変え、駐輪場から飛び出す勢いで走り出して行った。
都市内を移動する他の車達に負けないエンジン音を響かせながら、彼の愛車は朝日に照らされ青白い光を放っていた。特徴的な車体の色から反射される光は何処か眩しく、道行く人達が軽く視線で追ってしまう程のインパクトを放っていた。ましてや運転する彼の井手達が目立つ事も踏まえれば、誰しもが音を耳にし顔を向け続けても不思議ではない。
幼き竜と共に移動する彼は、さながら風に成ったかの様に都市内を移動するのだった。
「そういや、テイン達とリブルティ達はどうした? 気付いたら居なかったが。」
「リズルトは被害者側になるようにって、テインと外から部屋に戻ったよ。お姫様の方は、僕も視た時にはいなかったんだ。」
「ま、一応『御忍び』だしな。無理もねえさ。」
「……それにしても、まさかザントルスが空間系の魔法を突き破って来るなんてね。あれって、ギラムの魔法?」
「いや、どっちかって言うと『入れ知恵』だな。リミダムが気付いた事をデネレスティの取っ掛かりでやっただけだ。俺の力が作用してるかどうかは、正直分からねえ。……むしろ、もう一方の方がお前は気になってるんじゃねえか?」
「まあね。でもその辺は追々でもいいよ、ギラムにも休息が必要だと思うもん。掛け持ち依頼後に魔法での戦闘だったから、見た目よりも疲れてるんでしょ? きっと。」
「まぁそこそこな。」
「ぁ、でもそこそこなんだ…… ……クシュンッ!」
朝の涼しげな風と共にやり取りをしていたその時、不意にギラムの後方から軽い微動と共に小さなくしゃみがやって来た。自身の身体に手を回していた事もあってかダイレクトに伝わっており、ギラムは信号待ちと共に後方を確認しだした。
するとそこには、顔色はそのままに軽く鼻を啜る相棒の姿があった。
「風邪か?」
「うーん…… 魔法の水を浴びただけなんだけど、思ったよりも冷えたのかなぁ……… もう朝だし。」
「いくらエリナスでも、風邪は身体に堪えるだろ。俺も休みたいし、さっさと帰るか。」
「うん。」
「キュッ」
そんな彼からの言葉を聞いたギラムは軽く身を案じ、朝食を食べては帰らない方向で進路を変えだした。元より食欲と睡眠欲がバランスよくやって来ていた事もあったのだろう、彼自身も早めに床に着きたかった様だ。
疲れを感じつつも冷静に操縦するバイクに揺られながら、三人は帰路へと着くのだった。
そんな銀光りするバイクで移動する彼等の動きを、遠くから見守る二つの影が都市内のホテルの一室にあった。一人は蒼いドレスに身を包んだ美女であり、もう一人は引き締まった肉体美が印象的な柴犬獣人であった。
「……… この辺りも、貴方の予想通りでしたか。デネレスティ。」
「んーや、もう完全に要領を越えてるな。イケメン過ぎて食いきれる気がしねえよ。そっちは?」
「驚きの連続でしたが、とても良い経験を学ばせて頂きました。以降の動きに関しても、気にかけておきたいですね。」
「んじゃま、もう少し滞在すっか。道は解ったから、変に長居しなくても行けるぜ。」
「では、そちらは貴方にお任せします。デネレスティ。」
「了解。」
一室内で交わされるやり取りは意味深ではあるものの、彼等の敵ではない素振りを二人は見せていた。会話を終えた二人は静かにホテルを後にすると、その場から影にまみれる様に姿を消していった。
この物語は、そんな意味深なやり取りと共に世界を巻き込む戦いに身を投じる事を選んだ者達『リアナス』と『エリナス』達の物語。
主人公『ギラム』と彼等に集いし真憧士とされる者達の、ある初秋頃の物語である。