39 愛車(ザントルス)
中庭での戦闘を行っていたギラム達の障害となって立ちはだかる、ザグレ教団員の『ハイプリース』と『テンペランス』 仲間達が集い劣勢を諸戸もしない様子で、相手はその場に広大な魔法を展開し、彼等を異空間へと誘った。
彼等が運ばれた空間、それは以前にも教団員の手によって運ばれた空間とは少し違う場所。周りの背景が何処となく歪み、足元はハッキリしているが距離感を狂わせるかのように周囲は朧気に左右へと揺れていた。彼がこの手の領域に運ばれたのはコレで二度目だが、今回の景色には左程驚いている様子はなかった。
景色的に現実よりだったのが主な要因かもしれないが、初回の方が衝撃が強かったとも言えよう。寧ろ仲間内で驚いている方が多いくらいであった。
「……ぅわぁ、何か変な空間……」
「真憧士としての領域を、超えかねない力ですね。……それだけ、相手も必至という事でしょうか。」
「可能性は十分にあるが、狙いが『リブルティ』だって言うのが俺には気がかりだ。異国の王女を誘拐する理由ってなると……」
「『身代金』か、はたまた『権力譲渡』が目的か。 ……って所だったりしてな。」
「あながちハズレても無さそう。……とりあえず、魔法を打破して彼女達を捕まえれば解る事かもね。」
「違いねえ。」
「キュッ」
周囲に発動した魔法に警戒しつつも、ギラムは軽くその場から移動し背後にリブルティを隠す様に相手との位置を調整しだした。護衛そのものに関しては経験がある為、恐らく自然と足元が動いたのだろう。体格の良い青年の背後に隠されたリブルティは少し不思議そうな眼を向けるも、すぐさま辺りを見渡し手元に大きな弓を携えていた。
同様にその場に集いしエリナス達も各々で武器を構え、自身と契約したリアナス達を背後に相手をしっかりと視界に捕えた。変わってフィルスターはギラムの右肩から顔を出し、何時でも応戦出来る体制を取っていた。
「ではではではぁ、総力を集結して私達を捕まえてみて下さいねぇ。もっとも……」
「『私達に追いつければ』の、話ですけれども。それでは、一方的に叩かせていただきます……!」
「そうはさせねえよ! グリスン!」
「『ナグド・サヒコール』!!」
先に動きを見せたのは相手側、領域内に閉じ込めたギラム達を叩くべく幾多の本と流水で彼等に攻撃を仕掛けだした。動きをみかねたギラムはその場で叫んだのを合図に、グリスンはその場でステップを踏み、大地から閃光を放ち魔法を展開しだした。何時ぞやから放つ事の多かった防壁魔法は仲間達全員を護る様に光を放ち続け、迫りくる攻撃を全て弾きつつ無力化する様に雲散霧消させていった。
既にお互いがやるべき事を解っているかのように、とても迅速な動きであった。
「これくらいなら、僕一人でも十分だよ! ギラム!」
「あぁ、そっちは任せたぜグリスン! フィル、今日はこっちだ。」
「キューッ」
「んじゃま、俺もギラムと同行すっかな。姫はそこで待機ってことで、良いか?」
「構いません、狙いがこちらならば王妃は動かずに居るべきですので。お早いお帰りを、デネレスティ。」
「あいよ。」
「テインはどうする、念の為残っとくか?」
「うん、その方がリズルトも動きやすいでしょ? 魔法、あんまり使って欲しくないって前に言ってたしね。」
「悪ぃな、んじゃ俺もこっち側っと。」
相手からの攻撃を易々と潜り抜けると、ギラムは一部の仲間達を引き連れてその場から移動しだした。今回は守りを相棒に任せ、完全に彼は前線で戦うつもりの様だ。突撃思考のリズルトと隠密行動派のデネレスティ、そして小さな相棒であるフィルスターを連れて、彼等はその場を走り出した。
グリスン達との距離が目視出来る場まで前へと出ると、彼等は軽く話ながら次の動きを考えだした。
「まずはどうやって追いつくか、か…… 毎度の事ながら考えさせられるな、こういうのは。」
「足なら自信あるぜ、俺。若人達よりもな。」
「へぇー、馬だけにか。」
「まーな。先手打って欲しけりゃそれでよし、仕留めるのはそっちの方が得意そうだしな。」
「否定はしないけぜ。」
「そしたら、リズルトに一任するか。フィル、お前はいつも通りに頼むぜ。」
「キキュッ」
双方で使い慣れた武器を片手に話し合い、リズルトは軽く肩を回しつつ手にしたモーニングスターを軽く掌で回しだした。任意で射出出来る彼の武器は普段は打撃武器として用いており、ラクトの使用する斧よりも重く切れ味の無い武器であった。しかし先述の通り先端を放つ事で軌道をある程度変化させる事が可能であり、前線で使われれば中々に面倒な代物でもあった。
変わってデネレスティが手にするのは。ギラムが普段から腰元に供えている短刀と大差ないナイフだ。握り手部分は厚手の皮で加工されており、ちょっとやそっとでは手元から離れず確実に相手を仕留める事が出来る鋭利な代物だった。一足先に仕留めたラバーズを怯えさせるだけの代物のため、逆手で持った短刀は中々に使い込まれている事が良く分かった。
そんな二人の獣人達の間に立つギラムは先ほど同様に拳銃を構えており、何時でも迎撃できる体制を整えだした。
「うし。……行くぜ!!」
「「おう!!」」
戦闘の準備が完全に整った事を知ると、彼等は一同に声を上げ戦いに身を投じだした。
動きを見せたギラム達の中で先に躍り出たのは、一番足が早いと自称していたリズルトだ。自らの脚力で仲間達を追い抜き、武器を片手に跳躍し先端部分を射出して相手に攻撃を仕掛けた。猛スピードで迫りくる馬獣人をみかねるも、相手は左程怯む様子も無くいつも通りの口調で応対しだした。
「予想通り、まずは人馬から来ましたね。」
「分かり切った事ですがぁ、ココまでストレートですと弄り甲斐があるってものですよぉお!」
「おらぁあ! 待ちやがれ!!」
「無駄です、無駄無駄ぁあ!」
放たれた攻撃を左程動く事無く回避すると、二人は各々が得意とする攻撃手段を用いてリズルトに牽制攻撃を仕掛けた。地面に着地すると同時にやって来る合計をリズルトは武器を乱暴に振り回しながら薙ぎ払い、再びその場から駆け出し相手との距離を詰め出す。しかしそれでも相手は左程焦る事無く次々と攻撃の雨を放つが、リズルトは決して足を止める事無く彼女達を追いかけまわしていた。
右から左からと進路を変えながら回り込む様に動くも、それでも互いの距離感は中々詰まる事無くリズルトは防衛する動きを取らされていた。しかしそれでもリズルトは不機嫌そうな表情を見せる事は無く、寧ろ攻撃がやって来ることに自身の価値を感じている様にも視えた。
動きを見せるからこそ、相手もまた動きを見せる。
中々に単純なモノではあったが、彼にはそんなシンプルな戦い方が好きなようである。突撃馬鹿とはよく言ったものだ。しかしそんな動きを少し離れた位置から視ていたギラムとデネレスティには、少しだけ首を傾げる環境化が広がっている様に捉えられていた。
「……? 変だな……」
「何か全然距離が埋まってない感じだな、あれ。」
「お前もそう思うか? じゃあ、目の錯覚じゃねえのか……」
「……… そういや『空間系魔法』って、元々『限られた領域を拡大する』のが狙いじゃなかったっけ。」
「いや、聞かれても詳しくは知らねえぞ俺は。だが、事実それだったら……あれ、無駄足にならねえか。」
「普通になるだろうな。……疲れてなさそうなのも、また凄いけど。」
「だな。」
違和感を覚えたギラムとデネレスティが足を止めたのは、三人で行動してからそう時間が経った頃では無かった。先導を切るリズルトに合わせて動こうとしていた二人は左右に動く彼に合わせて動きを変えた際、ふとした瞬間に気付き足を止めたのだ。
彼の動きを視たデネレスティも同様に足を止めた様なものの為、半ば気付いていないのはリズルト本人だけだろう。接近で視野が狭くなればなるほど、そう言った事にも気づきにくいモノである。
「チッ! 全然追いつきやしねえなぁ! どういうトリックだ、おい!」
「そんなに吠える程のモノでもありませんよぉ。単純に移動速度が足りないだけですからぁ。」
「もっとも、単純に走って追いつける様な魔法であれば私たちは使う事を選びません。それに、直線的になればなる程、こちらの狙いは定めやすい事にも繋がります。」
「同感ですねぇえ!」
だがしかし、いい加減本人にも苛立ちを覚えて来る頃だろう。一人単独で追いかけていたリズルトが吠え出すと同時に、相手は再び手元に武器を持ち出し彼に対し集中砲火を浴びせだした。突如やって来た攻撃に彼は地面を滑りながらブレーキを掛け、同時に後方に避ける様にバク転し華麗にその攻撃を避けだしたのだ。半ば観客が居れば歓声が沸き起こりそうな動きをしつつ、彼は距離を置き離れた場にいたギラム達の元へと舞い戻った。
「ふぃーっ、あんだけ走っても追いつけないのは初めてだ。いい汗だけかいたかも。」
「分かってたなら引けば良かっただろうに。脳筋だったのか。」
「おう、普通にそうだぞ。」
「馬鹿だけにか……」
「るせいやいっ」
とはいえ、何処となくポジティブな部分が前に出るのは彼の良い所なのだろう。軽く汗を拭いながら事後報告をすると、彼等は軽く苦笑しつつ次の手を打つべく検討しだした。纏まった場に移動した三人を視て継続的にやって来る攻撃を防ぎつつ、彼等はこんなやりとりをしていた。
「……とはいえ、これじゃ一方的過ぎて話にならねえな。リズルトで追いつかないとなると……」
「俺も策はあるにはあるけど、使いすぎると相手にトリック見破られそうだから止めとくぜ。何か『乗り物』とかねえの?」
「悪ぃけど、『人力車』なら外だぞ。」
「いや、走って追いつけねえのに乗る理由無いだろ…… ギラムは何か魔法で創り出せねえのか? さっきの少年みたいに。」
「まず創った事が無いからな…… 乗り物って言ったら、俺の愛車の『ザントルス』しか……… ……あ。」
「ん、どした?」
最小限の動きで攻撃を防いでいたその時、ギラムが小さく声を漏らしたのはそう時間が経たない後だった。不意に聞こえた声にデネレスティが反応すると、ギラムは軽く考え込む様に左手を顎元に添えた後、何かを想い出したかのように一気に眼を見開いた。
「そっか…… その手があったか!! デネレスティ!!」
「ぅおっ。な、何だ??」
「追える術が見つかったぜ! 乗り物、出してやるよ!!」
「ぅ、うん?? ま、まぁ頼むわ。」
「自棄にテンション高いな。」
「まあそうは言っても、上手く行くかは分からねえけどな。 ……スゥ― ………【ザントルス!! 来てくれ!!】」
彼が思い出した光景、それはつい先日自らの元にやって来た相手が切欠だった。記憶と望みが合致した感覚を覚えたギラムは珍しく声を上げながらデネレスティの両肩を掴みそう叫ぶと、一同を尻目に何時もと変わらない笑顔をその場で見せだした。
ガッチリと肩を掴まれたデネレスティが圧倒される様に返答したが、恐らく細かい部分は気にしていないのだろう。軽く言葉を漏らしながらギラムがそう叫んだ、次の瞬間だった。
ブゥーーン……!
「ん?」
「!! 来たか……!! こっちだ!」
彼等の居た空間から人工物が迫って来る音が聞こえ、周囲の存在達は一同にして辺りを見渡しだした。すると次の瞬間、揺らいでいた景色の一部を掻い潜る様に一台のバイクが領域内に入り込み、そのままグリスン達の前を通り過ぎてギラムの元へとやって来たのだ。颯爽と入り込んで来た自らの愛車を視たギラムはそう叫ぶと、ザントルスはそのまま急ブレーキをかける勢いで車体を軽く斜めにした後、彼の眼の前で停車した。
無人のバイクはどのような原理でやって来たのか、デネレスティとリズルトは眼を丸くしながら驚きだした。
「えっ、何処から来たんだ!? 空間系魔法が展開されてるってのに……」
「さあな、その辺は良く分からねえけど……リミダム様様だな、こりゃ。 デネレスティ、後ろ乗りな!」
「お、おう!」
「フィル、フロントから援護してくれ!」
「キキュッ!」
「リズルト! テイン達を頼むぜ!!」
「あいよっ!! 行ってこい!!」
「任せな!!」
当初は疑い混じりで気に掛けた事柄が、今この瞬間に実現した。ギラム自身も軽く驚きながら愛車のシート部分を撫でた後、仲間達を引き連れて愛車と共にその場を走り出した。




